第十三話 なんでエリン様は俺の人生をぶち壊してるの?
警察が話を聞きに来るっていうから
相棒みたいな二人を期待してたのに、
優しそうなおじさんが一人で来ただけだった。
あれ? 刑事ってみんなゴリラの亜種じゃないの?
しかも白石から聞いたのと同じようなことを確認されただけ。
被害届は白石のほうから出ているみたいで、
俺は出さなかった。
病院費用は白石の両親が負担を申し出ているため、
示談交渉もなし。
あんまり関わらなくてすみそうでなにより。
俺は一日も早く日常に戻りたい。
医師は難色を示したが、俺は無理を言って退院した。
学校の連中が見舞いに来て居合わせた白石とばったり、
なんて悪夢は避けたい。
家だ。
とにかく自宅に戻って引きこもろう。
俺の身に何が起こったかを整理して職場復帰だ。
俺の自宅は一軒家。買ったんじゃないぜ?
ばあちゃんが亡くなって相続した。
俺一人だとだいぶ広いけど俺は婆ちゃん子だったし、
家の匂いも好きでそのまま暮らしてる。
駅からはちょっと距離があって、普段はいい運動になるよ。
わき腹刺されて退院してきた後だとキツくなるけど。
傷口開いたんじゃないかってくらい痛くなってきて、
汗垂らしながらふうふう言って帰宅すると
逃げてきたはずの悪夢が待っていた。
「おそーい。黙って退院とかひどくない?
仲直りのケーキ焼いてきたのに、看護師さんにめっちゃ笑われた」
「ケーキ置いて帰れ」
「またそれ? 同じ技は二度通じないんだよ?」
「お、お前、どこでそれを?」
「え、何が? これ言うと男子にウケる」
「マジかー、今度、俺もやってみるわ」
「んじゃ、入ろっか。病み上がりに一人暮らしは無理でしょ?
私、料理とか結構イケるし、いろいろ役に立つんだ。
大丈夫、学校の許可は取ったよ」
「どうやったらそんな爽やかに嘘つけるんだ?
心配してくれるのは嬉しいが、これはダメだ。帰りなさい」
「次、帰れって言ったら叫ぶ。
孕まされて捨てられたって警察来るまで叫ぶ」
帰れって言いそうになって思いとどまる。
いかん、こいつ目がマジだ。
「ふう、わかってくれたみたいでよかった。
私も先生困らせるのはホンイじゃないっていうか、ね?
でも、私がいたほうがいいってぜったい思うよ、中見たら」
「中? お前、入ったのか?」
「うん、カギ開いてる」
白石を押しのけて家に入ってた。
そうだよ、俺、しばらくエリン様だったんだぞ。
リディアの話では、エリン様は一人で生活できない。
玄関とかはもともと何もないからいいとして、台所だわな。
端的に言って、大型犬三頭が取っ組み合って暴れまわった感じ。
なんで冷蔵庫開けっぱなの、エリン様?
トイレはモザイクが必要なレベル。
無事だったのは婆ちゃんの仏壇がある和室で、
さすがに荒らしちゃいけない雰囲気を悟ったみたい。
腐っても神か。
「先生って酒乱とか? そういうのはちゃんと言ってね。
大丈夫、二人で乗り越えてこ」
「お前はなに目線だ? あとこのボストンバッグなに?」
「私の荷物。先に入れといた。
おっと、帰れはなしだよ。
もう家に上げちゃったんだから、わかるよね?」
「勝手に入ってきたんだろうが」
ああ、でも今は白石なんかどうでもいい。
俺の……俺のPS5。
無事だった。
バルダーズゲートまでまだ辿り着けてないんだ。
クリアするまで死ねないと思ってた。
「先生ってさ、ゲーヲタだよね」
いつの間にかジャージに着替えた白石が俺を見下ろしてる。
わりと目線が冷たい感じ。
「PS5を抱きしめるのは、ヲタクというよりマニアでは?」
「いいよ、みんな知ってるから。
それよりゴミ袋どこー?」
みんな知ってるんだ。
安心したような、恥ずかしいような。
「……洗面所の横」
「りょ。
とりあえず生ごみからまとめちゃうね」
「あ、トイレは俺やるよ。さすがにあれを任せるのは悪い」
「だいじょうぶ~? 無理しないでね」
なんか二人で掃除する流れになってる。
でも白石の言う通り、今の俺がこれを一人で掃除したら日が暮れる。
負けたよ。
自分に。
