第2話 訓練用ダンジョンとゴーレムマスター

「はっ……はっ……はっ……」

「ほらほら、ペースが落ちてるぞぉ」

 ここは屋敷の中庭の修練場。

 俺は日課となっている剣術の修練の指導を、師匠のオルダから受けている。

 剣術の修練と言っても、やることは走り込みと筋力トレーニング、そして素振りだ。


 俺の記憶では七歳頃からオルダに指導を受けている。

 その頃から、もちろん回数などは違うが、基本的にやることは変わっていない。

 そして、今も楕円だえん形の修練場の内周ないしゅう、一周二百メートル弱くらいをランニング、というよりは全速力の九割ほどの速力で走っている。

 これを二十周。


「ようし、走り込み終わり、次」

 とオルダが短く言う。

「次」とは筋トレだ。

 ジャンプ、腕立て、腹筋、背筋を二十回十セット、その後にスクワットを五百回だ。


「ようし、次」

 筋トレが終わると剣の素振りだ。素振り用の剣は太く重く造られている。実際の剣よりも五割ほど重い。

 素振りは上段の振り下ろし、左右の横薙よこなぎ、突きなどを足技と組み合わせて行う。

 これは回数は決められていない。師匠がよしと言うまでやる。

 ほとんどの場合、よしの声がかかる前にぶっ倒れてしまうが。


「ようし」

 俺がぶっ倒れる前にオルダの声がかかった。

(くそ、ぶっ倒れとけばよかったか……)

 俺は後悔した。

 ぶっ倒れる前に声がかかると次は実践訓練、オルダとの手合わせだ。

 これがまた地獄なのだ。


 使うのは修練用の木剣ぼっけんだが、アイアンウッドと呼ばれる木材で作られており、かなり重く、そして硬い。

 走り込みと筋力トレーニングの後ではとてもじゃないが師匠にはかなうわけがない。

 当然のことながらこっぴどくやられる。


「ようし、今日はここまで」

 オルダのその言葉を聞くやいなや、いつものごとく、俺は地面にだいの字に伸びてしまった。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 そんな俺を見ながら、

「最近は余計な力が抜けて、いい感じになってきてるぞ」

 とオルダが言った。

(そりゃそうだろ……)

 あれだけキツいトレーニングの後では、力を入れろというほうが無茶というものだ。


「ところで、訓練用のダンジョンが完成したらしいな」

「はぁ……はぁ……はい……そう聞きました」

 息を整えながら俺は答えた。

「で、お前とテシリア嬢が運営をまかされたと聞いたが」

「……はい、そうなんです」

 とりあえず運用開始前に、俺とテシリア嬢で試しにダンジョンに入ってみるということになっている。


 俺は昨日のテシリア嬢の反応を思い出した。やっぱり気が重い。

(テシリア嬢と二人だけなんて、たないよなぁ……)

