異世界の神と入れ替わった俺は弱小国を守護する。でもその間に神が俺の身体で新しい女を作りまくるせいで帰るとだいたい修羅場。
第二話 クールビューティーが恥ずかしがりながらする猫の真似ってエグイ破壊力があるよね
第二話 クールビューティーが恥ずかしがりながらする猫の真似ってエグイ破壊力があるよね
それからどうなったかって?
気になっちゃう系?
なんてな。
もちろん夢だったよ。
おっかないメイドにブスッとやられて目が覚めたらベッドの上。
「知らない天井……」
なんてこともなく、俺の部屋でした。
その日の朝飯はうまかったなあ。
いつものダルそうに挨拶してくる生徒もかわいくって。
人生を輝かせたいなら命の危険を感じるといい
……ホントにやるなよ?
まあ心残りって言えばあのメイドの名前くらいは知りたかったかな。
見た目は完璧だったし。
「リディア、おいリディア、開けろ、公務だ。エリン様を返せ」
て感じで夢だったら、よかったんだけどな。
生還した執事のおかげで俺は難を逃れた。
「だってさ、リディア?」
彼女はエリンを信奉(若干私物化)し、無償の奉仕に喜びを見出している。
さん付けはNG。ぞんざいに呼び捨てるくらいが正解。
リディアは横目でドアのほうを見て、たぶんグローバル経済の地政学的リスクについて十人が議論してるくらいの情報量を頭の中で整理し、舌打ちした。
やったリディアが離れた。
俺が人生で出会った中で一番の美人だけど。
それが他の誰よりも近くにいたけれど、離れてくれて心の底から喜んでる。
なんて惨めなんだ。
「今日の公務はあのふざけた騎士の処刑だけです。あとの時間はずっと私と一緒にいるんです。だいたいエリン様にできることなんてそんなにあるわけないでしょう」
なにげにひどいこと言ってないか?
外の気配をうかがい、指二本分だけドアを開けた隙間からぼそぼそ喋ってる。
室内に小学生を監禁してる変質者のムーブだ。
「その騎士からの面会要求だ。エリン様に会わせないなら自死すると喚いてる。
こっちが弱みを見せるとすぐにつけこんでくる。悪魔みたいな連中だよ」
「それを兄さまが言いますか?」
「我々は契約のため以外に人の弱みに付け込んだりしない。それよりエリン様を」
リディアが黙ってドアを閉めようとすると、執事が短剣を差し込んでドアをこじ開ける。
二人が組み合ってにらみ合ってる間、俺は天蓋とカーテンのついたベッドを眺めていた。
あそこで寝たらこの夢は終わるんだろうか。
それともセーブされちゃったりして。
「聖堂騎士と会うよ。俺も話が聞きたい。ここで面会するのか?」
執事のほうがだいぶ劣勢で、ほっておくとまたリディアと二人きりになってしまいそうだ。今度は何をされるかわからない。
まずは状況を把握し、自分がどう振舞い、どう戻るかを考えよう。
聖堂騎士には情報源になってもらう。
「テラスはいかがでしょう。
誰にも見られませんし、気に入らなければ湖に放り込めます」
「外か。リディア、何か羽織るものを。今日はちょっと寒い」
リディアは部屋の中を最短距離で移動して眩しいくらい白いマントを持ってくる。
なんか禍々しい捻じれた爪で肩で留めている間、俺を見ない。
「エリン様の口から寒いなんて、初めて聞きました」
「何にでも初めてはあるさ。お前は来なくていいぞ、リディア。公務だからな」
おーおーおー、美人の無表情ってのは怖いね。
俺は勝ち誇った執事を盾にしてさっさと居室を脱出した。
執事は扱いやすくていい。犬みたいに前を歩きたがるから俺が城内について不案内なのも気づかれない。
こいつをどううまく使うかが序盤攻略のカギだな。
にしても城内は思ったより通路が狭いな。
壁の後ろにスペースがあって武器を持ったまま隠れられるようになってるし、ちゃんと戦うために造られてる。
もうちょっとほのぼのした世界観にしない?
テラスは玉座のあった部屋の後ろから出られて、城を囲む湖が一望できた。
湖城か。
昼なのに水は暗く、対岸は遠い。泳いで逃げるのは諦めろ。
先に連れてこられた聖堂騎士が枷をつけられたままテーブルに座らされている。
全裸じゃない。よかった。
執事が引いてくれた椅子に腰かけると、聖堂騎士がまっすぐ睨んでくる。
あんなに蹴られてたのに元気そうだ。さては自動回復持ちだな?
知ってんだぞ、俺パラディン使ってたから。
「本当に会いに来るとは、悪魔どもの崇める偽神は暇なのか?」
「それが俺を殺そうとした理由? 悪魔が崇拝してるから殺せって?」
「充分だ。貴様らを滅ぼすのが我らの使命だ」
「おいおい、悪との戦いは悪とは何かを考えることから始まる。筋肉を膨らませるのに忙しくて神学をおろそかにするのは感心しないぞ、聖堂騎士」
執事の失笑、ナイスタイミング。
「ふざけるな、貴様らが地獄の怪物どもを地上に解き放ったせいでどれだけの命が失われたか、忘れると思うか?」
怪物? どゆこと?
「それは違う。我らとてあの怪物どもに追われて地上に来たのだ。
さりとてお前たちのような人間どものせいで地上にも居場所はなく、エリン様が守ってくださらなければ、我らも滅んでいた」
「それならばあの怪物どもを解き放ったのは誰だ? 神が閉じた蓋だぞ? お前たち以外に誰がそんなことをする?」
「知らん。だが、お前たちの聖典によれば、人間の滅びのときにその蓋を開けるのは天使の役目なのだろう。ではそういうことだ」
「これが我らの滅びだと? だとしても貴様らを滅ぼしてからだ」
「我らはエリン様がいるから滅びぬ。お前らだけ勝手に滅べ」
「黙れ、貴様から滅ぼしてやる」
「なあ、俺に話があったんじゃないのか?」
俺の声で執事は我に返り、騎士は口喧嘩の幼稚さに気づいて横を向く。
うんうん。湖からの風が気持ちいいよね。
俺も同じように湖を見てやると、騎士の表情がふっと和らぐ。
見たか、共感は女の武器だぜ。
俺、男だけど。
「なぜ、あのとき俺を殺さなかった? お前ならできただろう」
この細腕で? 無理に決まってんだろ。アホかこいつ。
「話を聞きたかったからだよ。お前や、お前の国のこと」
「国を売れと?」
「違う。俺を殺そうとしたのはお前の国の意思なのか?」
「当然だ」
「言い方が悪かった。国の意思か、神の意思か、だ」
ちょっと緊張したな。
怒りより戸惑いを感じる。意外といいとこつけたかな。
執事の話を聞く限り、エリン様の国は国力は高くない。
そんな国相手に暗殺という手段を選んだのはなぜだ?
余裕がないんじゃないか? こいつらも。
「その二つは……俺の国では同じ意味だ」
「歯切れが悪いぞ、聖堂騎士。俺を見た目どおりの小娘と思うなよ。
お前ら騎士団は今は動けない。だって、なあ?」
執事に話を向ける。
頼む、なんか喋れ。参謀らしいとこ見せてくれ。情報をくれ。
「死霊の王『ネルガル』との戦いが厳しいということでしょうな。
だが、能天気な教会の連中は目の前の脅威より、教義上の仇敵である悪魔相手の戦果を欲しがる。
聖堂騎士は教会の剣。無視できずに差し出された生贄がこの哀れな男、ということになりますか」
「お前らこそ侮るな。俺は志願して来たのだ」
「窮状は認めるんだな。素直に頭を下げれば助けてやってもいいけど?
ま、お前の貞操なんか差し出されても困るがな」
あ、執事にすごいウケてる。
高校のころTRPG同好会で培ったロールプレイ力が役に立った。
しかし、死霊の王ときたか。
地獄の怪物ってのは言葉通りの意味なのか? だとすると俺がここにいる理由について、有力な仮説ができあがる。
そう、いつものアレだ。
「あー、あの、聖堂騎士? お前の国で、なんていうか、別の世界から勇者を呼び出すとか、そういうのやってない?」
くっそ早まった。
意味わかんないって顔してる。
執事も何言ってんすか? て顔してる。
「お飲み物です」
「あ、ありがと」
いい香りだな……ってお茶吹きそうになったわ。
リディアがいる。来るなって言ったのに、いる。
「へええ、別の世界からですか。今日のエリン様、ほんとに面白いことをおっしゃるのですね」
墓穴。
すごい見てる。リディアが俺のことすごい見てる。
「なあ、聖堂騎士。お前、名前は?」
「聞いてどうする? どうせ殺すのだろう」
「いや、一人で俺を殺そうとした愚かさは同時に勇気でもある。
名前ぐらいは覚えておいてやろう。俺が人間の名前を聞くなど初めてだぞ」
聖堂騎士は迷うように目を左右に動かす。
名前を言えば身分から切り離されて個人になる。
本音を引き出しやすくなり、距離を縮められる。
聖堂騎士の国へ逃げるという選択肢がほしい。
魔女として処刑されるバッドエンドコースもあるかもだが、今はリディアが一番危険な気がする。
「ピアース・ブラン」
よし。騎士ってのは名誉をちらつかせると食いつくな。覚えとこ。
できるだけ機嫌良さそうに笑っておこう。
「ではピアース、お前個人として答えてほしいのだが──」
急に執事が叫び出した。
リディアも顔面蒼白。
「エリン様、どうして、どうして聖堂騎士などの名前をお呼びになるのですか?
こいつらは本当の名前を隠したりしないんですよ、あれ、エリン様の所有物になってしまうんですよ?」
「エリン様の口で、汚らわしい名前を。なんてこと。私だって本当の名前で呼んでもらったことないのに。エリン様の初めては私の初めてじゃなきゃいけないのに」
大騒ぎになった。ピアースも怯えてるからやめて。
だいたい知らんよ、そんな悪魔カルチャー。
「ペ……ットが、欲しくて?」
「ペットなら私が、このクロムがなります。飼ってください。首輪をください」
君、クロムっていうんだ。
犬のまね始めたけど、すげーうまいね。
どんだけペット願望あるんだよ。
あとリディア? 出遅れたって顔しないでいいよ。
こいつは偽物な気がするけど、でも身体は本物の匂いがするんだよな、
て葛藤するのもやめな。
わかりやすいなリディア。ほんとに悪魔?
「にゃ、にゃー」
いった。猫だ。下手だ。
でもクールビューティーが恥ずかしがりながらする猫の真似ってエグイ破壊力があるな。
おいやめろ、俺の膝でふみふみするな。
俺の身体が女じゃなかったら大変なことになってたぞ。
とにかくこのカオスを目の前にして恐慌寸前のピアースをなんとか落ち着かせるため、ミステリアスな氷の微笑をキープ。
どうすればいいのかわからん。
頭が回らん。
あとは次回だ!
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