第7話 隊商の護衛、そして初めての野営

 俺達は注目のまとだった。

 テシリア嬢の鎧は素晴らしい出来であることは間違いなかったが、隊商の護衛をする傭兵ようへいの装備としては少々大げさだ。まあ、見かけ倒しなのではあるが。

 そして、俺だ。そもそも俺が身に着けているものを鎧だと認識してくれる人がどれだけいるだろうか。おそらく皆無かいむだろう。


 隊商は、ウェストポートの中心街から少し外れた埠頭ふとうの近くの倉庫街から出発する。

 俺とテシリア嬢の馬はあらかじめ倉庫街にまわしてある。


(馬を廻しておいたのは正解だったな……)


 街中まちなかを馬で移動すると、それだけで注目を集める。その上にこので立ちだ。

 変なやつらがちょっかいを出してこないとも限らない。


「隊商が街を出るまでは荷馬車に乗せてもらうのよ」

 テシリア嬢がニルに言った。

「はい」

 そう答えるニルの足元には小さくなっているゴーレム狼がまとわりついている。


 待ちゆく人々にジロジロと好奇の目で見られはしたものの、俺達は無事に倉庫街に到着した。

 道中どうちゅう、グッシーノの坊っちゃんとは会わなかった。

(神経質になりすぎたかな……)

 と思いながら、俺はうまやから馬を出してきた。


 すると、少し離れた倉庫に人が集まり始めていた。

(あれは……)

 そこには昨日見た派手な服装の連中が集まっていた。

 俺は隣で自分の馬に馬具を着けているテシリア嬢を見た。

 彼女も気がついたようで、兜越かぶとごしにじっと連中の方を見ている。


「しばらくはこの格好のままで様子を見ましょう……」

 俺がささやくような声で言うと、テシリア嬢は小さくうなずいた。

 事前の打ち合わせでは、俺達は街を出たらすぐにでも鎧を脱ぐことにしていた。


 グッシーノたちの様子を見ていると彼らも荷を荷車にぐるまに積んでいる。

 どうやら、ここには仕事できているようだ。

(とりあえず、あの連中が動くのを待ってからにしよう)

 俺は隊商の責任者にそう耳打ちして伝えた。

 ウェストポートからから出ている街道は、西の海側を除く三方に延びている。

 俺達は東側から出て『大森林』に向かう予定だ。


 グッシーノ公爵領は我がノール伯爵領の南だ。

 ウェストポートからだと一般的には南から出る場合が多い。

 たが、東に出て『大森林』沿いの街道を進み、ノール伯爵領を南北に貫く街道を南に行くルートもよく使われる。


 やがて積み込みが終わり、グッシーノ達の荷馬車が動き出した。

 荷馬車は俺達がいる方に向かってきた。どうやら東出口に向かうようだ。

(東か……となると)

 俺達の直ぐ側を通るのは間違い無さそうだ。

(どうする……)

 もちろん彼らと遭遇するのは避けたい。

 だが最悪の場合、

(俺だけは仕方ないか……)


 昨日のテシリア嬢の様子をからすると、なにが何でも彼女を奴らと、特にグッシーノの坊っちゃんとは会わせてはならないと、俺の頭の中で警告が鳴っている。

「あなたとニルは馬車の中へ」

 俺はテシリア嬢に囁いた。

 彼女は素早く頷くとニルの手を取り、荷馬車そばにある幌馬車の中に入った。

 俺は、荷馬車の陰に隠れた。見られないで済めばそれに越したことはない。


 そして、グッシーノの荷馬車が三台やってきた。

 先頭の荷馬車は御者台が二列になっていて、後ろの座席には派手な服装の男がふんぞり返っていた。

「ちょっと止まれ」

 派手男が御者の肩を叩いて言った。


「あんたらもこれから出発かい?」

 派手男がこっちの荷馬車の御者に言った。

「ええ、そうでございます」

 御者の代わりに隊長が進み出て言った。

「護衛が見えないが……もし護衛を探しているなら俺達が請けてやってもいいんだが?」

 派手男が周りを見ながら言った。


「ありがとうございます、グッシーノ様」

 隊長は丁寧に礼を言った。

(あいつがグッシーノの坊っちゃんか)

 俺は荷馬車の陰から彼を見た。

「ほう、俺のことは知っているようだな」

 グッシーノ坊っちゃんはまんざらでも無さそうに言った。


「はい、もちろんでございます。お申し出、心より感謝申し上げます。ですが……」

「ん?」

「当方、既に護衛は用意しておりますので、今回はグッシーノ様のお手を煩わせる必要は無いかと存じます」

 そう言いながら隊長は俺がいる方に視線を向けた。


(まあ、この流れじゃ仕方ないよな……)

