第6話 準備は万端?

「美味しいね」

 ニルが夕食のロブスターにかぶりついて言った。

 ウェストポートは港町だけあって、魚介を使った料理が多く味も絶品だ。


 俺達は窓際の席に座っている。

 通りの反対側の店は、明るく賑やかな店で、レストランというよりは大きな居酒屋のようだ。


「随分と賑やかね」

 テシリア嬢が皮肉を込めて言った。

「今日はいつにもまして賑やかなようです」

 ウェイターが申し訳無さそうに言って、

「どうやらグッシーノ公爵家の下の坊っちゃんが来ているようで」

 と、付け加えた。

 見てみると、さっき街で見かけた男達がワイワイ騒ぎながら店に入っていった。

 確かに高価そうな服を着ている。

(あの中に公爵家の坊っちゃんがいるのかもな……)


「あの様子だと今夜はウェストポートにおとまりになりそうですね」

 ウェイターが言った。

「この宿に?」

 俺が聞くと、

「いいえ、グッシーノ様はウェストポートで一番の宿にお泊りになるのが常です」

 そう言ったところで、ウェイターは他のテーブルから呼ばれて離れて行った。


(よかった)

 俺は思ったが口には出さなかった。

(できれば会わずに済ませたいからな……)

 などと考えながら俺は視線を戻し、正面に座っているテシリア嬢を見た。


(……!)

 俺は一瞬、背筋せすじこおった気がした。

 そこには、俺が今まで見たことがないテシリア嬢がいた。

 テシリア嬢は窓の外を凄まじい形相ぎょうそうで見つめていたのだ。

「テシリア様……」

 テシリア嬢の隣りに座っているニルが心配そうに言った。

「は……!」

 テシリア嬢はニルの声でわれにかえったようだ。


「……ごめんなさい」

 ニルに作り笑顔で謝ると、テシリア嬢は窓の外から視線を戻し食事を再開した。

(テシリア嬢のあんな顔は初めて見たな……)

 テシリア嬢には何度もにらまれてきている俺だが、それでも彼女のあんな表情は一度も見たことがなかった。


(もしかしてグッシーノ公爵の下の坊っちゃんてやつのせいか?)

 グッシーノ公爵の下の坊っちゃん、つまり次男坊はあまりかんばしい噂を聞かない男だ。

 俺は社交界には殆ど関わりを持たないようにしているので、それほど詳しく知っているわけではないが。


(俺が聞いたところだとチャラ男で女癖も悪いって感じだが)

 そう考えると、できれば顔を合わせたくない男だ。

 陰キャブサメンの俺が、社交界でも評判のイケメンチャラ男と出くわしたりしたら、どれだけ嘲笑ちょうしょうさげすみを受けるか想像すらしたくない。


 テシリア嬢は今は静かに食事をしている。

 が、さっきの反応からすれば彼女もグッシーノの坊っちゃんとは会いたくはないのではないか。

 そこで……、

「あの、テシリア嬢……」

 俺は恐る恐る呼びかけた。

 テシリア嬢は食事の手を止めて、「何?」という表情で俺を見た。


「今、向こうの店に入っていった人達なんですけど……」

 俺はあえてグッシーノの坊っちゃんの名は出さずに言った。

「……」

 無言で頷くテシリア嬢。

「できれば、そのぉ……顔を合わせずに済ませられれば……えっと、嬉しいかなぁ……なんて思ったりしてるんですが……」

(ああーーなんで俺はいつもこうハッキリしない中途半端な物言いになってしまうんだぁーー!)

 またテシリア嬢に睨まれてしまうか、怒って席を立たれてしまうか……俺はどんな悪い結果が待っているかと頭に巡らせながら、一旦外してしまった視線をテシリア嬢に戻した。


(あれ……?)

 テシリア嬢は俺を睨んでいなかった。

 怒っている様子もないし、席を立とうとする構えもしていなかった。

 テシリア嬢は「予想外のことを聞いて驚いた」というような表情をしていたのだ。


 テシリア嬢は一瞬の動揺(のように俺には見えた)から立ち直り、

「それは、あなたが彼らに会いたくないからということかしら?」

 と、俺に聞いた。

「はい……」

(すみません、すみません、陰キャブサメンの上にチキンで!)


「そ、別にいいけれど、顔を合わせないようにするのは難しそうじゃないかしら?」

 と、テシリア嬢は最もなことを言った。

「隊商の護衛をするんでしょ?街を出る時には目立つんじゃない?そこのところはちゃんと考えているの?」

「ええっと……その……」

(やばいやばい、どうすればいいかなんて考えてなかったぁーー!)

 俺は焦りまくって、脂汗をダラダラ流しながら必死に考えた。


 すると、

「私が何か作ろうか……?」

 とニルが控えめに言った?

「えっ!?」

 縮こまってオロオロしていた俺は、天の啓示を受けたかのような勢いでニルを見た。 


「で、できる……のか?」

 どもりながら俺が聞くと、

「うん、材料があれば、鎧みたいなのを。でも……」

 ニルが言った。

「でも?」

「魔力をたくさん込めながら作る時間はないから、動かないけど……」

 ニルが残念そうに言った。

十分十分じゅうぶんじゅうぶん!」

(てか『動く鎧』とか作れるのか!)

