第七話 資源回収依頼


 朝の支度を終えて借家を出ると、急ぎ足で探索者組合ギルドに向かう。

 いつもなら達成報告と同時に依頼を受注するのだが、探索者との諍いのせいですっかり頭から抜け落ちていた。

 

 組合の中に入り、受付に近付くと、昨日と同じ男性職員が軽い挨拶をした後、こちらに番号札を渡してきた。

 札を受け取ると、幹屋さんのいる窓口に移動する。歩きながら、横目で他の窓口を見ると相変わらず、列をなして女性職員にへばり付いていた。欲望に忠実な人たちだな、全く。

 

 「やあ、おはよう憂人君」

 

 「おはようございます、幹屋さん」

 

 幹屋さんがこちらに目を向けないまま、気さくに挨拶をしてきた。どうやらタブレットを操作して、業務に集中しているようだ。誰一人、並ばない窓口にずっといるのに手を抜くことなく、真剣に仕事ができるのは幹屋さんだけだろうな。

 

 「私をじっと見てどうしたかな?」

 

 「いえ、なんでもないです」

 

 「そうか。さて、憂人君。今日の用件はなにかな?」

 

 「依頼の受注をお願いできますか?」

 

 「…ああ、そうだった。昨日の一件ですっかり忘れていたよ。では、資格証カードを機械に差し込んでくれるかな」

 

 「分かりました」

 

 言われた通りに資格証を機械に差し込む。

 この機械は資格証に登録されている個人情報を読み取る。過去の行動や実績を参照し、職員に適切な依頼を提示する。これによって、各窓口が対応する時間を効率的に削減できるわけだ。

 ただ、俺の場合はそもそもの階級ランクが低い。そうなると機械が提示する選択肢は他の探索者よりも少なくなる。だから、幹屋さんの裁量で割のいい依頼を紹介して貰っているんだ。この人には本当に頭が上がらない。

 

 「よし。ちゃんと本人確認もできた。さて、依頼の件だけど少し困ったことになってね」

 

 「困ったこと、ですか?」

 

 「実は魔素適応種の討伐依頼が一つもない状況なんだ。本来、異界門ゲート異界変地フィールドが絡まない討伐依頼の需要は極端に少ない。なぜなら達成報酬が他の依頼よりも格別に少ないからだ。なのに、たった一日で依頼がけてしまったんだ」

 

 「そんな…。いつの間に依頼が根こそぎ受注されたんですか?」

 

 「憂人君が帰った後、依頼を精査しようとデータベースにアクセスしたら、“昨日”の時点で依頼が全て受注されていたんだ。恐らくだけど、二人で気絶した探索者の対応をしている間に行動していたんだろう。詳しく情報を集めたかったけど、職員が私情で探索者の個人情報を取り扱うことは、組合規定で禁じられている。憂人君に話せる情報はこれだけだ、すまない」

 

 「いえ、気にしないでください。わざわざ、情報まで調べていただいてありがとうございます」

 

 「本当にすまない。討伐依頼がない以上、資源回収依頼しか残っていない。私は組合に居残って、探索者の依頼履歴を調べるつもりだよ。なにか詳しい情報が分かるかもしれないから」

 

 申し訳なそうな様子で話す幹屋さん。職員であるのに資源回収依頼を俺に薦めてこないのは理由がある。


 資源回収依頼とは異界にまつわる新資源を採取又は確保し、組合まで持ち帰るのが目的だ。この依頼は国からの要請もあってか数が多く、どの階級の探索者も受けられる。

 だが、低い階級の探索者が行ける異界となれば危険度は下がり、実入りも少なくなる。なにより俺は基本七属性を使えない。異界探索の必需品とも呼べるアレを持てないから、今まで異界に行くのを避けてきた。

 

 「だから、今日は家に帰ってゆっくり休んで構わないよ」


 「幹屋さん、俺に資源回収依頼を受注させてください」

 

