第3話 ゴーレムとの戦闘

 キィーーーーーーン!


 ダンジョン内に剣がゴーレムを打ちえる音が響く。

(鮮やかだなぁ……)

 俺はテシリア嬢がゴーレムと戦う姿に目を奪われてしまった。


 ダンジョンには、テシリア嬢を先頭に俺とゴーレム工房の職人があとに続くかたちで入った。


「入口近くではゼンマイ式、中盤ちゅうばんから水晶式すいしょうしきが加わり、後半では自律型じりつがたゴーレムが出てきます」

 ダンジョンに入る時にトックが説明してくれた。

 そして、ゴーレムは熱に反応して攻撃をしてくるのだそうだ

(ゼンマイ式のからくり人形なら新米しんまい冒険者にちょうどいいだろう)

 と、俺は考えていたが、それは大きな間違いだったことを、すぐに思い知ることとなる。


「うわっ……!」

 まさかと思うような角度からの攻撃に、俺は危うく首筋くびすじを斬りつけられそうになった。

(なんてところから攻撃してくるんだ……!)


 ついさっきまでは「楽勝ぉーー」とばかりに甘く見ていたゼンマイ式ゴーレム。

 見た目はマネキン人形のような姿形すがたかたちをしている。

 取り立てて動きが速いわけでもなく、攻撃力もさほどない。

 だが、人形であるがゆえ、腕や脚の関節をありえない方向に動かすことが可能なのだ。

 例えば、ゴーレムの上からの斬撃ざんげきをかわしたと思ったら、いきなり関節が横に曲がって攻撃してくる、なんてことが普通に起こる。


「なかなか個性的こせいてきな動きをするんですね、ゴーレムって」

 おれは皮肉ひにくたっぷりに工房長のトックに言った。

「そう言っていただけると職人冥利しょくにんみょうりきます」

 嬉しそうにトックが答えた。

(いや、嫌味いやみのつもりで言ったんだけど……)


 などと俺はゼンマイゴーレム相手に苦労していたのだが、テシリア嬢は流麗りゅうれいな動きでゼンマイゴーレムを手玉に取っていた。

 ゴーレムは頭部と胴体に一回ずつ強い衝撃を与えると動作が停止するように調整されている。


 テシリア嬢はゼンマイゴーレムの不規則な動きに惑わされてはいないようだ。少なくとも俺にはそう見える。

 彼女の動きはリズミカルで、闘っているというよりは舞っているという表現がしっくりくる。


 そうしてしばらく闘いながら進んでいくと、通路がひらけて、ちょっとした広間のようになっている所にでた。

「このダンジョンは、元は鉱山だったらしいのです」

 一休ひとやすみしようと、そこここにある岩にそれぞれ腰掛こしかけたところで、トックが言った。

「この通路がどこまで続いているのかは誰にもわかりません」

「お化けが出るって話もありますし」

 トックの話に若者が口をはさんだ。


「ひっ……!」

 ニルが小さな悲鳴を上げて、隣りに座っているテシリア嬢の腕にすがった。

 出会ってからまだ数時間しか経ってないが、ニルはすっかりテシリア嬢になついているようだ。

 テシリア嬢もそんなニルに微笑みかけている。彼女を妹のように感じているようだ。

 俺が、そんな二人を微笑はほえましい思いで見ていると、


 キッ!


 と、俺の視線を感じたのか、テシリア嬢がにらんできた。

(う、やばいやばい……!)

 咄嗟とっさに俺は視線を外した。


 一休みの後、更に進んでいくと水晶式ゴーレムも出てきた。

 ゼンマイ式と基本構造に大きな違いはないらしいが、

「水晶式のほうが軽量化しやすいのです」

 と、トックが教えてくれた。

 つまり、ゼンマイ式に比べて軽い分、動きが速いということだ。


(確かに速いな)

 俺は速さにはあまり自信がない。

 オルダの修練が体力強化中心なのだから仕方ないが。

(それに引き換え……) 

 テシリア嬢は水晶式ゴーレムの速さにもしっかり対応している。

 彼女は、動きがとんでもなく速い、というわけでもなさそうだ。

(動きに無駄が無いんだな)

 流れるような動きで、相手の攻撃を受け流し、的確に急所(この場合は頭と胴体)に攻撃を入れている。

 だが俺には、そういう戦い方はできそうもない。

 そこで、長い間合まあいからの突きを攻撃の中心とし、引き際に斬撃を食らわすという戦法で戦った。


 やがて、水晶式ゴーレムの出現が止まり、通路の先に開けた場所が見えてきた。

「あの緩衝地帯の先が機械仕掛けではないゴーレムの出現領域です」

 トックが説明してくれた。

「気をつけて……ください」

 ニルがテシリア嬢の腕に手をかけて小さな声で言った。

「大丈夫よ」

 テシリア嬢が頼もしい笑顔で答えた。


(やはり強さの格が段違いなのか……)

 俺の知識では、ゴーレムは土などの無機物から作られている。

 その土人形に製造過程で魔力を込めていき、まるで生きているかのような動きができるようにするらしい。

 なので理屈では、魔力を操ることができる者ならばゴーレムを作れるということになる。

 だが実際には、手のひらサイズの小さな人形の手を振らせたり、顔を左右に動かしたりさせるのが精一杯というのが殆どらしい。


「行きましょう」

 そう言ってテシリア嬢が先に進み、俺がすぐ後に付いた。

 十メートルも行かないうちに最初のゴーレムが出てきた。

 マネキンのようだった機械式のものとは違い、角と翼があった。

 腕は四本あり手には長い鈎爪かぎつめが見える。

(デーモンのイメージかな)

 そう俺が思っていると、

「やっ!」

 という掛け声とともにテシリア嬢がゴーレムに攻撃を仕掛けた。


 ガキィーーーーン!


 ゴーレムは四本の腕のうちの一本でテシリア嬢の剣をはじき返した。

「くっ……!」

 思いのほか強い力ではじき返されたようで、テシリア嬢は素早く下がって間合いを取った。

(それがいい)

 下手にゴーレムの懐に入ろうとすれば、他の腕の攻撃を受けてしまう。


 テシリア嬢は慎重にゴーレムとの間合いを取りながら攻撃を続けたが、なかなか急所を突くことができない。

(やはり機械式とは違うな)

 機械式も戦いがいがあるすぐれものだが、やはり”良くできた人形“の域を出ない。

 だが、ニルが造ったゴーレムは、まさに生きているような動きをする。

 そして、テシリア嬢の戦いぶりを見ると、機械式より攻撃力が強そうだ。


 俺がそう思って見ているうちにも、テシリア嬢は押され始めた。

 そして、地面のほんの僅かな段差に足がかかり、よろめいてしまった。

 そこにゴーレムが間合いを詰めながら鉤爪で攻撃をしかける。

「あ……!」

 離れて見ていたニルが小さな悲鳴を上げた。

「……!」

 体勢を立て直そうとするテシリア嬢。

 その時、


 ガッッ!


 気がついたら、俺はテシリア嬢の前に立っていた。

 しかもまだ剣を抜いてないという間抜けぶりで、両腕でゴーレムの腕を掴んでいる。

(なんで剣を抜いてなかったかなぁ……俺は)


 そこへ、ゴーレムが残り二本の腕で攻撃をしてきた。

(それは予想してたぜぇ)

 と、俺は内心ドヤ顔でゴーレムの腹に蹴りを入れた。

 ゴーレムは数メートル吹っ飛んで転がったが、また立ち上がった。

(あとは頭か……)


 俺はテシリア嬢を振り返りながら

「大丈夫ですか……」

 と言いかけたが、それに被せるようにテシリア嬢は、

「余計なことはしないでっ!!」

 と、ものすごい剣幕で怒鳴りつけてきた。


(やっべえーーやっちまったぁーーーー!)

 血の気が一気に引く感覚が俺の全身を襲い、

「す、すみません!」

 俺は間髪を入れずに謝った。


(そうだ、とにかく謝れ、俺!)

 俺なんぞに助けられたりして、なおかつドヤ顔などされたら(思っただけでドヤ顔にはなっていなかったとは思うが)、テシリア嬢にとってこんな屈辱はないだろう。


 しかも「大丈夫ですか」なんて言ってしまうとは……。

(それはイケメンの台詞セリフだろうがぁああーーーー!)

 などと後悔しまくりの俺の横をすり抜けて、テシリア嬢は立ち上がったゴーレムに向かっていき、頭部に斬撃を食らわせて動きを止めた。


 テシリア嬢は振り返って、俺にいつものひと睨みを飛ばしてきた。

(はぁ……もう帰りたいなぁ……)

 と、がっくりと肩を落とす俺の袖を誰かが引っ張った。

 見ると、ニルが俺のチュニックの袖をつまんでいる。

 そして、ニッコリと微笑んでいた。そんなニルに俺も微笑みを返した。


(子供には好かれるんだよなぁ、不思議と……)

 とはいえ、ニルも女の子だ。二、三年もしないうちに俺のことをキモがるようになってしまうだろう。


 だが、俺がニルの笑顔に救われたことは間違いない。

 ゴーレムマスターとして協力してくれているニルに応えるためにも、テシリア嬢の塩対応にも耐えていかねば、と俺は小さく気合を入れた。

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