第三十一話 恋を知らない哀れな悪魔たち
なんのことはない。
木のうろなんかを使って巧妙に隠されてるけど、
ちゃんと手と足をかける場所が作ってあった。
ゼルダユーザーにはイージーすぎるっての。
ツリーハウスはまさに隠れ家って感じ。
ファミリー向けのテントくらいの広さで
寝床と保存食完備。
そして立派な本、本、本。
祈祷書が多い印象だが、
たぶんエリン様は装丁が豪華な本を集めたんだろう。
俺にとっては宝の山。
中途半端な識字力だけど、夢中になって読んでたら
マーパが入ってきてるのさえ気づかなかった。
「その本、集めてるだけじゃなかったんだ?」
「本は読むもの。積んどくものじゃないんだよ」
そういや積みゲー解消できてねえなあ、俺。
やる前にセールで半額になっちゃってるよ。
「ご自由に。でも暗い中で読むのはやめときなよ。
それで、覚えてるよね? ここを作るときに私のことも
手伝ってくれるって約束したの」
静かに本を閉じて何でもわかってる顔オン。
おいおい聞いてねえぞ、そんな約束。
「言ってみな」
「ヨナと契約したい。クロム様を説得してほしい」
「ちょい待ち。なんでクロム出てきた?」
「はあ? クロム様が契約を禁じてるからに決まってるでしょ。
受肉した今の私たちにとって契約はリスクが高いって」
「なんで?」
マーパが俺の頬をつまんで引っ張る。
エリン様、ほっぺ柔らかい。
「あ・ん・た・ねえ~。そうやってごまかす気?」
「まっひぇ、まっへよ。
問題点を明確にしようって言ってんの。大事でしょ」
「あ、そう。なんか最近ヘンに知恵付けてるね。
エリン様は契約なんかしないからわかんないか。
今までは私たちの本体はゲヘナで、契約するときも
相手にだけ見える幻覚みたいなものだった。
でも、今は肉体を持って地上にいるでしょ?」
「だから直接契約できるって聞いたぞ?」
「そう。直接、本体を晒してね。
今や契約は魂ではなく実体での交接となった。
クロム様の考えでは、私たちはもう複数の契約を結べない。
契約が肉体にどういう影響を及ぼすかもわからない。
何より恐ろしいのが、悪魔本体を殺すことで強引に
契約を解除できてしまう」
「ナーフされたな、悪魔」
「そんなもんじゃない。ナーフ何なのか知らないけど。
契約で利益を得て、悪魔を殺して一方的に契約解除。
こんなことが可能だと人間が知ったらどうなる?」
「……ルビーの涙だ」
マーパは神妙にうなずく。
それからすぐに、ん? てなってたけど
まあルビーの涙で納得してくれた。
「なあ、今の話だと契約は相当なリスクだ。
それなのにヨナと契約したいの? なんで?」
なんか指先を編み物してるみたいに動かしてるぞ。
乙女ムーブ始めたぞ。
「……だって、シたいんだもん」
「言いかたぁ」
しかしこれまた難問だな。
契約の秘密が絡むからことは二人だけに収まらない。
他の悪魔たちの安全が脅かされる危険があるうちは、
クロムも了承しないだろう。
かといってこのままほっといたら
駆け落ち同然で契約されかねない。
「うん? でもヨナのほうはどうなんだ?
マーパと契約したがってるのか?」
「まだそこまでの仲では……ふへへ」
「その笑い方やめろ。
そもそもあいつはサルワト教徒だ。
そんな簡単に悪魔と契約するか?」
「そんな簡単じゃないよ。この気持ちは一生ものだよ」
「やかましい。宗教的にアウトだっつってんの」
「自信はあるよ。ヨナはサルワトより私を選ぶ」
「ほう、その根拠は?」
「だって私と契約したら私の知識を得られるし、
建築を手伝ってもらえる。従えてたゲヘナの軍団は
地上に解き放たれちゃったから与えてあげられないけど」
「要するにヨナはマーパと一緒に仕事ができる」
「うん。いずれは歴史に名を遺すような大事業をね」
「それ、今となんか違う?」
あ、これまったく考えてなかったやつだ。
首ひねって違いを見つけようとしてるけど
結局見つからなくて……
はい落ち込んだ。
「そういやそうだ。私めっちゃヨナを手伝っちゃってる。
だって一緒に仕事してると楽しいし、
彼の作るもの、もっと見たいし。
あれー? じゃあこれ何? なんで私、契約したいの?」
「知るか」
てのは嘘でなんとなくわかる。
恋を知らない哀れな悪魔たち。
やれやれ、コーヒーでも飲ませるか?
混乱したマーパが頭を抱えたり壁を引っかいたり
マタタビ与えた猫みたいに鳴き始めた。
「わかった、わかったから落ち着け。
もしかしたら契約なしでその気持ちに決着がつくかも」
「エリン様、そんなことできるの?
クロム様よりすごいじゃん」
「今すぐにってわけにはいかない。少し時間をくれ。
しばらくは今まで通りだ。いいな?」
「了解だよ。でもなるべく早くね?
