第十二話 シレンじゃねえんだからさ、毎回レベル1からってのはだるいぜ
とにかくまずは情報収集だ。
向こうで学んだろ?
俺は突っ伏してる女子生徒に声をかけてみるが、
縦笛みたいな音がピロピロ鳴ってる。
うるせえな、どこのバカだ?
俺の喉だ。
声が出ないならリズムだ。
音楽で注意を引くんだ。
なんでアンパンマンのテーマだ?
今どきの高校生にはILLITとかNewJeansだろうが。
「先生?」
目、覚ましたよ。
やっぱアンパンマンだよ。
アベンジャーズにいつ参戦するのかワクワクが止まらないよ。
えっと、こんな生徒いたっけ?
キツネ顔で清楚な面持ち。
額が髪で隠れててやや影のある感じではあるが、
それは泣きそうな顔をしているからかもしれない。
なんだか謝りながら鼻すすってるけど……
あ、こいつ白石だ。
白石沙里。
普段、眼鏡かけてるし、髪もまとめてるから気づかなかったわ。
要注意ってほどの生徒じゃない。
成績も悪くないし、仲のいい友達もいる。
あとバレンタインデーにこっそりチョコくれた。
いい子だよ。ただ……
「先生、私のせいでごめんなさい。知らなかったんです。
マッチングアプリで知り合った人に住所を教えちゃいけないなんて」
ただ、なんというか、世間知らずというか、
カレーが食べたくなるBGMが聞こえてくる感じの、
バカだ。
「ああ、目を開けて先生。私のせいで死なれたら寝覚め悪い。
何でもするから死なないで」
誰か呼んでくれ。
あと怪我したわき腹に手を置くのもやめてくれ。
以上の二点を遂行したのち、速やかに帰ってくれ。
何があったか知らんが、担任の女子生徒と二人きりとか
俺が絶対に避けてきたシチュエーションなんだよ。
「そうだ、ナースコール。
何かあったらナースコールしてって言ってた。
先生、ナースコールってどうやるの?」
心が……折れそうだ。
だが諦めない。
俺は天使との戦いも切り抜けた。
エルデンリングもクリアした。
必死に首を動かして枕元のボタンに彼女の目線を誘導する。
「ええ~、それ今する? 先生、元気すぎ」
何と勘違いしてるんだ。
顔を赤らめて身体くねくねすんな。
「誰か、呼べ」
声出た。
怒りってすごい力になるね。
白石も飛び上がって走っていった。
大声で看護師呼んでるけど、病院ではお静かに。
手術を担当したって医師が何人も引き連れて
やってきたときはさすがにヤバいのかと思った。
みんな焦った顔してたし。
でも話を聞いてみると、俺は予定よりずいぶん早く覚醒したらしい。
気分が悪いのも身体が動かないのも麻酔が残っているから。
言われた通り、時間が経ったら自分で立てるようになった。
検査の結果も良好。
順調に……というか驚異的な速度で回復してるらしい。
写真撮られて試料の提供にも同意しちゃった。
担当医、同い年くらいだし、医師と教師じゃだいぶ違う。
とは思うけどなんとなくシンパシーを感じるんだよね。
「意識がなかったので取材はこちらで
お断りしておきましたが、警察には連絡しないといけません。
予定よりだいぶ早いので明日でいいと思います」
取材? 警察?
事件ってことか? 俺、白石に手を出したとか?
いや、そういうのにしてはみんな好意的だな。
「あの、俺の身体、どういう状態でした?」
「んー、右肩は脱臼でした。あんな使い方をすれば当然ですね。
危険だったのはわき腹のほう。
刃物が刺さったまま激しく動いたせいもあって、腸に損傷がありました。
幸い、縫合可能でしたし、いま見た感じだと
どこ縫合したかわからないくらい正常でした。
腹膜炎の心配もないでしょう」
「はあ」
「いやあ、僕もあの動画見たんですけどね、
どんな激しい人かと思ったんですが、穏やかな方で安心しました。
生徒さんを守るのに必死だったんですね」
「先生、それ本人の前で言っちゃダメなやつです」
検温してた看護師に注意されてる。
総合病院にいい先生がいるって言ってたけど、この人だな。
他にも聞きたいことはあるが、記憶障害でも疑われると困る。
なんで戻ってきたのに向こうと同じようなことやってんだ、俺?
シレンじゃねえんだからさ、毎回レベル1からってのはだるいぜ。
でもまあ、そのぶん序盤の攻略法は心得てる。
大事なのは情報収集、そして情報源の選別だ。
「で、白石君はなんでここにいるんだ?」
検査が終わった後、俺は白石を呼び戻してもらった。
責任を感じているとかで放課後はほとんど病院にいるらしい。
ちなみに俺は男子も女子も君付けで呼ぶちょい嫌味な教師だ。
「なんでって……
そんなの先生が心配だからに決まってるでしょ」
「うん、ありがとう。ただ、先生ちょっと記憶が曖昧でな。
何があったか白石君から聞かせてもらってもいいかな?」
「え、先生、記憶ないの?」
「ないってわけじゃない。ただ夢だったような感じで、
どこまでが本当にあったことなのかなあって」
「ふうん、じゃあ私に愛してるって言ったのは?」
「それは嘘だ」
「え~言ったよお、もっかい言ってみれば?
