第五話 組合にて


 

 講習を終えた俺は再び、一階の受付へと戻ってきた。

 

 「講習を終えたのですが、受付はできますか?」

 

 「相田様、講習お疲れ様でした。依頼達成のご報告でしたね。人が多く混んでいますので、お好きな空いている窓口に並んでいただいて構いません。一応、番号札をお渡ししておきますね」

 

 「分かりました。ありがとうございます」

 

 男性職員がテーブルの下を探り、番号の書かれた札を俺に手渡してきた。それを受け取ると、いつも利用している窓口に向かって歩く。

 

 「おいおい、アイツ」

 

 「ああ、また来やがったよ」

 

 「魔術ソーサリーすら使えない無能が」

 

 列を作って順番に並ぶ人たちを横切ると、聞こえてくる心ない陰口。それらの言葉を無視して、誰も並んでいない閑散かんさんとした窓口に近付く。

 

 「ようこそ、六番窓口へ。手続きを担当させていただく幹屋です……。ってなんだ、憂人君か。」

 

 受付台カウンターに座る、落ち着いた雰囲気の男性職員が見知ったように話しかけてきた。

 

 この人は幹屋みきや一丈いちじょうさん。 幹屋さんは昔からの顔見知りで川上さん同様、俺を気にかけてくれている一人だ。

 容姿が整っていて高身長かつ痩身のモデル体型。整髪料を使い黒髪を後ろに撫で付け、人当たりのいい柔和な表情を浮かべている。

 

 「お疲れ様です。ここは相変わらず、閑古鳥が鳴いてますね」

 

 「ははは。仕方ないことだよ。隣を見てご覧」


 言われるまま、隣の窓口に軽く目を向ける。窓口には可憐な容姿の女性が、てんてこ舞いの様子で動き続けている。そんな彼女の窓口には長蛇の列ができていて、自分の順番が来るのを今か今かと待っているようだ。


 「見ただろう、窓口で対応している女性職員の慌てようと、そんな彼女らに群がる蝿のような探索者彼らを。異界現出アピアランスの影響で人口が大きく目減りしたせいか、この那岐町には女性の数が二割程しかいない。だから、ああやって発情期を迎えた獣の如く、猿共男たちが大した用もなく異性に付き纏っているわけだ」

 

 「…は、はは」

 

 冷淡に列に並ぶ人たちを扱き下ろす幹屋さん。実はこの人、元暴走族という変わった経歴がある。かつては地元を荒らし回り、悪童として周囲の人たちに嫌われていた。ただ、父さんが那岐町に引っ越してきたときに偶然、出会い上手く説得されて改心したらしい。らしいというのも、幹屋さんが恥ずかしがって当時の出来事を話したがらないからだ。

 その後、必死に勉強したおかげで公務員試験に合格。間を置かずに地元の役所に就職、真面目に働いて現在は探索者組合の職員となっている。だが、ふとした瞬間に元ヤン時代のキツい毒舌が口から飛び出すことがある。そのときの雰囲気はヤンキーというよりはインテリヤクザのそれだ。普段は毒舌なんて出てこないのだが、ストレスが溜まっているんだろうな。

 

 「ごほん、失敬。たまに汚い言葉遣いになるのは私の悪癖だ、すまない。さて、依頼達成の件だったね。机に置いてある機械に資格証カードを差し込んでくれるかな」

 

 「分かりました」

  

 受付台に置かれた読み取り用の機械に資格証を差し込む。幹屋さんはタブレットを手に持つと、トントンと画面にタイピングしている。三分程、経つと“チーン”とトースターが鳴ったような音が聞こえてきた。


 「待たせたね。無事、手続きは完了した。デジタルマネーだから、送金も同時に行われている筈だよ」

 

 機械から資格証を取り出し、懐にしまうとスマホを取り出す。画面を開き、探索者専用のアプリを開く。確かに依頼完了の文字と共に送金も行われている。画面をタップして明細を見ると、達成報酬は僅か五百円……。いつもと変わらない額だな。

 

 「その複雑な顔付き。また、いつもと変わらない額か…。政府が定めた異界法に追加事項が記載されたことで、憂人君は現在進行形で多大な損害を被っている。すまない、行政に携わる人間として現状を是正できないことを深く詫びる」

 

 「……幹也さん」

 

 異界法。別名、探索者規定とも呼ばれる。

 

 現出によって世界が変動したとき、新日本政府樹立と同時に作られた法律だ。主に探索者の行動規範や異界門ゲート異界変地フィールドのような異界に関連する事細かな原則ルールが書かれている。

 

 「当時、探索者の数は今よりもずっと少なかった。そこで政府は敵対者E.N.E.myに対抗する為、敢えて探索者資格の登録年齢に制限をかけなかった。これによって探索者の数が爆発的に増加し、少なくない犠牲と引き換えに多大な功績を上げていった」

