第十七話 上り階段も下り階段もあるダンジョンだ
最初からそんなに期待してなかったけどさ。
会合はハズレ。
たいした情報は得られなかった。
教育委員会との話し合いが終わるまで
喋っちゃいけないことの確認。
受験の妨げにならないよう、生徒たちに気を配ること。
以上。
フェアウエルについて発言してみたが、反応は薄かった。
もともとマッチングアプリなんざ禁止してる。
今さら特定のアプリの利用を注意喚起する意味がない。
ただ、死んだ二人の担任だった斎藤先生は
かなり気落ちしていた。
自慢の筋肉も萎んで、今にも背骨が折れそうだったよ。
しょうがないから慰めた。
「あまり気を落とさないでください、斎藤先生。
仕方ないというのは違うかもしれませんが、
事故だったわけですし」
「ああ、瀬名先生。そうですね、わかってはいるんです。
でも、二人ともいい生徒だったんですよ。
明るくて行事にも積極的で。
正直、僕も助けられていたものですから……」
「二人が交際していたのは?」
「何となくはね。見てればわかりますよ」
すまん、俺は見ててもわからん。
「最近、二人に変わった様子はなかったですか?」
「はは、どうしたんですか、瀬名先生。
刑事みたいですよ。
でも、そうやって生徒に興味を持つから守れたんでしょうね。
はあ……僕はダメだ」
「そんなことないですよ。
斎藤先生のほうがよく生徒と話してます。
慕われているんですね」
「だといいですが。
金森……女子生徒のほうですが、
最近はちょっと塞いでたんですよ。
でも、学校にはちゃんと来ているし、問題ないと……」
「何か、お話はされたんですか?」
「いえ。
ただ、福士が他の男子と口論してるのは見たかな。
僕に気づいてすぐやめちゃいましたけど。
SNSとかでやられると、僕らには何も見えませんから」
「そうですねえ。生徒とは適切な距離が必要ですけど、
まったく見えない部分があるってのも
ちょっと不気味ですよね」
「仰る通りで……
でも、だからといって教師が向き合うの諦めちゃダメですよ。
瀬名先生、ダメなんですよ……」
なんつーか。
俺、こういうの見てらんなくてなあ。
飲みに誘っちゃったよ。
大学時代にも要領の悪い後輩が一人いて、
よく飲みに連れてったな。
斎藤先生はそいつと同じ泣き上戸。
あのデカい図体をタクシーに押し込むのは大変だったぜ。
おかげで家に戻るころにはまた、わき腹が破裂寸前だ。
やけに静かだから寝たのかと思ったら全員でカップ麺食ってた。
ポテチとポッキーも広げてある。
「それが晩メシか?」
「まさか。さっきみんなで鍋パした。
こんなので済ませちゃったら身体に悪いもんね」
「そっか。十代の胃袋って恐ろしいな」
「セナコー酒臭い。
飲んで帰るなら連絡してっていつも言ってるでしょ。
サリが」
「言ってないよ? 先生が酒乱だってのは言ったけど」
「それでサリちゃん襲っちゃったんですね。
ケダモノがよ」
「へへ、襲われちゃった」
「そのラーメン、ヘンなハーブとか入ってないだろうな。
俺はただ飲んできたわけじゃない。
斎藤先生と話してきたよ」
席に着くと自動的に準備されそうになるカップ麺は断った。
あの……
なんでネクタイ緩めるの、三人ともガン見してるの?
「ああ、カナとソウタの……」
「カナが金森。ソウタが福士だよな?
呼び方、統一してもらっていいか?」
三人とも不思議そうな顔をしてたけど、黙ってうなずいた。
事実誤認と感情移入を防ぐためだが、
そういうのは説明はしないほうがいいな。
「斎藤先生は二人の担任でしたよね?」
「ん、そうだが、話す前に白石、大丈夫か?」
椅子の端を掴んでいる白石の手は
少し力が入っているように見える。
意識的にせよ無意識にせよ、それは緊張のサインだ。
「うーん、怖くないわけじゃないよ?
でも、そうやって先生が心配してくれるの嬉しいが大きいかな。
だからだいじょぶ」
笑顔が健気。
でも重ねてきた手はポテチの油でギットギト。
こういうときに限って村瀬は温かい目で見守ってるし。
カリンはやるじゃんって感じで見てるし。
冷やかしてくれれば手を振り払えるのに。
「まず金森についてだが、
最近ふさぎ込んでいることが多かったらしい。
友達を避けているのも何度か見たって話だ。
一度、無断欠席があって、
その後に保護者から通院だったと連絡があった」
「産婦人科?」
「それだとわかりやすいんだが……
心療内科」
「斎藤先生、それ話しちゃダメなやつ」
「だいぶ、酔ってたからな。
精神的にも参っていたし、誰かに聞いてほしかったんだろう。
わかってるとは思うが、お前らも人に話すなよ」
「受験のストレスでノイローゼ。
というのもありますよね?」
「それが、金森は成績がいい。
志望校にも問題なく通る偏差値を維持できてる」
「う、うらやま……」
「ニュースでは電車と接触したって言ってましたけど。
もしかして二人は自分から……」
「詳しい状況はわからないが、そういう話はなかったな」
「ねえ先生、フェアウエルは?
みんなに使わないように言った?」
「名前すら認識されてない感じだったよ。
実際、ただのマッチングアプリだし。
議題として扱うにはいろいろ無理があった」
「今のところ事故に関連がある、
と断言できるものでもありませんしね」
「それとは別なんだが、
どうやら福士が別の生徒と口論していたらしくてな。
内容まではわからないが、それなりに激しかったようだ」
「ソウ……福士君が?
カナ森さんは優しくって
ちょっと頼りないくらいって言ってたよ?」
「二人がフェアウエルで付き合ったのはみんな知ってたし。
終わる日のことでからかわれたんじゃねえの?」
「それだとちょっとおかしいかな。
本人たちも面白がってたみたいだし、
からかわれたくらいで怒らないと思う」
みんな黙って小休止。
いつのまにかポテチもポッキーもなくなってるね。
お前らあの量を全部食ったの?
情報を並べても議論に進展がない。
上り階段も下り階段もあるダンジョンだな。
どっちの方向が正しいかもわからん。
「しゃーない、戻るか。
あと四十年くらい残ってるし」
「いいかげん寝ろよ。学校には絶対行かせるからな」
「寝たけりゃ寝れば?
ただ先に寝たら、みんなで裸になって添い寝して写真撮るから」
「鬼か。職を失うどころじゃすまんわ」
「ねー、そりゃ困るよねー。
あたしもセナコーに相談したいことあるしさ。
いなくなると困る」
「なんだ、相談したいことって」
「カリンは音大行きたいんだよ」
「サリが言うんかい。あたしの進路だっての」
「三者面談じゃそんなこと言ってなかったろ」
「親にもまだ言ってないんだよね?
カリンは声楽やりたいんだ。歌うまいよ?
カラオケ行く?」
「はっはっは、全部言うなー、サリは」
「普通高校から音大や芸大に行く生徒ももちろんいるぞ。
ただ通常の大学よりも資金面でのサポートが重要になる。
親に話していないのは論外だな」
「村瀬と同じこと言うなよ。
萎えるわ。セナコーが普通の教師に見えてきた」
「普通の教師だよ」
話してると当たり前のようにコントローラー回ってくるな。
桃鉄ってコミュニケーションツールか?
「ねえちょっと待って、これじゃない?」
スマホに集中してた村瀬がリターン。
いきなり画面をこっちに向けた。
下着姿の女の子が映ってる。
ん? この場所ってたぶん……
「見ちゃダメ」
白石に視界を覆われた。両手で。
ポテチの油をべろべろ舐めとった手で。
「これ、金森じゃね?」
「盗撮?」
「ちょっと前に塾講師が盗撮で捕まったでしょ?
そのときに摘発されたサイトとかで出回ってたみたい」
真っ暗。
サウンドノベル状態。
ああサウンドノベル……ジャンル自体、もうないんだな。
「おい、そんなの聞いてないぞ。
盗撮なんてあったら大騒ぎになってるはずだ」
「摘発で閲覧はできなくなったから。
でも、それより前に一部の男子の間で噂になってたらしいんです。
それが口論の原因では?」
「え~、マジかよ、あたし大丈夫かな?」
「カリンは心配しなくていいのよ。
ロリじゃない貧乳に需要はないから。
あんまり世の中甘く見ないで」
「んじゃ村瀬は?
私とカリン足したよりあるでしょ」
「私は顔が処女っぽくないから対象外」
いかんな、ピンクのしおりになってきてる。
女だけだと話題がどんどん下品になるって
都市伝説かと思ってた。
ねえ、ちょっと、俺いまは男なんだけど。
「画像はもういいだろ。
白石、手を離してくれ。そして手を洗ってくれ」
「なんで? スキンシップいや?」
「手を洗ってる白石を見てるのが好きなんだ」
「そんなん早く言ってよ。
後ろからハグ、ウエルカム」
白石に手を洗いに行かせたら
カリンがウェットティッシュくれた。
村瀬が目の周りを拭けとジェスチャーしてる。
これ、白石あるあるだな。
「にしてもこんな短時間でそんなのよく見つけてきたな。
もしかして裏サイトとかっていうやつか?」
「裏なんてありませんよ。
いくつかのグループを渡り歩いてクロリファしただけ」
「クロスリファレンス。
んな顔すんなセナコー。村瀬しか使わないから」
「村瀬語。
村瀬はときどきナヴィってとこの言葉とか喋るよね。
ねえ、手、冷たくなってきた。
先生、もういい? 動画撮った?」
「もういいぞ。
なんだ村瀬君はこっち側だったのか。親近感湧くな」
「ダメ! 村瀬は私の」
「そしてあたしのでもある」
女子のこの身内ノリ、キッツイわ。
プレーリードッグレベルの連帯感、なんなの?
並んでワニとか追い払うんか?
「あと、少しずつですけど
フェアウエルに言及する発言も増えてます。
二人が終わる日に死んだっていうのが広まってますね」
「なんか早口だな」
「村瀬が照れてる」
「照れてる村瀬久しぶり。かわいすぎる」
表情筋、固まってるけどこれは照れてんの?
女のかわいいとは?
「ともあれ、状況はよくない。
へたに興味を持つ生徒が増えてしまうかもしれない。
できる範囲で構わないから、周囲に使わないように言ってくれ」
「ゆーて抽選だから、すぐに使えるわけじゃないけどね」
「逆に使えるようになった人は、すぐに周りに言いますね」
「私も言ったなー。当たったよーって」
「つまり、利用者を特定しやすい……と」
三人が顔を見合わせ、それから意外そうに俺を見る。
俺、なんかヘンなこと言いました?
「なるほどな、セナコー頭いいじゃん」
「先生は凄いよ?」
「見直しました。だてに年取ってないんですね」
「やめろ。生徒に褒められると教師はすぐ調子に乗るから。
抽選がそういう効果を狙ったものかはわからない。
今は他の利用者を見つけ、
マッチング状況や終わる日について調べてみよう」
「そういうのはあたしらに任せろよ。
先生相手じゃぜってー話さないよ」
三人がやる気を出してハイタッチ。
さすがに三十六歳のおじさんが混ざるのは勇気がいる。
そんで俺が難しい顔して考えてるふりしてると、
白石も難しい顔になってた。
難しいっていうか、現状への不満が顔に出てる。
でも、不安に押し潰されそうな暗い色は目から消えた。
前を向き始めてる。
だとしたら、大人は聞くべきだろ?
「白石、何がしたい?」
みんなの視線が集まって白石は自信なさそうにうつむく。
ダンジョンだったら、
上に行く階段、下に行く階段。
結局はどっちかに行ってみるしかないんだ。
中断した桃鉄のコントローラーが彼女に回る。
続きをやろう。
そして話そう。
「サリのターン」
「早くしないと朝までに終わらないですよ?」
授業でもこんなにすんなりと
俺の言いたいことをわかってくれたら楽なのに。
二人が言うと、白石は意を決してうなずいた。
「あのね、私、カナの家に行ってみようと思う」
白石の決意を迎えるのは、
それを待ってたって感じの笑顔。
友達に前を向く勇気をもらえるのって素敵だ。
こういうの見ると教師やっててよかったって思う。
それがたとえ、正しくても間違っていても。
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