第八話 用意された死線

 

 天貫く大森林。

 

 目に飛び込んだのは見上げる程、高くそびえ立つ太い樹木。それらが集まり、巨大な森林地帯が形成されている。巨木の周辺には多種多様な植物が群生していて、自然豊かな環境が形成されている。基本的に危険度の低い敵対者E.N.Emyしかいないことから、駆け出しが挑む最初の異界として地元で知られている。

 

 近くを確認すると、門の周辺の草木は人の手によって綺麗に間引かれていた。周囲の木は伐採され、土を掘り返して作った、大きな通り道ができている。長い歳月を掛けて、探索者たちが整備したんだろう。資源回収を効率よく熟せるように。


 「異界に来ていない間、こんなに様変わりしていたなんて」


 「よう、兄ちゃん。ここにくるのは初めてかい?」

 

 異界の変わり様に惚けていたら、誰かに声を掛けられた。声のした方向に体を向けると、探索者がこちらにゆっくり近付いてきた。

 鋲を打った革鎧に短槍を持った男性探索者。武具にヒビや皺が散見されることから、使い込まれているのがよく分かる。この人、中々のやり手かもしれないな。

 

 「いいえ。ただ、久し振りに来たもので変化に驚いているんです」


 「なるほどねぇ。ところで兄ちゃん、装備にケチつけるわけじゃないが、なんで魔法の鞄を持ってないんだ?」

 

 やはり、聞いてきたか。

 見知らぬ探索者に話し掛けられるとき、大抵は魔法の鞄の有無を聞かれることが多い。探索者であれば誰もが持っている必需品だからな。


 魔法の鞄マジックバック

 

 五年前、異界の各地で見つかった新たな文明の利器。見た目は吊り下げ式の小さな革鞄そのもの。だが、その真価は見た目ではなく機能にこそある。

 魔法の鞄には“空間”が内包されている。鞄に物を近付けると空間内へ瞬時に収納される。物の出し入れに大きさは関係なく、幾ら物を入れようと鞄の重さは変わらない。まさにオーパーツだ。

 鞄の空間は所持者の最大魔力量に影響を受けて、空間内の大きさが変動する。そして空間を維持し続ける為、常に魔力を消費し続けるというデメリットがある。だが、受けられる恩恵を考えれば誤差の範囲だろう。


 「基本七属性を扱えないから、俺は使えないんです」


 「なんだって? そんな物珍しい探索者がいるってのかい」


 「残念ながら、目の前に」


 「…魔術を扱えない探索者。どっかで聞いたことがあると思ったら、兄ちゃんがそうだったのか。通りで割り切った装備をしてるなぁと思ったんだよ」


 「魔力を通せないなら、防具は着ても意味がありませんから」


 「ちげえねぇや。しかしよ、兄ちゃんはなんで異界にまで来たんだ? 兄ちゃんなら討伐でやっていける腕があるだろ?」

 

 「討伐依頼が全部、受注されていたんですよ。だから、仕方なく資源回収に」


 「なるほどな。資源回収ってことは魔素草マナグラスが目的かい」


 「ええ、そうです」


 「兄ちゃんが幾つ持って帰るかは分からんが」


 気さくな探索者は手を前に伸ばし、道の先を指差した。


 「多く取るつもりなら突き当たりを右へ行きな。未開拓地域だからリスクはあるが、野生の魔素草がぼうぼう生えている筈だぜ」


 「助かります。対価を渡していないのに情報まで教えていただいて」


 頭を下げて礼を言う。

 利己主義の探索者が多い中、情報をタダで教えてくれるなんて稀なことだ。この人の親切心にちゃんと感謝しないと。


 「気にすんな。俺は探索者としてそれなりに稼げてるからな、偶には若者に還元しないといかんのよ。それに兄ちゃんは魔法の鞄を持ってないだろ、俺からのログインボーナスとでも思ってくれ」


 「分かりました。俺はそろそろ先に行こうと思います。情報、改めてありがとうございました」


 「おう! 道中、気を付けてな」


 「はい。……さて、行くか」

 

 俺は背嚢バックパックから盾を取り出して鞘から剣を抜き、通り道をゆっくり歩き出した。




◇◇◇


 俺は気さくな探索者に言われた通り、開拓された通り道を進んでいた。ならされた道は自然溢れる山道とは比較にならない程、歩きやすい。突き当たりに向かって真っ直ぐ進むだけだから、行き帰りの苦労は少ない。問題なのは敵対者E.N.Emyだろうな。

 異界内では現世と違い、常にこちらを害そうとしてくる敵対者の存在がともかく邪魔だ。魔法の鞄もないのに下手に戦えば、血の匂いに釣られて幾らでも数が増える。魔素草を集めるまでは戦闘を避けないとな。


