第8話 夜襲

 (……!)

 肘を突っつく何かで俺は目を覚ました。

 見るとゴーレム狼が鼻面で俺を突っついていた。

「どうした?」

 思わず俺は声に出して聞いたが、

(そうか、こいつはゴーレムだった……)

 当然こっちの言葉もわからないだろうし、鳴き声も聴いたことがない。


 とにかく、なにかが起こっていることは間違いない。

 俺は、極力物音を出さないように注意して周囲を見回してから、そっと立ち上がった

 ゴーレム狼は森の奥をじっと見ている。


(野盗か、それとも……)

 夜空に雲はなく月明かりで街道は明るいが、森の中の様子はほとんど何も見えない。

 師匠のオルダからは夜間の戦い方も教えられている。

 夜間は当然のことながら視界が効かない。

 そこで聴覚が大事になるのはもちろんだが、嗅覚も同様に重要になってくる。

 それと風、というよりは空気の動きを感じ取る肌感覚だ。


(まずは風下かざしもに……)

 今夜は時おり頬を撫でる風がある程度だ。

 ゴーレム狼が見ている方向から相手がいる場所を推測して、俺は風下に移動した。

(臭うな……)

 何日も風呂に入っていない人間の匂いが漂ってきた。

 食い詰め者どもの追い剥ぎかとも思ったが、決めつけは良くない。


 俺は足音を立てないようにして、テシリア嬢とニルが休んでいる馬車に近づいた。

 そしてあらかじめ決めておいた合図で、馬車の底を軽く叩いた。

 数秒で幌が僅かに開き、テシリア嬢がこちらを伺う顔が見えた。

「何か来ます」

 おれが手短てみじかささやくと、彼女は無言で小さく頷いた。

 御者達にはあらかじめ、俺かテシリア嬢の指示がない限り外には出るなと言ってある。


 ニルも目を覚ましたのだろう。奥で人が動く気配がした。

 何かをささやく声が聴こえ、間もなく剣を手にテシリア嬢が出てきた。

 二人でゴーレム狼の所に行くと俺は自分の鼻を指で突付いた。テシリア嬢が顔をしかめて頷く。


 少しの間があって、ゴーレム狼がピクリと動いた。

 同時に森の奥でガサガサ動く音が聴こえ、剣を持った男が木々の間から飛び出してきた。


「あ……!」 

 男は俺達を見て驚いて声を出した。

 見張りがいるとは考えてもいなかったようだ。

 その一瞬の隙に俺は間合いを詰め、男の口を手で塞いだ。

「うぅ……!」

 大声おおごえを出されたら都合が悪い。俺はすかさず男の頭に拳を二、三発入れた。

 男は昏倒して、俺に掴まれたままぐにゃっとなって倒れ伏した。


 最初の男の異変に気付いたのか、仲間らしい男が二人、

「「うらぁああああーーーー!」」

 と、叫びながら飛び出してきた。


(奴らも少しは考えてるらしいな……)

 二人は離れた場所から同時に出てきて、俺とテシリア嬢を両側から攻撃してきた。

 一瞬迷ったが、

(ここは任せよう)

 と判断し、俺は自分に向かってきた男に対処した。

 男は剣を振り下ろしながら攻めてきた。

 俺は一瞬構えて腰の剣を抜き、下段から男の剣を打った。


 ガキィーーーーン!


 金属音が響き火花が散るとともに、男の剣は真っ二つに折れてしまった。

「ひぃーー……!」

 男は一気に戦意を失って後ずさったが、おれは間髪を入れず男の脚を斬りつけた。

「ぐぁああーーーー!」

 男が脚を押さえながら転がった。


 チラッとテシリア嬢の様子を見ると、彼女はもうひとりの男と睨み合いをしていたが、

「ひぃいいーーーー!」

 と、仲間がやられるのを見てひるんでいる相手の男のすきをついて、


 ガキィッ!


 と、剣を持つ男の手元を打った。

「うっ……!」

 テシリア嬢の強烈な打ち込みを手に受けた男が剣を取り落とすと、彼女はすかさず男の喉元のどもと剣先けんさきを突きつけた。


っええーーーー!)

 あの速さには俺もついていけないだろう。剣技ではテシリア嬢に敵わなそうだ。

 俺は脚を斬りつけた男に歩み寄った。そして、倒れて斬られた脚を必死に押さえている男の胸ぐらをつかんで起こした。


 その時、

「そこまでだっ!」

 と、少し離れたところから別の男の怒鳴り声が聴こえた。

 見ると、テシリア嬢の向こう側数メートルの路上に男が立っていた。

 そしてその男は、片腕でニルを押さえながら彼女の首筋に短剣を当てている。

「アニキぃいいーー」

 テシリア嬢に手を打たれた男が情けない声をあげた。


(くそっ……もう一人いたか!)

 俺は油断していた自分に、心の中で罵詈雑言を浴びせた。

「ニルっ!出てはダメって言ったでしょう!!」

 テシリア嬢が驚くほど大きな声でニルを叱った。

 ニルはしょんぼりとうつむいた。


 そして、テシリア嬢が取り乱した隙に、手を打たれた男が彼女のさきから逃れた。

「武器を捨てろ!」

 ニルを捕らえた男がニルの首に短剣を近づけて言った。


「そんな事をしてただで済むと思っているの?」

 テシリア嬢は今しがたの動転から早くも立ち直り、氷のような冷ややかさで言った。


「う、うるせぇ!と、とっとと言うこと聞かねえとこのガキがどうなってもしらねえぞ!」

 兄貴と呼ばれた男は威勢よく言ってはいるものの、強く冷徹なテシリア嬢にビビっているのは明らかだった。


 とはいえ、ニルが危機的な状況にあるのは変わらない。

 いくらテシリア嬢が速いとはいえ、ニルを捕らえている男まで四、五メートルはありそうだ。

 彼女が素早く打ち込んで男を仕留めたとしても、ニルが怪我をしてしまうことはほぼ間違いない。下手をすれば命に関わる。


「……」

 テシリア嬢は無言で剣を下ろし、男との間に放り投げた。

「そっちの野郎もだ!」

 アニキ男に言われ、俺もテシリア嬢にならって剣を倒れている男の方に放り投げた。


「よ、ようし、そうしたら……」

 ニヤリとしながらアニキ男が言った。

 すると、ずっと下を向いていたニルが顔を上げて、

「モフちゃん」

 と、言った。

(モフちゃん?)

 俺にはニルが何のことを言っているのかわからなかった。


「だ、黙ってろ、クソガ……キ……!」

 そこまで言ってアニキ男は言葉を失った。

 彼の視線はテシリア嬢も、俺をも通り越した先を見ている。

(あいつ何を見ている?)

 そう俺が思った時、


『ガァアアアアーーーー!』


 と、後ろから凄まじい吠え声が聴こえてきた。

 俺が振り向こうとした時には、既に頭上を大きな影が俺とテシリア嬢を飛び越して、ニルを捕らえている男の前に四つ足で立っていた。

 ゴーレム狼だ。


『ガァアアアアーーーー!』


 ゴーレム狼が再び吠えた。

「ま、ま、魔物……ひぃいいーー……」

 男はゴーレム狼を魔物だと思ったようだ。

(まあ、そう見えるよな)

 男は恐怖のあまりニルを取り押さえていることも忘れ、彼女を抱えている腕を緩めて後ずさりを始めた。


「ニル!」

 その機を逃さずテシリア嬢が鋭く言った。

 ニルは素早く男の腕をすり抜けてテシリア嬢のもとへ駆け寄った。

「……!」

 テシリア嬢は駆け寄ってきたニルを無言で抱きしめた。

「……ごめんなさい」

 ニルが小さな声で言った。


 俺は前に進んで、ニルが「モフちゃん」と呼んだゴーレム狼の横に立った。

「ひぃ……ひぃ……」

 アニキ男は完全に腰を抜かしてしまっている。

 テシリア嬢に手をやられた男は仲間を見捨ててどこかへ逃げてしまったようだ。

 うしろからは、俺に脚を斬られた男のうめき声が聞こえる。


「モフちゃん、その人食べちゃっていいよ」

 ニルはテシリア嬢に抱かれながら言った。

(ニルも中々エグいことを……)

 俺は心の中で苦笑にがわらいした。


『グォオオオオーーーー!』

 ニルの言葉に呼応するように、モフちゃん(ずかしい呼び名だ)が吠えた。

「ひぃいいーー……や、やめてくれ……やめ……」

 そこまで言うとアニキ男は白目をむき、泡を吹いて気を失った。


「ふぅーー……」

 俺は溜めていた息を吐き出し、殴り倒した男と脚を斬った男を回収しに後ろへ戻った。

「もう、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ」

 隊長とテシリア嬢が話すのが聞こえる。


 俺は逃げた男を除く三人の男を集めて縄で縛った。

「どうしましょう、こいつら……」

 俺はテシリア嬢に聞いた。

「そうね、公爵家の牢屋に入れなければいけないところだけど……」

 連れて行くとなると馬車がもう一つる。


「モフちゃんが見張っていてくれるよ」

 ニルが言った。

「なるほど……その間に公爵家の警邏隊けいらたいを呼びに行けばいいわね」

 そう言いながらテシリア嬢は隊長を見ると、

「分かりました。予備の馬で私が公爵家に向かいましょう」

 隊長はテシリア嬢の意をんで言った。

「ありがとう、お願いするわ」

 テシリア嬢は隊長に微笑みかけて言った。


(あ、いいなぁ……)

 と、俺はつい隊長がうらやましくなってしまった。


(いつか俺にもあんなふうに微笑みかけてくれたりするんだろうか……)

 なんてことを俺は考えながら、無意識のうちにテシリア嬢を見つめてしまっていた。

 そんな俺の視線を感じたのか、テシリア嬢がフッと俺を見た。


(やべっ……!)

 俺は慌てて視線をらした。

(危うくまたにらまれるところだった……)

 俺はホッと胸を撫で下ろした。


 だが、目をそらす直前のほんの一瞬だけ見たテシリア嬢の目は、今まで俺に向けられていたものとは違っていた、そんな気がした。

 とはいえ、そう感じたのも一瞬で、

(とりあえず、睨まれなくてよかった)

 と、頭をよぎった不思議な感覚はすぐにどこかへ消えてしまったのだった。

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