第30話 危機到来?

(うう……目が回る……気持ちが悪い)


 俺は試練の真っ只中にいる。試練とは、そうダンスの特訓だ。

 数時間の練習の後、今やっと今日の練習が終わったところだ。


 母とアリナの提案で舞踏会を開こうとなり、社交界には一度挨拶で出た事があるだけの俺にはダンスの特訓が必要だということになった。


 そして今俺は、アルヴァ公爵家の広間で特訓を受けている。

「うちの執事夫婦は王国舞踏大会で十年連続優勝をして、殿堂入りしているほどなのよ」

 というアリナからの勧め(という名の命令)でアルヴァ公爵家執事夫妻にダンスの教えを受けることになったのだ。


 そのうえ、

「舞踏会の日まではうちのお屋敷にいなさいね、そのほうが特訓の成果も上がるでしょうから」

 ということで二日前から俺はアルヴァ公爵家の屋敷に滞在している。


(舞踏会までに間に合うのか……?)


 舞踏会は一ヶ月後と決まっている。

 魔王城から帰ってくる時の、

「舞踏会は一ヶ月後にしましょう」

 という母の一言で決まったのだ。

「一ヶ月後?一週間後でいいじゃないか」

 父が母に反論した。

「何を言ってるの、色々と準備をしなければいけないでしょ?」

「それはそうだが、料理用の食材の仕入れや大広間の飾りつけを考えても一週間あれば……」

「分かってないわね……」

 母は腰に手を当てながら言った。


「何が?」

 父は母の話についていけてないようだ。

「ドレスを仕立てなきゃいけないでしょ」

「ドレス?もうあるじゃないか」 

「今度の舞踏会は普通の舞踏会とは違うのよ?魔王討伐を祝う記念すべき舞踏会なのよ?」

「そうかもしれないが……」

 完全に父は押されている。


「これからドレスの仕立てで忙しくなるわよ、テシリアさん」

 と、父の答えを待たずに母はテシリア嬢にドレスの話を始めた。

「でも……」

 テシリア嬢は答えに困った様子でアリナを見た。


 そんなテシリア嬢を見てアリナは、

「私達は今あるドレスで大丈夫よ」

 と母に言った。

 魔王を封印し、当面の追加軍備は必要なくなったとはいえ、アルヴァ公爵家の財政がまだまだ厳しいことには変わりないのだろう。

 アルヴァ公爵夫人としては、出費は必要最低限にと考えるのが当然だ。


 だが母は、

「何を言っているの。テシリアさんは今回の主役よ、主役が新しいドレスを着ないでどうするの。それにあなたもよ、アリナ」

 と、決意は固そうだ。 

「全部マキスに頼んでおくから心配しないで」

 と、母はニッコリと笑ったのだった。


(今頃マキス兄さんは大変だろうな……) 

 マキスの優れた管理能力は王国でも随一だろうと言われている。

 既にユアンが王国軍の司令官を任じられているが、マキスも大臣にとの打診があるようだ。

 今のところは領国経営を優先したいということで断っているらしいが。


(本来ならグッシーノの息子に声がかかりそうなものだが……)


 と、俺は魔王城を出た時のことを思い出した――――


「これからまた魔物の残党を相手にしながら帰るのも厄介だな」

 そろそろ魔王城ダンジョンの出口というところでオルダが言った。

「そうね、私も疲れちゃったし」

「私もよ」

 アリナと母もオルダに同意した。


 そして、魔王城を出て前に広がる荒野を見て俺達は驚いた。

 正面の階段の前に五十騎程の騎兵隊がいたのだ。

 中央にはユアンが、そして彼の横にはグッシーノ公爵と、驚いたことにボーロ=グッシーノもいたのだ。


「ユアン、来てくれたのね!」

 母が階段を降りながら大きな声で言った。

「はい、母さん」

 いつも通りの爽やかイケメン笑顔でユアンが答えた。


「ふうん、とりあえず体面だけは整えましたってわけね、モリス」

 アリナがグッシーノ公爵に向かって冷ややかに言った。

「頼むよ、いじめないでくれ、アリナ」

 グッシーノ公爵がため息交じりに言った。

「まあ、来なかったら、あなたの屋敷に二、三発撃ち込んでやろうとは思ってたけど」

 ふん、という表情でアリナが言うと、

「あの会議の時は、君の目から炎が飛んでくるんじゃないかとビクビクしてたよ」

「あら、それはいいアイデアね。今度やってみるわ!」

「君は本当にできそうだから恐ろしい」


(俺が思っていたのとはずいぶん違ってたな、グッシーノ公爵って人は)


 王国最大派閥のおさとはいえ、その彼の地位もまた多くの中小貴族の支持があってこそのものだ。

 魔王国との戦いには関わりたくないという意見が派閥内に多ければ、彼としてもその意をまざるを得ないのだろう。


(それに、アリナ様だけじゃなくて他の人とも結構話をしてたな)

 案外若い頃は友達付き合いをしていたのかもしれない。


「そろそろ行くか」

 一休みしながら、魔王城でのことをつらつらと思い出していた俺は、声に出して言った。

 午前中はダンスの特訓で午後はダンジョンというのが、今の俺の一日のスケジュールだ。 


 俺が立ち上がって広間を出ようとしたところで、テシリア嬢が広間に入ってきた。

「もう練習は終わったの、ノッシュ?」

「はい、これからダンジョンに行きます」

 俺が答えると、

「そう、じゃあ私もダンジョンに行くわ」

 そう言いながら、テシリア嬢は身を翻した。


(テシリア嬢と一緒に!)

 そう思うだけで嬉しくなってしまう。

 魔王城で見せてくれたテシリア嬢のまぶしい笑顔は、今も俺の脳裏に鮮明に刻まれている。

 その後は本来の塩対応になったり、はたまた悪役令嬢風になったりと目まぐるしかったが……。


「で、訓練の成果はどう?」

 厩から馬を出しながらテシリア嬢が俺に聞いた。

「まだ二日目なので、なんとも……」

 俺が自信なさげに言うと、

「そう。でも、舞踏会までにはしっかり踊れるようになってよね、私が困るから」

「え……?テシリア嬢が困る?」

「当たり前でしょ!私とあなたがペアで踊るんだから」

「あ…………!」

「あ、じゃないわよ!まさか他の女性と踊るつもりだったの!?」

「そそそ、そんなこと……そんなこと考えてもなかったです!」


(そうだ、ダンスってのは男女ペアで踊るんだったぁああーーーー!)


 まだ二日目ということもあるのだろうが、練習ではアルヴァ公爵家の執事の男性に基本のステップを教えてもらっている段階だ。

 なので女性とペアで踊るということは、知識として知ってはいたが、実感が伴っていなかったのだ。


 オロオロする俺を見てテシリア嬢が言った。

「もし、ちゃんと踊れなかったら」

「踊れなかったら……?」

 俺はゴクリとつばを飲み込んだ。

「婚約を解消しちゃうかもしれないわよ」

 そう言いながらテシリア嬢は素早く馬に跨がって進み始めた。


(婚約を解消……!) 

 俺は手綱たづなを握りしめながらその場で棒立ちになった。


(なんとかして……いや、なんとしても踊れるようにならないと!)

 俺は悲壮感を漂わせながらも、必死に自分を奮い立たせた。

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