 「憂人君、いいのか? 十級の資源回収では討伐依頼よりも報酬が少ない。それでも受注するということかな?」

 

 「はい、今は少しでもお金を稼ぎたいんです」

 

 本来なら資源回収はしない。リターンは少ないし、俺のやり方では資源を大量に集めて報酬額を底上げすることもできない。でも、貯蓄は底をついて、来月は今の稼ぎから支払っていかなければならない。限られた時間を有効的に活用しないと。

 

 「分かった、今から依頼を提示する。その中から受注する依頼を選択してくれ」

 

 幹屋さんはタブレットを手に持ち、画面をカタカタと指先で叩いている。俺は背嚢からスマホを取り出すと、画面をタップして探索者専用のアプリを開いた。すると幾つかの依頼が画面上に表示された。

 画面を動かしながら、依頼内容を軽く流し読みしていく。提示されている達成条件と報酬を見ると、簡単な依頼が多く、受け取る金額は相応に少ない。そのままページを次々に切り替えていくと、最後に表示された依頼が目に止まった。

 

 「天貫く大森林への資源回収依頼」

 

 探索者になると必ず、一度は向かうことになる場所での資源回収が目的か。回収する資源は魔素草マナグラス。持ち帰る個数の指定なし。報酬は破格で一束、二千円も出すと書いている。誰でも採取ができる魔素草になぜ、これだけの金銭を支払うんだ?

 

 「憂人君も気になったようだね。依頼に書かれている魔素草は供給量が多い。市場では値崩れが起こり、買取り価格は非常に低い。平均価格もせいぜい一束、百円が限度だろう。ところが適正価格の二十倍を支払う物好きが現れた。異界ならばどこでも取れる魔素草に。どう思う?」

 

 「十中八九、罠でしょうね」

 

 幹屋さんの問い掛けに頷くように返事をした。この不自然さ、異界資源の相場を軽く調べれば誰でも気付くだろう。

 普段ならこのまま悪質な依頼を報告し、組合から除外するのが正しい行動だ。だが、本当にただの物好きだったとしたら? そうなると稼ぐ機会を棒に振ることになる。今は少しでも稼いでおきたいんだ。危険は承知の上で、この機会を逃したくない。

 

 「幹屋さん、この依頼を受けさせてください」

 

 「なにを言っているんだ憂人君!? 依頼人が欲しいモノの為に値段を吊り上げることはよくあることだ。だが、これは明らかに度を越している。この依頼は誰が見てもおかしいと気付く。聡明な君なら理解できる筈だ、この依頼の不自然さに。憂人君、受けるべきじゃない」

 

 「リスクがあることは分かっています。でも、俺には少しでも金が必要なんです。だから、罠と知っても飛び込まないといけない。幹屋さん、お願いします。俺のわがままを許してください!」

 

 「──憂人君。はぁーー、分かったよ私の負けだ。君のわがままを認めよう」

 

 幹屋さんがタブレットに軽く打ち込むとスマホからポーンと軽い音が鳴り、画面には依頼承諾の文字がデカデカと表示されていた。俺は資格証を機械から取り出し、幹屋さんに向かって深々と頭を下げた。

 

 「本当にありがとうございます」

 

 「君の担当職員として、危険と分かっている依頼を受注させたのは不本意だが、仕方ない。先に言っておく、場合によってはこちらで依頼を取り下げることになる。そのとき発生する罰則ペナルティは憂人君ではなく、私自身が被ろう。だから、決して無理をしてはいけない。分かったね?」

 

 「……幹屋さん。分かりました、肝に銘じておきます」

 

 「──待ってくれ」

 

 頭を上げ、スマホを背嚢に戻して資格証を懐に入れる。出立の用意ができたので建物を出ようと踵を返した瞬間、幹屋さんに呼び止められた。

 

 「憂人君、念の為だ。これを持って行ってくれ」

 

 幹屋さんは赤い液体の入ったガラス製の小瓶を手渡してきた。これは回復薬ライフポーションだ。深い傷でも瞬く間に治してしまう即効薬。その利便性から探索者以外の人々にも重宝され、国が調薬に成功して供給されるようになった現在でも価格が変動しない高価な薬だ。でも、こんなに値が張るものをどうして手渡してきたんだ?

