第三話 知人宅にて解体作業


 軽トラに乗って道路を進み、約三十分程で川上さんの家に着いた。町から離れた所にある為、人気ひとけはない。周囲を見渡すと、草木が生い茂るなだらかな土地が広がっている。奥にはこの場所を囲うように幾つもの山々が連なっている。

 

 川上さんの家は瓦屋根の小さな木造民家だが、隣接する建物が二つある。左にあるのは狩猟した動物を解体する解体倉庫。右にあるのは武器を作成する為の鍛治場だ。

 川上さんは猟師と鍛治を兼業している物珍しい人だ。世界が変わる前は家族でいつもお世話になっていた。川上さんが狩猟した動物の肉を頂いたり、料理に使う包丁を作って貰ったこともある。物心ついたときから、切っても切れない間柄なんだ。

 

 「無事に着いたな。さて、バラす前に猪の内臓取るから、手伝ってくれや」


 「分かりました」


 軽トラに近付き、猪を固定する為にきつく結んでいた縄を解く。荷台の側面と後方に移動してレバーを動かし、あおりを開いた。すると荷台は解放されて、野晒しになった猪の体だけがあった。

 

 「“水流ウォーターフロウ”」

 

 川上さんは車から離れると短いホースとバケツを持って戻ってきた。地面にバケツを置くと、両手でホースを持った。水道管と繋がっていないホースの後端部を手で塞ぎ、先端部を握るように持つとホースに魔力が集中していく。

 川上さんが術名スペルを呟くと水が勢いよく流れ出した。水属性魔力ウォーターエナジーを持つ人なら誰でも使える一般的な魔術ソーサリー、“水流”だ。

 魔力で生成された水は死後も残り続ける猪の微かな魔力を破り、付着した汚れを落としていく。全身にくまなく水を浴びせ終えると、川上さんはホースに集中させた魔力を霧散させて、“水流”の発動を止めた。

 

 「こいこれは邪魔」

 

 川上さんはホースを荷台に投げると猪に近付く。腰に差したナイフを抜くと魔力を流し、刃を猪に入れ込んだ。尻側から内臓に傷を付けないよう慎重に刃を進めている。そのまま腹までするする手を動かすと、大きく綺麗な内臓が出てきた。川上さんは足元にあるプラスチックのバケツを蹴って近くに動かすと、手早く内臓を切り取り、取った内臓をバケツへ投げ入れている。

 

 「“水流”」

 

 術名を呟くとナイフの先から水が飛び出して、腹部にこびり付いた血を落としていく。荷台から水が溢れて赤黒い血ごと地面へ流れていく。ある程度、中を綺麗にできたのか魔術を止めたようだ。猪の体から水が滴り落ちて、地面が水浸しになっている。

 

 「ゆう坊、解体場まで一緒に運んでくれん?」


 「分かりました」


 びしょびしょに濡れた猪の四肢ししを持って建物の中まで運び込む。解体場は古い倉庫で波打つような形状の屋根が特徴だ。壁材は薄い鉄板を壁に貼り付け、ボルトで固定しているようだ。ただ、経年劣化の影響か所々に赤錆が浮き出ている。

 程々に広い屋中には今まで狩猟したであろう、動物の皮が木製の物干し台に干されている。近くには狩った獲物の肉を保存する為、業務用の大型冷蔵庫が置かれていた。


 「さて、解体しやすいように吊り下げるか」


 俺たちは猪を屋内の中央へ運び終えた。すると川上さんは天井から吊り下げられているフックを掴んだ。まるでハンガーのような見た目のそれに軽く魔力を流すと、両端の尖った部分を猪の後肢あとあしに突き刺した。


 「ゆう坊、ナイフを取ってくる。コイツを上へ吊り上げてくれぃ」


 「分かりました」


 フックの傍にある太いチェーンを手に持つと力一杯、下へ動かす。ジャラジャラと音を立てながら、猪が地面を離れて上へ昇っていく。汗を垂らしながら手を動かし続けると、解体しやすい位置まで猪を上げきった。


 「ありがとな。ここからは俺の仕事だ、ゆっくり見ていきな」


 川上さんは解体用のナイフを持って戻ってきた。刃先の鋭いナイフに魔力を流し込むと後肢の付け根に軽く切れ込みを入れる。そのまま慎重に毛皮を剥いでいく。胴体、前肢ぜんし、首の周りまで毛皮を剥ぐと、魔力を集中させて一息に首を切り落とした。

 

 「“発火イグニッション”」

 

 川上さんは新たな術名を呟いた。すると使っているナイフの刃全体から突如、炎が勢いよく吹き出す。燃え盛っていた炎はすぐに静まり、刀身から燻るように微かな煙が漂っている。