 使用人の同行も考えたが、

「ダンジョンのことは極秘というわけではないが、今の段階ではあまり大っぴらにはしないほうがいい」

 と父親が言っていた。

 なので使用人の同行もとりあえずは控えるよう言われている。


 そんなことを考えながら俺は息を整え、上半身を起こしてオルダに聞いた。

「そう言えば、ダンジョンの設計には師匠も関わっているらしいですね」

「ああ、主にゴーレムの性能のチェックでな」

 訓練用ダンジョンでは、ゴーレム工房で作られたゴーレムがモンスターの役目を担うことになるそうだ。


 ゴーレムのことは話に聞いたことがあるだけで、俺は今まで一度も戦ったことはない。

「楽しみですね」

 俺が言うと、

「うむ、かなりのモノが出来上がってるぞ」

 オルダがニヤリと笑って言った。


「ダンジョン、師匠もご一緒しませんか?」

 俺が誘うと、

「公爵令嬢と二人で行くんだろ?」

「二人だけでとは言われてないので」

「遠慮しとくよ、人の恋路こいじ邪魔じゃまはしたくないからな」

「仕事で行くんです」

「ははは、じゃあな」

 オルダは面白がるような表情で言いながら、手を振って去っていった。

「はぁ……」

 俺はため息で彼を見送った。


 そして、ダンジョンの検分の日がやってきた。

 ダンジョンはアルヴァ公爵領の南端なんたん、ノール伯爵領との境界にほど近い所にある岩山を利用して造られていた。

 俺が約束の時間の少し前に、領地の境界標識が設置されている場所に行くと、既にテシリア嬢は到着していた。

 彼女は白い馬にまたがってこちらをぐに見ていた。

「お待たせしてすみません」

 俺は馬の手綱たづなを引きながら彼女に謝った。

「私も今来たところ」

 と言っている時には既に彼女は馬をめぐらせていた。


(もしかしたらこれが俺達の最初の会話か?)

 そう思うと、ぞんざいな態度を取られたにも関わらず嫌な気にもならない。

(ここで『初めて会話できましたね』なんて言ったらどうなるだろう……)

 などという考えが頭をよぎった。 

(いやいや、なに馬鹿なことを考えているんだ、俺は!)

 そんなことを言った日にゃ、にらまれるどころでは済まない大惨事になるに違いない。

(危ない危ない……)


 ダンジョンがある岩山には二、三分で着いた。

 入口前の広場には数人の人が待っていた。

(ゴーレム工房の人たちか?)

 と俺が思っていると、テシリア嬢が近づいていって馬から降りて声をかけた。

「アルヴァ公爵家のテシリアです」

「お待ちしておりました。ゴーレム工房のトックと申します」

 工房こうぼうあるじらしき男が挨拶あいさつしてきた。

「ノール伯爵家のノッシュです」

「よろしくお願いします」


 馬をつなぎ、簡単な挨拶をした後、彼らも同行すると言ってくれた。

稼働かどう確認は済ませてありますが、実際に戦闘をしてみないと分からない部分もありますので」

「もちろんです」

 テシリア嬢が短く答えた。 


(よかった……)

 重苦しい空気に耐え続けなければいけないと思っていた俺は、心底ホッとした。


 ゴーレム工房の者はトックの他に三人。若い男が二人と、もう一人は、

(子供か?)

 と、思うくらい小さかった。

 俺の目がその子供で止まったことに気がついたトックが、

「この子はニルと申します」

 と、その子の肩に軽く手を載せながら紹介した。

 聞くと十三歳の少女らしい。


「女の子なの!?」

 テシリア嬢が驚いて聞いた。

 その声を聞いて、ニルがビクッとした。それを見たテシリア嬢は、

「あ……ごめんなさい、驚かせちゃったわね」

「……いいえ」

 小さな声で答えながら、ニルはちょこんと挨拶した。

 そんなニルを見るテシリア嬢の目は優しかった。


「この子は、いわゆる天才でして」

 トックが嬉しそうに言った。

「天才?」

 テシリア嬢が聞いた。

「ええ、ゴーレムマスターのスキルを授かっているのです」

「ゴーレムマスター!?」


 ゴーレムマスターはまれな才能で、十二、三歳でその兆候が現れることが多いと言われている。

 ゴーレム工房で作っているのは、機械式のゼンマイで動くタイプが多く、他には水晶に魔力を込めて動力源として動かすタイプもある。

 どちらもいわゆるカラクリ人形だ。

 だがゴーレムマスターが作るのは自律的に動く人形、まさにゴーレムだ。


 そして、ニルは八歳にして才能を開花させたのだと言う。

(紛れもない天才だな)

 最初は俺達を警戒してか、トックの影に隠れるようにしていたニルだったが、テシリア嬢の優しく親しげな様子に心を開き始めたようだ。

(テシリア嬢、あんな表情もするんだな……)

 テシリア嬢には睨まれたことしかない俺は、ニルが少し羨ましかった。


「それじゃ、行きましょう」

 テシリア嬢が皆を促し、訓練用ダンジョンの検分が始まった。

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