第十話 そりゃパンは超熟ってわけにはいかないよ?
ピアースの追放には俺とリディアで付き添った。
他の誰かに任せるとクロムが暗殺を企てそうだったし。
主要な街道の近くまで馬車で送ってもらい、
そこからは歩くことにした。
長閑な午後で、ちょっとしたピクニック気分。
俺にとってはこの世界のものは何でも珍しく、
動物や植生なんかにも興味があったが、
それがどうにも奇妙だ。
もちろん普通の草木もあるのだが、
それを浸食してねじくれたり、
ドギツイ色をしたのが増えていた。
ピアースみたいな俺たちと同じ人間が生きてるわりには
違いすぎないか?
「やれやれ、毎年のようにひどくなるな」
ピアースが鼻を押さえてる。
どうやら彼らにとっても正常じゃないみたい。
ごめんな。
だからお前みたいな変態が生まれるのかって納得しちゃって。
「バシレイアはどうなんです?
難民の受け入れをだいぶ制限しているそうですが」
「やむなくだ。
無制限に受け入れていたら食料が行きわたらない」
「バシレイアに受け入れられなければ、
そのままネルガルの餌でしょうに」
「言ってくれるな。環境の変化で食料の生産効率が落ちてる。
改善の兆しもない」
ジリ貧だね。大丈夫か、この世界。
人間の勢力ってそのバシレイアって国だけじゃないよね?
レイアがいるならレウスもいるよね?
気になるけど、リディアはできるだけ
俺にもわかるように話してくれてる。
流れを無視した不自然な質問は控えよう。
そのぶん荷物運びでもしてやりたいが、
リディアは抱えているマントとベルトを
俺に持たせようとはしない。
国境でピアースに返すことになってるマントとベルトだ。
高価なんだってさ。
ベルトなんて乗ってきた馬車より高い。
マジかよ。
俺、マントとか普通に売りまくってた。
だって、ユニークとかじゃないと大したのないじゃん。
「さて、そろそろいいか。わざわざ俺たちだけになったんだ。
命を救ったわけを聞かせてくれるんだろう?」
リディアが俺に目くばせする。
俺のターンってとこかな。
まあこの組み合わせでリディアが首謀者ってのもないからな。
「さすがに気づいてたか。途中から妙におとなしかったもんな。
合わせてくれて助かったよ」
「やり方に不満はあるが、俺もここで死ぬわけにはいかないからな」
おいおい、猛獣の目が戻ってきてるぜ。
申し訳ないとは思ってる。
痴漢の冤罪裁判みたいで、いたたまれなかったよ。
「分をわきまえろ。不満など言える立場か、強姦騎士」
君はなんですぐ煽るの、リディア?
いや、エリン様に呪いをかけたわけだから怒ってんのか。
いろいろ混線してるな。
「謝罪はしておくよ。あそこまで名誉を傷つける気はなかった。
クロムがアモンなんぞを持ち出してこなけりゃな」
「理解はしている。
こちらも命を狙ったのだ、こうして生きているだけでも幸運だ。
……それに、お前を美しいと思ったことに嘘はない」
こういうの真顔で言える男ってモテそう。
だっていま俺、キュンってなった。
リディアはブチキレ寸前だけど。
「じゃ、互いに理解が深まったところで本題だ。
あんたに渡したいものがある」
俺は畳んだマントの隙間から封書を取り出す。
リディアに手伝ってもらって書いた。
「これは?」
「親書だ。
俺たちに敵意はないとか、できれば仲良くしたいとか書いてある」
「そんなもの信じてもらえると?」
「だから、信じてくれそうで、
なおかつ影響力の強い人に渡してくれ。
いま戦うべき相手は誰なのか、ちゃんとわかる人」
「この手紙一枚のためにあんな茶番を演じたのか?
どう考えても失ったもののほうが多いぞ」
「それでも手にする価値があると、俺は信じてる」
ちょっと怯んだような、
眩しいものを見るような目でピアースが俺を見てる。
ん? 猛獣の目はどうした?
