第三十六話 どこにでも嫌われ者っているもんだ

 キョロキョロすんな。

 今はリディアもクロムもいない。


 エリン様だろ?

 こんくらい一人で収められなくてどうする。


「そこまでだ。双方、武器を下ろせ。

俺の国で安易な暴力は許さない」


 うーん、半分くらいは誰? て顔してる。


 そういやグレイブンのおじいちゃんも

 エリン様の顔知らなかったな。


「……エリンか」


 獣人のお姉さんナイス。

 綺麗な赤毛がナイス。

 舌打ちなしだともっとよかった。


 獣人って言ってもさ、

 動物の特徴を持ってるわけじゃないんだ。


 全身を体毛に覆われてて、身体が大きくて、

 どちらかというとしなやかなイメージ。


 ……のはずなんだけど、

 このお姉さん、なんか鼻面が前に突き出してて

 犬? 狼? みたいな特徴があります。


 他の男の人たち、顔は人間だよね。

 どゆこと?

 それちょっとかっこよすぎん?


「エリン様、こいつらがデリクたちを殺したんだ。

娘をよこせと迫って、断られた腹いせに

殺して食ったんだ。穢れた獣どもが」


「エリン、昨日は貴様の無礼な付き人にダーガが

世話になったそうだな。話し合いの場で我らを暴力で

黙らせたのはお前ではないか」


 響いてきた。

 リディア、ああいうのは響いてくるんだって。


「話し合いの場で話を聞かなかったからだ。

今もそうだな? 俺が武器を下ろせと言ったのに、

誰も聞かない」


 おお、さすがはエリン様。

 それっぽい雰囲気だけでけっこう怯んだぞ。


 でもお姉さんは余裕。


 ハッタリは通じないってか。


「はっきりさせておこうか、エリン。

お前はどちらにつく? 我々ミルダルスか?

そこのひ弱な人間どもについて庇護者を気取るか?」


 いきなりの二者択一。

 真っ先に利き腕で打ち込んでくるボクサーみたい。


 その強襲スタイルにお仲間もビビってるけど?


「どちらでもない。

まずは双方の言い分を聞いてからだ。個別にな」


「信じられん。

バシレイアは我らを獣と蔑み、受け入れなかった。

トーレもそうじゃないのか?

人間どもが来てからサンクチュアリの開発はやつらが

中心になって進められている。

ここは我らの安息の地となるのか?」


「お前らが勝手に森に引きこもってるだけだろうが。

そのくせ建材の確保にも協力しねえ。

お前らが近くにいるだけで狼が側にいるみてえに

安心して眠れねえよ。森から出てくんじゃねえ、獣が」


 太ったおじさん、緊急参戦。

 頼むから黙っててくれ。


「いま私を狼と言ったか?」


「ああ、狼よりひでえよ、人食いの化け物」


 ヤバい、お姉さん、なんかキレてる。

 めっちゃ鼻にしわ寄ってる。


 俺は太ったおじさんを庇うように間に入る。

 でもそれが余計に気に食わなかったみたいだ。


 見ようによっては人間に味方したわけだから。


「どけ、エリン。

そいつの望み通り、膨れた腹を引き裂いてやる」


「ダメだ、下がれ。

暴力は許さんと言ったはずだ」


 下がれと言って指を突き付けた瞬間だった。


 俺の頭の横で何かが弾けた。


 すげえ衝撃だったよ。

 大砲とか爆弾とか、顔の横で破裂したみたいな。


 殴られたとわかったときには尻もちついてた。

 痛いっていうか、驚いたっていうか、

 とにかく空がグルグル回ってた。


「ほら、安易な暴力だ。どう許さんと言うんだ?」


 お姉さんが俺を見下ろして軽く牙を剥いて見せる。


 俺、やっぱダメだわ。

 怒りが湧いてこない。

 ただ怖くて震えてるだけ。


 殴り返すなんてできやしない。

 一方的に殴られることしかできやしない。


 ……わかってるじゃないか。


 じゃあ、それをやれよ。


「安易な暴力は許さない」


 俺は立ち上がってお姉さんの目を見据える。

 何度でも、どこにも届かなくても、言ってやる。


「それだけか? 許さないと言うだけ?」


「そうだ、許さない」


 次の一発では尻もちつかなかった。

 腹が決まると、足が受け止めてくれるんだな。


「それをゲヘナの怪物どもに言うのか?

ネルガルの死霊どもに言うのか?

それで何を守れるんだ?」


「俺はお前に言ってる。

怪物でも死霊でも、狼でもない。

もしお前がそのどれかだっていうなら……

俺を殺せ」


 お姉さんは拳を握っているけど、

 そいつがもう飛んでくることはなかった。


 目から叩きこまれる何かは倍くらいになってて、

 後頭部にガンガン突き抜けてったけど。


 それでも俺はまっすぐ立ってた。


 立ててた。


 そしたらお姉さんは威嚇するように唸った後、

 男たちをまとめて森に引き上げていった。


「エリン、我らの話を聞く気があるなら森へ来い。

他の人間どもは森に入るな。

一歩でも踏み込めば、そのときは私も怪物になろう」


 太ったおじさんが追撃かまそうとしてたから

 睨んで黙らせておいた。


「お前たちも解散だ。軽率な行動は慎め。

何があったか、話はヨナから聞く。どうやら武器を

持ってないのはヨナ一人のようだからな」


 なんかまだ不満そうだけど、三々五々散っていった。

 やれやれ、悪者探しを好むのは人間の習性かね。


 にしても、

 怖かったあぁ~~。


 一人になって俺は膝に手をついて前傾。


 俺を殺せ?


 冗談じゃねえよ。

 そりゃ勝算はあったよ?


 獣人たちはトーレに安息を求めてる。

 トーレの要であるエリン様にあんなこと言われて、

 手を出せるはずないって。


 けど……ない。

 殺せはないわ。


 俺のアホ。


「大丈夫ですか、エリン様、どこか痛むんですか?」


「うああ、ヨナ、お前なんでまだいるんだよ」


「いえ、話を聞くとおっしゃってましたので」


「後でだよ。お前、殴られてただろ。

医者に診てもらって安静にしてろよ」


「このくらい慣れてますので」


「え、殴られるの、慣れてるの?」


「はい、父が名誉を重んじる厳しい人だったので」


 俺の世界じゃ殴るのは厳しいの範疇ではないね。


 それDVっていうんだけど、

 そんないい笑顔されると言いにくい。


「……今の、見てた?」


「はい。悩んで悶えて自分を罵倒されてました」


「おおい、言わなくていいの。見なかったことにしとけ」


「そんな、とってもかわいかったですよ。

リディが言ってたとおり、エリン様はお優しくてかわいい」


 んなこと言っても、お前にキュンはないぞ。

 いや待て、今こいつ……。


「いま、リディって言ったか?」


「はい。好きに呼べと言われましたので」


 安易な暴力はゆるさない……

 安易な暴力はゆるさない……


 深呼吸。


「おいヨナ、今から一緒にミルダルスのとこに行くぞ」


「ええ? 人間は入るなって……」


「俺が一緒なら問題ない。

……お前なら殺されてもいいしな……」


 後半はボソッと言ったけど、聞こえてたみたいね。

 ヨナが青ざめて立ち尽くしてる。


「どうした、早く来い。

道すがらさっきの騒ぎの原因を聞かせろ」


 置き去りにしたら一人で

 悩んで悶えて自分を罵倒してやんの。


 ダッセえ……


 俺もだったわ。


「ああ、もう、行きますよ。行けばいいんでしょ」


「みんなずいぶん興奮してたみたいだが、

被害者の身元がわかったのか?」


「まだ全員ではありませんが、

わかったのはティルダの北部から来たデリクです。

妻と娘が二人。そのうち一人が十五歳のメソス」


「獣人がよこせと迫ったっていう?」


「彼らのテリトリーで獣人とは言わないほうがいいです。

ただミルダルス、と」


「わかった、覚えとく」


「メソスをよこせと迫ったというのは誤解です。

ミルダルスはほとんど女性が生まれない。

近隣の人間と交流を持ち、互いの了承をもって

嫁を取るのが彼らの習慣なんです」


「さっき一人いたな、女」


「族長の娘、アグニですね」


「族長の娘かよ。強そうなわけだ」


「族長を除けば最強の戦士でしょう。

ミルダルスの女性はみな、特別な戦士です」


「ますますかっこよ。

でもそういうの、みんな知ってんの?」


「それがまったく知りません。

北方の獣人は人間の女をかどわかし、血肉を食らうと、

恥ずかしながら僕も信じてました。

でも話してすぐ全部嘘だってわかりましたよ?」


「そもそもよく話しに行けたな」


「アグニの毛並みがあんまり綺麗だったもので」


「ケモナーだったか。良き」


「それだけに彼らが受ける差別や偏見には心が痛みます。

なんとか誤解を解きたいと思っていたのですが……」


「そこに今回の事件ってわけか。

タイミング悪すぎないか? 悪意すら感じる」


「悪いことは重なるものです、エリン様。

争いは無知から来たれり。

悪意よりよほど根源的な病巣を僕たちは抱えてる」


「へえ、言うじゃないか。

人間たちのまとめ役はお前がやってくれよ」


「そんな、僕の言うことなんて誰も聞きません。

蔑まれる家柄、悪魔の力を借りる異端、流れ者の建築屋。

嫌われ者なんですよ、僕」


「トーレは悪魔の国だぞ?

国自体が嫌われてる。一緒に嫌われようぜぃ」


「まいったな、少し考えさせてください。

やっぱりみんなとも話し合わないと」


「せいぜい嫌われないようにな?」


 俺が皮肉を込めて笑うと、

 ヨナは困ったようにうつむいた。


 あまりプレッシャーかけたくないから

 冗談めかしてるけど、俺は本気だぜ?


 各種族の人材確保は急務だ。

 ヨナは高レアキャラと見た。貪欲にいこう。


「あ、ほら、ミルダルスの集落が見えてきま……」


 話を逸らしやがったな、臆病者め。

 見た目以外は俺と共通点が多いんだよ。


「なあ、あれ、なにやってんの?」


「さあ、訓練でしょうか。

僕もあんなのは初めて見ますね」


 円錐型のテントに囲まれた広場。

 その中央でアグニと男たちが殴り合ってる。


 殴り合ってる、というと語弊があるか。


 アグニ一人に対して男たちは大勢。

 周囲で見ている連中が気ままに参加して

 アグニを殴ってる。


 アグニはずっと一人で戦ってて、

 相手も一人ならきっと誰にも負けない。


 けど後ろから、左右から同時に殴られるのまでは

 一人ではどうしようもない。


 それでも何人も殴り倒して、でもわき腹とかに

 いいのをもらっちまうと膝をついて、

 そのたびに周囲のやつらが笑うんだ。


 気分の悪くなる、誰かの障害を笑いものにするような、

 胸につかえる声だ。


 こんなの訓練なものか。


 なあヨナ。


 どうやら嫌われ者ってのは、

 どこにでもいるみたいだぜ?

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異世界の神と入れ替わった俺は弱小国を守護する。でもその間に神が俺の身体で新しい女を作りまくるせいで帰るとだいたい修羅場。 岡田剛 @okadatakeshi

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