第二十二話 別にロールシャッハの真似とかしてねえから

 すぐに助けが来てくれたのは、

 村瀬が最速で人を呼びに行ってくれたから。


 天井から落ちて動けるとわかった直後、

 村瀬は迷うことなく外へ駆け出したそうだ。


 足首をねん挫していたにも関わらず、

 村瀬は人生最速のタイムを叩き出した。


 救急車が到着するまでに近所の小児科医が来て、

 できる限りの処置をしてくれたらしい。


 おかげで俺はもちろんだが、

 何より斎藤先生が一命を取り留めた。


 誰も、死ななかったんだ。


 使い方はちょい違うけど言わせてくれ。


 終わる日、ざまぁ。



 警察の調べでは斎藤先生は以前から盗撮をしていたようだ。

 ただ、その手口が徹底している。


 特定の身体的特徴を持った生徒を対象とし、

 特定の衣服、特定のアングルで盗撮する。


 それが揃うと以降はその生徒に盗撮は行わない。


 そうやって集めた画像が数百枚、発見されている。

 こういうのもサイコパスって言うのかね?


 画像には金森、白石の二人ともが含まれていた。


 しかし、金森の事故のときには学校にいて、

 他にも白石のように接触した事実は確認されていない。


 なぜ白石にだけあんな暴力的なアプローチをしたのか。

 その解明は本人の協力があっても難しいだろう。


 たぶん斎藤先生自身、何が起こったか理解できていないから。


「そんなのサリがどストライクだったからに決まってんじゃん。

どストライク症だよ、どス症」(白石の友人K談)


「サリちゃんをある人に取られたと思ったんでしょう。

興味ないみたいな顔して、何もかもを手に入れる。

そういうのに我慢できなかったんだと思います。

ええ、ホント腹立たしい」(白石の友人M談)


「私と先生が愛し合ってるのが伝わらなかったんだね。

もっと先生がはっきりと態度に示せば、

斎藤先生にもわかってもらえたのに。

だからさ、婚約指輪とかどうかな?」(白石に非常に近しい人談)


 シンプルで狭い世界観というのは、

 学生が最も大事にすべきものだと思う。


 予想以上に頑強だ。


 無理してオープンワールドなんかにしてみろよ、

 ひでえもんだろ? そういうこと。


 フェアウエルは解析され、

 プログラムには不審な点は見つからなかった。


 ただ、製作者も配信元も架空のアプリで、

 ネット上でときおりDL可能な状態で見つかるという。


 金森の事故で有名になったこともあり、根絶は難しい。

 できるのは注意喚起ぐらいだが、

 それもまた大勢の興味をひくのだろう。


 以上、中編ミステリーのもやっとした

 エンディングっぽい解説でした。


 ただ、俺にとっての本当の試練は事件の後だった。


 なにせ数週間で二回も事件に巻き込まれて大けがしてる。

 どこぞの少年探偵とまではいかないが、相当な頻度だ。


 しかも一週間も経たずに退院して出勤してる。

 松葉杖ついてふうふう言ってさ。


 さすがにみんなドン引き。


 一回目は勇気を評価してくれた。

 生徒を守った勇敢な教師という側面に注目してくれた。


 でも二回目となると異常さに目が行く。

 俺自身に問題があるんじゃないかと疑い始める。


 誰も目を合わせないし、挨拶もナシ。


 俺がいるだけで日常会話が途切れて声をひそめる。

 普通に出勤してれば元に戻るってのは楽観的すぎたか。


 校長室にも呼ばれてるし。

 どうやらこの学校に残るのは難しそうだ。


 いい職場だったんだけどなあ。


「ホントにもう学校来てるし。

その執念、なんなん? ちょっと怖いんだけど」


「二人の将来のためにも職は失えないってこと?

でもそういうのって

女を家に閉じ込める考え方にも通じます。

もっとサリちゃんを頼ってください」


「歩くのだけで大変なんだ。

朝から追い詰めるのはやめてくれ。

……吉田君、それなんだ?」


 カリンが両腕に包帯巻いてる。


 お前、軽い打撲だっただろ。

 なんなら一番軽傷だったよな。


「これ?