 通り道を歩き続けて十数分。突き当たりまで行き着いた。確かに言われた通り、二又に分かれている。整備された道が続く左側と中途半端に均された右側に。

 迷うことなく右側へ進んでいくと違和感を覚える。異界という魔素の濃い環境だからか、それとも探索があまり進んでいないせいか、周囲の生物の気配を過敏に感じ取る。

 ここで見つかると面倒だ、魔力を抑えよう。体に流している魔力を小さく圧縮するように想像する。すると、生物の気配は徐々に薄くなり、遠のいていった。

 

 気配も消えたことだし、魔素草を探し始めるか。


 周囲を見渡しながら歩いていると、陽炎かげろうのように景色がボヤける不自然な場所を見つける。道を外れて、その場所まで近付く。草木が生い茂る地面に膝をついて一際、ボヤける野草を摘み取る。顔に近付けて細かく確認する。間違いない、魔素草だ。

 

 実は魔素草の見分け方は簡単で、野草のように葉の色や形、細かな模様の有無で判断しなくていいのが特徴だ。

 魔素草の由来の通り、この野草は空気中に漂う魔素を多量に貯め込む。一定まで魔素を溜め込むと空気中へと徐々に放出する。それが陽炎のようにボヤけることから、遠くからでも判別しやすい要因となっている。

 

 俺は摘み取った魔素草を背嚢に仕舞い込むと、次を目指してすぐに動き出した。景色がボヤけた場所を探しては通り道を外れ、魔素草を取っていった。だが、群生地からは離れているのか、少ない数がポツポツと点在しているだけだった。

 

 今のやり方ではダメだろうな。魔素草を一つずつ摘み取っていくのは確実だが、効率的じゃない。敢えてリスクを取ったんだ、もっと奥に進んで群生地を探し出そう。

 

 辺り一帯の魔素草を取り終えると、そこから更に道を進む。いつの間にか均された道はなくなり、雑草の絨毯をひたすら歩いた。

 すると、目の前の景色が大きくボヤけ始めてた。先程とは比べ物にならない陽炎の強さ。この先に群生地があるっ。足早に巨木の間を通り抜ける。

 

 「ははは、見つけた。魔素草の群生地だ」


 日当たりの悪い森林を抜けた先には、なだらかな平原が見えた。辺り一面には草花が繁り、日の光に照らされている。


 「大森林と言われているのに、樹木が見当たらない場所まで出るなんて。まあ、魔素草を集められるなら関係ないか」


 魔素草を摘み取ろうと、ゆっくりと草地に近付いた。だが、草地に近付く程、なにか異質なモノを感じ取る。

 なにか匂いがする。最初は牛舎小屋から漂う糞尿の臭いだと思った。だが、近付くにつれてはっきりと感じる、鼻を曲げるようなすえた臭い。一体、これは。

 俺は武器を握り直して、群生地に走り出した。




◇◇◇

 

 「なんだよ、コレは!?」


 群生地の中心。そこだけ綺麗に草花は刈り取られ、置き換えるようにあった。バラバラにされた多くの死体が。

 頭部、胴体、四肢と切断され、バラされた体の部位は並べられて、悪意ある者の手によって大きな円が作り上げられていた。

 強烈な腐敗臭からくる吐き気を我慢して、死体に近寄って状況を確認する。どの部位も傷口は膿んで体の至るところから蛆虫が湧いていた。死後硬直という段階をとうに越している。恐らく殺害されてから、かなりの時間が経っている筈だ。

 

 「なんでだ? なんで異界にバラバラの死体を置き去った? なんの目的で」


 俺の疑問や困惑を嘲笑うように、今まで感じていなかった複数の気配を感じ取る。

  

 「──なんだ、この数。あまりに多い!? 十や二十じゃない。下手すれば百を越える数だ!!」


 平原から森に目を向ける。そこには敵意を隠そうともしない、興奮した敵対者の群れが寝首を掻こうと隙を窺っている。

 逃げようにも敵対者の群れに逃げ道は塞がれた。ヤツらを葬ることしか活路はない。俺は誰かにハメられたんだろう。だが、易々とくたばってたまるか。足掻いてやるよ、幾らでもな!!


 「かかってこいよ化け物共!!!」


 俺の挑発に呼応するように敵対者は動き出した。戦闘に備えて意識を切り替えて、武器と体全体に魔力を流し込む。

 あの数だ、短期決戦は避けて持久戦に持ち込んだ方がいいだろう。一匹ずつ確実に葬ってやるよ。


 森から飛び出し、素早い動きで第一陣が迫ってきた。草地を掻き分け進む、あの小さな体躯に突き出した角。


 「一角兎ホーンラビットか」

 

 兎共は一定の距離まで近付くと風を纏い、俺目掛けて突貫してきた。

 その動きに対応するように、体を低く身構える。ヤツらの角じゃ盾は貫けない。冷静に捌け。土纏突撃猪ソイルボアの動きに比べればヌルいんだから。


 カンッ! 