とりあえず玄関や窓を全部開けて、大掃除してます感だしといた。
後でボランティアって書いた紙を白石の背中に貼っとこう。
トイレ洗剤が汚れを浮かせるのを待ちながら
うまく白石を帰らせる算段を巡らせていると、
台所のほうから何か割れる音が聞こえてきた。
「おーい、皿とかはどっかまとめとくだけでいいぞ。
後で俺がやるから……」
白石が床をじっと見つめてる。
溶けてぐちゃっとなった冷凍ピザ。
靴跡付き。
「白石? どうした?」
様子がおかしい。
なんか今にも逃げ出しそうな感じで固まってる。
「気分悪いのか? いったん外出ようか」
俺が手を取ると弾かれたように動き出した。
手を振り払い、一瞬、俺がわかってないかのように目を見開く。
「あ、ごめん、先生。お腹すいてぼーっとしてた」
「拾い食いはやめなさい。
バイト代やるからコンビニで好きなもん買ってきていいぞ」
「大丈夫。おやつ持ってきてる」
「遠足か。なんなんだ、その荷物。
まるっきり家出じゃないか」
「家出だよ?」
「は?」
「話したじゃん。お父さんとケンカになってるって。
いつでも来ていいって言ったよね?」
言ってない。
けどたぶん言っている。
なあ、エリン様。
俺はエリン様の国をわりとしっかり守ったよ。
なのになんであなたは俺の人生をぶち壊してるの?
「言……ったかもしれない。
ただ、そのときは俺もどうかしていたというか……」
「嘘ついたの? 先生が? 生徒に?」
「待て待て、そういうことじゃないんだ」
「じゃ、どういうこと?」
「その……誤解させたなら謝る。
でもそれはうちに泊まっていいってことじゃない」
「誤解なんかしてない」
白石が怒鳴ってピザをゴミ袋に叩きこむ。
「なんなのそれ? あのときとぜんぜん違う。
先生の側が一番安全だって、そんで命がけで守ってくれて、
なんで今さら突き放すの? 私、先生しかいないんだよ?
頼れるの、先生だけなの」
いきなり抱きつかれた。
そんで泣かれた。
この子はこの子で、やっぱり怖かったんだろうな。
いきなり刃物持った男に襲われたんだ。
そのときに守ってやるって言って守ってくれた人が、
特別に思えたって仕方ない。
でもな白石、それもやっぱり誤解なんだよ。
もちろん俺じゃなくエリン様だったってのもある。
ただ、そうじゃなかったとしても特別を見つめるな。
人生ってのは特別じゃない時間がほとんどだ。
特別じゃないものにこそ、人は目を向けなきゃな。
「すまない、白石。お前の気持ちがわかってなかった。
明日、ちゃんとご家族と話をしよう。俺も一緒に行く。
約束するよ、俺は何があってもお前の味方だ」
頭を撫でてやると、白石は俺の胸に額を押し付けたままうなずく。
俺の服で鼻を拭いただけかもしれないけど。
あ、でも離れてくれた。
頭撫でるの、リディアにも効いたよな。
まさか、向こうで得たスキルがこちらでも?
「今日は泊まってい?」
「……婆ちゃんの部屋に客用の布団がある」
ウソ泣きだったみたいに笑って白石は掃除を続ける。
ちょっと後悔。
トイレ掃除に戻ろうとすると、後ろからもう一回抱きつかれた。
「ワイルドなのもいいけど、優しい先生も好き」
黙ってうなずくだけで振り返らない俺、かっこいい。
みっともなく反応しちゃったっていうのは内緒だ。
だからなんで頭に浮かぶんだよ、リディアの顔。
なんなんだこの罪悪感。
生徒に劣情を抱いた罪悪感だ。
掃除だ。
トイレには神様がいるんだ。きっと許してくれる。
祈りを捧げるようにブラシで擦っていると
ポケットに入れておいたスマホが震えた。
あんまりトイレとかで触りたくないんだけどなあ。
でも学校からかもしんないし。
sariさんとマッチングしました?
詐欺メールか?
知らない間にヘンなアプリが入ってる。
「Farewell……フェアウエル?」
およそマッチングアプリらしからぬ名前だ。
当然、嫌な予感しかしなかったよ。
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