第一話 チュートリアル終わるまでステとか開けないやつか?

 これどういう状況?


 冷たそうな石床にラグビー選手みたいな身体の金髪のロン毛が倒れてる。

 全裸。縛られてる。

 んで痣だらけ。


 中世のお城みたいな場所だ。天井にまで石材使ってるけど、柱の数少なくない?

 俺は玉座っぽいのに座って気だるそうに頬杖ついてる。偉そう。


 いや、偉いのか。左右の壁際に並んだ連中は柱の影に隠れるようにして俺の様子をうかがってる。


「ではエリン様、このものに裁きを」


 玉座の隣に控えていた男が柄が彫刻になった短剣を差し出している。


 イケメンだな。クールな参謀タイプ。鋭い目つき、流れるような銀色の髪。

 恰好は執事みたいだけど、眼帯してるのがまた色気がある。

 あと角。耳の上からねじれて前に突き出したやつ。


 かっこいいね、それどーした?


 夢と思うにはちょっとリアルすぎるか。短剣の質感を確かめたくて手を伸ばす。


 ってなんじゃこの手は。

 指先から二の腕まで白銀の籠手? ガントレット? に覆われてる。

 そのわりには重さもなく、関節も自由に動く。


 短剣も鉛筆くらい軽くて、手の中で回していると全裸男が急に身体を起こした。


「さっさとやれ、この淫魔が。俺が死んでも我らが聖堂騎士団が必ずやお前を討ち果たす。その首、切り落として口を便器にしてやる」


 こいつ若いころのブラピに似てない? 今のセリフ、ブラピに言わせたい。


 なんて思ってたら執事が飛び出してた。

 血走った眼をしてブラピを蹴りまくってる。死ぬんじゃない? それ。

 壁際にいる連中も止めようとせず、それどころかハアハア言ってる。


 これダメだ。

 どう言えばいいんだ? ちょっと威厳のある感じか?


「やめろ」


 俺の声に執事は電気が走ったみたいに背筋を伸ばし、首を差し出す勢いで頭を下げる。


「申し訳ございません。エリン様の裁きを妨げる気など決して……」


 あー、なんとなくそんな気はしてたけど、怖くて自分の身体見られないけど、

俺の声、女だ。


「えっと、裁きっていうけど、そいつ何したの?」


 執事が便器に使えそうなくらい口開けてる。柱の影の連中も。

 なんか間違ったな、こりゃ。


「ご、ご冗談を。このものエルフどもから古代の魔道具を借りてエリン様を亡き者にしようとしたのですぞ。万死に値する、いや、それでも軽い」


 エルフ。パワーワードきた。


「は、狂信者どもが、せいぜいその偽りの神を崇めるがいい。そいつは食い物がなくなれば味方にも容易に牙を向ける獣だ。

我らが父の炎で焼かれるとき、お前たちがどんな顔をするか、さぞ見ものだろうよ」


「言い残すことはそれだけか、聖堂騎士。エリン様、もう十分でしょう」


 みんなすっごい期待の目で見てくるな。

 え、なに? この短剣を胸に突き立てたり、喉かっ切ったりとかそういうこと?

 むりムリ無理。


「あのさ、裁判した?」


「は? 裁判?」


 騎士と執事がハモった。

 顔、見合わせてる。


「そ、裁判。こいつが罪を犯したんならまずそれを立証して罪を確定。

刑罰はその後じゃないと」


 ついに執事が笑いだした。どうしても俺の言ってることを冗談にしたいらしい。


「なるほど、今日はそのような趣向でお楽しみなさるのですね。

この聖堂騎士がみっともなく助命を乞う姿が見たいと」


「今日じゃなくていいよ。弁護人の選定も必要だしな」


 俺が退屈そうに欠伸してみせると、ざわついていた連中が一瞬で静まり返る。

 これなら単に、殺すのやめた、でもよかったかな?


「承知いたしました、準備させます。短剣、よろしいですか?」


 俺がわざと短剣の刃を向けて渡しても、執事は憎たらしいほど美しい笑顔を崩さなかった。


「食事も与えて、服も着せておけよ。獄中死はなしだからな」


「ご心配なさらず。

それより居室にて今後についてのお話をさせていただきたく……」


 俺がうなずくと執事が先に立って歩いてくれる。

 助かる。居室なんてどこか知らん。


 で、玉座から立ち上がってよろめいた。

 ブースターでも内蔵されてんのかってくらいでかいレガース足に着けてる。

 おまけにヒールがバカ高い。


 足元ばっかり見て歩いているうちに居室について、入ってドアを閉めた途端に執事が壁に手をついて俺の進路を塞いだ。


 おいこれ壁ドンじゃねえか。

 乙女ゲー?


「お戯れが過ぎます、エリン様。何度も説明したでしょう、あなたが恐れられることがこの国を守る最大にして唯一の盾なのです」


「ちょ、待てお前、近いって……」


 小言を続けようとしてた執事が驚いて目を見開いてる。

 たぶん俺がメスの顔をしちゃったから。


 ふいに優しい表情になった執事が顔を近づけてくるが、俺は動けない。

 だって近くで見たらすごいんだって。

 毛穴とかわかんないし、肌白いし、まつげとか長いし。

 ここまで綺麗だと性別とかどうでもよくなるね。


 あ、これ転生だわ。それ以外ありえないわ。

 きっとこの二人は身分違いの恋を隠して生きてるんだ。ステキ。


 よし、こいよ。俺は女としてこの乙女ゲー世界を生き抜いてみせるよ。


 執事の美しさに一瞬で理性を陥落させられた俺が覚悟を決めたのに、肝心の執事が青ざめて汗垂らしてる。


 どーしたー? 口臭いかー?