リディアが危険を感知したみたいに
素早く間に入って視線を遮り、マントを押し付ける。
「話は終わりです。それを持ってさっさと消えなさい聖堂騎士。
私の気が変わらないうちにね」
ピアースは肩をすくめてマントを受け取り、
封書を大事に懐にしまった。
少なくとも破いて捨てられることはなさそうだ。
「武器はないのか? 丸腰で歩いて帰れと?」
「光の剣でも出せばいい。神の奇跡とやらで」
「え、出せるの? 見たい見たい」
はい減点。
ピアースは呆れてるし、
リディアは立場を忘れて睨んでくるし。
だからさー、そういう
異世界ジョークで純真無垢なゲーヲタを弄ぶのやめて?
信じちゃうから。
光の剣とか憧れスキルだから。
武器に使用回数とかあるやつだと、バランス崩壊レベルよ?
ピアースが急に笑い出して俺たちドン引き。
その図体で急に笑うのとか勘弁。
熊の咆哮と変わらん。
「いやすまん。なんだかお前たちが姉妹のように見えてな。
確かに他のやつらとは違うようだ」
ピアースは片膝をつき、
首の後ろが見えるくらい頭を下げた。
「このたびのこと、心より謝罪するとともに温情に感謝を」
ほら、いいやつだろ?
黙ってそういう目を向けると
リディアは悔しそうに唇を歪める。
まだ許しちゃいないけど、怒りの質は変わってる。
「気にすんな。それより気を付けて帰れよ。
少なくともその親書を届けてくれないと
生かしておいた意味がないんだから」
「心配ない。俺を救出するために仲間が来てるはずだ。
合流すれば安全だ」
「エリン様の親書を間違って
アモンの手先に渡さないでくださいよ?」
「そうか、その手があったか。炙り出すのに使えるな」
「おい」
なんせ全裸で縛られてるのが初対面だ。
なんか変態っぽいイメージだったけど、
手を振って去っていくピアースはちょっとかっこよかった。
やっぱパラディンだよ。
ま、とりあえずは一件落着。
狂乱の天使を退け、ピアースを生かして本国に返した。
まあまあうまくできたよな。
Sランク報酬は無理かもだけど。
俺たちが馬車まで戻ると、
御者台ではクロムが花びらを一枚ずつちぎりながら
呪文みたいなのを唱えてた。
「ようやく戻られましたか。
死体を埋めるなら手伝おうとシャベルを持ってきましたが、
無駄になってしまいましたね」
「言ってなさい。
エリン様、今日は天気もよいですし、
昼食は外でいかがですか?」
「いいね。お前も付き合えよ、クロム」
「もちろん、ご一緒させていただきます」
リディアはどっか行けよって顔してるけど、
ちゃんと三人分用意してる。
かわいいなあ。
俺たちは適当な原っぱにリディアの作ってきたサンドイッチを広げ、
ちょっと遅めのランチにした。
レジャーシートみたいなもんはなし。
地べたに座ってそれぞれが勝手に食う。
こういうほうが肩ひじ張らなくていい。
風も気持ちいいし。
そりゃパンは超熟ってわけにはいかないよ?
挟まってる肉はしょっぱいし、
葉物はパクチーみたいな匂いがする。
でもさ、麦の生育がどうだとか、ストラの角が何センチ伸びただとか、
そういう話をしながら食ってると、うまいよ。
二人が何でも話せる友達みたいな気がしてくるし、
ここでもうまくやっていけるっていう
根拠のない自信が湧いてくる。
「では兄さまは最初からエリン様が
聖堂騎士を生かしておくおつもりだと、知っていたのですね?」
「当たり前だ。
共謀していなければお前が弁護人に選ばれるものか」
「へえ、知ってたのか。
そのわりにはけっこう本気だったんじゃないか?」
「そうでもありませんよ。
わざとらしく劣情なんて文言を入れたりして。
アスモデウスを持ち出せと言ってるようなものではありませんか。
兄さまは私を甘く見過ぎです」
「そう怒るな。アモンのことがあったからな、
うまく納められるか不安があった」
「なら最初から持ち出すなよ」
「聖堂騎士に知らせるためですよ。
自国にアモンの影響が及んでいると知れば、
何としても帰らねばと思うはず。
自制心が働いて扱いやすくなったでしょう?」
「お、おお……やるな軍務尚書。正直、見直した」
「軍務尚書?」
「すごい賢いってこと」
「はあ、恐れ入ります」
「ただ悪知恵が働くだけですよ」
はは、リディア悔しそう。
でもまあ、なんだかんだでほんとにプロレスだったわけだ。
気を揉んで損したな。
でも、二人がちゃんと俺の意を汲んでくれたのは
嬉しいし頼もしい。
それがわかったんだから茶番を演じた甲斐もある。
「しかし、もったいない気もしますな。
こんな簡単に帰してしまうなど」
「なんで?」
「いやいやブラッド家ですよ?
ピアースの父、ニコロは現教皇の弟。
やつは現教皇の甥で、聖堂騎士団の次期団長候補でもあります。
さすがはエリン様。
名も知らぬまま処刑しようとした自分の浅慮に恥じ入るばかり……
うん? どうしました?」
おーい、リディア?
すげー角度で顔を背けてるね?
もしかして知らなかった?
「なんだ、きちんと説明したのではなかったのか?」
「名前は……聞いたことあるなー、くらいには思ってました」
ボソボソ喋ってる。
お兄ちゃん呆れてる。
俺は後悔してる。
それ知ってたら、もうちょっと話すことあったな。
「まったく、いつも言っているだろう。
行動する前によく考えろと」
「考えたもん。思い出せなかったのは違うもん」
リディアが幼児化してる。
面白いけど、悪いのは彼女だけじゃない。
知識がないからって頼りきっていた俺にも問題はある。
「これでよかったんだよ。
教皇に親書が渡る可能性だってあるわけだからな。
悪くない外交デビューさ」
「外交、ですか……」
「外交、ねえ……」
なんだよその微妙な反応。
急に結託すんなよ。
「難しく考えなくていい。俺が外交に求めるのは三つだけだ。
一つは敵を増やさないこと。
二つ目は敵を減らすこと。
はいクロム、じゃあ三つめは?」
「敵を欺くこと」
「期待値の上をいく邪悪さだ。いいぞ、不正解。
次、リディア」
「敵の情報を得ることですね。いつかそのときのために」
「どのときだよ。まあ、それも重要だけど、ちがーう。
三つめは友を作ることだ」
あー、なんか二人して笑いをこらえてる。
突っつき合って肩震わせちゃって。
どうやらエリン様の身体で先生モードしたのがツボったらしい。
想像したら俺も笑えてきた。
俺が笑い始めると二人も遠慮なく声を上げて、
しばらく三人で馬がため息つくくらい笑ってた。
「兄さま、笑っては失礼ですよ。
エリン様は要するにこうおっしゃりたいのです。
戦うのにはもう飽きた」
「なるほど、イーライ・デウさえ一蹴してしまわれて、
つまらなくなった、と。わかりました。
では今後は他国の情報をより積極的に収集しましょう」
「ああ、頼むよ」
とりあえずクロムも同じ方向を見てもらうのには成功、と。
これでかなりやりやすくはなるだろう。
どんな国があり、
どんな文化があり、
どんな人々が生きているのか。
もともとそういうのが好きで世界史を選んだ。
だからこそわかる。
俺の掲げた三つの外交目的を
同時に達成するのがどれほど困難か。
リディアの協力だけではとうてい成し遂げられない。
自国にも他国にも多くの友が必要で、
クロムはその最初の一人だろう。
思ったよりずっと有能そうだし、
なによりリディアと並ぶと双璧って感じで気分がいい。
ただ……
「しかしエリン様の素足、想像以上にお美しい。
妹の不始末もあったことですし、
その責任を兄である私が取るのは当然。
どうか私に罰を。
できれば裸足で、顔とかけってくださいさあいますぐに」
「あ、ズルい、兄さま、私のことは私が責任を取ります。
エリン様の素足に触れていいのは私だけ。
顔を蹴られるのも私だけです」
ときどきキモイんだよ、お前ら。
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