なんか包帯巻いてたらかっこよくなっちゃってさ。

気づいたら増えてた。どーよ?」


 俺と村瀬は見なかったふり。

 結構、かわいそうな子なんだな、カリン。


「サリちゃん、一緒じゃないんですか?

迎えに行くって言ってましたけど」


「聞いてない」


「あーあ、キレてっぞ、サリ。

セナコーと同伴するってあたしら追い払ったんだから」


「単語の間違え方が最低だな。

それより二人とも、俺から離れたほうがいい」


「なんで? もう終わる日とかないでしょ?」


「いやなんでって──」


 後ろから誰か走ってくる音は聞こえてた。

 今や逃げることも無視することもできない気配。


「コーイチー、なんで先行っちゃうかな。

しかも二人と一緒にいるし」


 体当たり。威力は高いが、命中は低い。

 はずなんだが、今の俺は回避不能。


 食いちぎられたふくらはぎから

 頭の先まで電気が走ったわ。


「うはは、セナコー泣いてる。

サリ、セナコー一人で歩けないってさ」


 カリンが松葉杖を奪って、すかさず白石が支えに入る。


 背が低いし、体重かけられないし、

 まったく支えになってねえ。


「朝のコーイチはいい匂いがするね。アサイチ」


「おい、本当にやめろ。

こんなとこ人に見られたら説明できん」


「もう見られてますよ。

心配しなくてもだいたいみんな知ってます。

私たち、けっこう話しちゃったので」


「なんで話すんだよ。誰にも言わないって約束したろ」


「いやー、みんな集まってきたらテンション上がっちって」


「はーい、私たち、付き合ってまーす」


 終わった。

 子供なんて信用したのが間違いだった。


 学校中から石を投げられ、保護者に吊るし上げられ、

 警察に引き渡され、淫行教師として報道されるんだ。


 裁判で判決文に著しく倫理に反するとか、

 強い憤りを感じるとか書かれて実行判決だ。


 ぼっちちゃんな妄想で灰色になったよ。


 でもさ、俺たちを遠巻きで見ている生徒の輪の中で、

 ふと誰かがくすっと笑ったんだ。


 人から笑われるのって恥ずかしいけど、

 怖がられるよりはずっといいんだな。


 他にもつられて何人かが笑って、

 それで、その程度のことだったみたいに歩いて行った。


 気づけば俺たちは普段の登校風景の中で、

 ちょっと立ち止まっているだけの四人になっていた。


 もちろん全部が元通りってわけにはいかない。


 俺は白石たちの担任を外され、

 生徒との過剰な交流は控えるようにと注意を受けた。


 思ったよりは軽い処罰だ。


 今は斎藤先生のことで手一杯。

 それが落ち着くまではおとなしくしていろということだろう。


 同僚の教員たちは何もなかったみたいに振舞っていたが、

 俺とは職務上必要なことしか話さなくなった。


 斎藤先生の机は綺麗に片づけられて、

 あのうざいマッチョでもいなくなってみると寂しいものだ。


 最初の授業から戻ってくると

 俺の机に没収された3DSが返ってきてた。


 それにどんな意図があったのかわからないけれど、

 黛先生の気遣いだって勝手に思うことにした。


 じゃなきゃやってられん。

 一人くらい、優しくしてくれないと。


 いつも通りの時間に仕事を終え、いつも通りに家に帰る。

 半壊した部屋はブルーシートで区切られ、

 家具も半分くらいは壊れて処分した。


 妙にがらんとした台所で俺は一人、

 ぬるいビールを開ける。


 缶詰から豆のスープを直接食べて、

 くだらないニュースに舌打ちする。


 別にロールシャッハの真似とかしてねえから。


「そんなもん食うなよ、サリがなんか買ってくるから。

なー、こいつ、さっきから私ばっかり狙ってこない?」


「粘着されてますね」


「おーい、コントローラー投げんな。

じゃなくて、お前らなんでまだうちに来てんだよ。

生徒との過剰な交流をやめろって厳重注意されてんだよ」


「過剰なスキンシップ?」


「そういうのいいから、ちょっとこっち来て座ってよ」


 カリンが鼻血の染みがついたソファを叩いてる。


「なんで? 俺FPSへただぞ?」


「セナコーに強さは期待してない。

あたしらが天井に張り付いてるのを見たときの、

あのビビりまくった顔、マジで萎えたわ」


 それゲームの話じゃないよね?

