第5話 港町ウェストポート
『大森林』の街道は昼でも薄暗いが、馬が並んで走ってもまだ余裕があるほどの
背の高い木々の間から、
俺はテシリア嬢と馬で『大森林』の街道を自由都市連合の港ウェストポートへ向かっている。
明日の朝ウェストポートを出発する隊商の護衛のためだ。
数日前のこと……
「ふうん、そう」
隊商の護衛の事を話したとき、テシリア嬢は大して興味も無さそうにそう答えた。
(怒っては……いないな……嫌がってもなさそうだ)
今回の護衛は商人から頼まれたことだということを俺は強調した(事実とは違うが)。
「で?」
心持ち眉を上げるテシリア嬢。
そして、俺一人だと多数の野盗に
「でしょうね」
テシリア嬢は最初の疑い深い表情を和らげて言った。
そのうえで、報酬のことも話した。ついでの話として。
あくまでも俺が服や装備を新調したいこと、俺が子供の頃から傭兵に憧れていて(これは本当だ)自分の腕で稼いでみたいと思っていたと。
「わかったわ」
そこまで話して、やっとのことでテシリア嬢は短く答えて承知してくれた。
(よかったぁ……)
俺がどっと疲れて肩の力を抜いた時には、既にテシリア嬢は俺に背を向けていた。
そんなことを思い出しながら俺は街道の周囲に目を配った。
今日は、明日の護衛のための下調べの意味もある。
『大森林』の街道を使えばウェストポートまでは馬で飛ばせば半日くらいで行けそうだが。
(明日のことも考えたら馬に無理はさせたくない)
そう考えて、朝出発して夕方に着くようにした。
(荷馬車だと二日か……野営をしなきゃだな)
森林を避ける南回りだと三日、荷の状況によっては四日かかるとガルノーも言っていた。
(この街道を普通に使えるようにしたいよなぁ……)
そんな事を考えながら周囲に目を配っていると、木々の間にチラッと白い何かが見えた。
「……!」
俺はすぐさま手綱を引いて剣を抜いた。
横目でテシリア嬢を見ると、彼女も既に止まって剣を抜いている。
(さすがだな)
彼女は素早さだけではなく、勘の鋭さも持ち合わせているようだ。
「誰かいるのか?」
俺は話しかけるような声でいった。
そこに誰かがいるのかどうかは分からなかった。
だが、とりあえずは相手を警戒させないようにしたほうが得策だろうと思った。
すると、しばらくしてガサガサと下草を揺らす音がして木々の間から何かが出てきた。
それは白い
「え……ニルか!?」
俺が驚いて言った。
「ニル、危ないから来てはダメって言ったでしょ!」
いつもはニルに優しいテシリア嬢が、珍しく厳しい口調で言った。
「ごめんなさい……でも」
ニルがテシリア嬢の視線を避けるようにして、うつむき加減で言った。
(俺には相談がなかったな……)
と思ったが、おそらくテシリア嬢に止められていたのだろう。
ニルが乗っているのは白くて大きな犬のような、豊かな毛皮をもった
「ところで、その獣は犬か?」
テシリア嬢に叱られて、しょげてしまっているニルに俺が聞いた。
俺の問いかけにニルは、パッと顔を上げて、
「ううん、
と、嬉しそうに言った。
「それもゴーレムなのか?」
「うん」
俺がそんなやり取りをニルとしつつテシリア嬢を見ると、彼女は
「私はニルのことを考えて来ないようにと言ったのよ」
テシリア嬢は俺を睨みながら言った。
(うう、やばい……)
またテシリア嬢のご機嫌を損ねてしまったようだ。
「でもこの子、強いから役に立つと思う……」
ニルは狼の頭を
テシリア嬢はしばらくニルを見ていたが、
「しょうがないわね……」
とため息をつきながら言った。
「……!」
ニルの表情が明るくなる。
「でも、
テシリア嬢が言うと、
「はい!」
と元気にニルが答えた。
(よかったな、ニル)
と言葉に出して言おうと俺は思ったが、またテシリア嬢に睨まれてしまいそうなので心の中で思うだけにした。
その後、途中で簡単な食事をとって休憩し、引き続き街道をウェストポートへ向かった。