いろいろ考えてたら頭爆発しそう」
「おいちょっと待て、一人で帰るな。
もう暗い、怖い、俺も一緒に行く」
入口の戸を引き上げて、
マーパはじっと暗闇に見入ってる。
声をかけようとしたら人差し指を立てて、
木の下に視線を送った。
エリン様、夜目はきかないんだって
夜の森なんぞまったく見えない。
でも、音は聞こえる。
濡れた路面を何か引きずってくるみたいな、
黄昏に取り残された不吉な影が、
ずっと引き伸ばされてきたみたいな。
見えもしないのにそれと目が合ってしまいそうで、
俺は床にはいつくばって頭を下げた。
失敗だった。
見えないと、音が孕む動きの手掛かりが増幅されて
勝手に恐ろしいものを想像してしまう。
外れるようにできてないものが外れる音。
分厚い繊維が引き裂かれる音。
開いた隙間から零れる液体の音。
これは、なんだろうな?
わかるんだけど、わかりたくないな。
咀嚼音。
マーパは表情一つ変えず、下を見続けていた。
いや、ちょっと違うな。
ちょっと、悔しそうな?
それこういう状況でする表情?
十分て言われたら十分だし、
二時間て言われたら二時間に感じるくらいの時間。
マーパに肩を叩かれて顔を上げると、
もうハウスの中も真っ暗になってた。
「行ったよ」
「おい、なんだ今の? 怪物どもはこのへんに
近寄れないんじゃなかったのか?」
「なにエリン様、ちょっとビビってる?
ヘンなの。天使が怖くないのに森の悪霊が怖いの?」
「森の悪霊?」
声裏返った。
「よくある民間伝承だよ。夜の森は危険だからね。
人が入らないように悪霊や、それこそ悪魔の領域にしちゃうわけ。
さ、悪霊が何してたか見に行こうよ」
「……見たくない。暗くて見えないし」
「そんなこともあろうかと」
「ナニソレ? 折り畳みのランタン?
かっけー、初めて見た」
「自作だからね。エリン様にあげるよ」
嬉しい。
けど嬉しくない。
余計なもん用意しやがって、別に見なくていいだろ。
なんかちょっと手が震えちゃって、
マーパに助けてもらいながら下まで降りた。
「なんか新鮮。怯えてるエリン様、かわいい。
リディアが夢中になるのもわかるなあ」
「怯えてない。慎重さと冷静さが
コールドに俺の脳をシェイキンしてるだけだ」
「あはは、何言ってるかわかんない。
あ、ほらあそこ、ランタンで照らしてみて」
マジかよ……
グロ注意。
でも吐かなかったな。俺、偉い。
慣れてきてんのか? 慣れたくないけど。
バラバラになった人間の手足。
頭や胴は複数人のが混じってる。
「ねえ、これ見なよ。手足は鋭利な刃物で切られてる。
柔らかい。生きてるうちに切られたんだね」
「ムリ。さすがに断面とかムリです」
「もう、情けないなあ」
俺は見張りでもするみたいに背中向けて、
ときどき肩越しにチラ見するだけ。
「誰が、なんのためにそんなこと?
マーパ、その悪霊っての、見えたのか?」
「うーん、はっきりとは。
私も夜目が効くほうじゃないんだよ」
「どど、どうしよう。 誰かに知らせないと」
「焦んないで。私たちがここにいたこと、どう説明すんの?
正直に言っても誰も納得しないよ。
私たちがこれと無関係だっていうのは無理がある」
「そう……だな」
その恐れは確かにある。
仲良くしたいって言ったその日に殺したのを疑われたら、
俺の国づくりはそこで頓挫する。
「今はこの場を離れよう。この森には薬草やキノコを採りに
入る人間も多い。すぐに見つかるよ」
ああダメだ。
マーパの言うとおりにする以外、何も思いつかん。
俺は遺体に手を合わせて頭を下げる。
「ごめんなさい。必ずきちんと埋葬します。
少しだけ待っていてください」
俺のする仕草をマーパが不思議そうに見ている
しまった。エリン様はブッティストじゃねえ。
「エリン様は変わってるね。悪魔じゃないとは聞いてるけど、
人間たちとも違う。この世の存在じゃないみたい」
「本の影響だよ。悪魔的にダメかな?」
「ううん、いいと思うよ」
マーパはそう言って俺の真似をして手を合わせた。
浄土への道が悪魔に開かれた瞬間だ。
「でもこれ、ちょっと懐かしいな」
「手を合わせるのが?」
「違うよ、この惨状。
人を切り刻んで食べるのが好きってどこかで聞いたことない?」
聞いた。
それ今日聞いたわ。
ビビり散らかして完全に忘れてた。
そのせいでヨナと手を握り合う羽目になったんだ。
それそれ、てうなずきながらマーパは
ちょっと寂しそうに微笑んでいた。
幼馴染が遠くに引っ越してしまったみたいに。
「もう誰かと契約しちゃったのかな、ハーパ」
どうしてこう、次から次へと厄介事ばっかり……
エリン様に手紙を書こう。
次からは温泉旅行の前とかに呼んでくれって。
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