 だとしてもそういうの女の子に気づかせちゃダメだぞ♡


「あの、エリン様、本当にどこかお加減が悪いので?」


「なんでそう思う?」


「いやだって、いつもだったらこの辺でガツンと来るので。

三日月より優美なその眉をひそめて汚物を表現する言葉を独創的に組み合わせて私に投げかけてくださりながら、その美しいおみ足で私の顔を踏みつけてくださいさあいますぐに」


 はい、乙女ゲーの線は消えた。


 目がヤバい。

 覚悟を忘れて逃げ道を必死に探していると、執事の頭が斜め下に吹っ飛んだ。


「この不届きもの。次にエリン様に触れたらその首切り落として、口を便器にすると言いましたよ」


 それ流行ってんの?


 今度はメイドが出てきた。

 見た目より機能重視なメイド服を隙なく着こなし、手には金属筒型のアイロンを持ってる。

 もしかしてそれで殴った? 鈍器だよ?


「ご無事ですか、エリン様。このゴミムシをお近づけになってはいけませんとあれほど言ったではありませんか。こいつは契約に命より貞操を求める恥知らずですよ」


 夢かもしれないな。


 亜麻色、ていうの? まっすぐで綺麗な髪で、目なんかすごく大きくて。

 パッと見キツそうなんだけど、口元の穏やかさがほんとは優しいっていうか、あまえさせてくれそう。

 身体薄くて手足長くて、開けたドアから執事を蹴り出してる足とかたぶん俺のみぞおちあたりから生えてる。


 夢だな。だって俺の理想がそのまま形になってる。


「だいたい公務の場はあいつ、それ以外の場では私がお側に仕えることで決まっているのに、居室にまで入り込むなんて」


 ドアを閉めて独り言みたいに言ってるけど丸聞こえな文句をぶつぶつ言いながら、メイドは俺の手を引いて姿見の前に連れていく。


 俺、思ってたより可愛い系か? ちょい垂れ目で撫でようとすると噛みついてくる子犬みたい。凶暴な愛らしさ。

 髪の色がメイドに似てるし、並んで鏡の前に立つと姉妹みたいだ。


 ただ、なんで下着? これビスチェだっけ? なんでもいいけど人前でする格好じゃないでしょ。

 手足にこれだけごつい装備つけて、なんで胴体の防御力0?


 グラディエーター? それとも特攻形態か?

 どっかに説明ないのかよ。TIPSとかさ。

 鏡の斜め上から指をスライドさせてみたけどステータス、開かない。


 チュートリアルが終わるまでステとか開けないやつか?


 俺にはまったくわからないが、メイドには着衣や髪の乱れがわかるみたいで頭の周りで編みこんでいた髪を結いなおしている。


 かいがいしく、鼻歌なんか歌いながら、そうしているときが一番幸せっていう顔をしてる。

 ここがどこで、なんでこんなことになってるのかわからないけど、彼女と一緒にいると少し安心した。


「あのさ、こういうのとは違う服、ないかな?」


 鼻歌が止まり、鏡の中の俺を凝視してる。

 小さな違和感、いつもあるはずのものがそこにない。今までにないものが、そこにある。


 そりゃ気づくよな。いつも一番近くにいるだろうから。 


「私の用意した服がお気に召しませんでしたか?」


 お前が用意したのかよ。


「そうじゃないけど、できればもうちょっと肌が見えないといいかな」


「そうですか。では先日の茜色のキトンはいかがでしょう。

生地の美しさが私以外には触れられない私だけのエリン様の肌をほんのり赤く色づかせてとてもお似合いでしたたまりませんでした」


「あ、ああ、じゃ、それで」


 メイドの目からどんどん光が失われていく。

 間違ってるぞ、選択肢、間違ってるぞ俺。


 メイドは髪を結い終えると俺の両肩にそっと手を乗せ、ポカリのCMに使えそうな顔で笑う。

 目に光はないままだけど。


「申し訳ございません。茜色ではなくラベンダー色でした」


「そっかあ、お……私も勘違いしちゃってたな」


「私? 今ご自分のことを私、と。いつも俺、でしたよね?」


 俺でよかったのかい。いやこれもカマかけてるのか。

 ダメだ、わからん。完全に疑われてる。


 バレたらどうなるんだ? エリン様は大事だから殺さないよな?

 それとも中身の俺だけどうにかできる?

 できそーだな。角あったし、契約がどうとか言ってたし。


「あ、あの、今日はもういいよ。服は自分で選ぶから」


「エリン様は自分で選びません。自分で着替えもしません」


 幼児か。エリン様、五歳児か。


 わあー、メイドさんすごく柔らかいんですね。首が蛇みたいに曲がって顔を近づけてきますね。目玉がくっつきそうなくらい近くで目を覗き込みますね。

 何か見えますか?

 俺が見えますか?


「今日はそういう気分なの、です……じゃダメ?」


「名前は?」


「はぇ?」


「私の名前。呼んでください。いつもみたいに」


 終わった。

 メイド強すぎ。ラスボスか?

 まあ死んだらもとの世界に戻れることを祈ろう。


 では、さようなら、異世界。

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