第四話 講習


 川上さんの家を後にした俺は道を歩き続けた。次第に見慣れた町並みが見えてきて、かつてのように整備された道路が目に入る。

 

 俺が生まれ育った場所、那岐なき町。鹿児島県大隈半島。その南東にある町だ。特産品である黒毛和牛の産地の一つであり、畜産業が盛んで大きな牛舎が幾つも点在していた。

 昔は人口二万人とそれなりに栄えた場所だった。しかし、異界現出によって人口が大きく減少した結果、その数は半分以下となってしまった…。

 

 歩きながら周囲を確認する。

 道路を挟み、間隔をあまり空けずに建ち並ぶ店や住宅。隣接する建物には平日、休日を問わず人々が行き交っていた。今や建物の大半が国の所有物になっているなんて、十年前は誰も思わなかったことだろう。

 

 取り留めもないことを考えながら、町を歩き続けていると一際大きい建物が目に入る。

 

 この地域でよく目立つ五階建ての大きな建築物。建物の頂点には町を見下ろすように小さな展望台まで付いている。出入り口付近には支柱と一体化した広い雨除けがあり、バリアフリー化の流れを汲んで、入り口手前の道の両端が緩やかな坂道になっている。

 

 「着いたな、探索者組合ギルドに」


 建物まで歩き、入り口手前に近付いた。そのまま足を動かして、透明なガラスの自動ドアから屋内に入る。

 建物内は広々とした空間が広がっていた。時代錯誤とも思える様々な武具を身に付けた多くの人が行き交う中、まるで役所のように複数の窓口が設けられている。各窓口には背広スーツを着た職員が、列に並び順番を守っている人たちの対応に追われている。

 

 探索者組合。正式名称は、魔素適応者の支援並びに敵対者E.N.E.my及び魔素適応在来、外来種による被害防止の為の全国広域行政事務組合。

 十年前の新日本政府樹立から間を置かずに発足した、異界の化け物共に対抗する為の組織、といったところだ。既存の役所と機能合併を行っていて、行政主導で日々の対応に当たっている。

 

 「ようこそ、探索者組合へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 出入り口に近い窓口に近付くと男性職員が愛想良く、こちらに声をかけてきた。

 

 「依頼達成の報告をしたいのですが」

 

 「依頼達成のご報告ですね。では資格証カードをこちらの機械に差し込んでください」

 

 懐から資格証を取り出すと目の前の受付台カウンターに置かれた機械に差し込む。間を置かず、チーンと。トースターが鳴ったような音が聞こえてきた。

 

 「ありがとうございます。機械から資格証をお取りください。」

 

 機械から資格証を取り出して懐にしまう。すると職員はなにか言いたそうな雰囲気を出している。これは自分から聞いたほうがいいだろうな。

 

 「ええと、どうされました?」

 

 「相田様、依頼達成の報告をする前にしなければならないことがあります」

 

 「しなければならないこと、ですか?」

 

 「実は資格証の更新期限が近付いているようで、日にちがないのです。なので講習を受けていただいた後、また受付まで戻っていただくことになります」

 

 「…ああ、更新期限か。すっかり忘れていました。今からでも講習って受けられますか?」

 

 「はい。組合の二階、臨時講習室にて午後の部を取り行っています。場所は階段を上がって左側の通路の奥にある部屋ですね」

 

 「分かりました。ありがとうございます」

 

 「お手数をかけますが、よろしくお願いします」

 

 職員から丁寧な言葉で説明を聞くと受付から離れ、近くの階段を上がる。言われた通り、左の通路を進んで奥に向かう。行き当たりに着くと灰色の扉が見えた。扉の上を見ると、臨時講習室と書いてある。ここであっているようだ。

 ドアノブを握り、扉を開く。部屋に入ると軽く周囲を見渡す。入り口から真っ直ぐ伸びる通り道、間隔を空けるように細長い机が二列に分けて置かれている。部屋の奥には大きなホワイトボートと小さな机があり、部屋の隅には折り畳まれたパイプ椅子が重ねて置いてある。以前は会議室かなにかだったのだろう。