記憶はっきりするから」
「弱ってる人間をからかうな。
明日には警察と話さなきゃならんらしい、
頼むから協力してくれ」
「口裏を合わせろ……と?」
「そりゃ悪いことをしたときだ。俺は悪いことをしたのか?」
「ぜんぜん。私を守ってくれたよ。すごいかっこよかった」
「誰から?」
「そこから? じゃああのとき入れたアプリのことも忘れてる?」
「えっと……あれ? 俺のスマホどこだ?」
「後でいいよ。
私、マッチングアプリで知り合ったヘンなのにつきまとわれて、
それで先生に相談したの」
そんなの相談されても困る。
親か警察に言ってくれ。
「俺は、警察とかに通報しなかった?」
「しないよ。安心しろ、国民を守るのは俺の義務だって。
ホントはどっかの国王様じゃないかと思ったよ」
エリンさま~~。
それたぶんエリン様だ。
そうじゃないかなとは思ってたけど、やっぱり入れ替わってたのか。
てことは、俺が戻ってきてるってことはエリン様も向こうに戻ってる?
それなら安心だ。エリン様は俺と違って戦える。
みんなを守ってくれる。
よかったな、リディア。
「なに、にやけてんの?
先生、それぜったい女のこと考えてる顔だよね」
「白石君のことしか考えてないよ?」
「ちょ……私のことしか考えられないって、
それ、ほぼほぼプロポーズ」
「それで俺は白石君と一緒にいたと」
「あれ? 返事、まだだよ」
「しかし、いきなり刃物が出てくるとはな。
そういう兆候は前からあったのか?」
「あー、ね。最初は普通だったんだよ?
ただ最近になって急に結婚だとか、生きるの死ぬの言い出して。
これヤバいなって」
「やり取りは残ってる?」
「残しといた。
先生にも見せたよね? それも覚えてない?
警察にも提出したよ」
「いい判断だ。
まとめると、そいつの付きまといがエスカレートし、
怖くなって俺に相談した。
家まで送り届ける途中で襲われ、俺が庇った。
他に付け加えることは?」
「おかげで助かりました。ありがとね」
「どういたしまして。無事でよかった」
白石がはにかんで笑うと
俺もなんだか照れ臭くなって目を逸らした。
ダメだぞ。
いい雰囲気作っちゃダメ。
「それじゃあ、暗くなる前に帰りなさい。
そんなことがあった後じゃ、親御さんも心配だろうから」
「だいじょぶだって。
ここに来てるのは知ってるし、迎えにも来てもらえるし。
やっとで目を覚ましたんだよ? もっとお話しなくちゃ。
デートいつにする?」
「帰りなさい」
「うわ~、フラれた~。やることやったらポイだ~」
「そういうふうに思われたくないから帰れって言っとるんだ」
「ヘンなの。
あのときはそんなめんどくさいこと言わなかったのに」
エリン様、こいつに何言ったの?
そもそもエリン様ってどーいうキャラなの?
男も女も見境なしとかじゃないよね。
「そのときのことはみんな忘れろ。
担任と生徒。俺たちの間にあるのはただそれだけの繋がりだ」
「なんで?」
「ん?」
「それだけなわけない。
そんな大けがしてるんだよ? 私を守って」
「だからだ。
罪悪感をいっときの感情で補おうと──」
「ぜったい違う!
私、前から先生のことちょっといいなって普通に思ってたし。
今のこの気持ちは崖っぷち効果とかじゃないから」
「吊り橋な」
間違いを訂正すると白石はフリーズする。
それからちょっとずつ顔が赤くなって、
最後には俺の腹にパンチをくれた。
腹を刺された人間の腹を殴るって、こいつ正気か?
「バカ、先生の授業はもう出ない」
堂々とボイコット宣言して出ていった。
やっとで、出ていってくれた。
教師やって何年かしてすぐ気づいたよ。
好かれるより嫌われるほうが楽だって。
それでも、涙目になってる白石をそのまま帰らせるのは
楽じゃなかった。
前からっていうのが痛かったな。
腹へのパンチより痛かった。
初めてだ。
ちゃんと俺のほう見てそんなこと言ってくれた人。
ただ嬉しいのかと思ってたけど
同じくらい不安なのが一緒に来るもんなんだな。
だってさ、おかしいんだよ。
なんでかわかんないけど頭に浮かんじまったんだ。
リディアの顔が。
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