 野生動物の体表には見えない雑菌が多く付着している。解体の本腰を入れる前に殺菌したんだろう。魔力で生み出された火だ、雑菌なんて容易く死滅する。

 

 川上さんは“発火”を止めるとナイフに魔力を流したまま、解体作業を再開した。ナイフを上から勢いよく振り下ろし、頭がない胴体を縦に割った。次に四肢を切り落として部位ごとに分けると、肋骨あばらぼねや背骨を器用に外していく。細かく骨を取りながら、ブロック状に猪肉ししにくを切り分けた。一連の作業を終えた川上さんは大きく伸びをすると、切り分け終えた肉にナイフを突き刺した。

 

 「ゆう坊、待たせたな。終わった

 

 「お疲れ様です。いつ見ても手慣れていますね」

 

 「よせやい。昔だったら、こんな雑にバラさねぇ。魔力のお陰である程度の段取りは力技で省けんだ。普通はこんな小振りのナイフ一本で猪の体なんざ、かち割れねぇからよ」

 

 「確かに。骨が硬すぎて刃が欠けるでしょうね」

 

 「ああ、魔力様様さまさまってことよ。それより、ゆう坊、家に上がって飯を食ってけ。もう昼前だろ?」

 

 「ご飯までいただいても、いいんですか?」

 

 「おう。食ってけ、食ってけ。こんだけ肉が余ってるんだ、遠慮することぁねぇよ」

 

 「では、遠慮なく甘えさせてもらいます」

 

 「よし、そんじゃあ後片付けを始めるぞ」


 俺たちは手分けして、切り分けた内臓や肉をラップでくるむと冷蔵庫に入れ込む。ただ、あれだけの巨体だ。肉は途中から入りきらず、そこそこ余った。川上さんは大振りの肉を雑に掴み取ると、俺に目配せして家に戻っていった。さて、ご相伴に預かるか。

 

 

 

◇◇◇ 

 

 猪の解体作業を手伝った俺は、川上さんの自宅にお邪魔している。部屋の広さは各家庭でよく見られる六畳一間。中は簡素な木造家屋。厚いガラス窓が嵌め込まれて、畳の上にはちゃぶ台が置かれている。天井に昨今では少なくなってきた、紐点滅器プルスイッチ方式の照明が付いている。

 

 ジュワーー。真隣の台所から肉が焼ける音がよく聞こえてくる。仕切りがないからか、香ばしい匂いが部屋全体に広がっていく。嗅覚を刺激されて食欲がどんどん湧いてくる。

 それから程なくして、川上さんが大皿を持ってきた。皿の中には十分に味付けされた大量の猪の肉が鎮座していた。火を通した肉に塩胡椒をまぶしただけの男料理といった感じだ。

 川上さんは飯碗ちゃわんにこれでもかと米を盛ると、ちゃぶ台に置いていく。本当に一つ一つの動作が豪快だよな。最後に箸を置き、俺の正面に座り込んだ。

 

 「遅くなってわりぃな。じゃあ、いただきます」

 

 「いただきます」

 

 二人で手を合わせると箸を持って肉を掴み、そのまま口に運ぶ。まず感じたのがこってりとした風味と若干の獣臭さだ。肉自体の歯応えはあまりなく、サシでも入っているかのような、とろけ具合だ。獣臭さも気になる程ではない。塩胡椒が効いている為、寧ろ野生鳥獣ジビエ肉の野生味がよく感じとれる。

 肉の後味を舌に残して米を食べる。米のたんぱくな味が、強烈に主張する猪肉とよく合う。なにより、噛めば噛む程、米独特の微かな甘味が口の中に広がっていく。猪肉と米。一言でまとめるなら美味い。ただ、美味いんだ。

 

 「いやぁ、美味ぇな。猪肉なんて、よく食ってたんだがな。魔素適応した個体だからか、別格の味だぜ」

 

 「同感です。丁寧に下処理しても嘔吐えづく程、キツい臭いの肉もありますからね。それに比べたら、この肉は本当に美味しいですよ」

 

 「そりゃあ、そうだ。動物も食ってるモノによって、肉の旨味や獣臭さも変わってくる。まあ、慣れれば臭い肉でも食えるようにはなるがな。あくまでも臭いがひどくなければだが」

 

 「というか俺は川上さんの所で一回、食わされましたよ。臭い猪肉」

 

 「そうだったな、悪ぃ悪ぃ。はっはっは!」

 

 肉を食らい米を掻き込みながら、二人で和やかに食事を楽しんだ。

 

 「「ごちそうさまでした」」

 

 大皿を見れば盛られた肉の塊はすっかりなくなっていて、飯碗も米粒一つ残っていない。大人二人で食べ切れたようだ。ただ、ここまで食べたのは久しぶりで少々、お腹が苦しく感じる。

 

 「ふぃー、食った食った。しっかし、腹がキチぃ。流石に食い過ぎたか」

 

 「あの肉、美味くて箸が止まりませんでした。俺もお腹パンパンです」

 

 「ゆう坊、キツかったら横になっていいぞ。楽になるしな」

 

 「川上さん。食べてすぐ横になったら牛になるそうですよ」

 

 「はっはっは。田舎人間にはそんな屁理屈、聞こえん聞こえん。俺は横にならせてもらうぞ」

 

 「ご勝手にどうぞ。俺は座っていますから」

 

 食後の休憩をとるため、各自が思い思いにリラックスする。俺は座った状態で壁に凭れて足を放り出している。川上さんは仰向けになり、静かに休んでいるようだ。

 

 「…ゆう坊よう、ゆっくりしたら町に戻んのかい?」

 

 「はい、依頼の達成報告をしないといけませんので」

 

 「そうかい。お前の武器、俺に見せてみな? 町に戻る前に軽く状態を確認するからよ」

 

 川上さんはそう言うと起き上がり、俺に武器を見せるよう催促してきた。仕事で使っている武器は川上さんの依頼がある度、無料タダで見てもらっている。俺に武器を手直しできる施設や知識がないのと、昔よしみの縁でお世話になっている。

 

 「分かりました。どうぞ」

 

 壁に立て掛けていた武器を手渡す。

 川上さんは武器を受け取ると点検を始めた。今朝、俺がやったことをなぞるように細かく確認している。

 

 「“刀剣鑑定アプレイザル”」

 

 傍目からでも分かるくらい、赤い火の粉が散るような火属性魔力が目に集中している。それはどんどん目に吸い込まれて綺麗なあお色へと変化した。職業クラスに就いた者だけが行使できる特別な力、能力スキルだ。

 

 「相変わらず、ゆう坊の武器は傷一つ付いてねぇな。経年劣化による錆の侵食は目に付くが、コレはお前が使い始めた頃からあったもんだしな。それに鍛冶師ブラックスミスの職業に就いた俺じゃなきゃ見えねぇ程の高純度かつ、膨大な魔力の残り香。普通の武器なら、こんな魔力を流されれば負荷に耐えきれず、根本から折れちまうだろう。だが、コイツは耐えるどころか魔力に上手く適応して馴染んでやがる」

 

 「よく、そこまで分かりますね。俺は自分の魔力量すら把握できていないのに」

 

 「卑下することはねぇぜ。鑑定系の能力を持ってなけりゃ、ここまで魔力を精密に見抜けねぇ。それにお前の魔力はちと特殊だろ? 俺ですら能力を使わないと、かすみがかって見えねぇくらいだからな。…よし、歪みもガタつきもねぇな。ほら、返すぜ」

 

 「点検、ありがとうございます」

 

 川上さんは目に集中させた魔力を霧散させ、確認し終えた武器を手渡してきた。俺はそれを受け取り、礼を言った。

 なんだかんだ長居してしまったな。日中までに探索者組合ギルドに戻らないと。

 

 「川上さん。そろそろ町に戻ろうと思います。ごはんまでいただいて、改めてありがとうございました」

 

 俺は立ち上がって背嚢を背負って武器を持つと、川上さんに出立の言葉を伝えた。すると川上さんも席を立ち、手を前へ出してきた。

 

 「ゆう坊、資格証カードを出しな。依頼人としての役目を果たさんといかんからな」

 

 軽く頷き懐から資格証を取り出し、川上さんに差し出す。川上さんはズボンのポケットからスマホを取り出すと、資格証に近付けて依頼完了の確認を打ち込んでいる。すると『依頼達成』という機械音声が資格証から流れた。

 

 「これでいいだろう」

 

 「はい、助かりました」


 「玄関まで送るぜ」

 

 資格証を懐に戻して玄関に向かう。靴を履き、靴紐をしっかり結ぶ。さて、今から歩けば町まで一時間弱くらいか。そんな風に思っていると、川上さんはその場を離れて、アルミホイルに包んだものを俺に渡してきた。

 

 「川上さん、これは」

 

 「おう、余った猪肉だ。今日で腐る程、取れたからな。持っていきな」

 

 「そんな、いいですよ」

 

 「遠慮すんな。三月に入ったばかりだし、肉が腐ることはねぇよ。それに金もねぇし、生活はキツいだろ? 黙って持ってけ」

 

 「川上さん…。分かりました、ありがたくいただきます」

 

 「…ゆう坊、俺はちょくちょく依頼を出す。だから、いつでも顔を出しに来い。絶対にめげんじゃねぇぞ」

 

 「……はい。では、いってきます」

 

 渡された猪肉を背嚢に仕舞い込み、俺は川上さんの家を後にした。

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