第十一話 災禍の始まり
…ショッピングモールの広さを舐めていた。外から見えていた大きさは氷山の一角で、そこに建物の高さや奥行きが加わる。はっきり言うとやたらと広いんだ。歩き疲れるくらいには。非常階段にエスカレーター、エレベーターまで工事中だったのは辛かった。この広さで地下階まで作っているというのだから脱帽するしかない。
文句をつらつら述べてきたが建物内の
その中でも驚いたのは物産店まであったことだ。本来なら空港内の土産コーナーにあるだろうに、ここにも出店していたのは素直に驚いた。父さんたちも土産をわざわざ買いに行かずに済んだと喜んでいた。
「さて、憂人はどれに決めたかな?」
「じゃあ、このスパゲティで」
「わたしはカツサンドにしようかしら」
「なら、僕はチキンサンドで」
歩き通しだった俺たちは朝食を食べたのが早かったこともあって通りかかった喫茶店に入り、少し早い昼食を頼んでいた。
腰を落ち着けたことで俺は疲れを隠さず、だらしなくテーブルに突っ伏した。
「はぁー、疲れた」
「珍しいね。そんなにどっと疲れた顔をして」
「凄く元気な二人が俺を連れて、あちこち周りっ放しだったからじゃないか…」
「あっはっは、ごめんごめん。物珍しい品もあって好奇心を抑えきれなかったよ」
「ええ、地元のショッピングモールでは見慣れない沢山の商品を見られて満足したわ」
突っ伏したままでは行儀が悪いので、上体を起こして姿勢を正す。目の前の二人は周った店の特徴的な品や珍しかった物を交えるように談笑している。疲れを見せない、そのバイタリティには頭が上がらないよ。
話に耳を傾けながら、俺はゆったりとした店内の雰囲気を味わっていた。ポケットからスマホを取り出して最近、起こったニュースに目を通す。こんなに落ち着いた場所なら、食事以外の目的で来てもいいくらいだ。
しばらくすると店員が頼んだ料理をテーブルに運んでくれた。頼んだスパゲティーは太麺でしっかりとミートソースが絡んでいて、皿の中にスライスしたバケットと刻んだ野菜が盛られていた。
二人の料理にも目を向けたが、俺の頼んだ料理と比べてやたらとデカい。カツや焼いた鶏肉をパンで挟んでいるだけなのに。なぜ、こんなにボリュームがあるんだ…。
「「「いただきます」」」
目の前のスパゲティを食べる為に、料理に付いてきたスプーンとフォークを使う。スプーンを受け皿にしてフォークを麺に絡ませるように、くるくる巻き取っていく。巻いた麺を口に入れるとモチモチとしていて弾力感がある。噛み締める度にミートソースの旨味とコクが口一杯に広がっていく。
そのままスパゲティを黙々と食べ続けて、バケットや野菜も綺麗に完食した。水を飲んで一息吐くと二人も食べ終わったみたいだ。
母さんは自分の顔と同じくらい大きなカツサンドを食べ終えていた。あれだけの量を食べて満足そうな表情を浮かべている。ああ、そうだった。すっかり忘れていた、父さんは食が細いんだ。皿を見ると残さずに完食している。こういうところは真面目なんだよな、父さん。
「「「ごちそうさまでした」」」
父さんが落ち着くのを暫く待って、料理を頂いた感謝の言葉を三人で合わせる。腕時計を見ると針は十二時半を指していた。どうやら喫茶店に入って一時間近くも長居していたらしい。
「そろそろお暇しようか」
「父さん、お腹は大丈夫なの?」
「大丈夫。それにこれ以上、長居しては他のお客さんに迷惑が掛かるうからさ」
「分かった。キツかったら母さんに言ってよ」
「光さん。辛いようでしたら口に手を突っ込んで無理矢理、吐かせますからね」
「二人共、本当にピンピンしてるからね僕は!?」
「「はははっ(ふふふっ)」」
「やれやれ。そうだ、風でも当たりに行こう。連絡通路が近くにあることだし」
「分かった。人も増えてきたから、打つからないように気を付けよう」
父さんをイジるのを止めた俺たちは喫茶店のすぐ近くにある連絡通路に入った。人の行き来が増えてきたことで自然と端に寄る形になった。俺の胸程しかない高さのコンクリート壁に両肘を付いて寄り掛かる。外を見ると街の中心を目指すように真っ直ぐ伸びた道路があり、次から次へと車が進んで行く。まるで大きな川の流れを近くで見ている気分だ。今日で最後になるのか、長いようで短かい。でも記憶に残る旅行だった。
「…旅行もあっという間だったな」
「そうだね。憂人は楽しめたかい?」
「うん。気付きと学びがあった四日間だと思う。特に屋敷でのことは一生、忘れないよ」
「そっか。…すぐ帰らずにここに来たのは家族旅行を憂人に楽しんで貰いたかったのさ。最後の最後までね」
「憂人は屋敷でのことを気にしていたでしょう? だから三人の家族旅行として終わらせたかったの。美貴家ではなく、ただの相田家として」
「まあ、結果として僕たちが憂人を振り回す形となってしまった。そこは申し訳なかったよ」
「ふふっ。年甲斐もなく、わたしたちが楽しんでいましたものね。それでも無理に連れ回したお陰で憂人も楽しめたのですから、目的は果たせましたね」
帰りの時間を遅らせてまで、ここに連れてきたのは俺を…。だから、あんなに燥いで連れ回してくれたんだ。二人にとって今日、帰ることすらどうでもよかったのかもしれない。ただの家族三人の幸せな思い出として残そうとしてくれたんだ。
「…父さん、母さん」
「さて、そろそろ行こうか。車で待ってる彼も暇そうにしているだろうし」
「そうね。でも、この時間だと帰りの便には間に合わないのではないかしら?」
「間に合わなかったら、また義兄さんの所に泊めて貰うさ。僕が謝り倒せば許してくれるでしょ」
「仕方がない人ね。なら、ゆっくり行きましょう? この際だわ、お兄様だけでなくお義姉様にも絞って貰いましょう」
「……姉さんにも叱られる前提なのか。旅行でこんなに気が重くなるなんて」
「さあ、憂人行きましょう」
「うん、分かっ」
ズンッッッッ!!!!
な、なんだ、これは!?
この全身が怖気付く感覚はっ……。体が震えて止まらない。全身の毛穴が縮まり、毛が逆立つ。いくら肌寒さが残る春とはいえ、こんなに寒く感じるものなのか。謎の寒気に耐えきれず、自分の体を強く掻き抱く。
冷静さを保とうと隣の二人を見ると、あの父さんの顔が酷く青褪めていた。瞳孔は大きく開かれて、狼狽えるように後退りしている。母さんに至っては、しゃがみ込んで体を守ろうと自分を抱き締めている。
「大丈夫ですか?」
後ろを振り返る。俺たちの異常に気付いた、周囲の人たちが心配そうに声をかけてくる。…気付いていないのか、この悍ましい感覚に!? 今、この瞬間も寒気はどんどん酷くなってくる。まるで、この場から離れろと本能が警告しているかのように。
──そうだ、父さんたちにこの場から離れるように警告しないといけない。じゃないと取り返しが付かなく…。
キーーーーーーン
耳鳴りが起こった時に聞こえる、つんざくような高音が周囲に響いた。直後、地震が起こったかのように地面が大きく揺さぶられる感覚の中、辺り一面が青白い光に包まれた。…どれくらい経った頃だろうか、光は収まって揺さぶられる感覚もなくなった。周囲の人たちも影響を受けたのか、俺と同じく地面にへたり込んでいる。
光は外の道路から発生していた気がする。好奇心に駆られた俺は体を起こし、外に視線を向ける。見渡すとそこには見慣れぬ巨大な門らしきモノが現れていた。黒く塗り立てられた門にミミズがのたうち回ったような赤い文字が門柱に描かれている。
道路の中央に門が出現したことが交通の妨げとなって、大きな渋滞を引き起こしている。車を運転している人たちは影響を受けていないのか突然、現れた門に対して口々に罵声を浴びせている。道を歩く通行人に至ってはスマホを取り出し、写真を撮っている始末だ。
まるで極寒の只中にいるみたいに歯がカチカチと勝手に動く。恐怖に震える体と同調しているのか大量の冷や汗が流れ出す。本能が最大限の警鐘を鳴らしている。今すぐ、この場から離れろと!
バンッッッッ!!!!
僅かな逡巡の間に門は勢いよく開け放たれた、強烈な破裂音を伴って。門を開けた衝撃によって渋滞が起こっていた車両の一部が吹き飛んだ…。巻き込まれた車は衝撃を受けきれず、空中で何度も回転して歩道にいた野次馬を轢き潰した。あまりの出来事に取り乱すことすら出来ず、放心する人々。
これは門が一人でに開いたわけじゃない。恐らく門が開くスピードに苛立ち、中にいる“ナニか”が怒りをぶち撒けるように門をこじ開けんだ。
少しの静寂が訪れる中、門から“それ”は現れた。内側から門に手を掛け、
ヤツは周囲をゆっくりと見渡した。なにも浮かべていない相貌は徐々に口角を釣り上げ、喜びを露わにし始めた。鬼は体を大きく仰け反り、後ろへ逸らすと雄叫びを上げた。
ヤツの雄叫びは耳を
合図を待っていたのか、門から次々と別の鬼たちが現れ始めた。ヤツらは手に持っていた様々な武器を天に掲げると雄叫びを上げながら、次々に人々を襲い始めた。無抵抗な者に棍棒を振り回して頭を叩き潰し、抵抗する者には大きな剣を使って体を両断した。あらゆる武器、あらゆる手法で無残な屍の山を築いていく。
ただ、変わらないのは人々を残虐に殺し、甚振るのを心の底から楽しんでいる化け物が現実に存在するという事実だけだ。
「逃げろぉぉーっ、じゃなきゃ化物共に殺されるっ!?」
「あんな化け物に殺されてたまるか!? 早く逃げるんだぁぁぁーー!」」
凄惨な光景を見て周囲の人々はパニック状態に陥った。あの化け物たちから少しでも遠くに逃げ出したいという思いから、一目散に出口へ向かって駆け出していった。
悪寒のせいで身動きの取れない俺を置き去りにして、人々は次から次にこの場を離れていった。ぎこちなく体を動かし、周囲を確認すると父さんたちの姿が見当たらない。まさか、出口に向かったのか!? ヤツらは馬鹿じゃない。このままじゃあ、二人は殺されるっ…。
父さんたちに危険が迫っていると認識した俺は自分を奮い立たせて体を力尽くで起こした。寒気は止まらないが、そんなものどうでもいい。二人を探さなくてはいけない。その一心で一歩を踏み出した瞬間。
「さ、探しました憂人様!」
「う、運転手さん?」
「はい、その通りです。お二人は建物内に避難しています。私が誘導するので付いてきて下さい!」
「分かりましたっ」
突然、現れた運転手の指示に従って俺は建物内に引き返した。知り合いと出会って安心した一方で、化け物たちの残虐さが脳内に刻み付けられて頭から離れなかった。
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