「うん、分かった」

 なるほど、人手不足で困っていたのだ。うちでも何年か前にあった。はやり病のせいで従業員が何人か死んじゃって、まだ子どもだったボクも手伝わされたっけ。

 ボクはすぐにリオの言う通り、小屋の前へ戻って木箱をひとつ持ち上げた。何が入っているか分からないけど、あまり重くはなくて青くさいにおいがした。

 野菜も同じように荷車に乗せて市場へ運ぶから、その時みたいに木箱をすき間なくのせていく。仕事を手伝わされた時、父さんに怒られたからこれはちゃんとおぼえていた。

 裏は木や草がいっぱい生えていて歩きづらかった。何だか変な感じがしたけれど、うちでもよくできた美味しい野菜はかくして運ぶから、きっとそれと同じだ。寒い冬を越す時だって、納屋に野菜をかくしておくもの。

 木箱を全部荷車に積み終わると、リオは銀貨を一枚くれた。

「ほら、駄賃だ」

「え、お金くれるの?」

「ああ。仕事を手伝ってもらったからな」

 そう言ってリオは少し笑い、ボクの頭をなでてくれた。ニャンシャとちょっと似たふいんきを感じて、ボクはうれしくなった。

「ありがとう、リオ」

「こっちこそ」


 その日の夜、ボクはレイ兄さんへ昼間のことを話した。

「今日はリオの手伝いをしてきたんだ。リオはお金をくれたよ」

 兄さんはびっくりしたようだ。目を丸くしたが、ボクはにこにこと笑いながら続けた。

「荷物を運ぶだけのかんたんな仕事だったのに、誰もやってくれる人がいなかったんだって」

 困っている人を助けたのだから、ほめてくれると思った。でも兄さんは笑わなかった。

「悪いんだけど、ノエト。次にイリオンと会っても、もう彼の手伝いはしない方がいい。いや、口をくのもやめてくれ」

「何で? ただ荷物を運んだだけだよ。リオだって喜んでたよ」

「それは、その……」

 兄さんが困ったように視線をそらし、口をもごもごとさせている。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいのに。

 ボクはだんだんふきげんになってムスッとした。

「変な兄さん。ボクだってお金をもらったんだから、いいじゃないか」

「お金までもらったのか!? ますますよくないよ、ノエト!」

 と、兄さんがおこったように言うから、ボクはいやになって無視をした。せっかくいいことをしたのに、ほめてくれないのが悲しかった。


 それからボクは時々、リオの仕事を手伝うようになった。たまに知らない男の人がいることもあったけど、悪い人ではなさそうだった。

 レイ兄さんはボクがリオの手伝いをすることを、なぜかよく思っていなかった。父さんや母さんもだ。

 ボクにはちっとも分からなかった。だってリオはお金をくれるし、頭をなでてくれる。

 レイ兄さんはもうボクの頭をなでない。父さんや母さんもだ。

 ――そういえば、おじさんもいつの間にか、ボクの頭をなでてくれなくなった。どうしてだろう?


 三週間前、いつものようにニャンシャとカフェでお茶をした。

 この日の彼女はきげんが悪くて、おじさんの悪口ばかり言っていた。やっぱりおじさんは昔とはちがう。僕らに優しかった彼はもういないんだ。

「おじさんがキミにいやな思いをさせたなら、ボクもおじさんのこときらいになるよ」

 ニャンシャがいやならボクもいやだと思った。でも彼女は言う。

「別にそこまでしなくてもいいのに」

「え、そうなの?」

「当然でしょ。だってあなたは、おじさまから嫌な思いをさせられてないじゃない」

 ふと思い出したのは、前にリオと話した時のこと。

『ノエトは昔、おじさまから何かされなかったか?』

『え、何かって?』

『体を触られたりとか』

 それまでずっと忘れていたが、ボクは小さなころ、おじさんに体をさわられたことがあった。

 あれが何だったのか、今でもよく分かっていない。ただ、もやもやとした思いだけがあって、それを言葉にするのがむずかしかった。

 ボクはいつものように笑って彼女を見つめた。

「ううん、ボクはキミがおじさんにいやな思いをさせられたことが許せない。だからボクもいやだ」

「そうまで言うなら、まあ……というか、ノエトって本当にわたしのこと、好きよね」

「もちろんさ。ボクはニャンシャのこと、誰よりも大好きだもの」

 誰かを好きな気持ちは何回伝えたっていい。

「アレイドよりも?」

「うん、兄さんはもう一緒に遊んでくれなくなったから、そんなに好きじゃない」

「リオお兄様は?」

「リオは好きだよ、お金くれるし頭もなでてくれるもん。でも、背が高いからちょっとこわいかも。だから、可愛いニャンシャの方が好きだよ」

 ボクは男にしては背が低いから、小さいニャンシャの方が可愛くて好きだった。

 ニャンシャは楽しそうにしながら言った。

「それじゃあ、わたしのためなら何でもできる?」

「もちろんさ。キミのためなら何だってやるよ」

「朝から晩まで働いてって言ったら?」

「うーん、ニャンシャのためになるなら、がんばるよ」

 仕事をするのはいやだけど、大好きな彼女のためだと思えばいやじゃない。まだボクは大人になったばかりだから、子どもの気持ちを引きずっているけれど、いつかボクとニャンシャは結婚して夫婦になるんだ。そのためならどんなことだってできる。

「お金持ちになってって言ったら?」

「お金持ち……?」

 ちょっとだけ困った。ボクは計算ができないから、お金をどれだけ持っていたらお金持ちなのか、分からないからだ。

「は、ちょっと分からないけど、がんばるよ」

 それでも彼女のためならやるぞと思い、笑顔を返す。

 ニャンシャはおかしそうにくすりと笑った。細めた目がリオとよく似ていることに気づく。二人は母親がちがうらしいけれど、やっぱり兄妹なんだと思った。

 そして彼女は急に真顔になって言ったんだ。

「それなら、わたしのために人を殺せる?」

 ボクはびっくりして目を丸くした。人を殺すって、どうすればいいのだろう? 分からないけど、ボクは笑った。

「うん、それがニャンシャのためになるなら」


 十日くらい前、ボクたちに招待状が届いた。スィルシオおじさんの屋敷で、噂のとうしかをまねいて、こんしんかいとやらをやるらしい。

「こんしんかいって何?」

 たずねたボクへ兄さんは呆れた顔をした。

「平たく言えば、友達になろうっていうことだよ」

「ふーん」

 ボクはまだその人に会ったことがないから、友達になれるのはいいことだ。

「うーん、でもキシンスか……」

 と、兄さんは困ったようにつぶやき、招待状をじっと見ていた。

「知ってる人?」

「ああ、酒場で一度会ったけど……まあ、おじさんからの招待だしな。美味い酒が飲めるだろうし、一応参加するか」

「ボクも行っていい?」

「うん、ノエトの名前もあるからね」

 兄さんが指で示したところには、たしかにボクの名前が書かれていた。

「やった。ニャンシャも誘っていいかな?」

「それはルーヴォに聞いてくれ」

「分かった!」

 明日か明後日かは分からないけど、きっとまた犬の散歩をしているタルヴォンに会えるだろうから、その時に聞いてみよう。

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