第12話 ご令嬢の過去

「うぅーー……」


 俺は朝から地獄の責め苦にあっていた。

 頭が割れるように痛い。

 立ち上がろうとするとフラフラする。

 胃がムカムカして吐きそうになる。


(これが二日酔ふつかよいってやつか……)


 昨夜ゆうべは公爵夫妻ととんでもなく盛り上がってしまった。

 王国の法律では十八歳から飲酒できるが、俺はまだ飲んだことがなかった。


(前世は殆ど下戸だったしな……)


 なので、加減がわからずに勧められるままに飲んだ結果がこのていたらくである。


(途中から記憶がないし……)


 薄っすらと覚えているのは、公爵夫妻がテシリア嬢と俺の結婚を強く望んでいる、という話だ。

 俺は、テシリア嬢との結婚話は貴族同士の利害の一致による、完全に政略的なものだと思っていた。

 そしてテシリア嬢はこの婚約を、陰キャブサメンな俺との婚約を、心から嫌悪しているのだと俺は信じて疑わなかった。

 だが、昨夜の話からすると必ずしもそうではないらしいと思えるようになってきた。

 

 そんなことをつらつらと考えていると、

(う……やばい……)

 と、胃が緊急事態を警告してきたので、俺はふらつく脚を叱咤してトイレに向かった。


 なんとかギリギリ間に合って個室に入ると、どうやら隣でも誰かが緊急事態におちいっているようだった。

 個室を出て待っていると、隣からアルヴァ公爵が出てきた。

「や、やぁ……おはよう、ノッシュ君……」

「お、おはようございます……」

 公爵もかなり具合が悪そうだ。

「どうやら君も……地獄のハイウェイをまっしぐらのようだね」

「地獄の……?あ、はい……地獄にいる気分です」


 などと、お互いに力が入らない笑いを浮かべながら廊下に出て話していると、

「おはようございます、お父様」

 とテシリア嬢がやってきた。

「お母様がこれをと言って私に持たせてくださいましたので」

 テシリア嬢は手に持ったお盆を軽く掲げて言った、

 盆にはカップが二つ載っている。

「あなたもね」

 テシリア嬢はチラッと俺を見ていうと、公爵と俺を居間へと連れて行った。


「こちらをお飲みください」

 テシリア嬢は二つのカップをテーブルに置いて言った。

「これは……?」

 疑い深そうな顔で公爵が聞いた。

「お母さまが調合したお薬です」

「アリナが……!」

 公爵の顔が一気に青ざめた。

(公爵夫人はアリナというお名前か……てか薬って、二日酔いのか?)


「二人とも必ず飲むようにとのことです」

 公爵と俺を見ながらテシリア嬢が言うと、

「テシリアは飲まなくていいのかい……?」

 公爵が聞いた。

「はい、私は全然平気です」

「はぁ……君もしっかりアリナの血を引いてるんだな」

「はい」

 そう答えてテシリア嬢は俺の前にカップを押し出した。

「さあ、飲んで」

「……はい」


 確かアルヴァ公爵夫人は高名な魔術師だと聞いたことがある。

 そんなすごい魔術師が調合した薬なら間違いないだろう。

 それに、昨日公爵夫人は、絶望のどん底にいた俺を救ってくれたのだ。


 俺は躊躇ちゅうちょなくカップを手にした。

「あ、ノッシュ君……」

 公爵の声が聞こえたが、その時既に俺はカップのふちに口をつけ、薬を口へと流し込み始めていた。


 そして……


「………?」

(なんだこのあ……じ……)


「ぐぇええええーーーー!」

「ノッシュ君、耐えろ、耐えるんだ!」

「ぐぉおおおおーーーー!」 

「ノッシュ君ーーーー!」

 そんな、俺と公爵の騒ぎを横目に見ながらテシリア嬢は静かに立ち去った。


 公爵夫人特製の薬はとんでもない味だったが、地獄の苦しみは綺麗さっぱり消えてなくなり、無事朝食も終えることができた。

 そして、俺はカブリオレに乗って帰路についた。


「これからもちょくちょく顔を出してね」

 出掛けに、そう公爵夫人は言ってくれた。

 そう言えば、

「テシリアは前に婚約で色々あったから……」

 と公爵夫人が話してくれたのを思い出した。

 色々というのがどういうことなのかまでは聞けなかったが。


(いつか聞かせてもらえるだろうか……)



 その後、ダンジョン運営は順調に進み、訓練者も増えていった。

 最近では、自律ゴーレムに挑める者も出始ではじめてきている。


「施設も来週には完成です」

 ガルノーが知らせてくれた。ダンジョンでの訓練者用の休憩施設のことだ。現在、外装はほぼ出来上がっている。

 施設は俺が思っていたよりもずいぶんと大規模で、ウェストポートで利用したガルノーの宿とほぼ同じ大きさの三階建だった。

 そして、建物は一つだけではなく、隣にはダンジョン訓練で必要になるであろう、様々さまざまな物品の販売用店舗も併設されている。


 そして施設開業の日がやってきた。

(ダンジョン訓練が終わったら一杯やりたいな……できればテシリア嬢と)

 などと、この前の二日酔い地獄のことはすっかり忘れて俺は思っていた。


 だが、その日はいくつかの機械式ゴーレムの調子が悪く、回収してメンテナンスをしようということになった。

 なので、工房の若手と一緒に俺もゴーレムの回収を手伝った。


(遅くなっちまったな……)

 回収作業が終わって施設のレストランに入ろうという頃にはすっかり夜になっていた。

 さぞ賑やかなことだろうと思いながら、俺は入口のドアに手をかけた。

(なんだか静かだな)


 オープン初日といえば、サービスメニューてんこ盛りで、客も店員もてんやわんやというのが定番と思ったていた俺は肩透かたすかしを食らってしまった。

 中の静かさにつられて、俺はゆっくり静かにドアをけた。


 広い店内の席は、テーブルもカウンターもほぼ満席状態だった。

 にも関わらず、この不自然な静けさ。

 その原因は店の真ん中で睨み合っている二人に間違い無さそうだ。


「なあ、いいだろう?久しぶりにゆっくりと飲みながら話でもしようぜ」

「お断りします」


(あいつ……)

 間違いない、ウエストポートで出くわしたグッシーノの次男坊だ。

 次男坊の後ろには取り巻き連中が数人いる。

 そしてその次男坊を、テシリア嬢が刺すような鋭い目で睨んでいる。


「つれない事言うなよ」

「お断りします」

 次男坊がなんとかテシリア嬢を懐柔しようとするが、テシリア嬢は全くと言っていいほど取り付く島もない。


 二人の間のピリピリとした緊張感に、他の客はもとより店長とおぼしき男もオロオロとするばかりだ。

(俺が入っていったら、かえって面倒なことになるか?)

 とも思ったが、このまま放っておくわけにもいかないので、俺は扉を静かに閉めて、二人がいる席へ歩い行った。


 その時俺はとんでもない言葉を聞いてしまった。


「なあ、俺達はじゃないか」

 グッシーノの次男坊がそう言うのが確かに聞こえた。

「いい加減なことを言わないで!」


 テシリア嬢の声も聞こえたが、既に俺の頭には公爵夫人の言葉が浮かんでいた。


『テシリアは前に婚約で色々あったから……』


(こいつかっ!)


 俺は歩みを止めた。

 その気配に気がついたのか、グッシーノの次男坊がこちらを見た。

 そしてテシリア嬢も。


 俺とテシリア嬢の目が合った。

 そこには、今まで俺が見たことのない、怯えた目をしたテシリア嬢がいた。



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