〈11ー2〉
もはや、このテレパシーに疑問を抱く事もなく応答して頷く。
それからエプロンのポケットを漁り、ボブに餌を与えようと考えるが。
『おいおいブラザー、冗談はよしてくれ!今回は肉だからって、銃口に詰め込んでいいと思ってるなら大間違いだぜ!オレはベジタリアンでもミートイーターでもねぇ…ラブイーターの――…ボブだ!』
ボブはハッキリと言った。
「やれやれ」と、存在しないはずの肩をすくめていそうな口振りだった。
将希は静かにポケットから空の手を取り出し、今度はパンを手にすると湯気のあがるジャガイモのスープに浸けて食べ始めた。そして虚ろな目をしながら直接、感情の籠もらぬ声で囁く。
「なに言ってんだお前」
その隣では、無作法な将希とは真逆のアシュレオが、フォークとナイフを正しく使い分けて食べている。だらしない奴と思いきやオンオフをスイッチのように切り替え、外では育ちの良さを感じる気品を醸す男であった。将希は横目でそれを眺めながらボブの返答を待つ。
『話が脱線しちまったが、ここからはガチで真面目な話。ティファヌンについてだ』
『あ、そうだ。魔王の事についてもう少し聞きたかった…ぶっちゃけ1週間でアシュレオをやる気にさせるのは無理あんだろ。あいつのその後とか考えたら、なんか可哀そうだし』
『…ショウキ…そのティファヌンなんだが、しばらくオレ達と交信ができない。だから今後もし、問題が起きたとしても…ショウキが一人で解決しなきゃならない。もちろんオレも、相棒として手助けはするつもりだ――』
将希がピタリと食事をする手を止める。
と言ってもハンバーグは我先に半分以上食べていて、サラダ以外の皿は空だった。
『な、なんで?』
『女神にも色々事情がある、わかりやすく言えばティファヌンの上司のような存在に大目玉食らったっぽいな。ショウキが森で寝ている時に密かに試みた交信が、凄まじい何者かの怒号と共に途絶えた――』
『マジかよ…じゃあ、これからはボブ頼みになんのかよ』
『オレが記憶している限りのことでいいんなら、答える。だが、わからないこともある』
『――?女神に、作られたのに?』
ボブはそれには何も答えず、いつもながらの明るい調子で一方的に言葉を綴った。
『まあ~ティファヌンの事は、ひとまず置いといてだ!実はこの街からずっと、勇者の仲間の気配がしてんだ』
将希はそれを聞いて、アシュレオの顔をチラリと見た。
いつの間にか綺麗に完食していたようだ。
視線が絡んだ。ボブが脳内で喋りだす前に、アシュレオが先に口を開いた。
「――ショウキこれ、多めに渡しておくから。俺は今から寄るところがある。ついでに買い物もしてていい、終わったらクロエを預けた
言いながら、将希の膝の上に金色の紐で縛られた赤い巾着袋を置いた。
ズッシリとした中身はなんと、全て金貨。1枚がどれほどの価値なのかはまだわからない、ただ「食事代は、二人分で1枚出せば足りる」とアシュレオはそう付け足した。それから浄化の森のコテージからずっと肌身離さず肩から提げていた、大きな鞄を持って席を立つ。将希はその後姿を見送りながら、頭の中でボブに話しかけた。
『その仲間、どこにいるんだ』
『…つい今、店の中に入ってきた』
『え』
『――ショウキの、後ろだ』
ボブの静かな物言いに、将希は後ろを振り返る――
よりも先に、両腕を巻き込まれ背中から抱き締められていた。姿を見る間もなく、頭に被っているホワイトブリムの上に相手の顎が乗せられる。
「こんにちは、可愛いメイドさん」
男だ。
耳元で低く、囁くような声。
座ったまま藻掻くがビクともしない。
力が抜け落ちていく虚脱感に見舞われ、腕力の差ではないのだという事を将希は察した。細長い手指に嵌め込まれた複数の金装飾の指輪が視界に入る。それらが煌々とし、オーラを滲ませていた。
「――ッは…な…」
喉が詰まるような感覚に戸惑う、声が出ない。
頭の中ではボブが叫んでいた。
『ショウキ!これは
『…なんなんだよそれ!全然動けねぇし…っもしかしてこいつ、魔王の舎弟か?こんな街中で…っやばくねぇか――』
『安心してくれとは、この状況では言い難い…しかしそいつは敵じゃねぇ。ティファヌンに導かれし勇者の仲間の一人、不変の魔法使いと呼ばれる男』
「――そうだよ…僕の名前は、エルドラム・オージオズボーン」
将希とボブでしか成り立っていないはずの会話を、まるで直接聞いていたかのように男は割り込んで来ると名乗った。この瞬間、将希の体に力が呼び戻り、それから声が出せるようになる。
振り向かないまま将希は深呼吸し、膝に置いたままだった巾着から金貨を1枚取り出す。店主の親父が肉を焼きながら、不審な眼差しをエルドラムに向けていた。はたから見れば、突然湧いてきた男から絡まれるメイドという構図なのだ。
将希は店主と無理矢理視線を絡め、女装しているという羞恥から声は出さずに笑みだけ浮かべる。金貨を見せ、会計を促した。
肉屋ベコーを退店した後、エルドラムは将希の腰を抱くようにして大通りを歩いた。
まるでデートを楽しむ足取りで、鼻歌を歌っている。
将希は隣で密着して歩くエルドラムに視線を寄越した、身丈は180を越えるがアシュレオよりは低い。ストレートの紅い髪は肩まであり、頭にはブラウンのハット。それにスチームパンクを連想する、金色の歯車が組み込まれたゴーグルが引っかけてある。質の良いジャケットを羽織り、暗い緑を基調としたグレンチェック柄のズボン――
「君の名前は、ショウキと言うんだね」
エルドラムから名前を呼ばれ、将希は我に返る。
「名前、なんで知ってんだよ」
将希はなんとか声を返す、アシュレオとの遣り取りでもう学んでいた。
異世界の住民には、迂闊な真似をしない方が良いということを。
エルドラムは見た目が10代後半ぐらいの若者で、アシュレオと同年代に見える。クッキリとしたラインの鋭い目をしていた。瞳の色は、光を宿さぬ漆黒。それをまるで猫のように線にすると、微笑してこう言った。
「そうだねぇ、勝手に聞いていたから――」
やはり、ボブとのテレパシーの遣り取りを聞いていたようだ。
将希はじんわりと額に汗をかく、それを手の甲で前髪ごと拭った。
エルドラムにもその緊張が伝わり、抵抗する気配のないことに満足そうに頷いた。言葉を続ける。
「そんなに怖がらないで、今日は君と話がしたくてやってきた」
「エルドラム、ショウキはティファヌンが異界から招いた使者だ…乱暴な真似は控えろ」
将希は黙って聞くフリをして、いつの間にかエルドラムの立ち位置と反対側の左手に、デリンジャーのグリップを握っていた。ポケットの外へ出たボブは、酸素を吸い込みながら落ち着いた声色でエルドラムに牽制をかける。
「――やあやあ君は…今はボブ、なんだね。安心してよ、それをすでに理解しているからこそだ。僕は勇者の仲間であり観測者だよ?アシュレオの近況にはとても詳しい」
「…詳しい?じゃ、魔王についても知ってんの?」
将希が口を挟んだ。
エルドラムは目を開くと、「フフ」と笑みをこぼして言う。
「もちろん…ではその話をする為に、まずは場所を移動しようか」
その言葉と同時に、将希とエルドラムの足元に赤い光源でなぞられた魔法陣が浮かび上がる。「え?」と間の抜けた声を将希が出す頃には、ルメールの大通りに二人の姿はもうどこにもなかった。休憩を終えて仕事に戻る、住民たちの喧騒だけがただ溢れていた。
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