第17話 賑やかなお見舞いと疑念

 カッカッカッカッカッ――――


「誰か来たようだな」

 マリルが部屋の外から聴こえる小刻みな足音を聴いて言った。


(走ってるのかな……)


 バタンッ!

 大きな音を立てて扉が開いた。

「ノッシュっ!」

 母のメリアが俺を呼ぶ声が聞こえた。

「母さ……ん……って痛え痛えっ……!」


 ベッドの上で身動きができない俺に覆いかぶさるようにして、母が抱きついてきたのだ。

「あなたって子は、こんなにボロボロになって……」

 そう言いながら母は俺の胸に顔をうずめて泣き出した。


「ごめんなさい、母さん……」

 俺までもらい泣きしてしまいそうになる。

「ほんとよ……こんなに心配かけて……!」

「はい……」

「それにしても、いい加減グッシーノには我慢がならないわね」

 母は俺の胸から顔を上げて厳しい声で言った。


「モリスのやつには、ちょっとお灸を据えなきゃいけないと思うの」

「モリス?」

 俺が聞くと、

「モリス=グッシーノ、グッシーノ公爵家の当主よ」

 と、母が教えてくれた。

「ふむ、私も手伝おう」

 母の剣幕にマリルが同調した。

「あら、ありがとう、マリル」

「私も腹にえかねるものがあるからな」

「そうだ、アリナも誘って三人で行きましょうよ」

「いいだろう」


(まるで主婦友三人で一緒にランチにいきましょうよ的なノリだな)


 すると、

「物騒なことを言わないでくれ、メリア」

 と、いつの間にか部屋に入ってきたようで、父のノルデンの声が聞こえた。

「君たちが言うと冗談に聞こえないんだよ」

「あら当然じゃない、本気で言ってるんだもの」

「はぁ……勘弁してくれ、そんなことしたら下手すりゃ内戦だぞ」

「ふん、わかってるわよ!」


 そこに、また別の声が聞こえてきた。

「お邪魔するわね」

「あら、アリナ来てくれたのね」

「もちろん!」

 そう言うとアルヴァ公爵夫人アリナはベッドの脇に来て跪いて、俺の手を握った。

「ノッシュさん、本当にありがとう、テシリアのために闘ってくれて」

「いえ、そんな……こんな情けないことになってしまって、却って申し訳ないです」

 俺はまだ顔を動かせないので、上を向いたままで言った。

 かすかにアリナがすすり泣く声が聞こえる。


「で、今入ってこようとしたら、面白そうなことを話してるのが聞こえたんだけど?」

 アリナが立ち上がりながら言った。

「ええ、私達三人でモリスを痛い目に遭わせてやろうかって話してたのよ」

「うむ、久しぶりに暴れるのもよかろうと思っての」

 母とマリルが言うと、

「まあ、素敵!」

とアリナが嬉しそうに言った。


 そうしてしばらくは、母とアリナ、マリルの三人で、モリス=グッシーノをどう料理しようかという話で大盛り上がりした。


「あ、そうそう」

 女性三人で賑やかに話している途中で、母が思い出したように言った。

「あなたはしばらく動けないから、代わりにユアンにダンジョン運営をやってもらうことにするわね」

「え、ユアン兄さんが!?」

「そうよ」


 ユアンはノール伯爵家の次男で歳は俺の二つ上だ。

 見た目はイケメンチャラ男で、当然女子にモテる。

 だが、中身は見た目の印象とは随分と違う。


 彼は、周囲への目配りを欠かさず、人心掌握の才にけている。

 人をまとめることが得意で統率力も高い、いわゆるリーダータイプだ。

 以前父から聞いた話では、今後王国有事の際には各領主の連合部隊の司令官を任されることが内定しているとのことだ。


「ユアン兄さんじゃ、持て余しちゃいそうだね」

「なら、頑張って早く治しなさい」

「はい」


 そして早くもその翌日、ユアンがやって来た。

「なんとも痛々しいな……」

 包帯ぐるぐる巻きの俺の顔を見てユアンが言った。

「うん、実際痛いんだ」

「まあ、ダンジョンのことは俺に任せてしっかり治せ」

「うん、ありがとう」


 こうして一週間が過ぎた頃には、俺は自力で起き上がることができるようになった。

 それまでは母かマリルが世話をしてくれていて、時にテシリア嬢が手を貸してくれていた。


(ごめんなさい……)

 と思いつつも、テシリア嬢と触れ合うことができるその時間は、まさに天にも昇る気持ちだった。


 二週間が過ぎた頃には部屋の中なら歩いて回ることができるようになった。

 とはいっても、ほとんどの時間は、窓際に椅子をおいて外を眺めていた。


 施設はダンジョン入口に向かって左側にある。

 なので、窓から左を見るとダンジョン前広場が見える。

(賑わってるなぁ……)

 運用を開始した頃に比べると随分と訓練生が増えている。

 特に女性だ。やはりテシリア嬢の存在が大きいのだろう。


 流麗な動きと剣さばきで戦うテシリア嬢の姿は誰が見ても美しく勇ましい。

 そんなテシリア嬢に憧れる少女が増えているのだ。

 中にはニルと同じくらいの歳の少女もいたりする。

 さすがにその歳でいきなり訓練用とはいえゴーレムと戦うのは危険だ。

 そこで、歳の行かない者は、広場のはじで型の練習と人形を使った打撃訓練を行うようにした。


「えいっ!」 

「やあっ!」

 まだ幼さが残る声を張り上げて、一心に剣を振るう少女を見ると心がなごんでくる。


 そんな光景をぼんやりと眺めていると、ダンジョンからテシリア嬢とニル達ゴーレム工房の者、そしてユアンが出てきた。

(今日の訓練は終わりか……)

 そう思って見ていると、テシリア嬢とユアンが楽しそうに何かを話している。

 テシリア嬢は晴れやかな笑顔で、時おり口に手を当てて笑ったりもしている。


(楽しそうだな……テシリア嬢)

 あんなに楽しそうな笑顔は、俺には見せてくれたことがない。


(やっぱりユアン兄さんはすごいな……)

 ユアンが上っ面だけの男ではないことは俺がよく知っている。

 ユアンのことは好きだし尊敬もしている。

 彼がテシリア嬢のことをどうこうするなんてことは絶対にない。

 けれども、


(俺とユアン兄さんを比べられたら……)

 テシリア嬢の俺を見る目が、今まで以上に冷めてしまうのは明らかだ。

 みぞおちのあたりが重くなる。

 俺は窓際から離れた。もし、窓から見ているところをテシリア嬢に見られでもしたら、

『なにコソコソ見ているのよ、気持ち悪い』

 なんてことになってしまう。


(ユアン兄さんがテシリア嬢の婚約者になればいいのに)

 という思いがまた頭をよぎった。


(あ……そういうことか!)

 今回、母が手配をしてユアンをここによこした。

 そして、俺の代わりにユアンがテシリア嬢とダンジョン運営をすることにした。


(俺は用済ようずみってことなんだな……)


 俺の心が沈むのと、日が沈んでいくのがシンクロしているのがなんとも皮肉だ。

 そう思いながら、俺は再びベッドに入った。

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