3
この怒りを打ち明けるには最適な人物が一人。どんな時もわたしを肯定してくれる幼馴染、ノエトだ。
農家の次男でありながら家の仕事を手伝わず、いつも街をふらふらしている彼は、わたしを見つけるとすぐに寄ってくる。
「ニャンシャ!」
ぼさぼさで長めの青い髪、ぱっちりとした灰青色の瞳が印象的な、女の子みたいに可愛い顔。身長も低くて頼りないけれど、わたしの感情をすべて受け止めてくれるから、大人になってからもよく会っていた。
「あら。ノエトがそっちの道から来るなんて、めずらしいわね」
「うん、さっきまでリオの手伝いしてたんだ」
にこにこと笑いながら答える彼へ、わたしは片眉を上げて見せた。
「また? まったくリオお兄様ったら、何やらせてるのよ」
わたしの腹違いの兄イリオンは、不思議なことに少し前からノエトと仲がいい。仕事を手伝わせているらしいのだけれど、何の仕事なのかは聞いていない。そもそも、レインスウォード家はこの街の地主だから、賃料を主な収入としていたはず。その他にやることなんてあったかしら?
疑問には思うが、考えても答えは出ない。
「それより、いつものカフェでお茶しましょうよ」
「いいね、行こう」
と、彼がうなずくのを確認してから、カフェの方向へと歩き始めた。
わたしは貴族の娘だが、ここは小さな街だ。おじさまのおかげで人口が増えたと聞いたけど、わざわざ馬車で移動するほど広くはない。街の外へ出ないのなら、自分の足で移動するのが普通だった。
いつものカフェのテラス席に座って、いつもの紅茶とお菓子を注文した。わたしがノエトといる時、従者には少し離れたところにいてもらう。
運ばれてきた紅茶をさっそく飲みながら、わたしは先日のことを話して聞かせた。
「やっぱりルーヴォも男なのね、わたしが胸を押しつけたら顔を赤くしていたわ」
「へぇ、そうなんだ」
「でもね、もう少しで落とせそうって思った時に、おじさまが邪魔してきたの。ルーヴォの仕事の邪魔になるからやめろ、ですって。ひどいと思わない?」
ノエトは笑顔でわたしを見つめながらうなずいた。
「うん、それはひどい話だね」
「でしょう? さっさと帰れとまで言われて、もうわたし、頭に来ちゃったわ」
思い出すとムカムカしてくる。
「おじさまのことは好きだったけど、もう嫌になっちゃった。なんでわたしが怒られなくちゃならないのよ」
「そうだね、ニャンシャは何も悪いことはしてないのにね」
「そうよね、ありがとう」
肯定してもらえるだけで、もやもやしていた気持ちがすっと軽くなる。
わたしが表情をゆるめれば、ノエトも嬉しそうに笑った。
「ボクは昔から、ずっとキミの味方だからね」
「そうだったわね」
彼は小さな頃からわたしにべた惚れだ。他の男と違ったのは、それが大人になった今でも続いている、ということ。
大抵の男はわたしが一度つれない素振りを見せたり、誘いを断れば、あきらめて関わってこなくなる。でも、ノエトは何度振られてもわたしにつきまとってきた。嫌だと感じていた時期もあったけど、どんな時も味方でいてくれるから、今では頼もしく思っている。
「だけど、おじさまのことはあなたも好きでしょう?」
と、わたしがたずねると、ノエトは目をぱちくりさせてから少し首をひねった。
「うーん、まあ、たしかに好きだけど……でも、ニャンシャが一番だからなぁ」
わたしは世界の中心で、ノエトにとっても世界の中心にいるのはわたしだった。そういう意味では相性がいいのだと思うけど、彼と結婚なんて考えられない。だって農家の次男だし、簡単な計算すら解けない馬鹿なのよ? それを夫にするなんて、それこそ馬鹿のすることだわ。
ただ――……。
「おじさんがキミにいやな思いをさせたなら、ボクもおじさんのこと、きらいになるよ」
馬鹿だからこそシンプルな思考回路を、少しうらやましく思うこともあった。
「別にそこまでしなくてもいいのに」
「え、そうなの?」
「当然でしょ。だってあなたは、おじさまから嫌な思いをさせられてないじゃない」
ノエトはまた少し考えるような様子を見せてから、にこやかにわたしを見つめた。
「ううん、ボクはキミがおじさんにいやな思いをさせられたことが許せない。だからボクもいやだ」
「そうまで言うなら、まあ……というか、ノエトって本当にわたしのこと、好きよね」
半分呆れて言ったのだが、ノエトには伝わらなかったようだ。
「もちろんさ。ボクはニャンシャのこと、誰よりも大好きだもの」
「アレイドよりも?」
「うん、兄さんはもう一緒に遊んでくれなくなったから、そんなに好きじゃない」
「リオお兄様は?」
「リオは好きだよ、お金くれるし頭もなでてくれるもん。でも、背が高いからちょっとこわいかも。だから、可愛いニャンシャの方が好きだよ」
ノエトの考え方は幼稚だ。もう十七歳になったというのに、表面的な部分でしか人を見ていない。
そう分かってはいたけれど、何だか楽しくなってきてしまってわたしはたずねた。
「それじゃあ、わたしのためなら何でもできる?」
「もちろんさ。キミのためなら何だってやるよ」
「朝から晩まで働いてって言ったら?」
「うーん、ニャンシャのためになるなら、がんばるよ」
「お金持ちになってって言ったら?」
「お金持ち……は、ちょっと分からないけど、がんばるよ」
本当にノエトはわたしのためなら何でもやってしまいそうだ。まるで意思を持たない操り人形みたい――なんて思うとおかしくて、くすりと笑ってしまった。
彼は表情を変えずにこちらを見つめていて、ふと脳裏によぎった疑問をわたしはそのまま口にした。
「それなら、わたしのために人を殺せる?」
ノエトが一瞬だけ、その大きくぱっちりとした目を丸くした。でも、またすぐに笑顔を浮かべて返す。
「うん、それがニャンシャのためになるなら」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます