弟の記憶
1
「おじさん、本当に死んじゃったの?」
ボクは信じられなくて、何が起きているのかもよく分からなかった。
スィルシオおじさんは椅子に座ったまま、ぐったりとしている。服が赤く染まっていて、たくさんの血が出ていた。
……怖い。
小さなころ、ボクはおじさんのことが大好きだった。ボクの一番古いきおくも、おじさんとの思い出だ。
あの日はみんなで街はずれの花畑を見に行った。東の川を少し上流へ行った先だ。
丘にいろんな花がいっぱい咲いてて、とってもキレイだった。
そこでボクたちは昼食を食べ、その後でおじさんが絵本を読み聞かせてくれた。何かゲームをしたようなきおくもあるけれど、よく覚えていない。
とにかくとても楽しい一日だった。ボクはそれからおじさんのことが大好きになったんだ。
ボクも勉強はしていたけれど、なかなか覚えられなくて、文字の読み方もまちがえてばかりだった。それを他の子がからかってきた時、おじさんが間に入って助けてくれたんだ。
「ノエトはまだ小さいんだから、からかうのはよしなさい」
他の子たちはいやそうな顔をしたけれど、ボクはほっとした。そしておじさんのことをますます好きになった。
おいしいケーキを食べさせてくれたこともあるし、おじさんはボクをいっぱい可愛がってくれた。頭をなでてくれたし、ハグもしてくれた。外を歩く時には手をつないで一緒に歩いたし、いっぱいいっぱいほめてくれた。
おじさんはいい人だ。
でも、ボクらが大人になってからは、ちょっときらいだった。
あのころみたいに子どもたちを招待してくれなくなったし、街で会うこともなくなった。
仕事がいそがしいらしいけど、ボクはあのころみたいにまたみんなで遊びたかった。
この街の半分くらいはおじさんの工場で、市場は中央から少しずれた西側にある。うちの畑は街の南と東にも少し広がっていて、市場へ行くだけでも大変だ。
そこを少し行った先におじさんの屋敷があるけれど、市場を通らなければならないから、大人になってからはなんとなくさけるようになった。見つかったら仕事を手伝わされるからだ。運よく見つからなくても、屋敷におじさんがいることはなかったし、仕事がいそがしいと言われるだけだった。
ボクの知り合いがいない、できればいごこちのいい場所を探して、毎日あてもなく歩いた。
朝食のあとでこっそり家をぬけ出して、のんびりと歩いていく。早い時間なら市場を通っても知り合いがいないから大丈夫だ。時間が少しでもおそくなると、兄さんや知り合いに見つかってしまう。
だからボクが主に向かうのは街の北側だった。おじさんの工場で働く人たちが暮らしているアパートがいくつも建っている。はずれまで行くとそのまま森に入れるのだけれど、小さいころから森に入ったらダメだと言われていた。特にボクは迷子になりやすいから、って。
そういうわけで北に行ってもつまらないから、結局、午後になる前には東側に来てしまう。
畑からボクの姿が見えないよう、川辺りから街の中心へつづく道を歩いていく。時間が合えば、おじさんの執事タルヴォンが犬の散歩をしているところに出会う。
「こんにちは、ノエト様」
と、ルーヴォはいつも優しくあいさつをしてくれるから、ボクもにっこり笑って返す。
「こんにちは、ルーヴォ。ルキャロスもね」
大きくてもふもふの毛をした白い犬を見下ろして、ボクはしゃがみこむ。ルキャロスはひとなつこくて、ボクが頭や背中をなでてやると、しっぽを振ってよろこぶんだ。
「ふふっ、今日も可愛いね」
いつもルーヴォは穏やかな顔で、何も言わずに見ているだけだった。
川辺りといえば、橋をわたった向こうの道でよくメロセリスが絵を描いていた。
ボクは落ち着きがなくて静かにするのが苦手だから、おとなしい彼女とは話が合わない。いつも遠くからその様子をながめていた。
たまにタルヴォンが彼女のいる方の道を散歩していて、メロセリスと話していることもあった。二人は昔から仲がよかったようなきおくがあるから、別に何とも思わなかった。
東から北へ行く道の裏通りを、ちょっと探検したこともある。だけど、暗い顔の人たちがいたからすぐに戻った。食べ物やお金をめぐんでくれと頼まれても、ボクは仕事をしていないしおこづかいももらっていない。何もあげられるものがなかった。
気づけば、ボクと遊んでくれるのはニャンシャだけになっていた。いつもカフェでお茶を飲むだけだったけど、彼女のことは大好きだから、一緒にいられるだけでまんぞくだった。
ニャンシャは小さなころから可愛くて、美人で、男の人はみんな彼女のことが大好きだった。でも、ボクが一番彼女のことを知っている。
彼女は世界で一番、自分が可愛いと思っている。ボクもそう思う。
彼女はぶたいかんげきがしゅみで、本を読むのが好き。ボクはどちらも分からない。
彼女はもも色のドレスが好きで、靴はしろいのが好き。髪かざりはいつもだいだい色の大きなリボンをつけていて、彼女のあわい金髪がキレイに見える。とてもよくにあっているからボクは好き。
彼女は頭がよくて想像力もある。本の登場人物にかんじょういにゅうして泣いちゃうような、やさしい心の持ち主だ。
彼女は気が強くて負けずぎらい。勝てるまでやろうとするから、ボクはいつもすごいなと思ってる。
彼女は気になる男性がいるとせっきょく的に接近する。でも、男性の方が彼女を好きになると、彼女はあきる。それでいつもボクのところへ戻ってくるんだ。
だから彼女が誰をくどき落としても、ボクは安心して彼女が戻ってくるのを待っている。彼女もきっと分かっているんだ、世界で一番に自分を愛しているのは、ボクだってこと。
そういえば、大人になってから彼女のお兄さんであるリオと仲良くなった。
やることがなくて街を歩いていたら、北のはずれの方にある小屋の前に彼がいたんだ。困ってるみたいだったから声をかけた。
「何か困りごと?」
ボクを見た彼は「君はグリムハーストの……」と、少しびっくりしたような顔だった。
「ノエトだよ」
「ああ、うちのニャンシャと仲がよかったな」
「うん」
「そうだ、よければ手伝ってくれないか?」
彼が手でしめしたのは、小屋の前にずらっとならんだ木箱だ。全部ふたがしてあって中は見えない。大きくもなく小さくもないけれど、いっぱいある。
「何をすればいいの?」
たずねたボクへ、リオは小屋の裏へ回ってみせた。
「あそこにある荷車に木箱を積んでほしい。全部だ」
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