第18話 リハビリと小さな事件
療養一ヶ月を過ぎると、外を一人で散歩するくらいはできるようになってきた。
ただ、左の腿はまだ
おとなしくしていれば痛みは殆どないのだが、歩き始めるとまだ多少痛む。
「無理せず少しずつ治せばよい」
マリルはそう言ってくれている。
「ノッシュ様……」
そんなある日の昼前、広場に常設されている屋外休憩所で休んでいる俺に、ニルが声をかけてきた。
「おお、ニルか、おはよう」
ニルはカップを片手に、俺の横の席に座った。
「今日は何を飲んでるんだ?」
「いちご
「そんなものまであるのか」
「うん、美味しいよ」
そう言って、ニルはカップのいちご水を一口飲んだ。
今ではガルノーの隊商が『大森林』を通って様々な物産をここに運んできている。
かく言う俺も、しょうが
すりおろした生姜を絞って冷たい水で割り蜂蜜で甘さをつけた飲み物だ。
ピリッとしたしょうがの辛さと蜂蜜の甘さが混ざった味がなんとも言えず美味だ。
「今日はもうダンジョンには入らないのか?」
俺が聞くと、
「うん……今日の組は奥まではいけない人達だからって……」
と言ってニルはもう一口いちご水を飲んだ。
「なるほど」
そう言って俺もしょうが水をグイッと飲んだ。
飲みながらニルを見ると、彼女は俺の顔をじっと見ている。
顔面を強打した俺は、暫くの間は包帯で顔をぐるぐる巻きにしていた。
だが、今は鼻を矯正するための革バンドを顔につけている。
この顔を最初に鏡で見た時に俺はかなりの衝撃を受けた。
自分の顔のブサメン具合には自信があった俺だった。
だが、そんな自分の認識が甘っちょろく思えるほど、今の俺の顔は凄まじい。
鼻が曲がったせいか、目もより細く鋭い感じになってしまっている。
そこに、革の矯正バンドを装着している顔は、はっきり言って化け物だった。
そんな化け物顔の俺をじっと見てニルが、
「ノッシュ様……かっこいい」
と言ったのだ、
「え?俺の顔がか!?」
俺は心底驚いてニルに聞き返した。
「うん……すごく強そう」
(ああ、そういうことか……)
子供がヒーローものの怪獣を見て「カッコいい!」って言うのと同じなのだろう。
場合によっては、ヒーローよりも悪役の怪獣や怪人のほうが人気だったりもするのだから。
「きっと悪い人も逃げていくね」
とニルが楽しそうに言った。
「ははは……」
なんと答えていいのかわからず、俺はただ笑ってごまかした。
こんなふうに、リハビリがてらダンジョン前広場で過ごすことが増えていった俺だったが、なるべくテシリア嬢とは出会わないように気をつけた。
いや、正確に言えば「ユアンと一緒にいるテシリア嬢」と出会わないようにだ。
(テシリア嬢に会いたい……)
これは俺の偽らざる本心だ。たとえ冷たく塩対応されると分かっていてもだ。
だが、ユアンと仲良く楽しげにしているテシリア嬢に会ったりしたら、自分の無価値さを突きつけられてしまうことになる。
そんなことになるくらいなら会わないほうがまだましだ、と考えてしまうのだ。
(まあ、こんな化け物顔だしな……)
ニルは子供らしく面白がってくれるが、テシリア嬢はそうはいかないだろう。
あくまでも形式上とはいえ俺はテシリア嬢の婚約者なのだから。
そんな、俺を悪のヒーロー的に扱って喜ぶニルは、事あるごとに同年代の訓練生の女子に「こわカッコイイ人」と呼んで、俺のことを
そんな話を聞くと、
(いっそのこと着ぐるみヒーローショーでもやってやるか!)
などとヤケクソ的発想が出てきてしまう。
だが、そういう話をする時のニルが、前の日に見た大好きなアニメの話をする子供のように嬉しそうなので、
(まあ、いいか。ニルが楽しそうだから)
と思うようにした。
そんな日々を送っているうちに、まさにニルが大喜びしそうな出来事が起こった。
その日、ユアンは訓練生を率いて、隊商の護衛の実地研修に行っていた。
「もちろん訓練生のためだけど、俺も組織戦の指揮の練習になるしな」
とユアンが言っていた。今後もこういう研修はやっていくのだろう。
(テシリア嬢は……)
と、俺が内心ドキドキしていると、どうやらその日テシリア嬢は、アルヴァ公爵家で警備兵の演習に出席しなければならないらしい。
(そっか……)
テシリア嬢に会うのが怖いくせに、いざ会えないとなるとガッカリする。
なんとも女々しくて情けない男だと、我ながら情けなくなる。
そういうわけで、その日のダンジョン訓練は中止になった。
だが、広場での素振りや人形での打ち込み訓練ならできるということで、俺が監視役をすることになった。
ニルは大喜びだったが、他の訓練生は遠巻きに俺を見ているだけだった。
しかも、その日集まったのはテシリア嬢に憧れて入ってきた少女ばかりだ。
(まあ、こんな化け物には近寄りたくはないよな……)
こういうことには慣れている。仕事だと思って粛々とこなすだけだ。
「怖くないよ、大丈夫だよ」
と、ニルは訓練生に言っている。
(うん、完全に猛獣扱いだな、俺!)
それはそれで却って面白いではないか、と多少自虐も交えて気持ちに折り合いをつける俺だった。
とはいえ、午後になると多少は猛獣男の俺にも慣れてきたのか、恐る恐る剣技の型や打ち込み方を聞きに来る子も出始めた。もちろんニルが付き添ってだが。
そして、日も傾き始めた頃、施設の食堂がなにやら騒がしくなり、何人かの訓練生が小走りに出てきた。早めに訓練を終えた少女たちだ。
「何かあったの……?」
と、ニルが駆け寄ってきた少女に聞いた。
「うん……食堂に、なんだか怖い人たちがいるの……」
「怖い人……?」
そう言って、ニルが不安そうに俺を見た。
「見てこよう」
俺は頷きながらそう言って食堂に向かった。
食堂の入口前に立った時点で既に中から男たちが大声で話すのが聞こえてきた。
(飲んでるのか……まだ昼間だぞ)
俺が店内に入ると、
「さっきまでいたかわい子ちゃんたちはどうしたぁ?」
「呼んで来るかぁ」
と、既にどこかで飲んできたのか、かなり出来上がってる連中が四、五人で騒いでいる。
そのうちの一人が入口で立っている俺の目の前にきて、
「そんなとこに突っ立ってんじゃねぇ!」
と、凄んできた。
が、俺の顔を見ると、
「ひぃっ!」
と情けない声を上げて二、三歩後ずさった。
(あ、この野郎ぉーー!)
女子に怖がられたりキモがられたりするのは仕方ない。俺はブサメンだからな。
だが!
「もう少し静かにできないのか」
俺は店内を見回しながら言った。
すると、
「な、なんだと、こ、このやろー」
と、リーダー格らしき男が立ち上がって言った。
(ああ……こんな汚らしい野郎に怖がられるなんて……)
よっぽど俺の顔って……。
(てか、まだ左腿が痛むんだよなぁ……頼むから向かってこないでくれよ……)
ここでことを起こして傷口が開いたりしたら、マリルにキツくお説教をされて、アリナ特製お薬を強制的に喉に流し込まれることになってしまう。
(そんなことは……そんなことは絶対に嫌だぁーーーー!)
その時の俺はきっと凄まじい
「ひぃいいーー!」
と、口々に悲鳴を上げながら店を出ていった。
「あ、ありがとうございます、ノッシュ様」
と、礼を言いにきた店主も、かなり腰が引けている。
「いや、別に……」
(俺、何もしてないよ……顔が化け物になっただけなんだよぉ……)
などと、内心、切ない思いをしていると、俺の袖を誰かが引っ張った。
そう、ニルだ。
彼女の後ろには訓練生の少女たちがいる。
ニルは嬉しそうに言った。
「ノッシュ様、かっこいい」
「そうか」
「うん」
(ニルが喜んでくれたならいいか)
ここのところ色々と落ち込んでいた俺の気持ちが少し上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます