第10話 ノールタウンでお買い物
その日の朝、俺はやたらと早く目が覚めた。
(とうとう来たか、この日が……)
今日はテシリア嬢とノールタウンへ服を買いに行く予定の日だ。
遅れるよりはと考えて朝食も早めに済ませ、俺は他の家族が下りてくる頃には
「よう、ノッシュ」
ノール家の次男、兄のユアンが声をかけてきた。
「おはよう、ユアン兄さん」
「今日はしっかりやってこいよ」
ニヤリと笑いながらユアンは俺の肩をポンと叩いた。
(もう知ってるのか……)
マキスが話したのだろう。俺達兄弟は比較的仲は良いほうだ。
マキスもユアンも俺とは大違いのイケメンだ。もちろん女子にもモテる。
そんなイケメンの二人だが、俺というブサメンで陰キャな弟を不思議と気にかけてくれている。
ユアンの励ましに多少は元気づけられて、俺はカブリオレに馬を繋ぎ屋敷を出た。
アルヴァ公爵家の屋敷は、訓練用ダンジョンから馬車で一時間もかからない所にある。
本来の屋敷はもっと北側にあるのだが、三十年前の魔王国戦争以来、作戦本部としての役割を果たしているため、居住用にと南に別の屋敷を作ったということだ。
アルヴァ公爵家の屋敷に着くと、玄関前で既にテシリア嬢が待っていた。
そして驚いたことに、彼女の後ろにはアルヴァ公爵夫妻が控えていた。
オレはアプローチにカブリオレを廻すと、サッと降りて夫妻に挨拶をした。
「今日はテシリアをお願いね」
アルヴァ公爵夫人が優しく穏やかに微笑みながら言った。
「いえ、こちらこそ、テシリア嬢をお迎えするのに、このような小さな馬車しかご用意できずに申し訳ありません」
俺はそう言って深々と頭を下げた。
(本当にすみませんっ!)
「いやいや、いい車じゃないか、なあ?」
アルヴァ公爵がカブリオレを細かく検分しながら言った。
「ええ、本当に。昔を思い出すわねぇ」
と、公爵夫人。
「そうだな……俺達もよくドライブに行ったなぁ、カブリオレで」
「ええ」
そんな、昔を懐かしむ公爵夫妻に、
「もう、お父様もお母様も昔のお話はいいから」
と、苛立ちを隠せないテシリア嬢。
「ああ、そうだな」
公爵が言うと、
「そうね、それじゃ二人で楽しんでらっしゃいな、お買い物デート」
と、公爵夫人が微笑みながら言った。
「「デートぉーー!?」」
俺とテシリア嬢の声が完全にシンクロした。
すると、さすがテシリア嬢、電光石火の早業で、
キッッ!!
と、俺に睨みを飛ばしてきた。
すかさず、
「ごめんなさいっ!!」
と、俺も最近では慣れたもので、電光石火の謝罪をテシリア嬢に返した。
「あらあら、夫婦喧嘩をするにはまだちょっと早いんじゃないかしら?」
公爵夫人が困り顔を作って言った。
「「夫婦喧嘩ぁああーー!?」」
(うわ、またシンクロ!)
キッッ!!
「ごめんなさいっ!!」
「ははは、息もピッタリだな」
「ええ、本当に」
と、公爵夫妻のにこやか笑顔に、俺はもとよりテシリア嬢までドギマギしてしまっている。
「も、もういいわ、行きましょう!」
やや困惑気味にテシリア嬢が言った。
俺は小走りでテシリア嬢の
(出だしから疲れた……)
カブリオレを走らせながら俺は思った。
(でも……)
ドタバタしてドギマギはしたが、思っていたような酷いことにはならなかった。
(こういう小さなドタバタの積み重ねが『いい思い出』ってものになるんだろうか……)
俺とテシリア嬢は道中、何も話さずにノールタウンへと向かった。
時おりテシリア嬢の様子が気になって、横を見たくなってしまう。
だが、俺が横を向けば彼女はすぐに気がつくし、また
それくらい二人はこれまでにない
テシリア嬢と話ができないのは淋しい気もするが、これだけ近くに彼女を感じていられるということが、俺には嬉しかった。
(でも気をつけろ、俺……嬉しがっているのを気付かれたら、また睨まれてしまう……!)
やがて、ノールタウンが見えてきた。
「あれがノールタウンです」
「そう」
俺とテシリア嬢の道中初めての会話だ。
(デートってこんなんでいいのかな……まあ、したこと無いからよくわからんけど)
だが、俺は道中つまらないとは全く思わなかった。
テシリア嬢から怒られることも睨まれることもなく、ずっとそばに彼女を感じることができたのだ。
それだけで俺は十分に満足だった。
街に入ると俺に気が付く者がいて挨拶をしてきた。
だが皆の視線はほぼ全てテシリア嬢に向けられていた。
テシリア嬢との婚約は秘密にしていたわけではないが、領内に大々的に知らせたりもしていない。
「ふうん」
そう
(そういえば、前に来た時は屋敷だけで、街には来なかったな)
ガルノーの姪の店は、建てられて間もない新しい店なのですぐに分かった。
カブリオレを店の前に止めると、中から店員が出てきた。
「よろしく」
と言って、俺は手綱とチップを店員に渡した。
店に入ると、広く明るい店内に様々なデザインの服が飾られていた。
「いらっしゃいませ」
と、おしゃれな装いの明るい女性が迎えてくれた。この人がガルノーの姪の支店長のようだ。
テシリア嬢は目を輝かせて店内に飾られている服を見ている。俺が初めて見る表情だ。
(やばい……かわいい……)
俺は慌てて視線を戻し、
「あの、お、俺は男物の服を見ますのでテシリア嬢は……」
と、早口で言った。
「ええ、わかったわ」
テシリア嬢は俺のことなど見もせずに言った。
俺は店員に聞いて、男物の服を見せてもらいにその場を離れた。
歩きながらテシリア嬢を振り返ると、彼女は店員が手にしている服の説明をするのを熱心に聞いている。
(来てよかった)
俺は心からそう思った。
俺は、服に関しては「丈夫が一番」がモットーだ。
店員にもそう話して見繕ってくれるように言ったのだが、
「たまにはこういう趣向のお服などいかがでしょう?」
と、俺からすればとんでもなく洒落た服を持ってきた。
「いや、こういうのは……」
と、やんわりと断ろうとしたのだが、そこは
ブサメン非モテ男の弱いところをうまく
(兄貴たちならともかく、ブサメン非モテの俺にこんな服はなぁ……)
と思ったのだが、結局は勧められるがままに買うことになってしまった。
(テシリア嬢もそろそろ決まったかな……)
と、
「素敵なお服をお選びいただいたので、ノール様にもお見せしたらと申し上げたのですけれど……」
支店長が言うと、
「いいのよ」
と、テシリア嬢は短く言った。
(まあ、そうだろうな……)
わざわざ俺になんぞ見せたくはないだろう。少し淋しくはあるが……。
テシリア嬢と二人で店を出ると俺は時計塔を見た。
(もうすぐ昼だな……)
この後どうするかは何も考えていない。
『二人で楽しんでらっしゃいな、お買い物デート』
というアルヴァ公爵夫人の言葉が頭をよぎった。
(デートというのはやはり二人で食事をするものなのか?)
そう考えた途端、
「あ、あの……」
俺はなんとか言葉を絞り出したが、鼓動は激しくなり続け、心臓がドクンドクンと音を立てるのが聴こえるようだ。
「なに?」
テシリア嬢が言葉少なに答えた。
「あ、あの、そろそろ昼ですし、その……」
「……」
「ど、どこかで、しょ、食事でもと、お、お思うのでしゅがっ!」
(声が裏返ったぁああーーーーでしゅがってなんだよぉおおーー(泣))
俺は頭の中が真っ白になった。
そして、絶望の意味を改めて思い知ることとなったのである……(完)
「いいわよ」
テシリア嬢はなんでもない様子で答えた。
(え……?)
俺は自分の耳を疑った。
「いいんですかっ!?」
「誘っておいてなによ!」
テシリア嬢の目が鋭くなる。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!)
「ごめんなさいっ!ありがとうございます!!」
一瞬動転はしたが、俺は電光石火の謝罪と感謝をテシリア嬢に返した。
「ふん……で?」
横目で俺を見ながらテシリア嬢が言った。
「で?」
馬鹿みたいにオウム返しをする俺。
「どこにするの?お店は」
腕を組んでイライラとテシリア嬢が言った。
「あ……」
(全く考えてなかったぁああああーーーー!)
一度は水面に浮かび上がれたのに、再び海底深く引きずり込まれた、そんな絶望感が俺を襲った。
「はぁ……」
テシリア嬢のため息が
その時、
ポン!
と、誰かが俺の肩を叩いた。
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