 

 数を大きく増やした探索者の活躍で、異界の探索は大きく進んだ。しかし、異界法は後に悪法と呼ばれるに至った、法改正が行われる。それは登録年齢の引き上げと、“過去に未成年で登録した探索者”の功績取り消しと受け渡し報酬の減額だ。

 受け渡し報酬の減額。これだけ聞けば大したことはないように感じる。だが、実際は違う。報酬の減額率は九割。つまり、報酬の殆どを国に持っていかれることになる。

 今回の土纏突撃猪ソイルボア討伐の依頼。達成報酬は一万円、これを国と探索者で折半する取り決めだ。本来なら五千円を貰える筈だが追記事項により、そこから九割を引かれた、五百円が今回の報酬だ。

 

 「探索者組合の取り決めとして、達成報酬は国と探索者で五分半分とするのが常識だ。個人的には危険を冒す分、探索者には七割以上の報酬を渡したいくらいだ。それなのに政府は必死に戦ってきた元未成年者君たちを利用し、そこから更に搾り取ろうとしている。私はこの愚法を変えられないことに強い苛立ちを覚えるんだ」


 五年前は六級探索者として安定した生活ができていた。だが、法改正によって積み重ねた功績は全て無効とされた。これに影響されて納める税金は高くなり、生活も苦しくなった。それでも探索者を続ければ持ち直せると思った。だが、報酬金の減額はあまりにも尾を引いた。それこそ貯蓄が底をつく程に。これが元未成年探索者の現実だ。

 

 「気にしないでください。取り決めたのは政府でしょう? 責任があるのは国のトップである総理大臣や政治家たちだ。幹屋さんが気に病むことではないですよ」

 

 「だが、依頼を達成しても憂人君に入る報酬はごく僅かじゃないかっ。それに政府は元未成年者の功績を“今でも”無効にしている。既に憂人君は六級探索者になってもおかしくはない功績を上げているというのに。……すまない、職員である私が感情的になってしまって」

 

 「幹屋さん。なら、俺に少しでも多くの依頼を紹介してください。貰える報酬が少ないなら、数をこなして生活費を稼ぎますから」

 

 「…憂人君。分かった、私のほうで少しでも報酬額の多い依頼を見繕っておくよ」


 「幹屋さん、助かります」

 

 「おいおい、組合が特定の探索者に贔屓していいのかよ。しかも魔法すら使えない無能によっ!!」

 

 どこかの誰かが大声を上げて、こちらを非難している。煩わしさを感じながら後ろを振り向くと、西洋甲冑プレートアーマーを身に付けた、人相の悪いハゲが俺を睨みつけていた。

 幹屋さんが反論しようと口を開いたが、俺は首を振って行動を止めた。探索者同士の揉めごとに、職員を巻き込むことはできない。


 「なにか俺にご用でしょうか?」

 

 「大アリだよ。テメェ、底辺ドベの十級の癖して、なに贔屓されてんだよ。俺たちが必死で異界で戦っているのに、簡単な依頼ばかり渡されてよ。不平等じゃねぇか!」

 

 ああ、またいつものか。

 異界法には追記事項以外にも悪法と呼べる部分がある。それは死刑及び終身刑を言い渡された者を除く、魔力を扱える全ての犯罪者を探索者として認めるというザル法だ。

 刑務所で魔力に目覚めた犯罪者をいつまでも収容できないのは理解できる。看守であっても魔力がなければ、力の差で嬲り殺しにされるだけだからだ。だからといって全ての犯罪者を条件付きとはいえ、放免して世間に解き放つとは狂っているとしか言いようがない。

 

 「探索者組合の職員には俺たち探索者に、少しでも有利となる依頼の紹介や資源回収の場所を指定できる権利があります。これは探索者の資格を得たとき、組合から直に説明された内容ですよ」

 

 「んなぁ、屁理屈を言ってんじゃねぇよ! 俺から見れば、その限度を超えてんだよ。そこの職員、テメェの顔見知りだよなぁ? 顔見知りだから、“有利”な依頼じゃなくて贔屓してんだろ。なぁ、答えてみろよ。おい!」

 

 「はぁー。まず、顔見知り云々うんぬんですが、探索者になれば組合に顔を出し続けることになります。そうなれば職員の方々とは自ずと“顔見知り”になります。あと、有利な依頼とか贔屓とかはあなたの主観による判断です。もし、あなたが仮に贔屓と思うなら、それは単純に職員とのコミュニケーション不足では? 今からでも社会性を育んでは如何いかがです?」

 

 「この、クソガキがぁぁぁ!!!」

 

 ハゲは背中に手を伸ばすと、人の背丈と変わらない大きな棍棒を取り出した。鉄製で幾つもの鋭い突起が付いた、凶悪さを感じる黒い棍棒。あれを軽く取り出せるってことは、膂力りょりょくは相当なものだろうな。