 仕方ないじゃん。

 めちゃくちゃ怖かったんだから。


 なんて言い訳してもよけい情けなくなるだけか。


 俺は叱られた子供みたいにカリンの隣に座った。


 カリンがちょっと肩がくっつくくらいに身を寄せる。

 そして村瀬も俺の隣に座って二人に挟まれる形になった。


「ふーん、なるほどね、こんな感じかぁ。

……村瀬はどう?」


「期待値の上はいってます」


「あの……これはなんですか?」


「いきなり敬語ウケる。

いやね、あたしはあのときセナコーの顔見て、

あ、逃げるなって思ったんだ。

でもサリ見たとたん、すっ飛んでったじゃん?

それがなんつーか、その……ありえんアホかなって」


「普通にかっこよかったって言えばいいのに」


「そこまでは言ってない」


「そうですか? 私はかっこいいって思いましたよ」


「あ、ズル」


「なのでちょっと私たちも試したくなったんです。

サリちゃんのポジション」


「白石のポジションってのがよくわからんが、

そこじゃないのは確かだぞ」


「え、じゃあ膝の上?

きゃー、それはちょっと恥ずいかも」


「でもでも、いい機会だし、やってみましょうよ。

二人で半分ずつ」


「帰れ」


「「ヤダ」」


 同じようなバカをどこかで見た気がする。

 デジャヴュ?

 俺の場合、異世界ヴュか?


 そんなことどうでもいい。

 二人の目がネズミを弄ぶ猫みたいになってる。


 逃げなきゃ。


 て焦ってると、後頭部に生温かいものがぶつかる。

 袋に入ったからあげ。


 毛が逆立った猫みたいに怒ってる白石。


「おい、お前ら、なに食ってんだよ。

私だってまだなのに」


「るせーな、まだ食ってねえよ。食いもん投げんな。

これからみんなで食うんだろうが」


「サリちゃん、違うの、これは先生に無理やり……」


「お前ら、頼むからもう帰れよ」


「そうだそうだ、帰れ帰れ」


 白石とカリンの罵り合いは飛び出す単語も語調も激しい。

 でも、村瀬が楽しそうに煽ってるから

 いつものことなんだろう。


 玄関先で激しく罵り合いながら、明日の放課後に

 ストロベリーフラペチーノを一緒に飲みに行く約束をしてる。


 バカげた文脈ではあるけど、

 まあ笑える連中だよ。


「そういやカリン、お前の歌、すごかったよ。

声楽、やったほうがいい」


 カリンは何か汚い言葉を言いかけたまま黙り込み、

 俺と目が合うとすごい勢いで背中を向けた。


「いきなり担任づらすんな、もう担任じゃねえくせに。

セナコーに言われんでもやるわ」


 逃げるみたいに走っていくカリンを

 村瀬がお辞儀してから追いかけた。


 二人がいなくなると白石はため息をついて戸締りしてる。


「いや、お前も帰るんだよ」


「わかってる。ご飯食べたら帰るよ。

二人分、買ってきちゃったから」


「やけに素直だな、ごねるかと思ったのに。

まあそれくらいならいい。いくらだった?」


 財布を取りに行こうとした俺の袖を白石がつまんでいた。


 うつむいて、頬とか耳とか赤くして、

 熱で潤んだ目で上目遣いに俺を見てる。


 カリンとの口喧嘩で興奮しすぎた……

 とかじゃあないよな。


 服の袖をつままれてるだけなのにぜんぜん動けない。

 言いたいことあるなら言えよってならない。


 なんでそうなる?

 そういう要素あった?


 イベントの繋がりが見えないんですけど。

 導線しっかりしろ。


 でも、よくわかんないけど……

 これはたぶん、回避不能防御不能の、


 本気のやつだ。

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