第22話 作戦会議へ

 俺とマリルは、訓練用ダンジョンの施設の治療部屋に負傷した訓練生を運び込み、負傷者の本格的な手当を始めた。

 といっても俺は、医療行為そのもので手伝えることは無いので、負傷者の体を動かしたり、大量の湯を沸かしたりといった体力仕事を受け持った。


 前の決闘騒ぎで俺がこの施設で治療を受けて以来、施設にも診療所が必要だろうということになった。

 とりあえずの措置として、いくつかの部屋を治療用として使えるように薬品や用具類を備えてある。

 いずれは、別棟べつむねで診療所も造ることになりそうだ。


 マリルの手伝いをしながら聞いたところでは、テシリア嬢に同行していた訓練生の一人が魔物を見て恐くなりここに逃げてきたとのことだった。

「その訓練生が逃げて来なかったら、もっと大変なことになっていただろうな」

 負傷した訓練生に包帯を巻きながらマリルが言った。


 また、その逃げてきた訓練生の話では、魔物に遭遇した時に訓練生の何人かが先に攻撃を仕掛けていったらしい。

 だが、魔物が予想以上に強かったため危機におちいり、テシリア嬢が助けに入ったのだそうだ。

 逃げてきた訓練生はそこまでしか見ていなかった。


「そいつらは自分の腕を過信してしまっていたんだろうな」

 マリルが小さくため息を付きながら言った。

 俺自身、ついさっき戦って魔物の強さというものを実感した。

 その時のことを思い出しながら、

「やっぱり師匠の修行の方法は正しかったのか……」

 と、俺はボソッと独り言のように言った。


 すると、

「まあ、ある面ではそうかも知れぬな」

 俺の言葉を聞いてマリルが答えてくれた。

「あ、すみません、ボソッと……」

「構わぬよ」

 そう言いながら、マリルは柔らかく微笑んで続けた。

「ヤツは脳が筋肉でできているたぐいの男なのだよ」

 マリルの顔には苦笑いに似た表情が浮かんでいる。


 一通ひととおり治療が終わり俺とマリルは一階の食堂に下りた。

 今は緊急事態なのでダンジョン訓練は中止し訓練生は全員帰らせてある。

 なので食堂に客は誰もおらず、カウンター奥に給仕きゅうじ役を任されている公爵家の警備兵がいるだけだ。表にも二名警備兵が立っている


 俺とマリルが水をもらおうとカウンターに向かっていると食堂の扉が開き、

「伝令が来ました」

 と言う声とともに、表に立っていた警備兵が入ってきた。

 彼のすぐうしろにはガルノー商会の伝令役がいる。

 伝令役は、

「ノール伯爵からの書状です」

 と言って俺に封書を渡してくれた。

 俺はその場ですぐに封を開けてサッと中身に目を通し、書状をマリルに渡した。


「アルヴァ公爵には?」

 俺は伝令役に聞いた。

「別の者が同じ内容の書状を持って向かっています」

「君はこの後はどうする?」

「特にご指示がなければノールタウンに戻ります」


 そうか、と俺が言おうとしたところ、

「それなら、一つ頼まれてくれないか?」

 と読んでいた書状から目を上げてマリルが言った。

「はい、何なりと」

「王都にある教会本部に手紙を届けてほしいのだ」

「はい」

「なのでしばらくの間、ここで休んでいてくれ」

「分かりました」

 伝令役は一礼して、カウンターの席へと向かった。


「王宮で作戦会議か……」

 マリルは書状を俺に手渡しながら言った。

「はい、行ってまいります」

 俺は答えた。

 書状は俺宛おれあてで、速やかに王宮に参じることと書いてあるだけだ。

 他にも情報がほしいところだが、万一のことを考えて必要最小限のことしか書かなかったのだろう。


(ガルノーは信頼できる商人だが、どこから情報が漏れるか分からないからな……)


