第三十話 新ジャンル、開拓
エリン様とよく遊んでるっていうストラたちなら
何か知ってるかもしれない。
悪魔に親なんてものはなく、ストラたち三人は
クロムの庇護下にあるらしい。
じゃあまずクロムを……
と思ったけど見つからない。
いらんときは向こうから来るくせして。
「クロム様を探してるの?」
城の周りをうろうろしてたらふいに声をかけられて
振り向いたら誰もいない。
「こっちこっち」
塀の上に黒い肌の少年。
夕暮れ時に塀に落ちた影から出てきたみたいで、
目が夕日の照り返しで黄色く燃えてる。
黄色い目の悪魔だ。
「いや、探してるのはストラだったんだけど、
どこにいるか知らないか?」
「なんでストラ? 俺じゃダメなの?」
子供三人組の最後の一人。
名前はたしか、マリス。
角が後ろ向きに生えててかっけーって
思ったからよく覚えてるよ。
でもなー、ストラがエリン様とときどき遊んでるのは
わかってるんだけど、三人一緒でなのか?
「エリン様もクロム様もさ、なにかっていうと
まずストラだよね。俺って頼りない?」
センシティブな質問だな。
冗談みたいに言ってるけど冗談ですまない感じもする。
返答を迷っているとマリスは塀から飛び降りて
俺の前まで歩いてくる。
「いいよ、無理に答えなくて。
言わなくてもわかってるんだしさ。
ストラならいつもんとこで剣の練習でもしてんじゃない?」
そのまま俺とすれ違っていく。
態度にも口調にも表れてるとおり生意気そうな顔だ。
目つきも鋭い。
でも決して拗ねてるってわけじゃない。
やり場のない怒りが、胸にトゲみたいに刺さってる。
「いつものとこって、あそこか? 秘密基地」
黙って見送ることができないんだよな。
そういう背中。
「そんなとこでやるわけないだろ。何言って……」
マリスは訝しげに振り向いて、すぐに気づいた。
目端が利いて察しがいい。
こういう子は学校にもたまにいる。
心が先に大人になってしまってるんだ。
賢くて、でもだからこそ
今の自分にできないことばっかり見えてしまう。
「そうなんだよ、行きかた忘れちゃって」
「また? 何回目だよ。エリン様、たまにトロイよな。
いいよ、俺が連れてってやるよ」
よかった。
エリン様がそこはかとなくポンコツでよかった。
「寒くないか? マントの中、入る?」
雪のちらつく季節にマリスは半袖チュニック姿。
元気がいいのは結構だが、おじさんはやっぱり
心配になっちゃうんだよ。
「はあ? いつもそんなこと言わないだろ。
落ちこんでなんかいねえよ、ヘンに優しくすんな。
気持ち悪いんだよ」
あ、落ち込んでましたか。気づかなんだ。
でもなマリス、一緒にマントに入るの想像して
照れてんのは気づいてるぜ。
「なんだー? ストラとケンカでもしたか?
話してみな。それだけでも楽になるから」
「寄ってくんなよ。ケンカじゃねーよ、
あいつが勝手に怒ってるだけだ」
「なんか怒らせることした?」
「し……てない」
してるね。
でもそれで怒るのが納得いかない、と。
「んじゃ、ストラが悪いんだな。よし任せろ、
クロムに言っといてやる。きつく叱っておけって」
「それはやめて。あ、いや、やめろ。
勝手に口出すなよ、エリン様には関係ねーだろ」
「なんだお前、キャラ作ってんのか。
関係ないはひどいだろ。いつも一緒に遊んでて、
友達と思ってるのは俺だけ?」
「なにが友達だよ。道もわかんないのに、競争だー
とか言って突っ走って迷子になって。
あれで俺たち、けっこう怒られてるんだからな」
「す、すまん。まさかそこまでとは……」
「謝んなよ。怖い、今日のエリン様なんかこわい」
「落ち着け、ちょっと大人ぶりたいだけだ。
付き合ってくれよ」
「あ、そうなんだ。またなんか人間の本、読んだ?」
「んあ? 最近読んだ本? なにかな……
あ、『百年の孤独』読んだわ」
「どんなの?」
「ん~~なんかね、ブエンディア家の人たちが、
孤独に生きて孤独に死んでく」
「イミわかんね」
「俺もよくわかんね」
笑うとマリスもかわいいなー。
八重歯がチャームポイント。
「んじゃーさ、大人ぶってるエリン様に付き合ってやるから、
相談してみてもいい?」
「おう、存分に大人ぶらせろ」
「……まあいいか、エリン様だし。
モリーのことなんだ、ちょっと言い争いになったの」
「なるほどわかった理解した。
モリーかわいいもんな。いずれそうなるのは仕方ない。
大事なのはモリーの気持ちだぞ」
「なんの話してんの? 国境でのことだよ。
モリーがクソ人間どもに刺されたとき、
俺まっさきにクロム様を呼びに行ったんだ。
エリン様と近くに来てるのは知ってたし、俺が一番速い」
「まあ、正しい判断だな。
あの場にクロムがいなかったらもっと大変だった」
「だろ? けどストラのやつ、
俺が逃げ出したって言うんだ。モリーを守らなかったって。
そんなわけない。俺は二人を守りたくて──」
「落ち着け。道、こっちでいいの?