 

 「このまま入り口に立っていると他の人の迷惑になるな」

 

 俺は折り畳まれたパイプ椅子に近付き、手に持つと一番前の机へと移動した。持っていたパイプ椅子を元の形に戻し、荷物を地面に置くと椅子に座った。

 

 一息吐いて、軽く背を伸ばす。

 ふと思ったが指導員はいつ来るのだろうか? 職員は今日、講習を受けられると言ったが、そもそも開始予定時間を聞いていなかったな。全く、しっかりしろよ俺。

 顔に手の平を当てて溜め息を吐くと、後ろから扉がガチャッと開く音が聞こえた。

 

 「うぃーす。ん? 俺の見間違いか。部屋の中に一人しかいねぇんだが」

 

 少し気怠げな声を発しながら、男が室内に入ってきた。タブレットを片手に持ち、職員と同じく背広を着用している。さっぱりとした短髪で背丈は平均よりやや高い。少しだらしない雰囲気を感じたが、男の鋭い顔付きがそれを否定している。なにより、隠しきれていない魔力の奔流。探索者の中では相当な経験を積んだ熟練者だろう。


 「なあ、あんたが講習を受けにきた探索者か?」

 

 「そうです」

 

 「あー、ってことは今日の講習はたった一人か。……まあ、いいか。人数が多くても聞く耳を持たない馬鹿が増えるだけだしな」

 

 男はそう言うと、部屋の奥に移動して机の上に持っていたタブレットを置いた。

 

 「さて、講習を始める前に自己紹介といこうか。俺は篠塚しのづか京介きょうすけ。五級探索者だ、よろしくな」

 

 「相田憂人、十級探索者です。よろしくお願いします」

 

 「相田…。そうか、あんたが」

 

 「? 俺になにか?」

 

 「俺は指導員として各探索者の情報をチェックしていてな、大まかな情報は把握している。まさか目の前にいるのが失われし黄金世代ロストティーンエイジャーの一人だとは。政府のやらかしがなければ、俺より上の立場にいる人だろ、あんた」

 

 「……」

 

 「すまない、喋り過ぎたな。気を取り直して、本日の講習を始めることにする。予め知っていることが多いだろうが、改めて聞いてくれ」

 

 篠塚さんは机に置いたタブレットを手に持つと講習を始めた。

 

 

 

◇◇◇

 

 二千三十年。突如、異なる世界が敵意を持って地球この世界へと現れた。同日、同時刻にて世界各地に異界と繋がる門と変容した大地が出現。これらから、未確認の異形の軍勢が侵攻し、数多の人々を死に追いやった。

 現実を直視して逃げる者が大半だった中、家族を奪われ怒り狂った人々は憤りをぶつけるように化け物共に立ち向かった。何度も傷を負い、死に直面したせいか異界から流出する魔素マナに適応。人々は魔素を魔力エナジーに変換し、遂に化け物共を屠る力を手にした。これが後に探索者と呼ばれる集団の先駆けだった。

 

 「時を同じくして、国会議事堂に異界門ゲートが現出。当時、国会にいた与野党の議員、その殆どが死亡。国の中枢部が機能不全を起こす寸前だったが、とある人物によって巻き返しが行われる」

 

 惨劇の起こった国会議事堂。当時、最大野党の中堅議員であった佐柄大成は他の人々と同様、魔素に適応。だが、彼は他とは一線を画す力を手に入れた。日本で初めて、職業クラスを得た人間だったんだ。佐柄は手にした力を使い、単騎で議事堂に現れた化け物たちを鏖殺おうさつ。そして生き残った僅かな議員をまとめ上げ、官僚を自らの派閥に組み込むと緊急事態宣言を発令。選挙を経ずに“内閣総理大臣代理”として振る舞い始めた。

 

