〈2ー1〉女神よ異世界スキル〈ボーイズラブ〉とは?

星の形をした真っ白い小さな花を散りばめた、肩出しのマーメイドラインドレスを着た綺麗なお姉さんを前に将希は柄にもなく戸惑う。しかし、直ぐに我に返ると慌てて捲し立てる。


「いやいやいやいや!なに!?誰っ…いや、夢だこれ――ッ」

―――ゴッ!将希は座り込んだまま自身の側頭を渾身の力で殴りつける。視界が揺れた。


クソいてぇ…これ、ガチだったわ。


「こらこら、落ち着きたまえ…私はこの異世界の女神である〈ティファヌン〉だ」


「女神?異世界?」


イジメられて中学登校拒否してたというクラスのオタクが、教室で読んでた漫画(無理矢理奪って読んだ)に出てきたワードだと思い返す。ちなみに将希は無抵抗雑魚には興味がない、どちらかと言えば器物破損や気取ったキョロ充を狩るのが大好きだった。


ティファヌンはスゥ…と突然表情をなくす、そして将希の全身に品定めをする目付で視線を這わせていく。


金髪…ツーブロック…無造作ショートヘア…もっと伸ばしたら可愛いかも。顔は、母親似なのだろうな…中性的で可愛いらしい面立ちだ。


「ヤンキー少年…受けでも攻めでも美味しい…性格は生意気…はぁ最っ高…その変なTシャツとガチョウパンツは後で着せ替えさせて…はぁはぁ…どんなカップリングにしてあげよう…はぁ、はぁはぁ」


え、なにこの人。

死ぬ?もうすぐ死ぬ?


将希はよく聞こえない音量の独り言と、次第に息遣いを荒げていくティファヌンを怪訝に見上げていた。


「おっと…すまないね。私は最近、君の居る世界にある「BL」というジャンルの書物にハマっているのだよ」


「なにそれ」


「まあこれは略しているのだが、なんだと思う?」


「暴力ラブ」


「ふむ、惜しいが不正解だ…正解はボーイズラブ。基本、このジャンルは美しい少年達が織り成す愛の物語なのさ」


「…そう、なんだ」


ヤンキーが読むといえば大体が、少年漫画…バイク雑誌…エロ本。

基本は文字を読むのは面倒臭いと思うので読書は遠い存在でもある、なのでそんなジャンルが存在しているとは知らなかった。ティファヌンのこの説明に、将希は笑みを引き攣らせた。


「灰島将希、君はどんな男の子がタイプなんだい?」


は?


「んん?いきなり恋バナは恥ずかしいのかな」


いや、なんで男。


「俺、男とか殴る対象としてしか考えたことないんだけど。ていうか、なんで名前知ってるの?」


ティファヌンはこの色気のない回答に眉根を寄せる、そして自身の肩に止まった青い小鳥の頭を指先で静かに撫でると虚脱した声で呟いた。


「名前はそりゃあ、私は女神だし…ね?それにしても…なんとなくでも好みについては答えて欲しかった…ヤンキー少年もの…実写で見たかったのに」


「え?…なに?」


ドサッ


ティファヌンのとても膨よかな胸元から何かが零れ落ちた、それはもちろんオッパイではない。本だ。将希はそれに視線を落とすと手に取った。


「あ!それは―――」


慌てるティファヌン、将希は構わずにタイトルを音読した。


「鬼畜優等生くんはヤンキーくんを泣かせたい」


―――?


表紙のイラストに視線を走らせる、学ランを着たヤンキーがクラスメイトの優等生に背後から羽交い締めにされた挙げ句に身体を弄られ赤面しているというものであった。


将希の全身を、爪先から悪寒が走り抜ける。


「それが、ボーイズラブだよ」


愕然としているその様子に微笑みを携えたティファヌンが、しゃがみ込んで顔を覗き込む。将希はぷるんと震えた二つの谷間を見逃さずに真顔でしっかりと凝視した。


「読んでみる?いきなり濡れ場シーンから始まるから気を付けてね」


将希は黙り込んだまま、手に持った〈危険物〉を無表情で突き返した。


「おうちに帰りたいです」


「え?いや、君の物語はまだ始まったばかりだよ」


「いえ、帰りますので。美千代もきっと心配している事でしょう」


将希は普段使わない敬語を連ねると首を横に振り続けた。

ティファヌンはハードなBL漫画を慈悲深き乳の谷へ大事そうに仕舞い込む、困った表情を浮かべるとどうにかこのヤンキーを説得しようと試みる。


「異能力バトルは好き?」


「少年漫画でよくあるやつ?それは好きだけど」


「私のお願いを聞いてくれるならそんな不思議な力をあげようと思うのだけど」


少し考える、しかし。


「いや、やっぱいいや。なんか怖いし、もう帰らせて」


「君はとんだ欲張りさんだね」


ティファヌンはフッと笑いながら肩をすくめる、将希は首を傾げた。


「じゃあ力を与える、そして目的を果たしてくれたら元の世界へも帰そう。その時は君が向こうの世界で消えた時間帯に巻き戻してあげるから」


「えー」


チッ、もう一声か…この商人あきんどめ!

ティファヌンの瞳にここで引けない闘志が宿る。


「私の創った世界はね…可愛い子がたくさんいるよ」


「へ…へえ」


「恋人ができるかもしれない(女とは言わない)」


「…えぇ~」


「もしいい人が見付かったら、お持ち帰りもOKだから」


将希は視線を泳がしながら迷い始めていた。


どうにか自身の世界にヤンキー少年という属性を捻じ込みたいティファヌンは手に汗を握っていた。女神とはいえど、横暴な真似は出来ない。必ず契約するという形で招き入れる必要がある…将希を視界に収めながら深い溜息を吐き、膝を伸ばすと立ち上がった。


この子は、どちらかと言えば受け――かな。

という、思いは声には出さずに返答を待った。


「頼み事ってなんなわけ?」


まだ笑うな、まだだ。

ティファヌンは獲物が釣り針にかかったこの瞬間に、歓喜しつつも平然を装う。


「この世界には悪い奴がいる、魔王だ。ベターな展開だと思うかい?しかしこやつが中々手強くて…気まぐれに過激な悪さをしては民を困らせる。モンスターの数も最近増えているし、だから私の加護を授かりし戦士達と合流して倒して欲しいのだ。というよりも、今いる勇者がやる気を全く出してくれないっていうのがまず問題でな」


「なんで?」と聞く将希にティファヌンは片手で額を押さえながら答えた。


「先代の勇者まではよかった…しかし現勇者は超変わり者、やる気を出すために色々試してはみたのだが…魔王を倒したら美しい姫と結婚できるイベント、生涯豪遊して暮らせるイベント、不老不死の最強の肉体を手に入れられるイベント…」


「で?」


「全部蹴りやがった。無視!無視して今は毎日畑仕事とか、多趣味スローライフ満喫してんの!!」


将希はそれに思う事があり、鋭くツッコミを入れる。


「いや…けどもうそれならティファヌンが魔王倒せば、それでハッピーエンドじゃね?」


しかし、ティファヌンはそれについて優しげな声音で諭す。


「神様がなんでもしてくれるような世界じゃ、皆だらけてしまうだろ?だから私はね…ギリギリのラインで君のような使者を送るぐらいで留めようと決めているんだ。美しい世界とは、そのように均衡を保っているのだよ」


もっともらしい事を言われる、しかし将希はアホなので何言ってんだ?という思いを浮かべていた。そして面倒臭くなり適当に頷いていた、全然伝わっていなかった。


「とりあえず私の使いという事で、仲間達と合流して魔王を倒す為に協力してくれるかい?」


「危なくない?」


「ああ…大丈夫だよ、君はゲストだ。ちゃんと私が見守っているからね」


将希は悩んだ末に決意する、定時制での高校生活は別に面白くないわけではない。案外楽しんでいる、けど時間巻き戻してくれるっていってくれてるし…帰れるっぽいし。じゃあ俺が損する事ってそんなにないんじゃ?と。


「ならいいよ、でもあともう一つ…条件がある」


ティファヌンは緑の瞳を輝かせると声を弾ませて尋ねる。


「なんだい」


「ティファヌンのおっぱいをじかで揉みたい」


将希は母親の美千代によく似た、凜として澄んだ瞳でそう言い放つ。


「…ふむ、いいだろう。ではその間に君へ与えるスキルを考えよう。さあ、好きなだけ揉むがいい」


フッフッフッ

ハーッハッハッハ!


これも私の野望の為だ、ヤンキー受け…これでヤンキー受けがみれりゅう!正直魔王討伐とかどうでもいい。「私利私欲反対!」とか叩かれない為の建前なんだから!


ティファヌンは女神らしからぬ下心を隠し通し、これは悪魔でも世界の為だ。そういう聖人フェイスを浮かべてあっさりとドレスから乳を零して差し出した。


将希は両足で立ち上がる、ティファヌンの方が身長が頭一つ高かった…え?俺一応176あるんだけど。と思いながら、神々しくさらけだされた二つの大きな膨らみを遠慮なく両手の平それぞれで包み込む。

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