 

 「いいんですか? 武器を取り出して。探索者同士の争いは御法度ごはっと。ましてや組合の中なら尚更なおさらです。衆人環視の中、それでもやるんですか?」

 

 「関係ねぇ!!! テメェの澄ました顔を見ているとイラつくんだよ! 屁理屈ばっかり言いやがって。ぶっ殺してやる!!」

 

 ハゲは魔力を込めると獲物棍棒を上から思い切り、振り下ろしてきた。

 あの質量、避ければ周囲に破片が飛び散って被害が出るだろう。クソっ! 組合の職員は魔力を扱えない人が多いんだ。こんな下らない私情で死人を出すつもりかっ!!

 

 「馬鹿野郎! 周りの影響も考えない単細胞が!!」

 

 盾を素早く取り出すと、全力で盾に魔力を込める。複雑な想像はナシだ。あるだけ込め続けろっ。

 俺はそのまま、振り下ろされる棍棒に合わせるように盾を上に構えた。

 ドンッッッ!! 鈍い音が周囲に広がる。だが、俺を盾ごと叩き潰そうとした棍棒は、根本から真っ二つに折れていた。音の強烈さとは名ばかりに威力のない惨めな一撃だ。最早、武器として使いものにならないだろう。

 

 「そ、そんな馬鹿な!? 魔力を込めて全力で振り下ろしたんだぞっ!! それをこんな、十級ごときにこの俺がっ」

 

 「まだ、そんなことを言っているのか! お前の身勝手な私情で死人が出たかもしれないんだぞ!!」

 

 「テ、テメェが悪いんだろうがっ!! 職員に贔屓されて、依頼を熟すテメェが!」

 

 「まだ、同じことを言うのか! こんこのおなごんけっされ意気地なしの男が!!」

 

 俺は素早くハゲの懐に接近すると、勢いよく拳を腹に向かって突き出した。微弱な魔力しか流していなかったが、拳は鎧を容易く突き破り、ハゲの腹にメリ込んだ。

 

 「うぼぉぉぉぉ」

 

 ハゲは情けない声を出して、前のめりに倒れ込んだ。取り敢えず、生きているか確認をする為に膝を突く。体を揺さぶっても起きる気配はない。仕方なく、体を転がして仰向けにする。顔を覗き込むと白目を剥き、口から泡を吹いていた。首筋に手を当てて脈拍を確認すると、しっかりと拍動している。……ああ、やってしまった。

 

 「なにをやってるんだよ、俺。殴る必要なんてなかったのに」

 

 「そんなことはない憂人!! 俺には分かる。相手の鳩尾目掛けて、抉るようなイカしたボディーブロー腹パンだった。現役だった頃を思い出して久々に胸が躍ったぜ!」

 

 両手で頭を抱えて、落ち込んでいると隣からウキウキした様子の幹屋さんがなんのフォローにもなっていない言葉をかけてきた。いくら元ヤンとはいえ、公務員の癖に他人の喧嘩を見るのが好きすぎだろ!?


 「幹屋さん。なんで、そんなに嬉しそうなんですかっ!? というか元ヤン時代のことを思い出して口調が戻ってますって!!」

 

 「おおっと、私としたことが。でも、周りの人たちも同じような感想を抱いているようだよ」

 

 「え?」

 

 「兄ちゃん、よくやったな!」

 

 「俺もコイツの素行の悪さには参ってたんだぜ」

 

 「全くだ。コイツはいつも俺の推しの恵ちゃんに下らねぇちょっかいをかけてたんだ。清々せいせいするぜ」

 

 「はぁ? お前なに言ってんだ。恵ちゃんは俺の推しだろうがっ」

 

 「馬鹿共がっ! 恵ちゃんは俺に決まってるんだろうが!」

 

 「「「やんのか、クソ野郎!!!」」」

 

 「あーあ。折角、丸く収まったのに」

 

 「憂人君、放っておけばいい。性欲丸出しの猿共が醜い争いを始めたんだ。私たちは高みの見物でもしようじゃないか」

 

 「その前にこの気絶している探索者はどうしましょうか?」

 

 「二人で後片付けでもしよう。気絶しているとはいえ、暴れ出した人間だ。組合から出さないと」

 

 「分かりました。俺に責任がありますから、一人で担ぎますよ」

 

 「頼むよ、憂人君」

 

 

 

◇◇◇ 

 

 「クソ! 山内が倒されやがった!! アイツ、あんなに強いのかよっ」

 

 「ああ、口だけの優男じゃないな。マトモにやり合えば山内の二の舞だ」

 

 「なら、どうするんだよ!」

 

 「一々、喚くな。俺に考えがある。まあ、見ておけ。面白くしてやるから」

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