万能、不変の魔法使い〈10〉〜〈26〉

〈10-1〉SSR衣装!真白のメイド服


 異世界と元の世界の時間の流れ方は大きく異なる。

 あちらの方では将希が消えて二日が経過していて、異世界ではまだ一日ほど。しかしこれは転移する時に生じた、ただのラグなのかもしれない――


 罪滅ぼしの闇とのエンカウントをなんとか凌いだ将希たちは、早朝コテージを発つ。浄化の泉にちなんで名付けられた浄化の森を東に進むと在るのが、〈ルメール〉という街だ。本来ならもうとっくに到着しているはずだった。


「――おいっ…ボブ!ボブ!!」


「おう!なんだショウキ!」


 切迫した呼びかけに、学生服の上着のポケットに入っているボブが快活に応答した。将希は現在、乾いた土の傾斜道を無我夢中で走っていた。まだ森の中だ。もうすぐ街に着くとは聞かされていたのに、何故こうなってしまったんだ。走っていると、なんだか初日を思い出す。


 ゴブリン♀の群れに追われていたあの時を――

 ――じゃ、なくて!


「あいつっ…アシュレオ、どこいったんだよ!」


 勇者アシュレオは木立が拓けた中継地で休憩している途中、気付くと忽然と姿を消していたのだ。


「それはさっき、ショウキが眠りこけてた間に――」


「「ガァァァァァアアア!!」」


 二人の遣り取りを遮るように後方から、けたたましい唸り声があがった。

 それはわざわざ振り返らずとも、どんな姿をしているかはしっかり目に焼き付いている。体長は2メートルほどあり、黒くて大きな獅子の姿をしているモンスターだ。将希はそれを見て「ライオン!」と最初に思うが、自分が知っている獣とは異なる部分に気付く。尻尾が三叉で、蛇になっていた。


 さらにそれが鞭のようにしなり毒霧をも噴出するという、背後からも隙の無い構造をしているのだ。最悪な事に三体同時に現れ、これは「将希を捕食したそうに、こちらを見ている」という出会いから始まる生死を賭けた追いかけっこでもある。


「あれは〈底無しの胃〉の異名を持つミートイーター…もちろん好物は――」


「――人肉とか言うんだろ、どうせ」


 ボブは「さすが!」と、明るい調子で声をあげた。

 将希はゲンナリとし、漆黒のデリンジャーを右手で捕まえた。

そして真昼の異世界の空の下、元気一杯に心の中でこう叫んだ。


 ――CP《カップリング》サーチ!


 このヤンキーは、決してふざけているわけではない。


 これは女神ティファヌンから与えられた、〈ボーイズラブ〉の能力を発動する為に欠かせない詠唱のようなものだ。すると呼応するように、ボブに彫刻された福寿草の絵柄が発光した。将希の手元が目映い閃光を放ち、ミートイーターたちの頭上にデジタルドット調のハートアイコンが出現する――


 将希は一瞬だけ、振り返ってそれを確認した。

 おっしゃあ!全員雄、しっかりとアイコンが頭上に浮かび上がっている。メスだとこの現象は起きず、スキル自体も全く効果がない。

それから木立を縫うように滑走し、ボブを後ろ手にして自動装填されるBL弾を解き放つ。バァン!という銃声は三発分、しっかり森の中で響き渡った。


 41口径から、光の弾丸がハートアイコンに自動で吸い寄せられていく――

 アイコンが光りを散らしながら砕け、三頭のミートイーターは呆気に取られて樹木に顔面を打ち付けて足を止めた。


 そして将希は走る速度を緩め、早歩きになると目の前の木によじ登る。

 スキルであるボーイズラブの性能を、安全地帯から改めて確認しようと思ったのだ。


「ゴルッゴルルッ…」


 三頭のミートイーターたちは喉を鳴らしながら互いに顔を寄せ合い、赤くて長い舌を出し合うとそれぞれ舐め合っていた。


 あれがきっと、彼らにとっての「幸せなキス」なのだろう。

三角関係には見えず良好だ、ハーレムフラグだろうか?

