第七話 ニューヨークの弁護士みたいなことするんだな
リディアがすっごい不機嫌そうな顔してる。
絵に描いたようなっていうか、
絵に描いた不機嫌な顔をAIが学習してやたらリアルにしちゃった
ハイパーリアリズムのような不機嫌な顔してる。
そんな顔するなよ。
持ってきたふざけた服も文句言わずに着ただろ。
なんだよこれ?
ただ細長い布を頭からかぶっただけじゃん。
前と後ろは完全ガードだけど、横が全開なんだよ。
大股で歩いたら見えちゃいけないものが見えちゃうだろ。
籠手とレガースもないから無防備すぎて不安になる。
もしかして嫌がらせか?
打ち合わせのときはずっと無表情だったけど、
時間が経つにつれて感情を抑えられなくなってくるタイプか?
覚えとこ。
「ではまず、訴状の読み上げ。
その後に被告の罪状認否を行う。検察官、前へ」
「は、はい」
かわいい。
検察官、ストラかよ。あざとすぎる。
傍聴席からため息漏れてる。
裁判所なんてないからとりあえず玉座の間。
クロムが進行役で俺が裁判長ってとこかな。
一応、記録も残してもらってるが、速記法がないから形だけ。
被告はもちろん聖堂騎士……なんだっけ?
あ、そだ、ピアース。
その隣に目を閉じて座ってるのが弁護人。
リディアだ。
「被告・不細工な聖堂騎士は、
神のごとき威容その美しさは全生命がひれ伏すエリン様に
できもしないのに殺害の意図をもって近づき、
未遂には終わったものの間近で、
卑小な人間風情があろうことかエリン様に劣情を抱いたという
その一点においても死刑は免れない罪であることは明白です」
それ書いたの絶対クロムだろ。
ピアース、怒って震えてるよ。
そんなに煽ってどうすんの?
でもドヤ顔してるストラはかわいいから
微笑んでうなずいておく。
うん。つっかえずに言えてえらいね。
「では被告、罪状認否を」
勢いよく立ち上がって怒鳴ろうとしたピアースの腹に
リディアの拳がめりこみ、
悶絶している間にリディアが罪状認否を代行する。
そりゃまずいことがあったらピアースを止めろとは言ったけどさ、
力づくすぎんだろ。
もちっとリーガルドラマっぽくできない?
あとその体格差で悶絶させるって、
ほんとに戦闘に向いてない種族なの?
「おおむね認めます。
しかし、殺害の意図については否認します」
「バカな、凶器も押収されているのだぞ。
しかも本人がエリン様に殺してやると叫んでいたではないか」
「感情的になっていただけです。
兄さまの私情だらけの訴状みたいにね」
「私情ではない。明白な事実だ」
「それは認めますが、明白な事実をことさら強調してみせるのは、
本心では信じていないからでは?」
トゲのある言い方するなあ。
仲悪いの?
クロムも裏切り者を見るみたいにリディアを睨んでる。
「やはり俺が検察をやろう。構わないな?」
「どうぞ。そのほうがこちらとしても楽です」
「あの、裁判長、俺なんだけど……」
クロムがストラとタッチして中央に進み出た。
え、これプロレス? リーガルプロレス?
