第27話 魔王
魔王の間は、想像以上に広かった。天井も高く光が届かないせいか、はっきりとは見えない。
中央の奥に玉座があり、フード付きの黒いローブを身に
「ようこそ、勇者パーティの皆さん」
フードのせいで顔がはっきりとは見えないが声からすると男のようだ。
「あいつが魔王だ」
オルダが俺に小声で教えてくれた。
俺は頷いて一歩前に出た。
(落ち着け……)
俺は小さく深呼吸をしてから、まっすぐに魔王を見て言った。
「魔王、テシリア嬢を返してもらいにきた。彼女はどこだ?」
「ん、誰だい君は?」
魔王が小馬鹿にするような調子で言った。
「ノール伯爵家のノッシュだ」
俺は答え、そして一呼吸おいて、
「テシリア嬢の婚約者だ」
と、付け加えた。
「なるほど、君が彼女の……ふむふむ」
魔王はわざとらしく俺の顔をジロジロ見ながら、
「あの美しいご令嬢の婚約者にしては、なんとも情けないご面相だねぇ」
と言った。
(わざわざ言われなくたって分かってるって、こんちくしょう!!)
俺は思わず前に出そうになったが、オルダの手が俺の肩を抑えた。
「使い魔に渡した書状には、人質はアルヴァ公爵領と引き換えだと書いておいたはずだが?」
魔王が言うと、
「まずは私の娘を連れてきてちょうだい」
アリナが俺の横に並ぶように立って言った。
「これはこれは地獄の美魔女殿」
魔王が気持ち悪いくらいの慇懃さで言った。
「妙な呼び方をしないでくれるかしら」
言葉に怒りを乗せてアリナが返した。
魔王は口元をニヤけさせながら指を鳴らした。
すると玉座の後ろの幕が開いて、二体の魔物に左右を固められてテシリア嬢が出てきた。
(テシリア嬢!)
俺は彼女に駆け寄りたい気持ちを必死に抑えた。
「テシリア!」
「お母様!」
声を聞く限りでは、テシリア嬢はとりあえず元気みたいだ。
「このご令嬢があなたの娘さんだったとはねぇ、道理で美しいわけだ」
「あなたにお世辞なんて言われると
魔王の見え透いた世辞にアリナは
「いやいや、私はあなたを称賛しているのだよ、あなたと娘さんの美しさと、そして……」
「……」
「その強大な魔力をね。ついさっきも私のかわいい
「お庭の片付けをしてあげただけよ」
「相変わらずの強さだが、さすがに衰えは隠せないようだねぇ」
(あれで衰えたって……全盛期はどんだけだったんだ!)
「あなたの魔眼も衰えたようね、私が手加減してたのを見抜けないなんて」
(手加減!?)
「いやいや、私の魔眼は衰えてなんていないよ」
そう言うと魔王の左目のあたりが紅く光った。
「クックック、見える見えるぞ……一、二、三……」
「魔力って数えられるんですか?」
俺は隣のオルダに小声で聞いた。
「いや……そんなことは聞いたことないな」
オルダも不思議そうだ。
「一体何をやっているのよ」
アリナが苛立たしそうに言った。
「数えているのさ、私の魔眼でね」
「……?」
「巧妙に隠しているようだが、私には見えているのだよ。三十年前には無かったあなたの目尻の
(うっわ、何言ってんだ、あいつ!)
俺はこわごわとアリナを見た。彼女はやや伏し目がちにしている。
(
そして、あたりの空気が凍りついたかのような冷たい口調で言った。
「ねえ、こいつちょっと殺しておこうと思うんだけど、どうかしら?」
(ちょっと殺しておく!?)
「まあ、とりあえず落ち着け、アリナ」
そう言いながらマリルが一歩前に出た。
すると魔王が言った。
「出たな、羊の皮を被った狼、いや……」
「……?」
「女の皮を被った筋肉男め!」
「うむ、やはりこいつは殺しておこう」
マリルも速攻でアリナに賛成した。
(あの魔王って……バカなの?)
「おっと、危ない危ない、危うく忘れるところだったよ」
そう言うと魔王は右手をさっと上げた。
すると、魔王の間全体がほんのりと明るくなり、壁から天井までが薄い膜のようなもので覆われていった。
「くっ……!」
それを見てアリナが悔しそうに歯噛みした。
「ふふ、さすが地獄の美魔女、これがなんだか分かるようだね」
魔王がニヤけながら言った。
「あれは……?」
俺がそう口にすると、
「魔力を無効化する結界だ」
マリルが教えてくれた。
「ふふ、分かっているぞ、その女の皮男の強さの秘密も魔力にあるってな」
「そろそろ、その減らず口をぶっ潰してやりたいんだがな」
「協力するわ、マリル」
得意満面の魔王にマリルとアリナが怒り心頭に達した様子で言った。
「こっちには人質がいるってことを忘れないでほしいね。さあ、武器を捨ててもらおうか」
と言う魔王の言葉に、俺はマリルとアリナを見た。
二人は悔しそうに頷いた。
アリナは魔杖を、俺やオルダ達は剣を、魔王の座に向かって床に滑らせた。
マリルは鋲付きグローブを外し、魔王に向かって投げつけた。
「それでいい。君たち六人さえいなければ王国なんてあっと言う間に征服できるからね」
「なるほど、そういうことか」
魔王の言葉にマリルが言った。
「どういうことですか?」
俺が聞くと、
「俺達をここに釘付けにしておいて、その間に王国を蹂躙してしまおうという
オルダが言った。
「釘付けだなんて人聞きの悪い、君たちにはずっとここで、のんびりと滞在してもらおうと思っているんだよ。まあ、どのみち君たちはここから出られないのだけどねえ」
嬉しくてたまらないといった様子で魔王が言った。
「こんなところに滞在なんてまっぴらごめんだわ!」
アリナが激しい口調で言った。
「そんなつれないことを言わないでくれよ美魔女様、ちゃんと六人様をご招待しようと……?」
魔王は言葉を止めた。
「六人……男四人女二人?確か男女三人ずつだったはずだが……?」
魔王がそこまで言ったところで、
バタッ!
バタッ!
と、何かが倒れる音がした。
「はっ……!」
魔王が息を呑んで振り返った。
倒れているのは、先程テシリア嬢を連行してきた魔物だった。
そして、テシリア嬢と一緒にいるのは。
「母さん!」
俺は子供のように歓声を上げてしまった。
「あらあら、そんなふうに呼んでもらうのなんていつぶりかしらねぇ」
にっこり笑顔で母が言った。
「お、お前は……闇の殺し屋!」
魔王の声には悔しさと恐怖が滲み出ている。
「そんな人聞きの悪い呼び方やめてくれないかしら」
穏やかだった母の顔が瞬時に冷酷な表情になった。
(言いえて妙……なんて死んでも言ってはいけない!)
「ふふ、私も少々油断してしまっていたようだな」
とりあえず
「でも、それは、切り札を出す時が少し早くなったというだけのことなのだよ」
そう言うと魔王は、玉座の肘掛けにあるボタンを押した。
すると、
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
という大きな音とともに、玉座の後ろの左右の壁が開いていった。
そして、開いた左右の壁から大きな魔物が一体ずつ出てきた。
「クククク……魔力を無効化されて、武器も取り上げられた君たちにはこの魔物は倒せまい」
勝ち誇ったように魔王が言った。
ざっと見たところ、魔物は身長が三〜四メートル位はありそうだ。甲殻類に人間の手足がついているタイプの魔物だ。
(師匠はそれほど強くはないと言っていたけど……)
俺がオルダを見ようとすると、彼は既に俺の横にいて、
「お前がやれ」
と、言った。
俺がハッとして彼を見ると、
「テシリア嬢にいいところを見せてやれ」
オルダが励ますような笑顔で言ってくれた。
「はい……!」
俺はそう答えると、ゆっくりと前に進み出た。
「なんだい、君がやるのかい?一人で??」
魔王が小馬鹿にするように言った。
俺はゆっくりと進みながらテシリア嬢を見た。
彼女は母のそばで心配そうにこちらを見ている。
(テシリア嬢……)
テシリア嬢を助けたくて俺はここまで来た。でも、俺自身は殆ど役にたっていない。
魔王は六勇者を恐れている。だが、いつまでも
(やるしかない、当たって砕けろだ!)
俺は拳を握りしめて、巨大な魔物に向かって突進した。
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