第19話 復帰

 療養も二ヶ月を過ぎて左腿ひだりももの痛みもほぼ無くなり、俺は少しずつ修練を始めた。

 訓練生は、人数的に大幅には増えていなかったが、以前に比べて質は上がっていた。


 俺とボーロとの決闘前には、自律式ゴーレムと対等以上に戦える者はいなかった。

 何人かは自律式ゴーレムエリアに行ける者もいたにはいたが、それでも攻撃を防ぐのが精一杯だった。


 だが今では、自律式ゴーレムを倒せる者が十人ほどいるらしい。

(短期間で随分とレベルがあがったな)

 ダンジョン立ち上げに関わった者としては感慨深いものがある。


 そういう上級者は、ユアンの提案もあって『大森林』の街道を利用する隊商の護衛を任されることが増えた。

「実戦の経験は大事だからな」

 と言うユアンの言葉通り、頻繁ひんぱんではないものの、野盗のたぐいが『大森林』の街道に出るらしい。


『大森林』ではここ十年以上魔物は出没していない、ということがかえって野盗共を呼び寄せることになってしまっているようだ。

 その結果今では、魔物対策として造られたダンジョンで訓練を受けた者が野盗退治を任されるという、皮肉なことになっている。


 やがて、俺もユアン達の補助としてダンジョンに入り、自律式ゴーレムの相手ができるまでに回復した。

 それに合わせて、ユアンは『大森林』警備の監督をメインに行うことになった。


「がんばれよ!」

 別れ際に、ユアンは笑顔で俺の肩をぽんと叩いて言った。

「うん……」

「ん、どうした?まだ本調子じゃないのか?」

「いや、そういうわけじゃ……」


 もちろんユアンは兄として俺を励ましてくれているのだ。それには何の疑いも俺は持っていない。

 だが俺の記憶の中には、テシリア嬢とユアンが仲良く楽しそうにしている光景がしっかりと残ってしまっている。


(今までユアン兄さんと楽しくやってたのに、また俺なんかと一緒にとなったら……)

 テシリア嬢ががっかりする姿が目に浮かぶようだ。


 そして、俺のダンジョン本格復帰の日がやってきた。

「よろしくお願いします」

 俺が挨拶すると、

「よろしくね」

 と、テシリア嬢はごく普通に返してくれた。


(久々のテシリア嬢との会話だーー!)

 会う前は、テシリア嬢に冷たくそっぽを向かれてしまうのではないかと怖くて仕方なかった。

 だが、いざ会って話ができると、それだけで嬉しくなって舞い上がってしまう。


(単純で安上がりな男だなぁ、俺って)

 こうして、俺は二ヶ月ぶりにテシリア嬢と並んでダンジョンに入ることとなった。


 ダンジョン訓練での俺とテシリア嬢の役目は、訓練生の指導と状況に応じた補助あるいは保護である。


「あなた前に出過ぎよ!」

「敵に真正面から突っ込まない!」

「危ない!横からの攻撃にも気を配りなさい!」

「脚への攻撃にも備えなさい、大怪我をするわよ!」

 ダンジョン内にテシリア嬢の鋭い指示が響く。


「は、はい、わかりました」

 と、その都度は答えた。

 そうなのだ。テシリア嬢は俺がゴーレムを相手にするたびに細かく厳しい指示を飛ばしてくるのだ。


(俺のことより訓練生のことを気にかけてあげないと……)

 という言葉が喉まで出かかったが、この空気だと間違いなくテシリア嬢に睨まれてしまいそうだ。

 なので、俺はすんでのところで言葉を飲み込んだ。


(何だか、母さんがそばにいるみたいだな……)


 やがて、自律式ゴーレムエリアの手前の休憩ポイントに辿たどり着き、そこここに置いてある岩に腰掛けての一休みになった。


「これを飲みなさい」

 テシリア嬢はそう言って、腰に下げていた水筒を俺に差し出した。

「水なら俺も……」

 そう言いながら俺は自分の腰に下げた水筒に手を当てた。


「これは水ではないわ」

 そう言って、なおもテシリア嬢は俺に水筒を差し出す。

(水でないならなんだろう……?)

 と、多少不審に思いながらも俺はテシリア嬢が差し出した水筒に手を伸ばした。


 手を伸ばしながらテシリア嬢を見ると、彼女の顔には不気味な笑みが浮かんでいた。

(あれ?なんだかテシリア嬢が悪役令嬢に見えるんだけど……)

 と、そう思った瞬間、

(あ……!)

 俺は気づいてしまった。


「いえとりあえずは水があるので自分は全然平気ですさあそろそろ次に進みましょう」

 俺は猛烈な早口でまくし立てて、腰掛けていた岩から立ち上がった。

「待ちなさい」

 もちろんこの程度で逃がしてくれるテシリア嬢ではなかった。

「飲みなさい」

 テシリア嬢は俺の顔の前に水筒を突き付けた。


「で、でも……」

「これはあなたのお母様から頼まれていることなのよ」

「え、母さんから!?」

「そうよ、だから飲みなさい」

「ということは、俺の母が持たせてくれたのですか?」


 俺の頭に一筋の光明こうみょうがさした。

(もしかしたら母さんが用意してくれたかもしれない!)

 だが、もちろん世の中そんなに甘くはなかった。


「いいえ、あなたのお母様の依頼で調よ」

 俺は撃沈した。

「さあ、飲みなさい!」

 左手を腰に当てて右手に持った水筒をビシッと差し出すテシリア嬢。


(テシリア嬢って委員長キャラだったのかぁーー!)


 こうして俺は、ニル達職人や訓練生が見守る中、テシリア嬢の命令でアルヴァ公爵夫人特製の薬を飲んだのであった。


「ぐぉおおおおーーーー!」

 絶叫する俺を満足気に見ながら、

「さあ、先に進みましょう」

 と、テシリア嬢が爽やかに言った。


(これから毎日この薬を飲まなきゃなのかなぁ……)

 颯爽さっそうと前を進むテシリア嬢を見ながら俺は思った。


(でも……今日のテシリア嬢、厳しいけど冷たくはないな)

 むしろ俺のことを色々と気にしてくれているような気さえしてくる。


 もちろんテシリア嬢は、ユアンに見せていたような笑顔を俺に見せてくれることはない。

 なのに不思議と俺の頭に浮かんだのは、

(なんか楽しいな)

 という言葉だった。


 一通りゴーレム訓練が終わりダンジョンの出口に向かう時、ニルが俺の横に並んだ。

 そして俺だけに聞こえるような小さな声で、

「今日はテシリア様も楽しそうだった……」

 と言った。


「え……?」

 ニルの言葉を聞いて、俺は思わず立ち止まってしまった。

 ニルは手を後ろに組んで踊るような足取りでそのまま進んだ。

 そして、振り返った肩越しにニコっと笑顔を見せてくれた。


 ニルが天使に見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る