 

 「幹屋さん、こんな高いものをなんで俺に」

 

 「異界門を抜けた先は法の適応外、治外法権ともいえる場所だ。探索者同士のトラブルやアクシデントがいつ発生してもおかしくはない。巻き込まれたときはこの回復薬を遠慮なく使うんだ。手足の欠損まではすぐに治せないが、それ以外の傷なら即座に完治できる」

 

 「重ね重ね、ありがとうございます」

 

 「私にできる手助けはここまでだ。だから、憂人君。後は頑張るんだよ」

 

 「はい、では行ってきます」

 

 俺は幹屋さんに返事すると探索者組合を後にした。

 

 

 

◇◇◇ 

 

 「くっくっ、あの無能、罠と分かって依頼を受けやがった」

 

 「こいつは傑作だ。こうも見事に引っ掛かるとはな。おい、ヤツにバレないよう先回りするぞ」

 

 「おう。ああ、楽しみだぜ」

 

 

 

◇◇◇ 

 

 組合を出た後、那岐町の南端に存在する異界門の近くまで来ていた。この門を抜けるとこことは違う空間、異界と繋がっている。

 政府は十年前と同じように敵対者E.N.E.myがこちら側へ侵攻する場合を想定し、門から半径十メートル以内のエリアを封鎖。現地にいる駐在自衛官、警官が一致協力して常に門周辺を警戒している。

 

 門に目を向ける。東京で現れたモノよりも遥かに小さい。大きさで言えば門というより、扉と言い換えてもいいくらいだ。

 

 「失礼ですが、この先に用があるのでしょうか?」

 

 門を見ていると、規制線の近くで睨みを利かせていた重装備の男性警官がこちらに近付き、話しかけてきた。

 

 「はい、組合で受けた依頼を達成する為に来ました。門の通行許可をください。」

 

 「探索者の方ですね。では、資格証を提示してください」

 

 俺は懐から資格証を取り出して警官に見せた。彼は資格証を注意深く確認すると服に付けた無線機を触り、喋り始めた。

 

 「こちら、松田巡査であります。異界門の通行許可を求める探索者と接触。資格証の提示を指示したところ、求めに応じました。確認したところ偽造証の疑いはなく、正規品の模様。……はい、分かりました。すみません、お手数をかけました。許可が下りたので、どうぞ通ってください」

 

 「ありがとうございます」

 

 「異界では予想もしない、あらゆる危険が発生する可能性があります。くれぐれもお気をつけて」

 

 警官はそう言うと俺に敬礼してきた。彼の顔を見て頷くと、規制線を通り抜けて異界門に近付く。小さな門柱には、赤く発光した文字のようなモノが描かれている。門は常に閉じられていて、通るときは力尽くで開けなければならない。つまり、門自体が探索者の適正を量る秤として機能している。

 

 俺は門に左手を付けると、力を込めて前に押し出す。すると門はゆっくりと内側へ開き始める。そのまま力強く前へ押し込むと、門は勢いよく開け放たれた。門の中に入ると、なにも見えない暗がりが広がっている。なにも見えない暗闇の中、あのときと同じ青白い光がこの空間を照らし始めた。

 あまりの眩しさから手をかざし、目を瞑る。体感で十数秒が経ったとき、瞼越しにも見えた強烈な光が薄らいだ。状況を確認しようと手を下ろして瞼を開く。すると正面にはまた門が現れていた。異界に繋がる入り口の門だ。先程と同じ手順で再び、門を押し出す。門は徐々に開かれて隙間から光が漏れ出す。そして開いた門の先には、異界の景色が鮮明に映し出されていた。

 

 

 

 

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