第三十五話 狼の獣人をウルフリングと言っちゃう人の魂はいまだにアルカディア解放軍

 寒いから匂いは思ったよりひどくなかったよ。


 でもほら、一晩放置しちゃったから、

 動物がね……。


 背中向けてクロムと二人で膝抱えて座ってる。


 こんなとこ誰かに見られたら

 トーレの国は崩壊だな。


「落ち着いた?」


「ええ、まあ……なんとか。エリン様は?」


「まあ……なんとか。

人呼んで早く埋葬してもらったほうがいいね」


「そうですね」


「検分はどうしようか?」


「所感といたしましては、ハーパの残虐行為。

あるいはそれを模したもので間違いありません」


「ハーパってマジでこんなことするんだ……」


「マジでやりますね、あの子は。

好んで内臓が食べられていますが、胆のうは残し、

切断は極めて鋭利な刃物で行われています。

気になるのは血痕の少なさ。

ハーパが死体を移動させたというのは

ついぞ聞いたことがございません」


「一目でそこまでわかるんだ。えらいね」


「恐れ入ります」


「捜査の方針は?」


「やはり凶器でしょう。

あそこまで鋭利な刃、そうそうあるものではない。

あるとすれば身分のある人間の持つ名剣の類い。

作れるとしたらグレイブンたちですが、

トーレは鉱石には恵まれておりませんので難しいかと」


「すげーな、かなり絞れてるぞ」


「急ぎましょうか。

道具は処分されてしまえばそれまで。

種族間の不和に問題をすり替えられれば、

物証なき断罪は謀略と捉えられましょう」


「ますます陰謀の香りがしてきたな。

やはりバシレイアの工作か?」


「裏の裏。そう思わせようとしているということも」


「トーレとバシレイアを対立させるってこと?

もともと仲良くないだろ」


「お耳を」


 いや誰もいないだろ。

 なんですぐ顔寄せてくんだよ、お前。


「噂程度ですが、バシレイアにトーレとの取引を

開始すべしとの声があるとか。

厳しい食料事情、安全なサンクチュアリの噂、

聖堂騎士を生かして帰した裁判のこともあり、

教会内部にも国交を容認する動きがあるようです。

耳舐めてもいいですか?」


「舐めたらリディアに言いつける。

だとしたらその動きを阻止して得すんのは誰だ?」


「ネルガルでしょうな。

あるいはネルガルに恭順する諸国のどこか。

妹ごときに私が恐れをなすと?」


「そう願うね。昨日、踏みつけた獣人の頭で床板割ってた。

トーレとの国交を絶対認めない教会内の派閥は?」


「恐ろしい妹ですよ、あれは。耳は諦めます。

仮に派閥争いだとしても、

悪魔を敵視する保守派には権限も発言力もある。

このような工作に頼るでしょうか?」


「わけわかんなくなってきた。

憶測でプレイヤー増やしちゃダメだな」


「まずはシンプルに犯人探しと行きましょう。

その過程でいくつかの可能性は排除されます」


 俺は手を一つ打ち合わせて立ち上がる。

 ちょっといい話も聞けたし、やる気出てきた。


 バシレイアに国交を容認する勢力があるってのは

 嬉しい誤算だった。


 事件がどう解決するかがより重要な意味を持つことになるが、

 それだけでなく犠牲者の家族にちゃんと説明できる形にしたい。


 そういう目線を失わないようにしたい。


「……あの、エリン様、よろしいですか?」


「なんだよ? もうここはいいだろ」


「いえ、あのさっきの草むらでのことですが、

あれが見つかったらエリン様お一人でということに

していただけないでしょうか。私には威厳が必要でして」


「俺にはいらない?」


「その美しさがあれば」


「……いっこ貸しな」


「はいもちろんです。いつでも、無理やり

強引に、ややもすれば乱暴に取り立ててください」


「ご褒美になってんじゃねえか」


 てなわけで俺はクロムに無理やり強引に

 遺留品を探させることを取り立てとした。


 半泣きだったな、クロム。



 俺が最初に訊ねたのはグレイブン。

 名前を聞いたときから興味あったんだ。


 クロムは森に集まってた連中に今後の方針を説明し、

 そのまま犠牲者の特定と遺族への対応を担う。


 大丈夫かな。

 あいつ人間相手に心のケアとかできるのか?


 まあ、俺だと安易に謝罪やら約束やらしちまいそうだけど。


「はああ、そういうことでございましたか。

しかし、ワシら武器はよう造らんのです。

戦争がイヤで追放された身ですからなあ。

おかげで生き残れましたが、武器なんぞ造っとるのは

ほんの一握りで。それもまあ訓練用ですわ」


 ほええ、半地下の家だ。


 一階部分が玄関で、そこから降りて住居。

 土壁なんかが一部むき出しで坑道に住んでるみたい。


 テーブルとか椅子は珪藻土に似た感じで軽くて乾いてる。

 微かにくぼみとかあるのか、フィットするのが気持ちいい。


 うわ、テンション上がる。

 亜人ライフスタイル、おもしろっ。


「あの、エリン様?」


「うん? なに? 聞いてるよ」


「失礼ですが、ホントにエリン様で?