 なにかを弾いた小さな金属音。勢いにのって突貫した兎は、盾の硬さに角がへし折れ地面に叩き付けられた。

 

 「ギュイ」

 

 俺はその隙を見逃さず、倒れた兎に剣を突き刺した。


 「まずは一匹」


 間髪入れずに兎共は突貫してきたが、俺は盾を構えて攻撃を受け切り、止めを刺していった。


 「ギュウ」


 「これで三十か」


 兎から剣を引き抜く。周囲には血の池に沈む灰色の兎共の骸が散乱していた。

 第一陣はこれで終わりだろう。次はなにが攻めてくる? 


 右側面から微かな魔力を感じる。なるほど。兎共の攻撃に合わせて、第二陣が詰めて来てたか。

 

 「「「「グルルルッッッ」」」」

 

 俺を取り囲むように姿を現した敵対者。緑色の体毛に人の腰程もある大きな体躯。そしてサーベルタイガーを思わせる発達した牙。

牙狼ファングウルフか、群れるとただでさえ厄介なのに、二十を超える数か。面倒だな。


 「ウォォォーーーン!!!」


 狼共の中で一際、大きな個体が遠吠えを放つ。すると、狼は取り囲むのをやめて俺へと一斉に向かってきた。

 まず、飛び掛かってきた一匹に剣を横薙ぎに振るう。狼はそれを軽く躱して後ろに引いた。次は後ろから詰めてきた狼に剣を上から振り下ろすが、また躱されて後ろに引く。そして狼共は間を置かず、交互に俺を攻め続けた。

 被弾はしていないが、それは狼共も同じだ。厄介なのはアイツら兎と違って無理をしていない。俺の攻撃を避けられるのも間合いに入る前に身を引いているからだ。まるで狼というよりハイエナみたいな戦い方だ。ただ、このままいけば俺が消耗してジリ貧になるだろう。

 

 「だったら、そうなる前に頭を潰してやるよ!」


 大袈裟に剣を振るって狼共の群れに小さな穴を作ると、群れから少し離れたボス目掛けて全力で走り出す。


 「ウォォォーン!!」


 「今更、指示を出しても遅いぞ!! 狼ィィィィッ!!!」


 俺を止めようと見境なく攻めてくる狼を次々に斬り伏せる。ボスを守ろうと必死のあまり、攻撃から逃げる余裕をなくしている。


 「グルルルッッッ」


 「大将戦といこうか。なあ、狼」


 のそりと体を動かし、殺気立つ群れのボス。そこらに転がる狼の亡骸を見て、一丁前に怒りでも抱いているのか。……仕掛けてきたのはお前たちが先だろう? 十年前も今、このときも!!


 群れのボスは側面から素早く周り込み、攻撃を仕掛けてきた。勢いはあるが群れを率いていた先程とは違う、精細さを欠いた動き。


 「だから読まれやすいんだよ、こんな風にな!!」


 突撃してきた狼の鼻っ面に目掛けて盾を叩き込む。


 「キャウン!?」

 

 狼は鼻が曲がり、血がダラダラと流れているが生きていた。強い衝撃で頭が揺れているのか、身動きがとれずプルプルと体が震えている。

 顔の骨ごと折るつもりだったが打つかる直前、咄嗟に顔を引いたのか。まあ、いい。すぐに終わらせる。

 魔力を剣に強く流し込み、肩に担ぐように剣を構える。その体勢から勢いよく剣を振り下ろす。剣は狼の首を的確に捉え、容易く首を切り落とした。


 「これで第二陣は終わりか」


 兎と狼の群れを葬っても敵対者の気配は一向に消えることはない。寧ろ、どんどん数を増やし続けている。


 「コイツらの亡骸が呼び水にでもなっているのか?」


 休む間もなく、森から次々に敵対者が姿を現す。


 「角が刀のように尖った鹿に、二本足で立つ熊。ああ、空を飛び回る大きなワシもいるな。今度は三軍で一気に攻めてくるのか」


 ふぅーっと息を吐き出して、盾と剣を強く握り締めて覚悟を決める。


 「お前らには悪いが俺は生き残る。決めたんだ、父さんや母さんの分まで生きるって。だから、全力で向かってこい!! お前らの敵意を全部、跳ね除けてやるよ!!!」


 俺は盾を正面に構えて、敵対者の群れに突っ込んだ。

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