第十五話 死にゲーで二体同時に出てくるボスとかいるけど、あれ最悪
それから職場復帰するまで白石から連絡はなかったし、
姿も見せなかった。
勝手に連絡先が登録されていたから、
こっちから連絡することもできたけど、しなかった。
全部なかったことにしたかった。
それなのに書置きは捨てられず、待ち受けから白石を消せない。
中途半端で情けない。
だんだんと向こうでのことも思い出さなくなってきた。
夢だと思うには強烈すぎる体験だったけど、
過去にはなる。
過去が現在以上に力を持つことなんてないんだ。
リディアの顔だってそのうち忘れるさ。
俺の勤務する高校は今は共学なんたが、
女子校だったころの名残か女子の生徒数が多い。
伝統的に女性のほうが偉いみたいな風潮があって
校長も女性しか就いたことがない。
だからかな?
男子が圧制からの解放を期待するような目を俺に向けてる。
女子からは野蛮な生き物を見る目。
イベント以外で男女がくっきり分かれるのって珍しい。
にしてもホント何やったんだ、エリン様?
怖くてネットに転がってる動画とか見てないんだよ。
「おはよー、セナコー」
「おはようございます、瀬名先生」
教員用の玄関に向かう途中、女子が二人、
俺の行く手を塞ぐみたいに立っていた。
どうも俺を待ってたっぽい。
「えーと、吉田君と村瀬君、どうした?」
なんかもう札付きの不良に絡まれた気分だよ。
茶髪で褐色の活発な感じのほうが吉田。
見るからに陰キャだけど、わりと人望のある村瀬。
普段は挨拶なんかしてこない、
よく白石と一緒にいる二人。
「いやさ、あんなことあったわりには戻るの早いなって。
身体は大丈夫?」
「ありがとう、前より健康なくらいだよ」
「顔つきがだいぶお変わりましたね。
眼鏡もしてないですし」
村瀬に指摘されて初めて気づいた。
俺、戻ってきてから眼鏡してないわ。
視力がエリン様の身体のときと同じになってる。
「コンタクトデビュー?
かっこよく見せたい相手でもできた?」
なんか探るように見てくるな、こいつら。
やっぱり白石のことか。
「ちょっと聞きたいことあって」
「お時間はとらせません」
「サリなんだけど、
こないだまで先生の話ばっかしてたんだよね」
「男は先生しかいないみたいな勢いでした」
「なのに最近はパタッとしなくなった」
「外泊したっていう日からですね」
「先生、なんか知らない? てかめんどいから言うね。
知ってるでしょ」
「隠さなくていいですよ。
私たち、結構、聞いちゃってますから」
なんで交互に喋るんだ?
あらかじめ打ち合わせしてんのか?
左右に展開して俺を挟み込むように立つなよ。
「いや、知らないな。
白石君は何度か見舞いには来てくれたけど、
退院してからは会ってない」
「ありゃりゃ、ま、そうだよね。
じゃ、ちょっと見てほしい画像があんだよ。ね、村瀬」
「はい、そっち送りますから、
スマホ出してもらえます? 先生」
最近の子供はほんとおっそろしいわ。
なんだろうと思ってスマホ出したら吉田に奪われた。
サルか?
死にゲーでさ、二体同時に出てくるボスとかいるじゃん?