噂だといつも立派な白銀の籠手をしてるって……」


「ああ、あれね」

 どうなったか、俺も知らん。

「メンテ中」


「そうですか。いやしかし、狂乱の天使を退けたのが

こんなかわいらしいお嬢さんだとはねえ」


 おじいちゃんみたいにニコニコしてっけど、

 歳がわからんな、この人。


 グレイブンってのは要するにこの世界のドワーフ。

 この世界ではエルフとドワーフはガチで殺し合って

 反戦貫いた穏健派しか生き残ってない。


 グレイブンは追放され、地上で生きた時間が長いから

 体毛が全部灰色になったって話。


 短躰強靭がドワーフの特徴だけど、

 グレイブンは中でも小さく、力が弱い種族だったそうだ。


 まあ確かに想像してたよりちっちゃい。

 かわいらしいのはそっちだよ。


「じゃあさ、こう、骨までスパッと切れるような刃物

って注文されたらどんなの作る?」


「そりゃあ剣でしょうな。

やや長めで、遠心力が生まれやすいように頭が重め。

耐久力は落ちますが、刃を薄くするでしょう。

およそ実用的とは……」


 自分で言ってて何か閃いたみたいに手を叩いた。

 さすが一番の老舗鍛屋。なんでも造ってる。


「ありました、ありました。

人間の注文で、昔に一振り造りました。

あれですよ、処刑人の剣」


 きたか、エクスキューショナーソード。

 威力低め、即死効果付き。


 定番ではないが、要所に刺さる。確保推奨。


「それっていつごろかな?

今でも造ってる人っている?」


「だいぶ昔ですよ。

それこそお嬢ちゃんが生まれるよりずっと前。

サルワト教が広まってからは処刑ってのも

ひっそりやるようになったみたいだし、

ワシ以外に造ったやつなんていないでしょう」


「そっかあ……

でも逆に持ってるやつは限られるってことだよな。

その一振りが使われた可能性は低そうだけど、

依頼主は覚えてる?」


「どうでしたかな。注文書が残っとるやも。

探しておきましょうか?」


「うん。明日にでもまた来るよ。

ついでに聞くけど、グレイブンの人たちは

人間に不満とかってある?」


 身体揺すって楽しそうに笑ってる。

 孫と話せて喜んでるおじいちゃんの図。


「そりゃありますよ、山ほどね。

いつも上から見下ろしてくるし、

臭いだのうるさいだの、文句ばかり言う。

常に自分たちが基準で傲慢でほんの少し譲歩しただけで

やたら恩着せがましい」


 耳が痛い。

 心が苦しい。


 ああ、人間のなんと愚かなことよ。


「でもなんか嬉しそうだね」


「そりゃね、きっと向こうだってワシらに山ほど不満がある。

それでも向こうから歩み寄ろうとしてる。

それを無視できるほど、ワシらは小さくないでな」


「おじいちゃん、かっけー」


「お嬢ちゃんもかわいいぞ」


 あ、ヤバい、今のキュンと来た。

 なんかエリン様やってるとこっちの男に弱いな。


 エリン様って恋愛体質?


 とりあえず出されたお菓子とお茶は平らげて

 グレイブンの聞き取りは終了。


 うん、グレイブンは人間への敵対心はない。

 全員がそうとは言い切れないが、少なくとも

 人間をコミュニティの一員として認めてはいる。


 殺して食って捨てるなんてする理由はなさそう。



 次はミルダルスだ。

 まあ獣人たちだね。

 デカいし、怖いし、ちょっと取っつきにくいんだよな。


 森の伐採を担当していて、森にテント張って暮らしてるらしい。

 もともとそういう生活だから、不満はない……はず。


 考えながら森に向かってテクテク歩いてたら

 なにやら様子がおかしい。


 なんだ?

 人間たちが鋤やら鎌やら持って大勢歩いてくる。


 今の時期って農作業はないよねえ。

 怒号を上げて、かなり怒ってるっぽい。


 みんなの前に立って必死に止めようとしてるヨナ発見。


 殴られてやんの。

 ざまあ……


 とはいかないな。


 いかないんだけど、足も声も出ねえ。


 どうやって止めるの?

 俺、リディアみたいなことできないし。

 ケンカとか絶対ムリだし。


 なんて悩んでたらさっきのクロムみたいな声が響いた。

 もはや咆哮。

 聞き取れない。


 森のほうからなんかゴツイ連中出てきた。


 獣人たちだ。


 圧倒的に数が少ないのに、この存在感。

 生物としての強さが違う。


 アタッカーに必要な筋力敏捷が高いんだよ。

 狼の獣人をウルフリングと言っちゃう人の魂は

 いまだにアルカディア解放軍。


 獣人は女のほうがデカいって聞いてたけど、

 先頭に立ってるのがそうだな。


 ゆうに2mはありそうだし、

 腰布だけの男たちと違って

 袖なしのチョッキみたいなの着てる。


「それ以上、一歩でも森に近づいてみろ。

我々に攻撃したとみなす」


 境界を越えたら武力侵攻とみなすそうです。

 やる気満々なのはお前たちのほうじゃねーか。


 人間たちも怯まないね。

 手に持った農具兼武器を高々と掲げて声を上げてる。


 怒ってるとはいえ、よくあんなのに立ち向かえるよな。

 怪物どもが地上に溢れて感覚マヒってんのか?


 いや違うか。

 怪物どもが地上に溢れたからだ。


 ここを失ったらもう行く場所がない。

 誰もが必死なんだ。

 必死に居場所を守ろうとしてる。


 俺は自分の頬を一発叩いて気合を入れる。


 ビビってる顔してんじゃねえ。

 必死な連中を説得すんなら、


 俺も必死になんなきゃだろ。

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