 「佐柄は怒り狂い散発的に動く人々に指示を与えた。現出した異界門や異界変地に赴き、本拠地を叩けと。しかし、人々はぽっと出の人間の指図を受けなかった。だから佐柄は“力尽く”で彼らを従わせた」

 

 佐柄は能力を行使し、反発する人々を強制的に従わせると現出した各地に向かわせた。生き残った人々が集まり、逆侵攻したことで更なる犠牲を出したが見返りは大きかった。 一瞬で部位欠損を治す薬や未知の鉱石群など様々な物資を国は手に入れた。左柄は異界門と異界変地により、齎らされた新資源に着目した。そして各地から帰還した人々を再召集し、異界を攻略する専門家としての組織を作り上げた。

 

 「それが今の探索者組合だ。これら数々の功績を持って佐柄は正式に総理大臣として認められ、新日本政府が樹立したと。まあ、ここからの内政はひどいものになるが、後は言わなくもいいだろう?」

 

 「ええ、構いません」

 

 「よし。これまでの歴史を軽く説明してきた。次は探索者について詳しく話していく」

 



◇◇◇


 探索者S.E.E.K.er

 

 Search探索 Effective効果的に Execute実行 Keep保持 early早期 この頭文字から取ってそう名付けられた。直訳すれば“効果的な探索を早期に実行する”人々といったところか。


 探索者は主に二つの役割に分類カテゴライズされる。一つは回収屋コレクター、もう一つは駆除屋エクスターミネーターだ。

 

 まず、回収屋の仕事は異界門ゲート異界変地フィールドに向かい、異界の資源回収を行うことがメインとなる。その中で敵対者をなるべく殲滅し、後続の回収を手助けすることも含まれる。 

 次に駆除屋は魔素適応した在来、外来種を駆除して既存の生態系及び人類の文化圏を守ることだ。

 基本的には組合から出される依頼を受注する。そして各々の目的地へ向かう流れだ。どちらの勤めにも組合が間に入り、探索者の行動を監視している。

 

 「相田、探索者には階級ランク制度があることは知っているな?」

 

 「はい。十一の階級を定められていて、異界での資源回収や依頼達成の功績を持って昇格していくんですよね」

 

 「その通りだ。下から十級、九級、八級、七級、六級、五級、四級、三級、二級、一級、特級の順位となる」

 

 組合創設と同時に、各探索者の実力を明白化する指標として国は階級ランク制度を導入した。十一の位からなる階級は一定の階級まで昇格すると、納める税金の軽減などの優遇措置を受けられるようになる。

 篠塚さんは五級。階級で見れば中間の位だが、実はとても高い階級だ。なにせ五級よりも上は常識の埒外。言わば目指すべき高い目標として、国がふざけて導入したのではと揶揄される程だ。実質、現探索者の最高階級は精々が四級だろう。

 

 「相田、戦闘技能については問題ないな?」

 

 「はい。魔力の都合で魔術ソーサリーは使えませんが」

 

 「…そうか。では探索者の戦闘技能について説明していくぞ」

 

 探索者は魔素適応者と呼ばれて魔素を魔力に変換、生成できる。そして扱える属性魔力も各個人によって大きく異なる。ファイヤウォーターブリーズソイルサンダー閃光フラッシュ暗闇ダーク。これらの属性魔力を必ず微量に持っていることから、基本七属性と呼ばれている。

 

 「普通は一属性を扱う者が大半だ。だが、属性魔力の比率が偏らず、バランスが整っていると二つ以上の異なる魔力を扱える場合がある。そのような特殊なケースの人々を二重デュアルまたは両利きツインという。三属性以上を扱える人も中にはいるが、それはまた別の機会だな」

 

 属性魔力を持つということは、魔術の行使が可能になる。魔術は魔力を武器や体に流し、戦闘する場合とは比べ物にならない程、消耗する。しかし、利便性や威力共に頭抜けていて戦局を一変させる切り札になっている。

 

 「魔術は強い。使い熟せば不利な状況を一気に変えられる力があるからな。しかし、魔術が強力になるにつれて、発動までに時間が掛かるようになっていく。常に魔術頼りの戦い方では上位の階級では通用しなくなる。つまり一長一短というわけだな。…さて、最後に職業のことだな」