「マリル様が教会本部に出す手紙のことを聞いてもいいですか?」

 カウンターで休んでいる伝令役を見ながら俺は言った。

「もちろんだ」

 マリルは俺の問いに快く答えてくれた。

「なに、それほど込み入ったことではない。ここに私の代わりになる者を寄越よこしてくれと書くつもりだ」

 俺の決闘騒ぎ以降マリルは、ほぼここの施設に常駐するようになっていた。


 マリルは教会の神官だが、神官の役目は大きく分けて二つある。

 一つは教義を説き祈祷きとうやおはらいをする役目。

 もう一つは、怪我や病気の治療をする役目だ。

 前者は主に司祭しさいと呼ばれ後者は治癒術師ちゆじゅつしと呼ばれている。

 そして、マリルは治癒術師だ。


「そろそろ手が足りなくなりそうだと思っていたところに、今回のことだ」

 マリルは続けた。

「私が出張でばらなくてはならないことも増えそうだからな」

「はい、お願いします」

 俺は深く頭を下げた。


 マリルは教会本部宛の手紙をしたため伝令役に渡した。

 伝令役は一礼して食堂を出ていった。

「あの伝令役ってういうのは中々重宝するな」

 食堂を出ていく伝令役を見送りながらマリルが言った。

「そうですね。これからは増やしていくことも考えたほうが良いかもしれません」

 そう言いながら俺は、改めてマリルを見た。


 今回のことでは、

(もしマリル様がいなかったら……)

 と思うと、みぞおちのあたりに鉛をぶち込まれたかのような恐怖感が湧き上がってくる。


 本当なら王宮になど出向かずに、

(今からでもテシリア嬢を助けに行きたい……!)

 という気持ちはまだ俺の中に強く残っている。


『テシリアは無事だ、恐らくな』

 マリルの言葉を思い出す。

『希望を捨てるな』

 彼女はそうも言ってくれた。

 マリルの言葉が、俺をどん底から引き上げてくれたのだ。


 今の俺には信じて頼ることができる誰かが必要だった。

(信じよう、マリル様を)


「それでは俺も王宮に向かいます」

 俺は椅子から立ち上がって言った。

「ああ、気を付けてな」

 マリルが穏やかに微笑みながら言った。

「はい、行ってきます」

 そう答えて、俺は食堂を後にした。


 外に出て厩へ向かおうとしたところ、

「ノッシュ様……」

 と、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ってみると、ニルだった。

 彼女の横にはモフがちょこんと座っている。

「まだ帰ってなかったのか?」

「うん……今帰る」

 そう言うとニルは俺に近づき両手で俺の腕を掴んだ。


「テシリア様を助けに行くの……?」

 上目遣いにニルが言った。

(腕の怪我だけで済んだ訓練生から聞いたのか……)

 元から小さいニルがより一層小さく、頼りなく見える。


「……ああ、そうだ」

 嘘ではない。今すぐには行けないが、俺は必ずテシリア嬢を助けに行く。

「きっと助かるよね……?」

 そう言うニルの目に涙があふれ出してきた。

「ああ、きっと助かる」 

「……ノッシュ様が助けてくれるの?」


 一瞬、俺の胸に痛みが走った。

(俺にできるのか……?いや、やるんだ!)

「そうだ、俺がテシリア嬢を助ける」

 俺の言葉に、涙をポロポロとこぼしているニルが笑顔になった。

「きっとだね……?」

「ああ、きっとだ」


 俺がマリルを心から信じ頼りにしているのと同様に、ニルが俺のことを信じ頼りにしてくれている。


「モフちゃんは連れて行く……?」

「いや……」

 と俺は断ろうとしたが、

(モフは頼りになるかもしれないな……)

 と思い、

「連れて行くどうかはまだ分からないが、ダンジョンの中で待機させておいてもらえるか?」

 とニルに言った。


「うん、モフちゃんは強くて頼りになるよ!」

 と、まだ涙が残る笑顔でニルが言った。

「そうだな、モフは強くて頼りになるな」

「えへへ」


 こうして俺は、テシリア嬢救出へ向けた作戦会議のため、王宮へと馬を疾走はしらせた。




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