 いずれ是非作ってもらおう。


「材料はやはり土か?」

 俺が聞くと、

「土だと多分すぐに壊れちゃうと思う……」

 ニルが答えた。

「木ならどうだ?」

「生き物じゃないものしか使えないの……」

「そうしたら、金属はどうだ?」

「……うん、できると思う」

 少し考えてからニルが言った。

「でも、薄く作らなきゃだから……」

「防御は期待できないか」

「うん……」

 ニルが心持ちしょんぼりして言った。


「構わないんじゃないかしら。姿を隠すのが目的だし」

 テシリア嬢がニルの肩にそっと手を載せながら言った。

 ニルがパァッと明るい顔になってテシリア嬢を見た。

 テシリア嬢も柔らかく微笑んでニルを見た。


 ということで、ニルがテシリア嬢と一緒の部屋で鎧作りをするということになった。

 材料はガルノーに頼んで、使い古して穴が空いてしまっている鍋などを譲ってもらうことにした。

「差し上げますよ」

 そうガルノーは言ったが、

「いや、これだって直せばまだ使えるものだ。ちゃんと対価は払うよ」

 今後は、ガルノーにも色々とやってもらいたいことが出てきそうだ。

 そう考えれば、こういったことは曖昧にしないほうがいいだろうと俺は考えた。


 材料を二人の部屋に運び込むと、

「出来上がりは明日のお楽しみ……」

 と、ニルが言って、パタンと扉を閉められてしまった。

「作業工程を見させてくれ」と頼みたかったのだが、なんとなく頼みづらい雰囲気があった。


(テシリア嬢に睨まれそうな気がしたんだよなぁ……)

 仕方なく俺は、自分用の部屋に入って、早々にベッドに入った。


 そして、翌朝……


「……」

 出来上がった俺用おれようの鎧を渡すニルは、うつむいて肩を震わせている。

「笑ってないか、ニル?」

 俺が聞くと、

「ううん……!」

 と、ニルは俯いたままで首を左右に全力で振って否定した。

(いいや、絶対に笑ってる!)

 と思ったが、俺はため息をついてスルーした。


 俺用の鎧を見た第一印象は、

(首切り役人?)

 だった。

 色は濃い銅色どういろ

 底が丸い鍋を逆さまにしたような頭と寸胴ずんどうな胴体、それだけだ。

 腕は側面の穴から出し、脚はローブのようになっている裾から出すデザインだ。

 目と鼻と口の箇所に穴が空いている、すごく不気味な顔だ。


 一方、テシリア嬢の鎧は見事としか言いようが無い出来だった。

 色はいぶしたような銀色。

 兜は流線型の頭部に鼻から下を覆うフェイスガードでできている。

 目のところは上げ下げができるようになっており、下げて目を隠した状態でも、細い隙間から見えるようになっている。


 上半身を守る鎧は腰まであり、側面から出ている腕には、肘当てと小手が着いている。

 腰を覆う直垂ひたたれ膝上丈ひざうえたけで、動きやすそうだ。

 胸当ての部分は全体的に前面に湾曲わんきょくしている作りなので、それだけで性別を認識されることは無いだろう。

 テシリア嬢は平均的な女性より背が高いので、この鎧を着れば細身の男性で十分通りそうだ。


「テシリア様、素敵……」

 ニルが鎧姿のテシリア嬢を見てうっとりしている。

「ありがとう、ニルのおかげよ」

 テシリア嬢は被っていた兜を脱ぎ、首を振って長い髪をなびかせて言った。

「ノッシュ様は……」

 ニルはテシリア嬢に向けていた視線をゆっくりと俺に向けた。

 ローブみたいなものを着て、丸い鍋のような兜を被った俺に。


「ぷ……!」

 ニルは口に手を当てて顔を背けた。

「今、ぷって笑ったな?」

 俺がすかさず指摘すると、

「……!」

 ニルは無言でブンブンと首を振った。


 すると、

「クス……」

 と、あろうことかテシリア嬢からも笑い声が聞こえた。

「え……?」

 思わず俺が言うと、テシリア嬢は素早く俺に背を向けて、

「さ、さあ、早く朝食を済ませてしまいましょう!」

 と、微妙にわざとらしさがあるキビキビ感を出して、テシリア嬢が言った。

 そして、未だに口を抑えてプークスクス状態のニルの手を取って、俺の部屋から出ていった。


(もしかして……ウケたのか?テシリア嬢に!?)

 ただでさえブサメンダサダサの俺が珍妙ちんみょうな鎧を着ることになり、

(ダサさ倍増じゃねえか……)

 と、俺はかなり落ち込んでいた。


 だが、テシリア嬢にウケたかも、という事実(かどうかは確定していないが)は、落ち込んだ俺の気持ちを一気に上げてくれた。


(うまくいきそうだな、今回の護衛)

 と、俺は上機嫌になって階下の食堂に向かった。

 上機嫌すぎて、死刑執行人鎧しけいしっこうにんよろいを着たままで降りていってしまったのは言うまでもない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る