 俺は覚悟を決めて、荷馬車の影から出ていった。

「今回はこの者に護衛をやらせることにしております」

 隊長が俺を手で差しながら言った。


 一瞬の間の後、

「ぎゃっはははははは!何だそいつは!」

 グッシーノ坊っちゃんは御者台の座席の上で笑い転げた。

「そんな間抜けな格好をしたやつに護衛が務まるのかよ!」

 と言ってグッシーノ坊っちゃんは、膝をバンバン叩きながらなおも笑い続けた。


「はい、見た目はこんなですが、腕は確かだと聞いておりますので」

 隊長が作り笑顔で言った。

「まあ、そんな格好してれば追い剥ぎの連中くらいなら、おっかながって逃げちまうかもな」

 グッシーノ坊っちゃんが言うと、

「はい、そういう効果も期待しております」

 頭を下げながら隊長が言った。


「そうかそうか。おい、お前!」

 坊っちゃんが俺を指さしながら呼んだ。

 声を出そうか一瞬迷ったが、とりあえずは無言で一歩前に出た。

「うむ、そのほうがいいぞ、下手に喋ったりしたら、ハッタリ効果が無くなっちまうからな」

 上機嫌で坊っちゃんは言った。


「まあ、せいぜい頑張れ」

 そう言うと、坊っちゃんは前に座っている御者の肩をたたいて促した。

 御者が手綱を振り、荷馬車が動き出した。


 俺と隊長は荷馬車が見えなくなるまでそのままの姿勢で見ていた。

 やがて、荷馬車が見えなくなると、

「ふうぅーーーー………」

 と、俺は大きくため息を付いて、さかさ鍋の兜を脱いだ。


「なんとかやり過ごせましたね」

 隊長が言った。見ると彼も汗だくだ。

 この様子だと、彼もグッシーノ坊っちゃんとは関わり合いになりたくなかったようだ。

「ああ、ありがとう、恩に着るよ」

 俺は隊長に礼を言うと、テシリア嬢とニルが乗っている幌馬車に歩み寄った。


「なんとかなりました」

 幌越ほろごしに俺が声を掛けると、幌が開いて兜を着けたままのテシリア嬢が顔を出し、

「ご苦労さま」

 と、小さく言った。

 兜を被ってアイガードも下ろしたままなので、表情はわからない。

(でも、ホッとはしてるだろう)

 彼女の声の感じから俺はそう思った。

 そして隊商は東出口に向かって動き出した。



 隊商は『大森林』の街道を順調に進んでいった。

 荷馬車は三台で全てほろ付きだ。

 御者達は皆『大森林』を通るのは初めてらしく、初めのうちは落ち着かない様子だった。

 そんな御者の一人が、ニルが元の大きさに戻ったゴーレム狼にまたがっているのを見た時に、

「あの子、来る時もああやって『大森林』を通ってきたのですか?」

 と驚いて俺に聞いてきた。

「ああ、そうだよ」

 俺はできるだけサラッと答えた。

「そうなんですか……」

 御者は感心したように言った。


 それ以降、御者達の顔から不安そうな色は消えた。

(ニルがいて良かったのかもしれないな)

 俺はそう思った。

 テシリア嬢にこのことを伝えようかどうか考えたが、とりあえずは俺の胸のうちにしまっておこうと決めた。

(苦い顔で睨まれそうだし……)


 ウェストポートでグッシーノ坊っちゃんをうまくさばけたおかげで、テシリア嬢の俺に対する心象も、少しは上がっているかもしれない、と思いたい。

(ここでまた下手なことをして、せっかく上がったかもしれない株を下げることはないよな)


 やがて日が暮れ始め、御者が馬車のランタンに火を入れた。

 来るときに目星めぼしをつけておいた野営場所には日が沈む前に着くことができた。

 街道の脇の、低木がまばらになっている広めの空き地で、少し奥に行くと泉が湧いている場所だ。


「このあたりを使いやすく整えれば、隊商もこの街道を利用しやすくなると思うんだが」

 俺が隊長に言うと、

「そうですね、ガルノーさんに相談してみます」

 隊長が答えた。


 御者達は野営も慣れているようで、手早く火を起こし、簡単なスープとパンの夕食を整えた。

 俺はテシリア嬢とニルの分の食事を、二人が並んで座っているところへ持って行った。


 俺も少し離れて座り、自分の食事を始めると、

「今夜の見張りはどうするの?」

 と、テシリア嬢が聞いてきた。

「俺が先に立ちます。で、夜明け前に交代してもらえますか?」

 俺が言うと、

「それでいいの?」

 と、少し驚いたようにテシリア嬢が言った。


「ええ、その気になれば馬に乗りながらでも眠れ……」

「えっと……」

 ニルが俺の言葉にかぶせて何かを言いかけた。

「ん、なんだ、ニル?」

「夜の見張りね、この子がやってくれるよ……」

 と、ニルはそばに座っているゴーレム狼を撫でながら言った。


「「え?」」

 俺とテシリア嬢の声が合った。

(声が合ってしまった……やばい!けど嬉しい、けど、やっぱやばい!)

 などと頭の中をシッチャカメッチャカにしながら、俺がこわごわとテシリア嬢の様子を伺うと、あんじょう、彼女は苦い顔で俺を睨んでいた。


「この子、眠らなくても大丈夫だから……」

 ニルは優しい表情でゴーレム狼を撫でている。

「そうね、ゴーレムだものね」

 テシリア嬢が言うと、

「うん!」

 と嬉しそうに、ニルが答えた。


 ということで、夜の見張りはゴーレム狼に任せることにした。

 とはいえ、ゴーレム狼がなにか危険を察知した時のことを考えて、俺が側で仮眠をとることにした。


 こうして俺達は『大森林』での初めての野営を迎えた。

(何事もなければいいが……)

 と、フラグじみたことを考えながら、俺はゴーレム狼に寄り添うように座り、うとうととし始めた。


 そして、こういう時は必ずと言っていいほど何事かが起こるものだと、俺はのちに改めて思い知ることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る