第25話 魔王国

『大森林』を抜ける間も俺達は周囲に気を配りながら進んだ。


「魔物には出くわさないに越したことはありませんからね」


 母はそう言いながら、要所要所で索敵スキルを発動した。

 索敵さくてきに関しては、元レンジャーの母が得意とするところだ。

 母が【スキル】と呼んでいるものも、広義では魔術に含まれる。

 この場合の索敵スキルも、一定範囲の空気の動きや物音、匂いなどを魔力で感知し、敵の有無や異常事態などが無いかを調べるらしい。


「いずれは領内の魔物も討伐していかなくてはならないな……」

 アルヴァ公爵が憂鬱そうに言った。

「あら、そうしたらモリスをして軍を派遣してもらえばいいじゃない」

「説得」という言葉を強調してアリナが言うと、

「ええ、その時は私が彼の背後をとってをより効果的にしてあげるわ」

「ふむ、要はということだな」

 と、母とマリルが言った。


(なんか……めっちゃ怖い!)


 やがて俺達は何事もなく『大森林』を抜けて、真夜中前には魔王国との国境に辿たどり着いた。


「そ、それでは、ここで野営をいたします」

 そう言う俺の声は緊張感丸出しだった。

「このパーティのリーダーはお前なのだぞ」

 と、出発前に父に言われたからだ。

 経験も実力も俺なんかより遥かに上の人達を率いるなんて、もちろん初めてのことだ。

(でも、俺が言い出したことだしな……)

 そう、これは俺がテシリア嬢を救出したいからと起こした行動だ。


 魔王国はもうすぐそこなので、火を起こすことは控えた。

 なので、俺達は冷たい携行食で夕食を済ませて早めに休むことにした。

 もちろん、見張りはモフに頼んで。


「本当にこの子はいい子ねぇ」

 アリナがモフを撫でながら言った。

「そうねぇ、今度ニルちゃんに頼んで作ってもらおうかしら」

 母も物欲しそうに言った。


 俺は、前に野営した時のようにモフに寄り添って休むつもりでいた。

 だが、既に女性三人がモフを囲むようにして寄り添って座っていた。


「こうしていれば、何かあってもすぐに対処できるわね」

「そうね、名案だわ」

「うむ、それがいいだろう」

 と、アリナと母とマリルは、癒やしを求める子供のようにモフに頬を擦り寄せながら言った。


 そんな女性陣を見て、

「なんか、ずるくないか?」

 と、オルダが小声でぼやいた。

「途中で交代してもらうように頼んでみましょうか?」

 俺が言うと、

「いやいやいや、それはやめてくれ!」

 と、オルダが即座に言うと、

「それがいいな」

「うむ、賢い選択だ」

 マルクと父も賛意を表した。


(よっぽど怖いんだな……俺も気をつけよう)


 翌朝俺は日の出前に目が覚めてしまった。やはり緊張しているのだろう。

(よく眠れたんだかどうだかわからないな……)


 簡単な朝食の後、俺達はすぐに出発した。

 国境が近くなってくると、国境周辺を巡回している警備兵に出会った。

 警備兵はアルヴァ公爵マルクを見ても驚いた様子はなく、無言で敬礼をした。


(前もって知らせてあったんだな) 


