第23話 政治、そして賭け
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全員が絶句してしまい、
(なんてことだ……)
「もう一度……もう一度読んでもらえますか?」
やっとのことで静寂を打ち破り、アルヴァ公爵が宰相のジーランに言った。
「はい」
ジーランは
「王国の令嬢を人質として預かっている。返してほしくばアルヴァ公爵領を全て魔王国に明け渡すこと。一週間後までに何ら返答がない場合は人質を処刑する。そして魔王国全軍をもって王国に攻め込むものとする」
………………………………
再びの沈黙。
ここは王宮の会議場。
今日の昼前、テシリア嬢が魔物にさらわれ、魔王は使い魔を使って通告をしてきた。
今ここには王国の要職の者と貴族院の主要メンバーが集まっている。
当事者としてアルヴァ公爵夫妻とノール伯爵夫妻、そして形式上とはいえ婚約者である俺も参加している。
「王国としてこの状況にどう対処すべきか、この場で決めたうえで国王陛下に
宰相ジーランが皆を見回しながら言った。
「取れる手段は限られているでしょうな」
貴族院議員の一人が言った。
(誰が誰だか分からない……)
俺はテーブルから外れた場所に一人ポツンと座っている。
両親もアルヴァ公爵夫妻もテーブルに着いており、兄のユアンは臨時司令官として王国側の席だ
「限られているとは?ゴラス伯爵殿」
宰相ジーランが聞いた。
「アルヴァ公爵領を魔王国に明け渡すことなどできるはずがありませんからな」
ゴラス伯爵と呼ばれた男はそう言いながらチラチラと横にいる五十絡みの、目を閉じて腕を組んでいる男を見ている。
「それでは人質のご令嬢はどうするのですか?」
王国側の末席にいるユアンがやや声を荒げて言った。
(ユアン兄さん!)
「ここは、王国も軍を編成し、令嬢救出と並行して魔王国に攻め入るべきと考えます」
「たった一週間で軍を編成できるのかね?」
貴族院の別の議員が眉をひそめ、どこか
「難しいとは思います。ですがここは王国内の各領主が全力を傾けて対処すべき状況と考えます、べノー男爵殿」
ユアンが目を釣り上げていった。
「そのような理想論で言われてもねぇ、領主の皆さんにも様々な事情があるから……」
と皮肉っぽい言い方をしながら、ベノー男爵と呼ばれた男もゴラス伯爵と同じように腕組みをしている男を見ながら言った。
(何なんだこの流れは……!)
俺は、なによりもまず王国として、テシリア嬢救出に全力を傾けるものと思っていた。
なのに、ユアン兄さんは抗ってくれているが、
(それにしても、貴族院の連中はなんであの男を気にしてるんだ?)
かなり影響力がある人物なのだろう。
その男は会議テーブルの俺から見て向こう側の、ほぼ中央に座っている。
彼の対面にはアルヴァ公爵夫妻が座っている。
俺の位置からは夫妻の表情は見えない。だが、今のところまでの流れからすれば、
「あなたのご意見を伺ってもよろしいですか、グッシーノ公爵殿」
宰相ジーランが腕組み男を見ながら言った。
(あいつがグッシーノかっ!)
様々なことが一気に俺の頭に湧き上がってきた。彼には色々思うところはあるが、
(とりあえずは議題に集中だ……)
と、俺は自分に言い聞かせた。
グッシーノはゆっくりと顔を上げて閉じていた目を開いた。
「そうですな、まずは王国の安全を最優先すべきでしょう」
彼は真正面よりもやや上に目線を向けて言った。
「と言いますと?」
ジーランが聞いた。
「おそらく魔王国はこの事態を想定して軍備を整えてきているでしょう」
「それは我が国も同じです!」
グッシーノの言葉にユアンがすかさず意見した。
「確かにその通りだ。我が国も魔王国と戦えるだけの軍事も備えていると言っていいだろう、編成にはそれなりに時間がかかるがね」
「……!」
「私も我が王国軍が魔王国軍に引けを取るとは考えていない。だがそれは……」
「それは……?」
ユアンが促した。
「しっかりと時間を掛けて軍を編成し、万全の体制で臨んだうえでのことだ」
「なるほどなるほど」
と、ゴラス伯爵がわざとらしく頷きながら言った。
「確かにそうですな」
べノー男爵も便乗するように言った。
「今我々がやるべきことは、一週間後に間違いなく攻めてくるであろう魔王国軍に対して、できうる限りの備えをしておくことだと私は考える」
「それは、令嬢救出に人員は割けないということですか?」
グッシーノの言葉にユアンが歯を食いしばるように聞いた。
「もちろん、私もご令嬢を救出できるものならしたい。だが、ご令嬢も兵士も同じ一人の人間だ。王国のためを考えれば兵を温存すべきだ。そして君は、その陣頭指揮をとる責任を負っているのだよ」
グッシーノはユアンにそう言うと、再び腕を組んで目を瞑った。
「そうですな、我々も軍備を整えていかねば」
「忙しくなりますな」
「これも王国のためです」
貴族院の議員たちは口々に騒ぎ出した。
「分かりました……」
ユアンは悔しそうに言った。
(なんだよ……なんだよそれ……テシリア嬢はどうなるんだよ!)
アルヴァ公爵夫妻はじっと動かずに真正面を見ているようだ。
「それでは、一週間後の魔王国軍襲来に備えて、可能な限りの体制で臨むということで国王陛下に奏上いたしますが、よろしいで……」
宰相ジーランがそう言って場を閉めようとした時、
「すみません、発言をお許しいただけますか?」
俺は既に立ち上がっていた。
「なんだね、いきなり……ああ、君はノール伯爵家の」
ジーランが言った。
「はい、ノール伯爵家のノッシュです」
「ふむ、で、発言をしたいと?」
「はい」
「では、
「はい」
俺は一息入れて話し始めた。
「王国として囚われたご令嬢を救出することはできないということですが、それは一個人としてなら問題ないということだと考えてよろしいのでしょうか?」
「ふむ、まあ、個人としてなら問題はないだろう。できるのであればだがね」
ジーランが疑わしげに言った。
「そうであれば、私がご令嬢の救出に向かいたいと思います」
俺の言葉に会議場がざわついた。
「君一人で行くのかい?この場合、たとえノール伯爵家の兵であっても連れて行くことは許されないのだよ?」
ジーランは顔を曇らせていった。
「冒険者を
「冒険者?集まると思うかい?」
「分かりません。ですがもし集まらなければ私一人でも救出に向かいます」
(言ってしまった……とんでもない
「うーむ……君も本来ならノール伯爵家の部隊を率いるべき立場なのだが……」
ジーランが悩ましげに言うと、
「いいんじゃないかな?」
と、ジーランの言葉を遮るようにグッシーノが言った。
「いいのですか?」
やや驚いたようにジーランが言った。
「たしか彼は囚われたご令嬢の婚約者だったはずだ、そうだね?」
グッシーノが俺に聞いた。
「はい、そうです」
「であれば、救出に向かいたいと思うのは当然だし、国王陛下もお許しくださるだろう」
「ありがとうございます」
「ただし、伯爵家の兵は連れて行くことはならない。連れていけるのは自ら雇った冒険者のみだ。いいね?」
「はい」
もう後には退けない。
というか、俺には後に退く気など毛頭なかったが。
かといって俺に勝算などはまるでなかった。
ただただ、テシリア嬢を助けに行きたい、それだけだ。
(なんとかなる……いや、なってくれ!)
俺は全力で祈った。
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