 

 職業クラス


 探索者の誰もが必ず取得する、魔術と双璧をなす力。魔力を体に流れる血液に見立てると、職業は人が持つ個性や可能性そのものだ。というのも職業は人の持つ潜在適正と“強い願望”によって発現すると言われているからだ。特に手に職をつけた人たちは分かりやすく、以前と似たような職業を得ている場合が多い。

 

 「職業を得ると能力スキルが扱えるようになるのが大きい。能力の行使には魔術と同等の魔力を使用するが、職業ごとにとても独特ユニークなものが多い。なにせ魔術を上回る威力を軽々と叩き出すものがあるくらいだ。能力発動に魔術ほどのラグはないしな。総じて言うなら費用対効果コストパフォーマンスが良い。よって職業を得た場合、魔力操作と能力の行使に磨きをかける。余裕があれば、魔法にも手を出していくと手堅くなっていくだろう。最後に敵対者について話す」


 





 敵対者E.N.Emy

 

 Emergency 緊急事態 New 新たな Enemy 直訳すると“緊急を要する新たな天敵”。十年間に発生した異界現出にて、世界中に侵攻してきた未知の生物群の総称だ。


 「敵対者は魔力適応種とは違い、生物としての根源が狂っている。ただ、執拗に人類種へ敵意を向けて、死ぬ瞬間まで攻撃を続ける。攻撃を受け、部位が欠損しようとも怯むことなく向かい続ける異常性。ヤツらには怯えや恐怖という生物に備わっている筈の本能が欠落している。正真正銘の化け物だ」


 異界に生息する敵対者には以下の危険度が定められている。


 下から甲五級、甲四級、甲三級、甲二級、甲一級、乙五級、乙四級、乙三級、乙二級、乙一級、甲乙特級の順位となる。敵対者については、同格か下の危険度でなければ戦うことはできず、探索者の階級より上位の敵対者に関しては接触禁止の法律まで定められている。


 「ヤツらは人の体臭や血の匂いだけじゃなく、同胞の死体にも過敏に反応する。格下と侮り、調子付いて倒しまくると何十、何百という物量で潰される。だから、戦闘に慣れない内は無理に戦わず、逃げることだ。なにせ異界には資源を取りに行くんだ、死んだら元も子もないからな。……よし、これで一通り話し終えたな」


 ふぅーと篠塚さんは息を吐くとタブレットを机の上に置いた。

 

 「さて、以上を持って臨時講習を終了とする。相田、分からないところはなかったか? あんた一人しかいないからな、今だけなら依怙贔屓えこひいきしてやれるぞ」

 

 「いえ、大丈夫です。篠塚さんの説明が分かりやすかったので、ちゃんと頭に入りました」

 

 「そうか。まあ、人生の先達として言うなら嘘でも分かりませんと言えば、伝手ができるぞ。探索者界隈というのはマトモな人間が少ない。だから横の繋がりを大事にすることを頭の片隅に入れて置け。後々、自分を助けてくれるからな」

 

 心配気に俺に忠告してくる笹原さん。初対面の人ではあるが、他人にここまで言ってくれるなんて根は優しい人なんだな。

 

 「分かりました。忠告ありがとうございます」

 

 「よし。では資格証カードを出してくれ。それをもって解散だ」

 

 俺は篠塚さんに近付き、資格証を差し出す。篠塚さんは資格証を受け取り、持っていたタブレットに差し込むと、画面にタイピングを始めた。そして二分もかからない内に処理を終えると、資格証を取り出して俺に返してきた。

 

 「これで無事、資格証の更新は終わった。次の更新は十年後だ。それでは相田、またな」

 

 そう言うと、篠塚さんはタブレットを持って静かに部屋から去って行った。

 

 「さて、依頼達成の報告に戻らないとな」

 

 俺も篠塚さんに続くように部屋を出た。

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