第四十四話 勝ったのに相手が逃げて終わる戦闘ってモヤる
剣が……
処刑人の剣が……
砕けてる。
やっちまった。
たぶんこれ一品もののユニークアイテムだぞ。
イベントでしか手に入らない
いわゆる取り返しのつかない要素。
それが見事にスクラップ。
エリン様の籠手すごすぎて憎い。
でも、完全体ほどの出力はなかったみたい。
前みたいに背中割れて中身が飛び出すなんてNO。
無事ってわけにもいかなかったけど……
ローブは羽毛が千切れ飛び、
顔はかろうじて隠れているものの衣服の形を失っていた。
ローブの下の腕やわき腹には細かい無数の傷と
火傷のような跡が残り、ひどい内出血。
怒りか苦しみか、肩を震わせて砕けた剣を
見下ろし、声もなく口だけ動かしてる。
本体、剣だった?
アヌビス以降、そういうのだいぶ見てないけど。
「早く治療したほうがいいな。
手遅れになると命に関わる。そんな感じだぞ。
俺が言うのもなんだけど」
俺の身体の中、ほとんど脈打つ溶岩。
どこが痛いのかさえわかりゃしない。
処刑人は刃が少しだけ残された柄を拾い上げ、
俺は籠手に覆われた左手を持ち上げる。
限界だっつの。
ここからボス連戦とか調整ミスってる。
いるよね~、武器壊れてるほうが強いやつ。
「投降しろよ。
俺は従うやつの面倒はとことんみてやる。
まあ逆らうやつも同じだけどね。
とことん面倒みてやる」
なんだろ?
こいついま笑ったな。
俺のキメ台詞、パクリってバレた?
いや、俺のこと見てない。
キメ台詞、聞いてない。
砕けた剣の柄をじっと見つめてる。
「あの……ごめんね、壊しちゃって」
つい謝ってしまった。
すぐキャラがぶれる。
そんな俺に愛想をつかしたのか、
処刑人は壊れた剣を手にしたまま走り去る。
半分浮いてるような動きじゃなく、
身体が上下に揺れて、普通に走ってた。
勝ったのに相手が逃げて終わる戦闘ってモヤるけど、
追いかける余裕なんざあるわけない。
ほっと息をついて大樹の根元に座り込んで、
もう上を見るだけでも重労働。
「もう出てきても大丈夫だぞ」
ランタンの光の届かない樹上で、
秘密基地の入り口が開く音がする。
木の根元に座ってたら降りてくるのに邪魔かな、
て思ってたら目の前になんか降ってきた。
着地で音がしちゃったのは万全でない証拠。
髪がほつれて、ランタンの光の具合かな?
憔悴してるようにも見えるね。
どこか怪我してる?
「まったく手のかかるメイドだ。
助けに来てやったよ。そんで悪いんだけど、
立てないから助けてくんない?」
リディアは何も言わずに俺を抱きしめる。
全身の毛が逆立つほど痛かったけど、
同時に寝落ちしちゃいそうなほど気持ちよくて、
彼女の息遣いにだけ耳を澄ませてた。
「ほんとにもう、あなたはどうしていつも、
エリン様の身体を傷つけるんですか?」
「お互い様だ。エリン様が俺の身体を
どんなふうに扱ってるか知らないだろ」
安心させたくて、彼女の背中に手を回すと
服が濡れて張り付いてる。
水でも汗でもない、身体から漏れ出る生命そのもの。
彼女の背中にそんな大きな傷がある。
そう思うと苦しくて、怖くて、雪の降る夜に
冷たい空気を吸い込んだみたいに、肺が痛んだ。
首筋をくすぐる吐息で彼女が微笑んだのがわかる。
「手当てせずに動いたから出血がひどいだけで、
傷は浅いですよ。あなたが隠れて私が戦ったほうが
マシだったくらいです」
「……そうしてくれてもよかったんだが?」
「そうしたかったですよ。でも……」
リディアは樹上の秘密基地を見上げる。
間近で見る首筋、汗で濡れて光ってる。
綺麗だ。
不謹慎だ。
傷は浅い……ね。
「降りてきていいですよ。
エリン様が来てくださいました」
今度の人は普通に降りてくる。
リディアが手を貸して下ろしたのは、
白石と同じ年頃の少女だ。
……と思うんだけど、なんか大人びてるっていうか、
こっちの人たちって顔つきが違うんだよ。
いい意味では分別があり、悪い意味では余裕がない。
この子もそう。
朝起きて最初に頭をよぎるのが心配ごと、みたいなね。
当たり前か。
地獄の扉が開いて怪物が溢れてる世界だもんな。
「この子はメソス。
ハーパを探しているときに出会ったのですが、
デリクの長女で──」
「知ってる。ミルダルスのカシムと婚約してる。
守っててくれたんだな。ありがとう」
「……ただの成り行きです」
お、照れた。
直球の感情表現が弱点か?
まあでもこいつはエリン様ならなんでも
特効扱いだからな。
「あの……この人、ホントにエリン様?
狂乱の天使も退けたんでしょ?
そのわりにはあんなの相手にボロボロって
おかしいと思うんだけ──ひぃ」
「リディア、その目はやめなさい。
女の子はいつでも元気一杯ってわけにはいかなくてね。
わかるだろ? 同じ女の子なんだし」
「はあ……」
「エリン様、ひとまず移動しましょう。
ここは安全とは言い切れません、エリン様。
エリン様にはお手当も必要です」
これ見よがしにエリン様、連呼すな。
一片の疑義も許さないとか、宗教よりひでえ。
「それならまずラースの診療所だな。
言っとくが、お前にも手当てが必要だから」
「あの、私、もう帰っても?」
俺とリディア、
二人に同時に見られてメソスは縮こまった。
怖がらせちゃダメだな。
怖がられる君主って二流だし。
「狙われた理由がはっきりするまでは
一緒にいたほうがいいだろう」
「兄さまに保護を求めるのは?」
「この件に関してはあいつはダメだ」
「おや、また何かしでかしましたか?」
「少なくとも、正義や真実って言葉の解釈が
だいぶ違うのはわかった」
「ふふ、それでこそ兄さま」
遠回しにクズだって言ったのに嬉しそうだね。
悪魔かよ。
悪魔だったわ。
俺は自分で歩けるって強がったけど、
リディアに抱えられて診療所に行きました。
三十六歳のおっさんがお姫様抱っこされてるって、
ちょっとした羞恥プレイだよ。
外見がかわいい女の子になってても。
なにげに初めて会ったな、ラース。
スーパーなKとかブラックのジャックとか
そんな感じを勝手に想像してたけど、
やせ細って杖ついた陰気なおっさんだった。
そっちだった~~
ねじくれた角とかイメージには合ってる。
でもあの人は診断専門だよ?
治療できんの?
なんて舐めてたらいきなり手首の骨、戻された。
悶絶。
てか軽く失神。
他にもえげつないことされてたような気がする。
メソスが涙やら涎やら拭いてくれた気がする。
けど終わってみると全部、夢みたいだった。
「まったく、こいつを一人で遊ばせるなと言っただろ。
どこかしら怪我して帰ってくる。
野良猫のほうがまだマシだ」
「ええ、先生からも言ってやってください。
常に私を側に置くように。常に私を見るように。
互いの吐息で呼吸できるくらい近くに、と」
「……そこまでは言っとらん」
ラースの目に同情が。
やはりリディアは悪魔から見てもヤバいのか。
右腕は吊られてて動かせないな。
あと右の踵。
そぎ落とされててつま先立ちしかムリ。
松葉杖プリーズ。
「しかし、エリン様がここまで傷を負うとは、
相手は何者だ? こんなのは狂乱の天使以来だぞ」
「ラース先生、それについてはこれで」
目を細めて人差し指を立てるリディア。
三日月みたいな薄笑い。
そういうおっかないムーブ、
レベルいくつくらいで覚えられますかね?
「ラ、ラース先生?
ちょっと席を外してもらえるかな。
二人に話を聞かなくちゃいけないし」
「あ、ああ、そうだな。
気が利かなくてすまん。ではお大事に」
ラースは俺の意図を汲んで素早く退散。
保身にためらいがないのって親近感湧く。
「どうして私たちがあそこにいるとわかったんです?」
リディアがベッドを囲む垂れ幕を下ろし、
ルーティンとして俺の髪を編みなおし始める。
止めようがない。
「それはこっちも聞きたいね。
お前、あの場所を知ってたのか?」
「当然です。エリン様が一人のときに覗いたり、
使った後の掃除もしてました」
「優しさの方向性がよ……」
「……最低」
メソスもドン引き。
「あ、ごめんな、座って座って」
気さくに勧めたけど、逆にそれが怖いのか。
メソスが立ち尽くしてる。
震えてる。
「エリン様が座れと言ったら、すぐ座りなさい。
足がいらないんですか、人間」
「やめんか。
こいつ、たまにアホになるから気にしないで」
「うん、リディアは身体を張って守ってくれたし、
ずっと励ましてくれたし、
なんならエリン様より信頼してる」
「あ、ああ、そう、ならいいんだ。
……いいんだ」
「なんで二回言ったんです?」
「お黙りなさい。
でだ、メソス。狙われた理由に心当たりは?
あの黒いローブのやつが誰かわかる?」
「こっちが聞きたいよ、なんなのアレ?
あ、でも狙われた理由はやっぱりカシムとのことかな。
ミルダルスと仲良くするの、
すっごい嫌がってる人たちいるし」
「ほう、そりゃ誰かわかる?」
「誰か、ていうか半分くらいはそうでしょ。
うちの父さんもそうだったし」
俺はついリディアのほうを見てしまう。
リディアが側にいるとちょっとしたことでも、
すぐに彼女を頼る癖がついてるな。
リディアは髪を編むのに集中してるふりしてスルー。
自分で考えろって?
だって殺された父親について自分から言及したんだよ?
どう受け取るべきなのよ?
こんなのカウンセラーの仕事だよ。
「いいよ、気を遣わなくて。
もともと処刑されるはずだったんだから……」
「ん? 今なんて?」
「だから、気を遣わなくていいって──」
「いや、そのあと」
「処刑のこと? 父さんは罪人だよ。
エリン様もよく受け入れたよね」
つまり、処刑人が罪人を処刑した?
残酷な童謡みたいだな。
ただ、童謡がときにそうであるように、
単純な事実以上のことを教えてくれる。
なんのことはない、
要するにそれだけのことだったんだ。
それなのにどうして、こんなことになってるんだ?
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