(街道が安全だってことが分かれば……)
休憩箇所を何箇所か
やがて大森林を抜けると
ウェストポートは自由都市連合の中心都市だ。
世界各地から交易品が集まる大都市で、金融取引も盛んに行われている。
その昔、ここがまだ小さな港だったころに、いくつかのギルドが共同で立ち上げたのが自由都市連合の始まりらしい。
リガ王国が過去に何度か、外交や防衛の観点での利点を強調して、併合の協議を持ちかけたこともある。
だが、自由都市連合は経済面での自由度が
俺は伯爵家の用事で何度か来たことがある。
テシリア嬢も、その様子を見る限り初めてではなさそうだ。
だが、ニルは初めてのウェストポートらしく、
「うわぁーー……」
と、嬉しそうに街の様子を見ている。
狼のゴーレムは街に入る前に小さくなって、白い小型犬の姿になっている。
「大きさが変えられるのって、いいわね」
小さくなった狼のゴーレムを見てテシリア嬢が言った。
「うん、今度テシリア様にも作ってあげる」
ニルが笑顔で言うと、
「本当?嬉しいな」
と嬉しさを素直に笑顔に乗せてテシリア嬢が言った。
(本当に仲が良い姉妹って感じだよな)
と、つい微笑ましくなりそうになったが、
(だめだ、またテシリア嬢に睨まれてしまう……!)
そう思いそれとなく視線を外した。
あらかじめ聞いていた宿に行くと、既にガルノーが待ってくれていて、
「ようこそ、いらっしゃいました」
と丁寧に迎えてくれた。
どうやらガルノーが経営している宿らしい。
「こちらこそよろしく」
俺はそう挨拶を返しながら、
「実は急遽一人増えてしまったんだが」
と、ニルを手で招き寄せながら言った。
「大丈夫です。もう一部屋ご用意しますか?それとも……」
とガルノーはテシリア嬢を見ながら聞いた。
「私と一緒の部屋にしましょう」
テシリア嬢が言うと、
「はい」
と嬉しそうにニルが答えた。
宿は三階建てで、一階が食堂になっている。
「夕食まで少し時間がありますが、街を見に行かれますか?」
ガルノーが聞いてきた。
俺はテシリア嬢を見た。
「そうね」
テシリア嬢がそう言いながらニルを見ると。
「うんうん……!」
とニルが大きく
こうして俺達は夕暮れの港町に繰り出した。
何度か来たことがあるとはいえ、俺も街のことを詳しく知っているわけではない。
「大通りをざっと見るくらいがいいかと……」
とテシリア嬢に言うと、
「そうしましょう」
と賛成してもらえた。
大通りには、服や装飾品、食料品や日用品など様々な品を扱う店が並んでいた。
伯爵領の町ではパンと菓子は同じ店で売っているのが普通だが、ここでは菓子のみを扱う店があった。
「うわぁあーー美味しそうーー!」
ニルはガラス越しに店内を見て声を上げた。
「後で買って帰るか」
俺が思わず言うと、
「夜に甘いお菓子は体に良くないでしょ!」
とテシリア嬢に叱られてしまった。
「はい……」
肩をすくめながら俺は言った。
(やってしまった……)
と思いながらニルを見ると、彼女は口を抑えて笑っていた。
一時間ほど歩いただろうか、空も暗くなってきたので宿に戻ることにした。
飲食店には赤や黄色のランタンが提げられ、夜の街の装いを始めている。
多少気になって歩みを緩めたが、テシリア嬢とニルがいるので、
(ま、そのうちにな……)
と思い、二人に追いつこうと足を速めようとした。
すると、
「テシリア……」
と誰かが言う声が聞こえたような気がした。
(ん……?)
俺は数メートル先を歩くテシリア嬢とニルを見た。
二人とも何事もなく歩いている。
(俺の気のせいか……?)
俺は不審に見えないように気をつけながら周囲を見回した。
赤や黄色のランタンが眩しい店の前で数人の男が賑やかに話している。
(きっと、何か別の言葉を聞き違えたんだろう……)
と、俺は小さな違和感を振り払ってテシリア嬢とニルの後を追った。
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