第九話 更なる絶望


 「ぜぇ、はぁはぁ。これで最後か」


 息を荒げながら、必死に酸素を取り込んだ。連戦で疲れ切った体を鞭打ち、乱れた呼吸を整えようと上体を起こす。

 後ろを振り返ると葬った敵対者E.N.Emyの屍が無数に散らばり、草地一帯は臓物と血で赤黒く染められていた。


 ここまでの間、俺は休む間もなく敵対者と戦い続けた。幾多の戦闘で何度も返り血を浴びて、服からは顔を背けたくなるような異臭が漂う。武器にも血がこびり付き、持ち手には汗と血が混じり合い、気持ち悪い感触を伝えてくる。


 「はぁはぁ、魔素草も戦闘で殆どなくなった。依頼自体も罠だったわけだし、ここにいる意味はない。早く組合に戻ろう」


 「困るな。このタイミングで組合に戻られては。“ 雷撃ライトニング”」


 来た道へ引き返そうとした瞬間、何者かの声と共に青白い光が一瞬、目に入る。反射的に前へ飛び込み、受け身を取った。すると空気を震わす高音と共に、青い落雷が降り注いだ。俺の元いた位置には大きな陥没ができて、周りの草花を吹き飛ばしていた。

 

 「誰だ! なぜ、いきなり攻撃をしてくる。隠れていないで姿を見せろ!!」


 「いいだろう。角田、ついてこい」


 「ああ、十級ドベの情けないツラを拝んでやる」


 俺の問い掛けに答えるように森から二人の男が現れた。

 右側の男は両手に斧を握り、身に付けた革鎧の中に鎖帷子を着込んだ長身痩躯のロン毛。左側の男は鎖鎌を持ち、薄金鎧ラメラーアーマーを身に付けたガタイのいい丸刈り。

 隠そうともしない殺気を撒き散らしながら、俺に向かってゆっくりと近付いてきた。


 「ヒュ〜。村上、見ろよ。魔術ソーサリー職業クラスにも就いていない十級の癖して、あの数の敵対者を倒し切りやがったぜ」


 「ああ。敵対者を刺激する為、撒き餌を仕掛けたが力技で押し切られるとはな」


 「ま、撒き餌だと? まさか、群生地に死体をバラ撒いたのはお前らなのか!!」


 「ご名答。依頼を出したのは俺たちだ」


 「なぜ、俺を狙い撃ちにする!? お前たちからすれば、十級の探索者なんて視界にすら入らない存在だろう!!」


 「ああ、そうだ。“普通”ならな」


 「俺と村上は異界法で認可された特定探索者。つまり、“元犯罪者”なんだよ。カタギの元お坊ちゃん」


 「俺たち特定探索者は罪を帳消しにするという恩赦を貰う条件として、裏で国が都合よく動かす駒になった。国はいや、佐柄は俺たちに言った。政治の障害となるとな」


 ──は? 佐柄だとっ!? なんで国のトップが秘密裏に人殺しを指示する? それも探索者に焦点を当てて。

 この時代、探索者の総数は国家の持つ軍事力に等しい。アイツは日本を強くすると息巻いていた。それなのに探索者を殺せだと? 言動が矛盾しているじゃないか!!


 「指示を受けた俺たちは各地に赴き、国が脅威と見做す探索者たちを殺し続けてきた。その対価として高い報酬を貰ってな」


 「まさか、あのバラバラ死体は…。」


 「そうだ。群生地に置いた死体は過去に始末した探索者たちだ。証拠隠滅の為に今まで魔法の鞄マジックバックに隠していたが、お前を潰す手札として利用させてもらった」


 「ケケケ、臭せぇ死体をいつまで持っていても邪魔だからな。わざわざ飾り付けまでしたんだぜ、楽しんでくれたか?」


 無機質で乾いた視線をこちらに向けてくるクズ共。人を殺した事実を淡々と話す冷酷さ。そして、死者を辱めたことを茶化すようなふざけた態度。コイツらは敵対者と同じ、生物としての根源が欠けた化け物だ。


 「……一つ聞く。なぜ、お前らみたいなクズ共が国の指示に従う? 弱味でも握られたか?」


 「十級、お前は化け物と出会ったことがあるか? 相対しただけで死を覚悟する、そんな存在に。佐柄は正真正銘の怪物だ。どれだけ足掻こうと触れることすら叶わない、な」


 「村上が難しいことを言ってるが、要するに弱肉強食ってことだよ。俺たちは佐柄に勝てなかった。だから、従っている。まあ、人は殺せるし、貰える報酬は高いしで文句はねぇがな」


 「……」


 「この地に来て三年。お前一人を仕留めるのに時間が掛かりすぎた。国から次の指示が出ている。早く終わらせよう」


 「十級、長い話し合いは終わりだぜ。犯罪者俺たちに力を行使する許可を与えた、国を恨むんだな!!」

 

 「「雷付与エンチャントサンダー氷付与エンチャントアイス」」


 ヤツらは術名を発すると武器に強力な属性魔力が込められていく。それぞれの属性が容易く視認できる程、確かな現象として表出している。

 お互いに軽く目線を合わせるとヤツらは粘つくような殺気を飛ばしながら、属性を纏った武器を構えた。攻撃が始まるっ。


 「一番槍を貰うぞ、角田」


 雷光が迸る双斧を持った男が、俺に向かって駆け込んできた。地面を擦るように斧を下げていた手を上げ、腕を交差させるように構えた。すると腕部に魔力がどんどん集中し始めた。

 

 「“断岩”!」


 「──っ」

 

 この一撃は盾で受けたらヤバい!! 

 警鐘を鳴らす本能に従って大きく横へ飛び込む。直後、バチバチと音を立てながらヤツの一撃が体の傍を通り抜けた。体勢を立て直すべく、すぐに起き上がって盾を構える。次の一撃に備えていると頬がじんわりと熱を帯びる。


 「初見で“断岩”を躱すか。面白い、なら次はどうかな」


 ヤツは魔力を腕に集中させて、先程と同じように腕を交差した状態で俺に再び、迫ってきた。

 あの腕を交差させる構え。見た目とは裏腹に技の出が早く、躱すことは難しい。だが、一撃の威力を重視するあまり、切り返しの二撃目以降が出し辛い筈。なら、ここは距離をとるのではなく、敢えて前へ詰める。

 

 俺は盾を構えたまま、ヤツの動きに合わせて前へ駆け出した。俺が向かってきたことに表情一つ変えず、ヤツは構えを維持している。動揺は引き出せなかったか…。でも、好都合だ、それだけ能力スキルに自信があるなら技に拘る筈だよなぁ!!

 

 「“断岩”! ──っなに!?」

 

 互いの間合いに入ると、ヤツに盾を向けたまま素早く横に動く。直後、双斧の一撃がガリガリと音を立てながら、盾の表面を浅く掠めた。

 ヤツは渾身の一撃を放ったことで、無防備な体勢を晒している。慌てて振り向こうとしているが、この状態から次の攻撃には移れないだろう。ここで終わらせる!

 俺はヤツ目掛けて、上から勢いよく剣を振り下ろした。魔力を込めた一撃が体を引き裂く直前、強い抵抗を感じて剣を後ろに引っ張られる。突然の介入によって、俺は渾身の一撃を止められた。


 「なにっ!?」


 「おいおい、村上ぃ。先走りすぎだぜ」


 「角田、助かった」


 剣を見ると、冷気を漂わせた太い鎖が巻き付いていた。引き剥がそうと力を込めて引っ張ったが、鎖の先端に付いた分銅が異様に重く、簡単に引き剥がすことができない。

 

 「この鎖、氷気を剣ごと纏わせて簡単に引き剥がせないようにしているのかっ」


 「ケケケ、厄介だろ? 鎖鎌は。範囲レンジが広いから、幾らでも不意を打てる。俺にとってコイツは強者をいたぶれる、最高の道具だぁ!」

 

 「俺を忘れてもらっては困るな、十級」


 双斧を持った男は振り下ろした体勢のまま、俺に体を向けていた。あんな隙だらけの姿勢で一体、なにをする気だ。…まさか、その体勢から攻撃を始めるのか!?

 

 「“地裂”」


 ヤツは斧を持った手首を返し、逆交差するように一撃を放った。雷光を迸らせた斬撃が目の前に迫る。

 咄嗟に盾を構え、全力で魔力を込めた。盾を突き破るような衝撃が腕に伝わる。俺はヤツの一撃を受け止めることはできず、耳をつんざくような音と共に後方へ吹き飛ばれた。




◇◇◇


 衝撃を殺すことができず、弾むボールのように何度も体は地面に叩き付けられた。叩きつけられた体は最後に地面を大きく跳ねると、ようやく力は分散し、動きが止まった。

 

 「ガハッ!? ゴホッゴホッ」


 呼吸しようと空気を吸ったが、大きく咳き込む。無抵抗の状態から体を叩きつけられたことでダメージが残り、気管に傷が付いたのか。血が混じる痰を吐き出しながら、持っている剣を杖にして立ち上がる。