 そんな風に将希は、ボーイズラブに目覚めて戦意喪失した雄達をなんとも言えない表情で見守った。すると上着のポケットへ再度収納したボブが、よく通る声で語りかけてきた。


「ショウキ、ちなみにスキルは使う毎にレベルアップしていくからな!だからどんどん使っていこうぜ!!そのほうがオレも助か――」


「は?」


 将希は首を傾げた、ボブは途中まで言いかけた言葉を飲み込む。

 そして本題に入った。


「それよりも勇者だが、ショウキが寝てる間に現れた黒い馬を追いかけていってしまったんだ。一応、すぐ戻るとは言っていたんだが…」


「どれくらい経ってんだそれ」


「2時間くらい」


「え…あいつどこまで行ったんだよ。まさか、逃げたんじゃ――」


 アシュレオの行方に一抹の不安を覚え、木にしがみ付きながら地面に降り立った。

 それから自身が着ている学ランが、逃走中に1度だけ無様に転んだのも含めてかなり汚れていた事に気が付く。将希は街に着いて、まずまともな食事を取りたいわけだ。こんな身なりで飲食店に入れるのだろうか。浄化の泉も、もう遠退いてしまったわけで。


「なあ、ボブ」


 贔屓目に見ても無理がある。

ズボンも上着も泥が跳ねて付着し、所々がほつれてもいるのだ。将希は逃げた道を辿るように歩きながら、ボブに尋ねた。


「…俺が最初着てた服って、どうなってる?さすがにこの汚れようで飯食うのは」


 ボブは、「あ~」と言い忘れていたかのようなニュアンスで声をあげた。


「むこうから着て来た服は、ティファヌンが預かってるはずだ。とりあえず着替えが欲しいってことだろ?それならお安い御用だぜ!オレのスキルには、いつでもどこでも着替えられる便利な機能が備わってんだ!」


「お、まじか!んだよボブ、早く言えって~」


 将希は単純なので、その回答に気を良くするとニヤニヤした。

「じゃあ、早速!」とボブがポケットの中で叫ぶと、光の塊になって表へ飛び出す。

 そして、目の前に現れたものは――


「――ボブおまえ、それっ…」


 服屋でよく見かける、カーテンに覆われた更衣室だった。

 驚く事にこれはボブで、デリンジャーから変身したようだ。

仕組みについてはわからない。

シャッ、とカーテンレールが音を立てながら緑色の布を独りでに滑らせる。内装が露わになった。


 視界に入ったのは、白い壁に嵌め込まれた姿見すがたみが一枚。

金髪で学ランを着た将希が、呆然とした表情で映り込んでいた。

向こうで通っている定時制には制服がない。

しかし異世界に来てまた、制服を着る事になるとは――


 改めて自身の姿を目にし、ノスタルジーに浸っていた。


「さあショウキ…オレの中にそっと、優しく、入って欲しいんだぜ」


 ボブの声が妙な色気を醸す。

 将希はそれにツッコミをいれる気力もなく、サッと無表情になると頷いた。

 とにかく着替えようと思い、言われるままボブ(更衣室の姿)の中へ踏み込むとカーテンを閉めた――


「イッツ・ショータイム!」


 ――ノリノリなボブの声が快活に響き、姿見から発生した目映い光に将希は包まれた。しかしこの目を瞑っている間に全身が妙な違和感にとらわれる。


「あ…あれ、ボブ…これって…っなあ、おい!!」


 そして光が止んでボブも元のデリンジャーの姿に戻る頃、将希から発されたのはまさに震え声だった。一方でボブは手元で落ち着き払っており、涼しげな声で対応をした。


「まずはクールダウンして聞けよショウキ、これはあのティファヌンが〈神サマが営む手芸屋さん〉で購入した素材でハンドメイドした衣だ。つまり神聖なる女神のパワーが込められているっていう、SS級の伝説装備ってことなんだぜぇ!!」


「――伝説って、テメェ頭わいてんのか?これのどこがだよ」


 将希の声は、ボブの熱弁とは裏腹に冷め切っていた。

 虚ろな眼で自身が身に纏う新たな衣服を目視する。


 モノクロの色彩で、腰の辺りから結ばれた可愛いフリルのエプロン。

 膝が丸出しになるやや短めのスカート丈から、将希の案外スラッとして長い脚が黒いニーハイソックスに包まれ、可愛らしいパンプスを履いている。もうこれは完全に――メイド服じゃねぇか。


 しかも女性下着まで履いているというのが、素肌に感覚として伝わっていた。

 上下フルセット。あろうことか、女の子の最強装備と謳われるガーターベルトまで――声の次に震えたのは、膝であった。

 さらにおかしな事を言えば、頭上にはヘッドドレス型のホワイトブリムを装着し、短かったはずの金髪は背中まで伸びるとポニーテールにされているという事だ。

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