傍聴席も沸いてるなあ。
「いいか、よく聞けリディア。
お前が執心のそこの不細工な騎士だがな、
そいつがどうやってエリン様に近づいたと思う?」
「さあ、おおかたエリン様の側にいたものが
間抜けだったのでしょう。
誰、とは言いませんが」
クロムだよね。
お、でもクロム余裕だ。
腕組んで不敵な笑み。カウンター決まるな。
「検察側は証拠品Aを提出します」
「認める」
今日の俺の仕事、これだけだと楽なんだけど。
うまくやってくれよ、リディア。
ストラと同い年くらいの男の子と女の子が、
たいして大きくも重たくもないフード付きのローブを
わざわざ二人で運んでくる。
クロム直属の配下って子供ばっかりだな。
「これは取り押さえられたとき、
被告・無様な騎士が身に着けていたものです。
おい、お前たち、エリン様にお見せしろ」
二人がローブを広げ、そこにストラが駆け込む。
いちいち動きがカワイイ。
他の二人の名前も後で教えてもらおう。
俺、高校より小学校の先生のほうが向いてたかも。
傍聴席から声が上がる。
油断してた俺もつい、驚いて声出しちゃった。
だって着てるのはストラなのに、
瞬く間にエリン様の姿になって俺に駆け寄ってきて、
両手でハイタッチ。
これ、感触もあるぞ。
幻ってレベルじゃない、本物の魔法だ。
ちょっと感動。
「御覧のように見たことのあるものなら体格も性別も関係なく、
誰にでも変身できる。
そして被告・不格好な騎士がエリン様に近づいたときの姿は──」
「異議あり。
裁判長、誰の姿だったかは殺害の意図とは直接関係がありません」
こ、これがリアル異議あり。
怒りを抑えた感じのリディアの声、迫力あるな。
怖え。
でも、なんでここで異議?
不自然な流れではないよな。
「異議は却下。犯行当時の状況を説明するうえで不可欠だ」
舌打ちはしなかったけど、完全にバカを見る目で俺を見たな。
「ありがとうございますエリン様。
ではストラ、犯行当時の騎士の姿を再現しろ」
再び傍聴席からざわめき。
さっきと違って驚きではなく、動揺だな。
そりゃそうか、ストラが変身したのはリディアだ。
……え~、リディアだったの?
「リディアが最もエリン様に近いのは周知の事実。
であるならば騎士の選択は間違いではない。
問題はさっきも言ったように、変身できるのは見たもののみ。
騎士はどこでリディアを?
もしかして事前に会っていた?
彼女は、この暗殺に共謀したのでは?」
「異議あり。裁判長、ただの憶測です」
「その通りだ。
検察、憶測で被告や弁護人を貶めるのはやめろ」
「申し訳ありません。撤回します」
頭を下げるクロムは邪悪な笑みを浮かべてる。
却下前提で相手側の人間性を貶め、陪審員の心象を悪くする。
この場合は傍聴席の聴衆だな。
俺が公平な裁きを下しても、
彼らの目に公平に映らなければ意味がない。
クロムのやろう、ニューヨークの弁護士みてえなことするな。
いや、まあドラマで見ただけなんだけどね。
「弁護側、この件について何か言うべきことは?」
「ありません」
ピアースがリディアの姿に変身できた理由を説明する気はないってか。
まあ、リディアがエリン様の暗殺に加担するのはありえないだろ。
「では続けて、検察側は証拠品Bの提出を提案します」
「認める」
ローブを持ってきた二人が、今度は刃が砕けた短剣を持ってくる。
蓋のないケースの中にパズルみたいに並べられ、
刃に刻まれた文字のようなものが微かに見て取れる。
「この短剣、聖堂騎士がエリン様に向けたものです。
このような玩具でエリン様を傷つけるなど
愚かにもほどがあると思いましたが、
分析の結果、これには強力な呪いがかけられていました。
ご覧いただけるように、刃に刻まれた文字、
これは詩になっています」
ん? どした? 詩って聞いたとたん、
空気が凍り付いたな。
リディアはもちろん、ピアースまで驚いた顔してる。
お前が持ってきたんだろ。
「ご想像のとおり、これはゲヘナ・レグルスの一人『アモン』の詩。
やつはその忌々しい詩によって神をも殺す呪いを生み出す。
もちろん、エリン様にはなんの効果もありませんでした。
読んで聞かせれば、退屈で心が死んでしまうかもしれませんが」
クロムが笑いを取っている間、
俺とリディアは顔を見合わせている。
二人とも同じこと考えてる。
ピアースとストラが気づいて不審げに俺たちの顔を交互に見るが、
そんなの気にしていられない。
だってそうだろ?
神をも殺す呪いだぜ?
そのあと俺になってるってことはさ……
エリン様、死んじゃってる?
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