異世界の神と入れ替わった俺は弱小国を守護する。でもその間に神が俺の身体で新しい女を作りまくるせいで帰るとだいたい修羅場。

岡田剛

プロローグ 世界よ聞いてくれ

 聞いてくれ。

 いや、波とかに聞いてくれってんじゃなくて君に聞いてほしい。


 俺は瀬名浩一。三十六歳の高校教師、世界史担当、独身。

 いたって平凡な人間だ。


 名前が瀬名だから将来の夢はF1レーサーって書いたほど平凡。

 教師へのやや侮蔑的な表現と名前を組み合わせて

 セナコーと生徒から呼ばれているくらい平凡。


 舐められてないよ。

 フランクで付き合いやすい教師ってだけ。


 そんな俺に教え子が

──もう卒業したから元(ここ大事)教え子が──

彼女の両親を連れて会いに来ようとしている。


 運命を感じてたんだって。彼女を庇って俺が刺されたその日から。


 おめでとう?

 年貢の納め時ですね?

 腹を括れ?


 違う、それだけじゃないんだ、聞いてくれ。


 そんなときなのに、今まさにこの瞬間、

 うちの風呂場でバツイチ二十六歳の黒ギャルがシャワーを浴びている。

 ちなみに彼女の頭の中はこれから始まる真昼の情事で一杯。


 なんだか俺の触り方がすごいんだって。

 女の身体を知り尽くしてるっていうか……

 まあ、そうだろうね。


 身から出たサビ?

 二十六歳ってギャル?

 腹を括れ?


 待ってくれ、まだ結論は出さないでくれ、聞いてくれ。

 あと言っとくと俺は誓ってDTだ。


 実を言うと大学の後輩でもある教師仲間が、

 テスト期間であるのをいいことに午後を無理やり休みにして

 結婚式場の下見に連れ出すためにこっちに向かっている。


 もちろん俺との結婚式だ。

 約束したんだって。バレーできるくらい子供作るって。


 詰み→投了?

 修羅場っすね?

 腹を括れ?


 あの……あと一分だけいいですか? いい? よし。

 聞いてくれ。


 二時間ほど前に結婚を機に芸能界を引退すると公表した女優がいるだろ。

 そう、アイドル上がりのあの人。

 違う違う、そっちじゃない。髪の短いほうだよ。


 その女優がね、結婚するって言った一般男性っていうのが俺なんだ。

 今その足で婚姻届けを持って我が家に向かってる。


 怒り心頭の社長も一緒だ。

 どうしても一言言っておきたいんだって。

 闇の炎に抱かれて消えろって。


 なんだ結局、妄想ですか?

 〇ね?

 腹を括れ?


 本当なんだ。現実なんだ。全部リアルなんだよ。

 缶ビールを持ってる手の震えが止まらないんだ。嫌な汗も。

 喉とか腹からキュルキュルってヘンな音がするんだ。


 それとさっきから腹を括れってしか言ってないやつ、

 俺の話聞いてないだろ?

 ページトップに戻ってもっかい読み返してこい。


 いや、すまない。

 せっかく聞いてくれた人にそんな言い方はなかったね。

 どうしてこんなことになったのか。


 昼からビール飲むような大人になんかなりたくなかったのに……

 飲んじゃってるし。

 アル中みたいに手が震えてるし。

 同僚には今日休んだの仮病ってバレてるし。


 俺じゃないんだ。

 彼女たちにあんな約束させたのは、俺じゃない。


 潰した缶を壁に向かって投げつけても気晴らしにもならない軽い音で、

 頭の中だけにガンガン響く。

 気持ち悪くなってきた。


 最悪なタイミングであの眠気もやってくる。

 両足をつかまれて温かい泥の中に引きずり込まれるような睡魔だ。


 寝ちゃダメだ……寝ちゃダメだ……寝ちゃダメだ……


 今あいつが来たら、次に帰ってきたときこそ俺は殺される。

 もしこれ以上、増えてしまったら俺の手には負えない。


 ……いや待てよ。一緒じゃないか?

 向こうだって状況がこっちよりいいわけじゃない。


 俺が中途半端に手を出したせいで一応は保たれていた均衡が崩れ、

 いまやどこの国も生き残りをかけて必死になってる。

 カオスだ。

 あれ以上、混乱が広がったら俺の手には負えない。


 ほら一緒だ。


 シャワーの音が止まる。

 家の前でいかついSUVが停まる。

 駐輪場に自転車を入れる聞きなれた音。

 調子っぱずれの鼻歌。


 構うもんか、一回全部ぐちゃぐちゃになれ。

 どうせどっちにいても殺されるなら、

 せいぜい派手に内臓をまき散らしてみんなと一緒に死んでやる。


 俺は眠気に逆らわずに眼を閉じる。


 いつでもいいぞ、クソが。


 あ、聞いてくれてありがとう。

 おかげでスッキリした。

 生きていられたら、また聞いてくれ。


 結局は、そうだな……もうこうなったら



 腹を括るしかないだろ。

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