この先は王の森だろ?」
「そうだよ。エリン様が決めたんだろ。
ここならリディがあんま来ないからって」
「そーだったな、うん。こっちだ」
「違うって、あーもう、こっち」
イラつきながらさりげに手をつないでくるあたり、
たらしの素質があるな、マリス。
王の森はいわゆる自然保護区。
王族が狩猟を安定してたしなむ環境を守ってる。
もちろん廃城に王族なんか来ないから過去の話。
でも散策すると先人たちが残した祠や
道しるべなんかが残ってて面白い。
マリスは手ごろな棒を拾って下生えを払い、
俺が歩きやすいようにしてくれた。
「エリン様はさ、どう思う?
みんな助かったのって俺のおかげだよな?
なのになんであいつ、あんなに怒ったんだろう」
棒を剣みたいに振り回して楽しそうだったのに
急に立ち止まったマリスはうつむいてる。
怒っていいのか泣いていいのかわからない顔して。
さて、どうしたもんかな。
「マリスは正しいよ。
でも、正しくないのもわかってるよね」
「わかんない」
「ホントに? ストラがなんで怒ったのか、
本当にわからない?」
マリスは棒を握りしめ、わかんないと
連呼しながら振り回す。
俺は棒を振っている腕を掴み、両腕をマリスの
胸の前で交差させて抱きしめる。
「ゆっくりでいい。一つずつでいい。
言葉にしてみて」
「……そんなつもりなかったのに、逃げたって言われて
そうなのかもって……思った」
「なんでかな?
俺たちを呼びに来るとき、どんな気持ちだった?」
「必死だった。早くしないとモリーもストラも、
死んじゃうって思った」
「怖かった?」
「すごく」
「じゃあ、ストラはどんな気持ちだったかな?」
「あいつ、俺よりビビりだから……
一人になったら怖かったと思う」
「マリスが同じ状況なら、どうしてほしい?」
「……一緒に……いてほしい、かも」
「お前らは一緒に守ったよ。
二人で、モリーをちゃんと守った」
マリスが小さくうなずくと、俺はその
汗ばんだ頭にそっと顎を乗せ、軽く体を揺すった。
なんだこの多幸感。
こ、これが、母性。
「……エリン様」
「ん?」
「くっつくなよ、暑苦しい」
「悪い悪い。そろそろ行くか」
「なに言ってんだよ、もうついてる」
マリスが人差し指を立て、俺はその指先を追って
顔を上に向ける。
「こりゃあ、ツリーハウスか?」
広がった大樹の枝葉に巧妙に同化した家。
真下から見上げると入り口とその周辺が見える。
「さすがに入り方は忘れてないよな?
俺、戻るけど一人で帰れる?」
「なんだよ、もう帰っちゃうのか?」
「剣の練習。いつもストラとやってっから」
あー、ダメだー、にやけるの止められん。
俺があんまりにもだらしない顔してるからか、
マリスは逃げるように走り去っていく。
でも振り返るんだな。
「今度は逃げなくていいくらい強くなるよ。
そしたらさ、その……エリン様も俺が守ってやるよ」
トドメ刺されたわ。
しばらく木に寄り掛かって呼吸を整えてた。
わかる。
今の俺にはショタコンの気持ちが完全にわかる。
新ジャンル、開拓。
かくして蒙を啓いた俺だが、ちょっと困ってる。
まだちょっと胸をドキドキさせながらツリーハウスを見上げてる。
「さ~て、これどうやって入るんだあ?」
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