 「おお、凄ぇ。角田の一撃を喰らってまだ生きてやがる。ここまでタフな探索者は見たことがねぇな」


 「芯を捉えたつもりだったが、盾で受け止めたか。攻撃に反応できる早さと怯むことのない胆力。十級、お前は殺してきた探索者の中で一番、強い人間のようだ」


 「魔術や職業なしでここまでやるとはねぇ。これで基本七属性持ちとして生まれてきたらと考えたら、ゾッとするぜ」


 「全くだ。だが、コイツはもう虫の息だ。当初の予定通り、底に落とすか」


 「ひゅー、ひゅー、俺は、まだやれる、ぞ」


 「抜かせ、馬鹿が」


 「ぐっ!? 首、がっ」


 鎖鎌の男は素早く分銅を飛ばすと、俺の首に鎖を巻き付けた。鎖はキツく首を締め上げ、行動の一切を封じられる。


 「頑張った褒美だ。案内してやるよ、十級。お前の死に場所へな」


 ヤツらは俺を引っ張りながら、平原の奥へと連れ立った。首を絞められた状態で歩かされたことで道中、何度も気を失いかけた。抵抗もできない状態で群生地を抜け、更にその奥を歩かされる。そして、ヤツらのいう目的地に辿り着いた。

 

 夕刻を告げる茜空に照らされた、草花が咲き乱れる小高い丘。丘はとても緩やかな勾配で、周囲の光景がよく見渡せる。

 俺は鎖鎌の男に背を強く押されて、前へ進まされる。草花を踏みしめて歩いた先に、ヤツらが言った底という意味を理解した。

 切り立った崖。丘の先には道がなく、眼下には見通せない程、無数に広がる小さな森が見えていた。


 「十級、お前を異界へ誘い込む為に性格や生活環境を丹念に調べていた。その中で抹殺する場所の選定を行っていたところ、ここを見つけた」


 「……」


 「未探索地域の奥にある、更なる領域。この崖下にそれがある。もっとも人間では降りることすら叶わない、果てしない高さではあるが。佐柄は喉から手が出る程、この場所を欲しがるだろう。だが、俺たちには関係ない話だ」


 「ケケケ、俺や村上は報酬さえ貰えればいいからなぁ。さて、仕事を終わらせようぜ」


 「ああ。では、十級。さらばだ」


 双斧を持った男がこちらに近付いてくる。

幹屋さんの忠告通りだったな。罠丸出しの依頼に手を出して、犯罪者たちに利する行動をとってしまった。首に巻き付いた鎖のせいで息苦しく、抵抗する力すら湧かない。俺は死神の鎌が振り下ろされるのを静かに待った。


 グォォォォォーーーーッッッ!!!


 身の毛もよだつ、悍ましい咆哮が崖下から聞こえてきた。すぐに後ろを振り返ると、大きな巨体の化け物が視界に映る。人面に獅子の胴体。巨大な蝙蝠の翼に蠍の尾。──こんな化け物、今まで見たことがないっ。

 ヤツは崖を駆け上がった勢いのまま、前へ大きく飛び込むと鎖鎌の男の後ろへ音もなく着地した。


 「はっ? なにが起きて」

 

 「角田、後ろだ!!」


 「後ろってなにもいな…」


 化け物は大きな前肢を振り上げると、力強く横に薙いだ。その攻撃は鎖鎌の男を捉え、胴体を容易く引きちぎった。湧き上がる噴水のように血が流れる中、化け物はなぜか、“歓喜”の表情を浮かべていた。


 「角田!! この化け物がっ!!!」


 双斧の男は腕を交差させ、構えるとヤツに向かって突貫していった。


 「“断岩”! はっ?」


 化け物に勢いよく迫り、技を放ったがヤツの前肢で、軽く一撃を受け止められた。そして化け物は前肢に力を込めると、斧を粉々に砕いた。


 「こ、こんな化け物がいるなんて聞いていない。ここは駆け出しが利用する手頃な異界じゃなかったのか!!?」


 起こった現実を受け止め切れず、取り乱す双斧の男。化け物はそんな様子を見て、燦々と目を輝かせている。あのときの鬼と同じ、人の恐怖や絶望を好んでいる。生粋の化け物だ。


 「お、俺は逃げさせてもらう!! こんなところで死んでたまるか!?」


 化け物に背を向けて、双斧の男は走り出した。体全体に雷属性の魔力を纏わせていたから、逃げるのは容易だろう。そう思っていた。


 「グガァァァーーーー!!」


 化け物は逃げ惑う様子に目を細めた。そして口元にありえない量の魔力を集中させると、一気にそれを解き放った。口から放たれた強力な熱線は男の進行方向に目掛けて一直線に進み、辺り一帯の森ごと焼き払った。


 「クケケケケ!!!」


 そして破壊を振り撒いた化け物は喜びを表現するように、歪な笑い声を轟かせた。

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