2
「うん、分かった」
なるほど、人手不足で困っていたのだ。うちでも何年か前にあった。はやり病のせいで従業員が何人か死んじゃって、まだ子どもだったボクも手伝わされたっけ。
ボクはすぐにリオの言う通り、小屋の前へ戻って木箱をひとつ持ち上げた。何が入っているか分からないけど、あまり重くはなくて青くさいにおいがした。
野菜も同じように荷車に乗せて市場へ運ぶから、その時みたいに木箱をすき間なくのせていく。仕事を手伝わされた時、父さんに怒られたからこれはちゃんとおぼえていた。
裏は木や草がいっぱい生えていて歩きづらかった。何だか変な感じがしたけれど、うちでもよくできた美味しい野菜はかくして運ぶから、きっとそれと同じだ。寒い冬を越す時だって、納屋に野菜をかくしておくもの。
木箱を全部荷車に積み終わると、リオは銀貨を一枚くれた。
「ほら、駄賃だ」
「え、お金くれるの?」
「ああ。仕事を手伝ってもらったからな」
そう言ってリオは少し笑い、ボクの頭をなでてくれた。ニャンシャとちょっと似たふいんきを感じて、ボクはうれしくなった。
「ありがとう、リオ」
「こっちこそ」
その日の夜、ボクはレイ兄さんへ昼間のことを話した。
「今日はリオの手伝いをしてきたんだ。リオはお金をくれたよ」
兄さんはびっくりしたようだ。目を丸くしたが、ボクはにこにこと笑いながら続けた。
「荷物を運ぶだけのかんたんな仕事だったのに、誰もやってくれる人がいなかったんだって」
困っている人を助けたのだから、ほめてくれると思った。でも兄さんは笑わなかった。
「悪いんだけど、ノエト。次にイリオンと会っても、もう彼の手伝いはしない方がいい。いや、口を
「何で? ただ荷物を運んだだけだよ。リオだって喜んでたよ」
「それは、その……」
兄さんが困ったように視線をそらし、口をもごもごとさせている。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいのに。
ボクはだんだんふきげんになってムスッとした。
「変な兄さん。ボクだってお金をもらったんだから、いいじゃないか」
「お金までもらったのか!? ますますよくないよ、ノエト!」
と、兄さんがおこったように言うから、ボクはいやになって無視をした。せっかくいいことをしたのに、ほめてくれないのが悲しかった。
それからボクは時々、リオの仕事を手伝うようになった。たまに知らない男の人がいることもあったけど、悪い人ではなさそうだった。
レイ兄さんはボクがリオの手伝いをすることを、なぜかよく思っていなかった。父さんや母さんもだ。
ボクにはちっとも分からなかった。だってリオはお金をくれるし、頭をなでてくれる。
レイ兄さんはもうボクの頭をなでない。父さんや母さんもだ。
――そういえば、おじさんもいつの間にか、ボクの頭をなでてくれなくなった。どうしてだろう?
三週間前、いつものようにニャンシャとカフェでお茶をした。
この日の彼女はきげんが悪くて、おじさんの悪口ばかり言っていた。やっぱりおじさんは昔とはちがう。僕らに優しかった彼はもういないんだ。
「おじさんがキミにいやな思いをさせたなら、ボクもおじさんのこときらいになるよ」
ニャンシャがいやならボクもいやだと思った。でも彼女は言う。
「別にそこまでしなくてもいいのに」
「え、そうなの?」
「当然でしょ。だってあなたは、おじさまから嫌な思いをさせられてないじゃない」
ふと思い出したのは、前にリオと話した時のこと。
『ノエトは昔、おじさまから何かされなかったか?』
『え、何かって?』
『体を触られたりとか』
それまでずっと忘れていたが、ボクは小さなころ、おじさんに体をさわられたことがあった。
あれが何だったのか、今でもよく分かっていない。ただ、もやもやとした思いだけがあって、それを言葉にするのがむずかしかった。
ボクはいつものように笑って彼女を見つめた。
「ううん、ボクはキミがおじさんにいやな思いをさせられたことが許せない。だからボクもいやだ」
「そうまで言うなら、まあ……というか、ノエトって本当にわたしのこと、好きよね」
「もちろんさ。ボクはニャンシャのこと、誰よりも大好きだもの」
誰かを好きな気持ちは何回伝えたっていい。
「アレイドよりも?」
「うん、兄さんはもう一緒に遊んでくれなくなったから、そんなに好きじゃない」
「リオお兄様は?」
「リオは好きだよ、お金くれるし頭もなでてくれるもん。でも、背が高いからちょっとこわいかも。だから、可愛いニャンシャの方が好きだよ」
ボクは男にしては背が低いから、小さいニャンシャの方が可愛くて好きだった。
ニャンシャは楽しそうにしながら言った。
「それじゃあ、わたしのためなら何でもできる?」
「もちろんさ。キミのためなら何だってやるよ」
「朝から晩まで働いてって言ったら?」
「うーん、ニャンシャのためになるなら、がんばるよ」
仕事をするのはいやだけど、大好きな彼女のためだと思えばいやじゃない。まだボクは大人になったばかりだから、子どもの気持ちを引きずっているけれど、いつかボクとニャンシャは結婚して夫婦になるんだ。そのためならどんなことだってできる。
「お金持ちになってって言ったら?」
「お金持ち……?」
ちょっとだけ困った。ボクは計算ができないから、お金をどれだけ持っていたらお金持ちなのか、分からないからだ。
「は、ちょっと分からないけど、がんばるよ」
それでも彼女のためならやるぞと思い、笑顔を返す。
ニャンシャはおかしそうにくすりと笑った。細めた目がリオとよく似ていることに気づく。二人は母親がちがうらしいけれど、やっぱり兄妹なんだと思った。
そして彼女は急に真顔になって言ったんだ。
「それなら、わたしのために人を殺せる?」
ボクはびっくりして目を丸くした。人を殺すって、どうすればいいのだろう? 分からないけど、ボクは笑った。
「うん、それがニャンシャのためになるなら」
十日くらい前、ボクたちに招待状が届いた。スィルシオおじさんの屋敷で、噂のとうしかをまねいて、こんしんかいとやらをやるらしい。
「こんしんかいって何?」
たずねたボクへ兄さんは呆れた顔をした。
「平たく言えば、友達になろうっていうことだよ」
「ふーん」
ボクはまだその人に会ったことがないから、友達になれるのはいいことだ。
「うーん、でもキシンスか……」
と、兄さんは困ったようにつぶやき、招待状をじっと見ていた。
「知ってる人?」
「ああ、酒場で一度会ったけど……まあ、おじさんからの招待だしな。美味い酒が飲めるだろうし、一応参加するか」
「ボクも行っていい?」
「うん、ノエトの名前もあるからね」
兄さんが指で示したところには、たしかにボクの名前が書かれていた。
「やった。ニャンシャも誘っていいかな?」
「それはルーヴォに聞いてくれ」
「分かった!」
明日か明後日かは分からないけど、きっとまた犬の散歩をしているタルヴォンに会えるだろうから、その時に聞いてみよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます