第十話 再び、家族旅行へ

 

 屋敷の皆と別れた後、予約していたホテルまで送り届けてもらった。車から降りると、運転手がこちらに一礼し、車内に戻る。そして役目を果たしたリムジンは遠くへ行ってしまった。

  

 「リムジン、もう見えないんだね」

 

 「寂しいかい?」

 

 「そうかもしれない。なんとも言えない気持ちなんだ」

 

 「…そっか。ここで立ち話もなんだし、中に入ろうか」

 

 「うん、分かった」

 

 父さんに促されて建物の中に入った。受付フロントに近付き、予約していた客室に入れるか尋ねたがチェックインするにはまだ早い時間だったようだ。荷物を受付に預けると仕方なく外に出た。俺は二人に連れられて部屋に入れる時間が来るまでの間、近場を回ることになった。

 俺たちはぶらぶらと当てもなく周辺を歩き続けた。ただ、時間を潰すことが目的だったと思う。三人でタクシーにも乗らず、コンビニから付近のスーパーに立ち寄り、昼時にはお洒落なカフェで昼食を摂った。東京の街中は九州と比較するとあまりにも人が多く、旅行初日の人酔いが再発した程だ。

 ぐったりとする俺の様子を心配した父さんはタクシーを呼び、皆でホテルに引き返した。ホテルへ戻った後、また出掛けることを考えた。でも俺は屋敷での出来事を思った以上に引き摺っていた。その日は俺を見兼ねてか、夕食を済ませるとすぐ眠りに就いた。


 三日目は、昨日の遅れを取り戻すように父さんたちはまた俺を外へと連れ出した。浅草の雷門やスカイツリーに始まり、渋谷から明治神宮に向かうなど、たった一日ではあったが目まぐるしく各所を回った。

 最初はあまり楽しめていなかった。屋敷での別れを引き摺っていたから。でも東京を巡ることで自然と物悲しさは薄れていった。あんなにはしゃいで俺を外へ連れて出してくれたのはきっと“家族旅行を楽しもう”という二人からの思いやりだと感じたんだ。

 東京を味わい尽くして、へとへとに疲れた俺たちはホテルに戻った。楽しんだ反動か、お互いに気の抜けた状態になっていた。俺は軽くシャワーを浴びて服を着替えるとそのままベットの上で横になった……。


 「おはよう。さあ、起きる時間だよ」


 「……」


 「おーい、憂人。もう朝だよ。ほら、起きて起きて」


 誰かに呼び掛けられている気がする。疲れが取れていないせいか気怠さを感じて、目覚めるのも億劫だ。このまま眠ろうと徐々に意識を手放そうとした。すると、また誰かが俺を声を掛けながら、体を何度も揺さぶられる。その行動に抗えず、とうとう起こされた。


 「うーん。…もう、朝なの?」


 「ふふっ、寝惚けちゃって。わたしたちが連れ回したせいで疲れが溜まってしまったのね」


 「やっと起きてくれて良かったよ。何度、起こそうとしても反応が薄かったんだ。二度寝してしまったら、出かける時間が削られてしまうからね」


 「ふわぁぁーー。そんなのしらないよ」


 寝起きで気の抜けた返事しか出来ない。眠気を覚まそうと欠伸をしながら、大きく伸びをする。さっきから俺を起こそうとしていたのは父さんだったらしく、息子のだらけた姿を見て母さんは苦笑している。次第に目が冴えてきて二人を見ると髪を手入れし、きちんと服も着替えていた。もしかして出発の準備が整っているのか?


 「えっと二人はもう準備、出来てるの?」


 「そうそう。憂人待ちだね」


 「…急いで準備するよっ」


 慌ててベットから飛び降りる。洗面台に近付き、鏡を見ながら歯を磨く。ハネた髪の毛に少し水を付け、濡らしてから均等にならす。水を掬って軽く洗顔を行い一通りの動作ルーティンを終えると、いつの間にかベットの上に外出用の服が置かれていた。気兼ねなく置いてある服に手早く着替える。


 「ありがとう。父さんでしょ、服を出してくれたの」


 「あっはっは、バレたか。準備が早く済めば落ち着くだろうと思ってね」


 やっぱり、父さんが準備してくれたのか。しかし俺はどれだけ寝ていたんだ。二人がこんなに早く支度を済ませているんだ。もう食事を摂ったのだろうか? 聞いてみるべきだな。


 「そういえば、父さんたちはもうご飯は食べた?」


 「いえ、まだよ」


 「まださ。実を言うとかなり早い時間に憂人を起こしたんだよ」


 「なんだって?」


 「わざと早く起こしたんだよ。旅行最終日であっても家族旅行をじっくり楽しみたくてね」


 「わたしも光さんと同じ意見よ」


 まだ疲れが残っているのか、二人が笑えない冗談を言っているように聞こえる。腕時計を見ると時刻はまだ六時を過ぎたばかりだった。どうやら随分、早く起こされたらしい。

 なるほど? つまり寝坊したわけではなく、ただの早とちりだったと。はぁー、先に言ってほしかったよ、全く。


 「じゃあ、今から朝食を食べる為に下へ降りるの?」


 「いや、もう買ってきたんだ。ほら」


 父さんは部屋に備え付けられた冷蔵庫から袋を取り出した。袋の中に手を突っ込むと掴んだ物を投げ渡してきた。反射的に掴み取った物を見るとコンビニで売られている卵のサンドイッチだった。買ってきたばかりなのか包装紙はまだ、ひんやりと冷たい。


 「ありがとう、父さん」


 「寝起きであまり口に入らないと思ったから、それだけにしといたよ」


 「ちゃんと温かいお茶も買ってきたわ」


 「うん、ありがとう」


 包装紙を剥いて手に持っているサンドイッチにかじりつく。しっとりと柔らかな口当たりに卵の白身の程良い食感、黄身の濃厚さとマヨネーズの酸味が絶妙だ。

 サンドイッチをペロリと平らげ、母さんから貰った温かいペットボトルの蓋を外して口を付ける。中に入った緑茶の爽やかな苦味が口の中を洗い流していく。

 軽くお茶をあおると容器の蓋を閉めて、食べ物の残っていない包装紙を部屋の隅に置かれたゴミ箱に捨てた。


 「ご馳走様でした」


 「食べ終わったみたいだね。少し休んだら、ここを出ようか」


 「分かった。改めて荷物の確認しとく」


 部屋の片隅に近付き、手早く荷物を確認する。屋敷を出るとき、時間をかけすぎてしまったので全体を軽くチェックしていく。

 漏れはないみたいだ。ケースのファスナーを閉めて支度を終える。二人を見ると俺と同じように準備を済ませ、キャリーケースのキャスターを立てていた。


 「さてと皆、出掛けようか」


 父さんはドアを開けて俺と母さんに部屋の退出を促してきた。それに甘えて先に廊下へ出る。父さんは俺たちが出たことを確認すると部屋を出て鍵を閉めた。

 荷物を引いて先頭を歩く父さんは機嫌が良いのか、受付から預かった部屋の鍵を指先に引っ掛けてクルクル回している。


 「ここを出たら、すぐ空港に向かう?」


 「い〜や、買い物しに行こうじゃないか」


 「買い物? ああ、そういえば土産をまだ買ってなかったか。確か空港内に物産店があったよね?」


 「ショッピングモール。行けてなかったでしょ? 今から行こうか」


 「…は? なにを言ってるの父さんっ。帰りの便に間に合わなくなるよ!?」


 「大丈夫、大丈夫。間に合わなかったら、ビジネスホテルでも利用するさ」


 「…母さんも言ってあげてよ、もう帰ろうってさ」


 「ふふっ。たまには良いじゃない。予定通りにいかないのも旅の醍醐味よ」


 「ほら、愛奈も賛同してくれたでしょ。最後まで旅を楽しめばいいんだよ。憂人」


 「はぁー、全く。分かったよ」


 ホテルのフロントに付いた俺たちは部屋の鍵を返し、早々にチェックアウトした。外に出ると父さんたちは早く目的地に向かいたくて、うずうずしている様子だった。買い物なんて空港内でも出来るっていうのに。

 しかし、タクシーも呼ばずに外で棒立ちしていいのだろうか。そう思っていると黒いミニバンがホテルの入り口手前で停車した。

 ドアが開き、車から人が降りるとこちらに向かって頭を下げてきた。あの人って確か、屋敷の使用人だった気がするんだけど……。


 「…父さん。なんで屋敷の人がまた迎えに来てるのさ」


 「酷い言い草だね。彼らは常に僕たちの動向をチェックしているんだ。それこそ、どこにいようともね。必要があれば自ずと来てくれるのさ」


 「それってつまり、言われなくても迎えを寄越すってこと?」


 「当たり前じゃないか。東京は美貴家の庭みたいなものだよ」


 リアクションが出来ず、唖然としてしまった。気付けば荷物は車に積み込まれていた。そして当たり前のように車に乗り込む父さんたち。使用人、改め運転手は助手席のドアを開けて俺が乗車するのを待っている。

 慌てて車に乗り込み、助手席に座ると静かにドアを閉めてくれた。運転手は素早く車に乗るとシートベルトを締めた。俺がシートベルトを締めるのを確認したのか、運転手はエンジンを掛けると車を動かし、ホテルを後にした。




◇◇◇


 俺たちがホテルを出発したのが七時を過ぎた頃だったろうか。二十四時間営業の店を除けば、どこも閉店している時間帯だ。なぜか父さんたちはホテルを早く発ち、遠くのショッピングモールに行く気らしい。

 絶対、帰りの便に間に合わない。そう思ってしまう程、馬鹿げた行動だった。車内で何度も帰ろうと口にしたが暖簾に腕押しだった。

 俺は頑な二人の態度に諦めて窓から流れる景色をひたすら眺め続けていた。そうして約二時間の長いドライブが終わり、目的のショッピングモールに着いた。


 「ふぅー、着いた着いた」


 「あっという間でしたね」


 車から降りた二人は思い思いにリラックスしているようだ。両手を組んで前に伸ばす父さんを横目に入れながら、周囲を見渡す。

 平日ということもあってか、客足は少なく駐車場に停めている車の台数は思った以上に少ない。どうやら都会や地方、関係なく考えることは同じみたいだ。周囲の人の少なさを見て地元の街並みを思い出す。


 「憂人、そろそろ行こうか」


 「うん。荷物は持っていく?」


 「いや、今回は車に預けていく。持っていても邪魔になるだけだしね」


 「そうなんだ。じゃあ、運転手さんはどうするの?」


 「彼には荷物番を任せるよ。僕たちになにかあったときの警護役も任されているからね」


 「…警護役。じゃあ、俺たちが戻ってくるまでここに拘束されるのか」


 「憂人様、ご心配ありがとうございます。私めはゆっくりと時間を過ごすので、どうぞ中で楽しまれて下さい」


 「彼もこう言ってることだし、甘えよう憂人」


 「運転手さん、留守番よろしくお願いします」


 「しかと承りました」


 「さあ、建物の中に入ろう。これから人も増えてくるだろうから」


 そう言うと、父さんは母さんを連れ立ってショッピングモールに向かって歩き出した。俺も二人に続くように足を動かした。

 遠くてもよく分かる外観の大きさだ。出入り口が幾つもあることがその証左だろう。建物の近くには高層ビルが建っていて、その大きさがよく目立つ。隣接している駐車場は高く、三階まであって建物内もかなり広そうだ。

 入り口に近付くと店員が中へ入っていく人々に挨拶をしている。父さんたちに追い付くと店員に招かれるように建物内へ入った。入り口から少し歩いた場所に案内板フロアガイドを見かける。近付いて軽く目を通していると父さんに話しかけられた。


 「憂人。この建物って最近、出来たそうなんだよ」


 「そうなの? それなら、もっと多くの人が訪れるんじゃない?」


 「いや、新しい建物でも平日の朝から訪れようとする人は少ないさ」


 『それに』と続けて父さんは案内板に指差した。差した場所の下部分、右隅あたりに地下階工事中の文字が見えた。


 「工事中で煩いから、普段の客足もそれほど多くないってこと?」


 「それも影響している。ただ、今日の工事はないらしい。だから、訪れる人は確実に増えていくだろうね」


 「…そうなんだ」


 「あっはっは。さあ、人が増えてくる前に早く店を回らないと」

 

 父さんは笑いながら俺の肩を叩くと母さんと一緒にまた歩き出した。今、思えばここに来た時点で運命は決まっていたのかもしれない。この先、起こる出来事はいつまでも俺を苛み、後悔し続けることになる。二人を力尽くでも止めておけば未来は変わったかもしれないと。




 異界現出まであと四時間…。






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