あれと同じだよ。
最悪。
「おい村瀬、やっぱこいつサリとヤッてんぞ」
「こら、何言ってるんだ。返しなさい。
あれ? いまどうやってロック解除した?」
「教師の暗証番号なんかみんな知ってますよ。
忘れたら訊いてくださいね」
俺のスマホが村瀬の手に渡る。
待ち受けには俺のシャツ着た白石。
言い逃れできない。
「ま、待ってくれ、それは違うんだ。
服が汚れて他に着るものがなくて」
でも言い逃れしちゃってるんだよな。
ああ情けない。
「そりゃセナコーが汚したからだろ」
「初めての子相手に容赦ないですね」
「やめて、ちゃんと説明する。
するから人目につかないとこで、お願い」
で、非常階段前。
普段はカギがかけてあるから使えなくて誰も来ない。
「んなに焦んなよ。うちらも別にチクるつもりないし。
セナコーがちゃんと本気ならね」
村瀬が貸してくれたハンカチで額を拭いたらヒくほど汗かいてた。
「本気で何もしてない。一晩、泊めただけだ」
「先生? 私は不同意性交を疑ってはいませんよ。
ですからそこは否定しなくて大丈夫です」
「否定させてくれ……」
「ムリムリ、こんな幸せそうな顔させといて、今さらだよ」
「そんな幸せそうですか?」
「ああ、村瀬メンタル死んでるからな。
覚えとけよ、これがメスの顔だ」
目の前が暗くなってきた。
花壇の花がグリーンハーブに見えるぞ。
「確かに、言われてみるとそんな気がしてきました」
「だろ? これ見てたら
あたしもセナコーでもいいかなって気がしてくるもん」
「じゃあ私も」
「え?」
二人がしばらく俺の顔をじっと見つめてる。
ハーレム展開?
リスクが三倍?
「いや、やっぱないわ」
「やっぱりないですね」
「やっぱつれえわ」
二人は笑ってるけど俺はぜんぜん笑えない。
スマホ返してもらっても笑えない。
だって俺には白石が幸せそうには見えない。
俺、こんな顔して笑う子を放っておいたんだな。
「白石は、元気にしてるか?」
俺が呟くように尋ねると
二人も笑うのをやめて真顔になった。
「元気なふりはしてるよ。でも放課後誘っても来ないし
あんまり寝れてないみたいなんだ」
「先生には心当たりが?」
「ある。
けど、俺にもどうしようもできない」
「妊娠させたなら責任とんなよ」
「今からだと卒業前にお腹、大きくなっちゃいますよ?」
「だから──」
怒鳴りそうになって声を抑える。
「そういうんじゃない。白石が泊まったのも怖かったからだ。
怖くて、悩んでた」
「何がそんなに怖いんだよ?」
「白石がお前たちに話してないなら、俺からも話せない。
少なくとも白石がいないとこでは」
「先生……サリちゃんのこと、呼び捨てになってます」
村瀬に無表情に指摘され、俺は顔を覆ってうつむく。
反応が遅いよ。
顔が熱い。きっと耳まで真っ赤だ。
「クソかわリアクションかよ。
サリのこと大事にしてますってか?
わかったよ、んじゃ放課後サリ連れてセナコーんち行くわ」
「それならゆっくり話せますね」
「そんな友達の家に集合みたいなノリで……」
逃げんなよ、と吉田に念を押されてうなずいてしまう。
問題を先送りにしても困るのは自分だぞ。
て一年に三十回は生徒に言ってるんだけどなあ。
ひさびさの出勤だってのに朝からため息ばっか。
教員室に入る前に背筋伸ばさないと。
メールでのやり取りはしてたから大体の事情は了解済みだ。
保護者説明会でも
俺の行動にはおおむね肯定的だったそうだし。
意を決して入った俺に気づいた同僚たちが
控えめだけど拍手で迎えてくれた。
何人かは関わりたくないって顔してるな。
てめえらは覚えとくぞ。
「これはこれは、わが校の新ヒーローの出勤だ」
最初に話しかけてきたのは予想通り、隣の斎藤先生だ。
ジム通いが趣味で筋肉量で相手の価値を判断する。
あと結婚してない男はみんな結婚できない男だと思ってる。
俺の人物評価→うぜえ。
「いやー、しかし驚きましたよ。
瀬名先生、あまり生徒に親身になるイメージなかったですし。
なによりあのパワー。
この腕のどこにあんな力があるんです?」
触るな触るな。
同好の士を見つけたみたいに俺を見るな。
「お、なんか芯のところに力を感じますね。
やはり武道とかおやりに?
