第32話 心配事と乙女心
マリルは新しい診療所の建築現場で作業の様子を見ていた。
彼女の隣には若い男性、というよりは少年と呼んだほうがしっくりくる年頃の者がいた。
(新しい神官か?)
魔物襲撃の時に教会本部に頼んだ新しい神官が来るという話は、俺もマリルから聞いていた。
「マリル様」
俺が近づきながら声を掛けるとマリルが振り返った。
「ノッシュか」
マリルはそう言いながら隣にいる少年の肩に手を載せた。
「紹介しておこう、この子はファロン、新しくここに赴任してきた治癒術師だ」
「ファロンです、よろしくお願いします!」
明るい声でファロンが挨拶した。
「ノッシュです、よろしく」
(いやぁ、こりゃまたすごい美少年だな)
そう思いながらマリルを見ると、ご機嫌ニコニコ笑顔でファロンを見ている。
(ふむ、さすがのマリル様も美少年には弱いと見た)
「歳はいくつなんだい?」
俺が聞くと、
「十五歳です!」
うん、返答がいちいち爽やか!
「見習い期間が終わって初めての赴任場所がここなのだ、な?」
マリルがファロンの頭を撫でながら言うと、
「はい!」
と、ファロンは横のマリルを見ながら返事した。
「君もバトルヒーラーなのかい?」
俺が聞くと、
「はい、まだまだ修行の身ですが」
「もし練習台が必要なら俺に声をかけてくれ、打たれ強さには自信がある」
(バトルヒーラーの技には俺も興味があるしな)
「はい、お願いします!」
とファロンが元気に答えたところで、
「はい、ノッシュ様のお話はそこまで」
と言いながらニルが駆け寄ってきた。
「これから私がファロン様にダンジョン施設の案内をするんだから」
そう言いながら既にニルはファロンの腕を掴んでいた。
「マリル様……」
ファロンが困惑顔でマリルを見た。
「行って来い、私はノッシュと話がある」
マリルはそう言いながら横目で俺を見た。
俺は小さく頷いた。
ニルはファロンの手を引いていきながら、
「ファロン様のほうが年上だけど、ここでは私のほうが先輩だから色々と教えてあげる」
と、ファロンに熱心に言っていた。
(俺に
ニルがファロンを連れて行くのを見送ると、
「で、何か相談事か?」
とマリルが俺に言った。
「はい……」
(相談事だってわかっちゃうんだな……)
どうやら顔に出ていたらしい。
「実は……」
マリルと休憩所のテーブルを挟んで腰掛け、いざ話そうとしたのだが中々言葉が出てこない。
「テシリアのことか?」
「そう……です」
「なんとも煮えきらないのぉ」
マリルの声に苛立たしさが混じっている。
俺は一呼吸おいて言った。
「あの……この鼻はこれ以上は治らないんでしょうか?」
(やっと言えた……)
矯正バンドは数日前に取れた。これ以上着けていても意味はないだろうとマリルに言われたのだ。
「うむ、そうだな。だが随分きれいになったぞ」
確かに潰れた当初に比べればかなり治ってはいると俺も思っている。
「はい、きれいに治していただいて、とても感謝しています。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「こんな顔で、こんな鼻が潰れた醜い顔で、テシリア嬢のダンスのペアが務まるんだろうかって……」
「誰かに言われたのか?」
「いえ、でもテシリア嬢は新しいドレスを仕立てて、きっと今までで一番最高に美しいと思うし、それなのに俺がこんな酷い顔じゃ……いてっ!」
マリルの手刀が俺の脳天に炸裂した。
「本当にお主はバカだのぉ」
「はい、でも……いてっ!」
二発目が炸裂した。
(一発目より痛え!)
「そんなにテシリアが信じられないのか?」
「え!?」
「え、じゃない!」
三発目が入った。
「マリル様、マジで痛いです……」
俺が泣き言を言うと、
「当たり前だ、そうなるようにしてるのだからの」
「マリル様……」
「テシリアが一度でもお主と踊るのは嫌だと言ったか?」
「いえ……ちゃんと踊れなかったら婚約を解消するかも、とは言われましたが……」
「顔のことは言われたのか?」
「いいえ、それは一言も……」
「ふぅーー……」
マリルが大きく息をした。
「お主は無茶をして死にかけるようなことをするくせに、変なところで肝っ玉が小さくなるのぉ……」
困り果てたような顔でマリルが言った。
「……」
「まあ、テシリアもコロコロと気分が変わる娘だから、仕方ない面もあるかもしれんが」
「そうなんですか?」
「うむ、まあ、それが乙女心というものかもしれんの」
(そうか!乙女心ってコロコロ変わるものなのか!)
俺は人生の大きな指針を授かった気分だった。
「それに、お主もテシリアの新しいドレス姿を見てみたいだろう?」
マリルがニヤリとしながら言った。
「はい、もちろんです!」
「お主はそれを特等席も特等席、目の前で、しかも手を取りながら見ることができるのだぞ」
(目の前で!手を取って!!)
「こんな機会は二度とないかもしれんぞ?
「そうですね!」
「そうだ。もしそれで振られたのなら、
「はい!……て、えぇーー!?」
「はははは」
マリルはおおらかに笑った。
(きっぱりと諦めろ、なんて言われるとショックなんだな……)
俺は、今まで気づいてなかった自分の気持ちを教えられたような気がした。
すると、ニルがファロンを引き連れて戻ってきた。
「ノッシュ様」
「なんだ?」
「
「え?今からやるのか?」
「私は今何が食べたいでしょうか?」
「いきなりだな、って食べたいもの?」
「うん」
いつも飲みたいものばかりなのに、今日に限って食べたいものとは。
(この前は桃水って言ってたな……てことは!)
「わかったぞ!」
「本当?」
「ああ、正解は桃だろ」
「ぶぶーーハズレーー」
「ええ?」
「正解はパンケーキでしたーー」
嬉しそうにニルが言った。
「なんでパンケーキなのか聞いてもいいか?」
なぜか外れたのが悔しくて俺はニルに聞いた。
「それはねえ……」
「それは?」
「ファロン様がパンケーキが好きって言ってたからです」
ニコニコ笑顔でニルが言った。
「いや、それ乙女心じゃないだろ」
「ええーー乙女心だよ」
「いやいや、ファロンくんは男だろ」
そこのところはハッキリさせておいたほうがいいだろう。
「そうじゃなくて」
少々プンスカ気味でニルが言った。
「なくて?」
「気になる男の子が好きなものを一緒に食べたいなぁ、っていう乙女心なの!」
腰に手を当てながらニルが言った。
「そうなのか」
俺が思ってもみなかったことだ。
「女の子にそこまで言わせるなんて、もう今日はノッシュ様とはお
プイッと顔を背けてニルは行ってしまった。
「あ……ニル」
俺は遠ざかっていくニルに手を伸ばしながら呟いた。
「何事も修行だの」
マリルが俺の肩を叩きながら言った。
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