エピローグ 二人の行き先
1
その後駆けつけた警察により、ミランシアはその場で逮捕された。
キシンスは病院へ運ばれたが死亡し、オルテリアンとともに翌日、葬儀が
男爵家の令息イリオンは行方知れずのまま、一週間が経過した。
都にほど近い宿場町。酒場で少し遅い昼食をとっている茶髪の男へ、向かいに座った長い銀髪の男はたずねた。
「結局、おじさまを殺したのはキシンスだったというわけか」
どこか上品な手つきでパンを一口大にちぎり、男はうなずいた。
「ええ、実に身勝手な犯行でした」
「ははっ、あまりにも哀れで笑えてくるな」
と、男の隣で黙々と食べている妹へ目をやる。
「まったく、タルヴォンとメロセリスが交際していたなんて、僕もついさっきまで知らなかった」
メロセリスがちらりと目を上げ、はにかむように笑う。
「いったいいつから交際していたんだ?」
タルヴォンは冷静に返した。
「三年ほど前からです。実はあの夜、本当はそれを公表しようと思っていたんです。執事といえど、外に家を持つことはできますから」
「結婚報告か。キシンスはメロセリスに好意を抱いていたんだろう? 彼の目の前で報告しようなんて、性格が悪いにもほどがあるぞ」
呆れまじりにイリオンが言うと、メロセリスが口を出した。
「だって、どうしたらいいか分からなくて……ルーヴォは、おもしろいから泳がせておけって」
「いいのか、ロセ。こんな男と結婚したら、後悔するんじゃないか?」
急に兄として心配になるイリオンだが、タルヴォンは言う。
「もちろん大切にしますよ、お
「お前に兄呼ばわりされるのは嫌だな。たかが使用人のくせに」
「もう使用人ではありません。今は富豪です」
ため息とともに頬杖をついてイリオンは返す。
「おじさんが死んでミランシアも牢獄行き。遺産は全部お前のものになった、か」
「ええ。屋敷だけでなく会社も土地ごと売り払いましたので、しばらくは働かなくても暮らしていけます」
「うらやましいな。あれだけの土地をどこの誰に売ったか知らないが、男爵家の寿命はさらに縮んでしまったわけだ」
「そのことなんだけど……」
と、メロセリスが兄へ視線を向けた。
「ニャンシャちゃんが、もう着なくなったドレスや使わないアクセサリーをすべて売るって話してたわ」
イリオンは鼻で笑った。
「今さらそんなことしたって無駄だよ。しかも殺人事件の起きた街だ。土地の価値はがくっと下がって、しばらくは新しい住民も寄りつかない。男爵家は……いや、あの街はもうおしまいだな」
「……そう。それなら、やっぱりルーヴォと一緒に街を出てよかったのね」
メロセリスとタルヴォンが互いを見つめ、にこりと微笑み合う。結婚式は住む場所を見つけてから行うらしいが、すでに夫婦のような親密さである。
彼らにかつての自分たちを重ね見て、イリオンはつぶやいた。
「僕も妻と息子を呼び寄せるか。戻ったところで、あとは落ちていくだけだもんな」
幸いなことに、三人で暮らす場所を確保できるだけの金はある。その後の生活では贅沢などできないだろうが、妻子を養えるだけの金さえあればいい。そのために新たな事業でも始めようかと考えたところで、ふとイリオンは思い出す。
「そういや、ルキャロスはどうした?」
金持ちの代名詞とも言えよう白い大型犬だ。タルヴォンがすぐに答えた。
「ノエト様が引き取りたいと名乗り出てくれましたよ。今はグリムハースト家で暮らしています」
「ああ、そうだったか」
うなずいてから、脳裏にノエトの無邪気な笑みを思い浮かべる。彼がどこまで理解しているか分からないが、多少なりともショックは受けているはずだ。
「ノエトは元気か?」
「ええ、あまり変わった様子はなかったかと」
答えるタルヴォンだが、どことなく歯切れが悪い。
「何かあったのか?」
イリオンの問いに答えたのはメロセリスだ。
「アレイドがね、ミランシアを止めようとしてキシンスを撃っちゃったことで、気を病んでしまったの。お葬式には参加したけど、その後から部屋にこもるようになっちゃって、今はノエトがお家の手伝いをしているって」
目を丸くしてから、こらえきれずに息をつく。
「そういうことか。キシンスは自業自得だとしても、アレイドにしてみれば人殺しをしてしまったわけだもんな」
「間接的ではありますが、人の命を奪ってしまいましたからね」
と、タルヴォンも苦々しく言った。
三人はそれぞれに暗い表情で黙りこみ、メロセリスが静かにスープをすする。
グリムハースト家の未来はどうなってしまうのだろうか。このままでは男爵家とともに潰れかねないのではないか。否、そんなことをイリオンが気にしていても仕方がない。
しかし正直に言うと、ノエトのことは実妹のニャンシャよりも気になっていた。無邪気で純粋で騙されやすい少年だ、この先にまた悪い大人に捕まらないとも限らない。だが、アレイドの様子からして、ノエトが農園を継ぐ可能性もあるだろう。そうなった場合を考えると、やはりイリオンには何もできることなどないのだった。
世界の意地悪さに嫌気が差し、イリオンは話を変えた。
「そもそも、どうして結婚報告をしようと思ったんだ? しかも
タルヴォンはにこりとわざとらしく微笑んだ。
「特に意図はありませんよ」
「その顔は絶対に何かあるな。どうせここで別れたら、もう二度と会うことはないんだ。かまわずに全部白状しろ」
と、イリオンがじとりとした目を向けると、タルヴォンは
「分かりました。前提として私とメロセリスは、幸せになることで復讐ができると考えていました」
「ほう」
「オルテリアン氏とあなたに、です」
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