武道は身体の作り方が違いますからね」
「え、そお?」
ちょっと褒められたからって喜ぶなよ、俺。
「ほらほら、これ。最初に見たときは特撮かと思いましたよ。
ニュースで流れないわけだ」
ああ~、見せられた。
斎藤先生のスマホで俺の身体が無茶してるの見せられた。
刺さってる。
俺のわき腹にナイフ刺さってる。
見るだけで痛い。お尻がむずむずする。
「きますよー、大技。
あはは、これ何度も見ちゃいますよ」
動画の中で俺は自分より体格のいい相手の顔面を
猛禽みたいに掴んだ。
で、そいつの頭を乗用車のボンネットに突っ込むわけだ。
その動きがダイナミックで
相手の身体が振り子みたいに揺れてる。
ボンネットべこべこ。
乗用車のフレームが歪んで窓が吹っ飛んでる。
さらには乗用車の後部が浮き上がるくらいの衝撃。
しかもエリン様、ずっと笑ってる。
ジェットコースターでバンザイしてる人たちみたいな感じで。
これ街に放しちゃダメなやつだろ。
「あの、斎藤先生、ちょっと音が……」
生活指導の黛先生──通称マユちゃん──
が眉をひそめてるだろうが。
あの人が指導すんのは生徒だけじゃないんだぞ。
没収された俺の3DS、まだ戻ってこないんだぞ。
「ああ、すみません。小さかったですか?
それで瀬名先生、これどういう技なんです?」
「……武神流の首狩りですね」
「へー、これが、あの」
ぜってー知らないだろ、お前。
音が大きくなったせいでマユちゃんに怒られた。
大の大人が小柄なマユちゃんに
並んで怒られてるのは面白かったんだろうね。
誰が撮ってたのか、その日のうちに全校生徒に広まりました。
マユちゃん最強ってのも含めて
とくに普段と変わらない一日で安心した。
少なくとも表面的には周囲の態度も変化なし。
前もっていろいろ言われてたのかもな。
教頭先生には白石と個人的な関係がないことを確認されたけど、
正直に言うほど俺もバカじゃない。
事件のことは警察にお任せしていますの一言は強力だった。
生徒たちはもう俺への興味は薄れていたらしい。
日々更新されないコンテンツはすぐに忘れ去られる。
おかげでわりと簡単にいつもの日常風景に戻れた。
白石がいない以外は。
放課後は足取り重く、帰路に着いた。
久しぶりの授業で倍くらい疲れてるうえに、
家では二体同時出現ボスが待ち構えてるとなれば気も重い。
なんかなー、思ったより、
やっぱいつもの日常が一番ってならないな。
エリン様の置き土産がデカすぎるってのもある。
だけどそれ以上になんだか空気が重苦しい。
手足が動くと空気に跡が残りそうだ。
音はくぐもって聞こえ、光は微かに黄色い。
辛くなって公園で休憩してたら、
閑静な住宅街に似つかわしくない悲鳴が響き渡った。
俺は疲れてる。
疲れてるけど全力疾走。
これって例のスキルじゃないか?
『自分のことは後回し』
後でどうなるか知ってるよな?
でも走るしかない。
白石の声だ。
家の前ではだいぶ取り乱している様子の白石を
吉田と村瀬の二人が必死になだめていた。
けど効果なし。
「おい、何があった?」
声をかけたら白石が二人を振り切って突進してくる。
俺は息切れして足も震えてる。
受け止めきれなくて路上に倒れたよ。
しがみついてる白石が怪我しないようにするには
抱きしめるしかなくて。
そこを村瀬が冷静に写真撮影。
「おい、お前たち悪戯もいいかげんに──」
「違うよ、セナコー」
吉田が真剣な顔で彼女のスマホを俺に見せた。
SNSの画面では高速でメッセージが流れている。
大勢が、同時に喋ってる。
話題は一つ。
みんなが何度も同じことを繰り返していた。
この名前がどの生徒のことを言っているのか俺は知らない。
でも確か、フェアウエルでカップルになった二人だ。
もうすぐ終わる日だと白石が言っていた
確かに終わった。
カナとソウタが、死んだ。
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