懇親会の夜
1
「皆様、落ち着いてください。まずは警察を呼びましょう」
冷静な執事の言葉の後、客人たちのざわめきはにわかに落ち着いた。かと思われた数秒後、銀髪の男が急に叫んだ。
「お、俺じゃない……俺はやってないぞ!」
と、駆け出した彼に全員が注目する。
「おい待て!」
体格のいいアレイドが追おうとするが、とっさにミランシアがぴしゃりと言った。
「やめなさい!」
足を踏み出していたアレイドが動きを止めて振り返る。
「な、何だって言うんだよ」
困惑したのは彼だけではなかった。玄関の方から乱暴に扉の開く音がし、犬の吠える声が聞こえてくる。
ミランシアは冷静に言った。
「彼がどうして逃げたかは分からないけど、少なくとも犯人ではないわ」
彼女の隣でニャンシャがひらめく。
「そうよ、お兄様は拳銃を手にしてなかったわ!」
「なるほど」
執事のタルヴォンは納得しつつ口を開く。
「それより、警察を呼んできてもよろしいですか?」
ミランシアはきつい目で彼をにらんだ。
「この中に犯人がいるかもしれないのに?」
改めて言われると緊張が走り、キシンスが困った顔をして言った。
「でも、犯人を見つけるのは警察の役目だろう?」
「それくらい分かってるわ。あたしが言いたいのは、ルーヴォが怪しいってことよ」
周囲がどよめき、執事は動揺を押し殺しながら返した。
「まさか。私が旦那様を殺すわけないでしょう? 拳銃だって持っていませんよ」
「すぐにどこかへ隠したんじゃなくて?」
主従関係にある二人が黙ってにらみ合う。空気を割ったのはニャンシャだ。
「待って、ミランシア。こういう時はアリバイを確認するべきだわ」
注目が彼女へと移り、ニャンシャは輪から外れるように一歩横へずれる。
「ここへ集まる前、どこで何をしていたか一人一人にたずねるの」
どこか芝居じみた言い方は今の状況に不似合いで、不快でさえあった。しかし、そんなことを口にしたところで不毛だ。
「……何よ? どうしてみんな黙っているの?」
と、ニャンシャが少々むっとした顔になり、アレイドが苦々しく言い返した。
「悪いけど、オレからしたらあんたも十分に怪しいんだが?」
「なっ……」
よけいな争いが生まれる前に、すかさず執事は口を挟んだ。
「ひとまず場所を移しましょう。食堂へどうぞ」
夜の街はひっそりとしている。銃声は近所にも聞こえたことだろう。近くの住民が警察に通報してくれることを願い、執事は先に立って歩き出す。
タルヴォンを除いた六人が長テーブルを囲み、それぞれ好き勝手に席へ座る。
ほんの数時間前まで屋敷の主人が座っていた席には、養女のミランシアが着いた。彼女の向かって左側にキシンス、一つ席を空けてメロセリス。右側にはニャンシャ、ノエト、アレイドが腰を下ろし、タルヴォンは少し離れた入口付近に控えていた。
「まずはアリバイだったわね」
「いえ、その前にここへ来てからのことを整理しましょう」
「ニャンシャ?」
むっとした顔でミランシアは男爵令嬢をにらんだが、ニャンシャはがたっと席を立った。
「まず、わたしたちはパーティーの招待を受けて集まった。開始時刻は午後七時」
分かりきっていることを、ニャンシャはまた芝居がかった口調で言う。
「それから食事を一時間ほどしたわ。そうよね、ルーヴォ?」
急に名指しされて執事は驚きつつも、すぐに返した。
「はい、皆様の皿を片付けたのが八時十分頃でした。その時にはすでに全員、旦那様とともに居間へ移ってお酒を飲み始めておりました」
「そう、わたしたちは食後のお酒を飲んでいた」
「ボクは飲んでないよ」
と、ノエトが口を出し、すかさず兄が頭を小突いた。
「その情報はいらない、黙ってろ」
ノエトは不満そうにアレイドを見、ニャンシャが軽く咳払いをする。
「現在時刻は九時六分。おじさまの殺害されたのは、今からだいたい十分前」
「銃声が聞こえたのは八時五十五分よ」
と、ミランシアが口を出した。
「あたし、厨房にあった時計を見たの」
「……十一分前ね」
やりづらくなったのか、ニャンシャはテーブルを離れてうろうろと歩き始めた。
「次、お酒を飲んでいた時のことを思い出しましょう」
ミランシアが眉根を寄せ、アレイドがため息を飲みこみ、キシンスは視線を下へ向けた。メロセリスは黙ったまま、タルヴォンもじっと口を閉ざしている。
ただ一人、空気を読めないノエトがはっきりと言った。
「ケンカになったよね」
ニャンシャが足を止め、小さな声で「そうね」と、うなずいた。気乗りしない表情で続ける。
「元はと言えば、おじさまが昔の話を始めたんだったかしら。それでキシンスが興味を示して、あたしたちは口々に思い出話をしていたわ。だけど……」
自然と注目を集めたのはアレイドだ。半ばうんざりしたように息をついてから、彼は白状する。
「ああ、オレがぶち壊した。冗談のつもりだったんだ。酒に酔ってたのも悪かったな。――おじさんに、この中の何人に手を出したか聞いた」
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