第二十九話 お前、シヴィライゼーションやったことあんのかよ

 俺の聞き間違いかな。

 そんないきなり、ねえ?

 初対面だよ?


 いや、エリン様とは面識あるのか。


「えと、その、何をするって?」


「ヨナとだよ。

シたいの? シたくないの? どっち?」


 それがあれでこれなら、まあシたくないわな。

 ヨナじゃなくても、男とはしたくない。


「それは具体的になんのことを……

いや、あまり具体的すぎるのも困るけど」


 マーパが目を逸らし、視線はゆっくり斜め下。

 頬が赤い。


 確定だな。


「け……契約だよ」


「はあ? 契約?」


「そうだよ、契約。他に何があるんだ?」


「ないでーす」


「ふざけてるのか? エリン様でも許さないぞ。

で、どうなんだ、ヨナとは」


「そもそも俺は契約なんてできないし、

できてもヨナとは絶対にしない」


 マーパはぽかんと口を開け、エリン様の顔が急に間近に

 来たみたいに緊急回避二回分くらい飛びのいた。


「ご、ごめんなさい。

ヨナと手をつないでるのを見て動揺して。

だって聖堂騎士をものにしちゃったって聞いてたし、

見境ないタイプなのかなって思って」


「ものにしてないし。名前、呼んだだけだし。

だいたいヨナの名前だって普通に呼んでるじゃないか」


「だから、聖堂騎士の一件以来、トーレでは偽名にするように

クロム様が周知したでしょ。

結構みんな喜んでるよ。だれそれの息子、とか

そんな名前ばっかりだったから」


「そうだっけ?

そんで、マーパはヨナの本名、知ってるの?」


「どうして?」


「契約したいんだろ、ヨナと」


 マーパが硬直した。

 エリン様の知られざる力に触れたって感じ。


 いやわかるよ、話の流れで。


「そ、そのことなんだけど──」


 ふいに頭上で鳥たちが飛びたち、影が差す。

 見上げた俺たちは二人揃って小さく悲鳴を上げちゃった。


「リディア? 公会堂に行ったんじゃ」


 リディアが破片の上から俺たちを見下ろしてる。

 というか嫉妬に狂った目でマーパを睨んでる。


「ええ、行ってきましたよ。案内が終わったので、

エリン様をお迎えに上がりました」


「嘘だよ、公会堂まで走ったってまだ着かないはずだよ」


「黙りなさい。この薄汚いカラスが。

エリン様と話す時間はあげました。もう充分でしょう。

これ以上何か言うなら、私の手でゲヘナに送り返しますよ」


 フリーザ様の殺しますよと同じ言い方だな。


 これまたマーパもきったない舌打ちするね。


「今日の夜、秘密基地で」


 マーパは俺の耳元で囁いて、そのまま去っていった。

 リディアが間に入るみたいに飛び降りてきて、

 呼び止める暇もありゃしない。


 待ってくれ、秘密基地ってなんだ?

 俺、エリン様じゃないんだ、知らないんだよ。


「大丈夫ですか? 何か余計なことを言ってませんか?」


「余計なことを言ったというか、聞かされたというか……」


「マーパはどちらかと言えば寡黙なほうなんですが。

エリン様とそれほど親しく交流していたとも思えません」


 それは君が誰とも親しくさせなかったのでは?


 どうしよう。

 秘密基地っていうからにはリディアにも内緒なのか。


「ところでヨナはどうした?」


「公会堂で倒れてますよ」


「倒れた? なんで?」


「かついで走ったので、目を回しました。

案内も何を言ってるのかわかりませんでしたね」


「でしょうね」


 吐き気を必死にこらえながらリディアに案内を

 強要されてるヨナが目に浮かぶ。


 リディアって妙に律儀なとこあるからな。


 同情はしないぜ、ヨナ。



 俺たちが公会堂に行くと自治長ってのも集まり始めてて、

 のっけから雰囲気悪くなってた。


 わあ、頭痛い。


 公会堂って言ってたけど、俺の印象は木造教会。

 入ったらすぐ広間で、椅子とかはない。


 半ゾンビみたいなヨナの説明だと

 収容人数を増やすのと、獣人やグレイブンといった

 脳筋寄りの種族は座って会議するのを嫌うから。


 楽してダラダラやってるとろくな結論は出ないってさ。


 一理あるよな。


 でもさ、ヨナ。もう一つ、理由があるだろ。


 こいつら、俺とリディアがせっかく考えた挨拶を

 ろくに聞きもしないで取っ組み合い始めやがった。


 毎回これじゃあ備品なんてすぐに壊されちまう。


 別に聞いてなくてもいいやと思って挨拶を続けてると、

 リディアが前に進み出た。


 ちょっと怖くて目が合わせられないな。

 人差し指をペキッて鳴らした。


「おい、殺すなよ」


 いま言われてターゲットを変えたね?

 一番頑丈そうなのに。


 全身が短めの毛で覆われた身長が2m以上ある、

 周りから獣人って呼ばれてる人たち。


 土地の名前から単にミルダルスとも呼ばれる。


 北方の厳しい環境で生きる人々だし、

 さしものリディアも手を焼くのでは?


 ところで日本刀ってさ、綺麗だよね?

 でも人を殺す武器じゃんって言う人もいるけど、

 綺麗なものは綺麗なんだよ。


 弧を描いて振り上げられたリディアの足先もそう。


 氷の上を滑るみたいに上がってきて、

 そっと獣人の顔面を捉える。


 たぶん、触れるまで気づかなかったんじゃないかな。


 え、なにこれ?

 て顔したと思ったら次の瞬間には床に頭が落ちてた。


 2mの巨体が一気に踏みつぶされた感じ。

 リディアは手を腹の前で組んだまま。


 あ、床板割れた。

 ヨナたん、修理ヨロ。


「貴様ら、エリン様が挨拶をなさっているのに、

子供みたいにじゃれ合うのに夢中か?

そういう挨拶が好みなら、私がまとめて挨拶してやる」


 さすがに静まり返ったな。

 うん、ありがとう、挨拶どころじゃなくなったよ。


「いい子たち。さ、エリン様、続きを」


 空気読も?

 この中で笑顔なの、君だけですよ。


「えー、こちらでも意見が分かれていますが、

ゆくゆくはみなさんを国民として迎えたいと思っています。

そのためにも、何度でも話し合いの場を設け、

平和的に……平和、てき……へいわ……」


 みんなリディアの足元見てる。

 孫の晴れ舞台観るみたいに俺を見てるのはリディアだけ。


「挨拶は以上です。

みなさんの要望などあればお聞かせください」


 まばらな拍手が痛い。

 そろそろ獣人さんを起こしてやってくれなイカ。


 リディアのおかげで話は聞けるようになったけど、

 事前に忠告されていたとおり、こりゃ大変だ。


 怪物どもに住む土地を滅ぼされ、何もかも失って

 たどり着いたのが悪魔の支配する国。


 そこには今まで話でしか聞いたことのない遠方の他民族が

 法も規則もないまま好き勝手にコミュニティを築いてる。


 不満、不安、不足。


 その全てがぐっちゃぐちゃになって俺の前に投げ出される。

 これについてはリディアも助けちゃくれない。


 ほら見たことか、て顔してる。


 悪魔め。


 結局、その場しのぎの発言しかできず、

 もちろん約束なんかできやしない。


 きっと使えないって思われたろうな。

 はぁ。



「物資、とくに食料の不足については備蓄を崩すしかないな。

厳しい冬になりそうだ。

子供や病人は城で受け入れできないか?」


 会談が終わった後、公会堂でリディアと相談。

 ヨナには残ってもらった。


 床の修理もあるし、獣人やグレイブンの迫力に気おされて

 人間たちの意見がほとんど聞けなかった。


「兄さまがいい顔しないでしょうね。

ねだる豚など殺して食え、とあの人なら言うでしょう」


「ひでえな。クロムって地上の人が嫌いなの?」


「地上の全てが、ですね」


 リディアは少し悲しそうに笑った。


 いや、笑ったというより、

 悲しいけど仕方ない

 そういう気持ちが口元を綻ばせた。


「わかった。それは俺から話してみるよ」


「お願いします」


「いやー、それにしてもミルダルスの方々、

すごい迫力でしたね。僕、ここに来るまで見たことなくて。

普段は穏やかだって聞いてたんですけど」


 ヨナがリズム取るみたいに槌を振るって、

 暗くなりそうな雰囲気も修理してる。


 俺も乗っかっとこう。


「そうだな。今日、話を聞いただけでも、

互いについて知らなすぎるなって気がしたよ」


「僕らも交流を持とうといろいろ企画はしてるんですが」


「それ」


「どれ?」


「他種族からのお前らへの不満。

新しく来た人間たちは何でも仕切りたがる」


「そんな、僕たちはよかれと思って──」


「干渉を嫌っている段階ですることではないでしょう。

他にも要約すれば、

獣人たちは働かない。

グレイブンたちは夜、うるさい。

人間たちは規則を押し付ける。

などが多かったようです」


 ちょい暗くなってたリディア、復活。

 ヨナ、俺のおかげって顔すんな。


「そうだな。不足は計画的に解消するしかないとして、

まずは不満や不安の軽減を考えていこう」


「さっきのを見て、よく簡単に言えますね。

やっぱりあなたは無謀です」


「みんな平和と安全を求めてここにいる。

それなら無謀じゃない。まずは交流、交流だ」


「それ、僕がやろうとしたことなんじゃ……」


 なんだよ、アイディアパクったみたいに言いやがって。

 一緒にすんな。


 お前、シムシティやったことあんのか?

 シヴィライゼーションやったことあんのかよ?


「リディア、現在進行中の事業と各種族の役割分担を知りたい。

技能者のできる限り詳細な情報もあれば」


「兄さまかマーパならわかるでしょう。

午後の視察は中止して城に戻られますか?」


「そうだな。問題がわかったなら対処は最速で、だ」


「え? もう戻ってしまうんですか?

エリン様のためにささやかですが、

晩餐の用意がございます」


 俺のほう見て言おうな。

 お前、リディアしか誘ってねえじゃん。


 ん? でもこいつは利用できるぞ。


 俺はリディアを公会堂の隅に引っ張っていく。


「なあリディア、晩餐に参加してもらえないか?

一番後に来た人間たちは肩身も狭い。

俺たちとのパイプを作っておきたいんだと思う」


「あなたは来ないのですか?」


「うん。さっきの話をクロムと詰めたい」


「兄さまはエリン様と二人で、私は人間どもの晩餐?

不公平すぎる。兄さまがこっちで」


「人間嫌いはダメだ。ヨナたちは優秀な技師で俺たちに友好的だ。

今後も協力していきたい。

それに、リディアがいればヨナが喜ぶ」


「どうして?」


 おおう。

 ほんとに、まったく、完全にわかってない。

 犬、猫、ヨナたんって感じ。


「そりゃ、エリン様に一番近いから?」


「ふむ、確かに、彼らにエリン様は眩しすぎる。

エリン様がいては食事も喉を通らない……か」


「うんうん。

その点、リディアとは普通に喋ってたし」


「仕方ありませんね。人間どもをエリン教徒にするのも

我が務めと心得ましょう」


「やんねえって、エリン教」


 わかってますよ、的な笑顔やめろ。

 ほんとにやんねえって。


 リディアだけ来るって知ったヨナの

 あからさまな喜びようよ。


 とりあえず一人になれる時間は作った。

 俺は秘密基地ってのを見つけるのをがんばらねば。


 しかしまいったな。


 リディアに頼れない俺に見つけられるようじゃ

 秘密基地とは言わんだろ。


 開拓、移民政策でクロムと話しておきたいのも本当だし。

 メインクエとサブクエ、同じタイムテーブルで管理すんの

 やめてくんないかな。


 まさかとは思うんだが……

 エリン様、


 街づくりを丸投げしてきたわけではあるまいな?

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