 マルクは警備兵の馬に自らの乗馬を寄せて、小声で二言三言やり取りをした。

 アリナもそばに寄って話を聞いている。

 やがてマルクは警備兵との話を終えて戻ってきた。

「今のところ、国境のこちら側に魔物が出てくる様子は無いそうだ」

 マルクが皆に言い、

「でも、国境の向こう側では動く気配があるみたい」

 アリナが言葉を継いで言った。


「ということは、この後は魔物との戦闘に備えなくてはなりませんね」

 俺は無理に自分を奮い立たせて言った。

「まあ、そういうことになるな」

「うむ、体をほぐすのにはちょうどいいだろう」

 オルダが落ち着いた様子で言い、マリルも戦いに臨む者の顔で言った。

「それでも、できるだけ戦闘は避けましょう」

「そうね、魔王との戦いに力を温存しなくてはならないものね」

 母の言葉にアリナが応えて言った。


 国境を越えると明らかに植生が変わった。国境付近のアルヴァ公爵領は木々が少ない荒れ地だが、魔王国側は鬱蒼とした森だった。

 森と言っても『大森林』のように真っすぐ伸びた木々の森ではなく、曲がりくねった木々が密集し、その木々にツタが絡み合っている、なんとも不気味な森だった。


 俺は絵地図を見ながら、一見したところは道らしき道がない森を、みなの先頭に立って慎重に馬を進めた。

 魔王国にいるということからくる緊張のせいか周囲の不気味に曲がりくねった木々が、今にも襲いかかってくるのではないかと気が気ではなかった。


 すると、ポンと俺の肩を叩く手があった。

 いつの間にかオルダが俺の横に馬を付けていたのだ。

 そして、

「固くなるな」

 と穏やかに声をかけてくれた。

 そのオルダの声を聞いて、俺は自分が息を詰めていたことに気がついた。

「はい……!」

 俺はゆっくりと息を吐き出して答えた。


(やっぱり師匠は凄い……!)


 国境を越えるまでは、お気楽な雰囲気満載のオルダだった。

 だが今は、そのお気楽さは微塵もない。強くて大きい、まさに勇者の風格をまとっていた。


「敵がいるわ」

 しばらくして母が皆に注意を促した。

「五、六体といったところかしら」

「なら手短に片付けてしまいましょう」

 母の言葉にアリナが答えた。


「ここはまだ森の中だ。魔法戦よりは物理戦のほうがいいだろう」

 マリルが馬を降りながら言った。

 ほぼ同時にオルダも馬を降りた。

 そして、

「ノッシュ、行くぞ」

 と森の先を見ながら俺に言った。

「はい……!」

 そう答えて俺も馬を降りた。


 それぞれ手綱を預けて、マリルとオルダと俺は母が示した方角へ進んだ。

 俺とオルダは片手剣を手にし、マリルは剣ではなく鋲の着いたグローブを嵌めている。


 程なくしてガサガサと物音がして、昆虫型の魔物が飛び出して俺に向かってきた。

(くそっ、弱い奴がわかるのか……!)

 内心で悪態をつきながら俺は魔物の脚を斬り飛ばし、胴体に剣を突き刺した。

『ギギィーーーー!』

 魔物は奇声を上げて事切れた。


「よしよし」

 と、それを見ていたオルダが言った。

「何呑気なことをやってるのだ!」

 そう叫びながら、マリルが少し離れたところで魔物の頭を拳の一撃で吹き飛ばしていた。


(マリル様、すっげぇーーーー!)


「さすがはマリルだ!」

 となぜかドヤ顔のオルダの後ろから二体の魔物が襲ってきた。

「師匠、後ろっ!!」

 俺が叫ぶと同時にオルダは身を翻し、横一閃、一振りで二体の魔物を真っ二つにした。


(師匠もすげぇーーーー!)


「うむ、俺もなかなかだな」

 当然のように自画自賛するオルダ。そんなオルダに目を奪われていた俺の脚に、


 ガシッ!


 と、何かが掴みかかった。

「!?」

 見ると、オルダが真っ二つにした魔物のうちの一体の上半分がにじり寄ってきて、触手のような手を俺の足首に絡みつけていたのだ。

「うわぁーーーー!」

 思わず俺は情けない悲鳴を上げた。

 すると、


 ザンッ!


 と、魔物の上半分に剣が突き立てられた。

 顔を上げてみると、剣を握っているのは父だった。 

「あ……ありがとう、父さん」

「連携プレイってやつだよ」

 そう言って父は俺に笑いかけた。

 周りを見ると、母とアルヴァ公爵もマリルやオルダが倒した魔物にとどめを刺して回っている。 


 魔物と戦うのは二度目だが、改めて俺はその難さと恐ろしさを実感した。

 こうして、テシリア嬢救出のため、俺の魔王国での戦いが始まった。

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