〈5-1〉ボイル・キャロロの暴力給仕


 将希は泉から這い出した後、回復魔法以外網羅しているという勇者アシュレオの風魔法により足元からドライヤーの如く噴き上げる風を浴びていた。

 天候も良く、太陽も眩しいほど瞬いている。


 季節は春であろうと予想する。

 髪と制服を上昇気流に煽られながら眉を潜めた。

 目の前で独り言をぼやく、アシュレオを観察していた。


 いや、独り言ではない。

女神ティファヌンが、アシュレオの脳内へ直接交渉を試みている最中なのだ。


「断る」


 そこをなんとか!


「俺は毎日欠かせない日課に追われているんだ、それにこんな妙な格好をした奴と一緒に過ごせなんて…無理だ」


 アシュレオは将希の見慣れぬ制服姿に、醒めた視線を何度か寄越して溜息を吐いた。


「――そこまで、言うもんじゃねぇよ」


 別に好きで着ているわけではないし。

そこまでおかしな服装でもない。


 アシュレオへ静かな怒りを露わにし、将希は睨み付けた。

風が草の香りと、浄化成分を含んだ雫の光源を巻きあげている。

もう全体的に乾いていた。

あの小型銃、デリンジャーのボブは上着のポケットにすんなり納まっていて今は静かだ。眠っているのかもしれない、睡眠を取る必要があるのかどうかはわからないが…と将希は捨てても直ぐに帰って来てしまう不気味なボブの事については諦めモードであった。


 ティファヌンは姿を見せぬまま、アシュレオとテレパシーで会話を続けていた。


 勇者アシュレオ…そなたの申す日課、それはただの趣味であろう。

 それに、この将希の格好は学ランと言ってだな…

ハッ…もしやブレザー派だった?それとも改造制服派――


「なんのことを言っているんだか、全然わからないから」


 まったく二人とも…

こんなペースじゃ、いつになったら真白くんや龍花崎くんのような展開を見せてくれるのやら。まあその時は別の手を試すのも悪くはない。


 ティファヌンは途中、腐女子特有の外界を遮断してしまいがちな孤高の精神世界へ誘われていく。


「ましろ?りゅうがさき?」


 アシュレオはその内容に、さらに首を傾げた。

 将希は遣り取りは聞こえないものの、発された単語から不穏なものを汲むと声を荒げた。


「っ…おい!なんの話をしてんだよっ」


「知らない。ああ…すごく面倒な気分だ」


 あ!たしか3巻の内容で…

真白くんがあんなことやこんなことに…

あれはなかなか良いシチュエーションだった。

しかしこの勇者は、龍花崎くんとは真逆の性格…

あの流れに持って行くとなるとかなり骨が折れるぞティファヌン。


じゃ…じゃあ、どうする――


「もういい、わかったから…とりあえず会話を終了してもらえるだろうか」


 そんなわけで、「一週間だけ」という期間限定でアシュレオが将希と共にしばらく過ごすという約束へなんとかこぎ着ける。

魔王討伐に行くぞ!とはならなかった。

つまり一週間以内に将希がアシュレオのやる気スイッチを探し当てる必要があるというわけだ。


 じゃないと、いつまでたっても元の世界へは帰れない。

 それからあっと言う間に日は暮れていく。


 濃紺の空に白い星が散りばめられ、雲が青く陰っていた。

将希はそれをぼんやりと眺める。

 現在はアシュレオが生活拠点としている、丸太造りのコテージで寛いでいた。窓際に配置された、手作り感ある木製テーブルには赤いクロスが掛けられている。

その周りには背もたれのない、ミックスウッドのスツール。

将希はそれに腰掛け、窓から見える月のことがクリームパンからはみ出たカスタードのように思えていた。


 腹減った、あと眠い。

俺って何時間起きてることになるの?


 何気なく、視線を室内へと走らせる。


天井にはワイヤーが十字に這わされ、そこには火の灯されたランタンが幾つも吊るされて室内を優しく照らしていた。

玄関付近にある煉瓦造りのキッチンにアシュレオが立ち、なにか煮込んでいた。気怠そうにしつつ、食事の用意をしてくれるらしい。そこに関しては意外に「いい奴」かもしれないと将希は思った…――が、しかし。


 ドン!!


 まだ熱も冷めていないであろう、大きな寸胴鍋がテーブルクロス上にダイレクトに置かれた。中心で湧き立つ白い湯気。将希は霞む視界を手で払いながら、中身を覗いて言葉を失った。それから一呼吸置き、ようやく声にする。


「なにこれ」


「ボイル・キャロロ」


 アシュレオが呪文のように答えた。

キャロロは野菜であり、将希の世界でいう人参にんじんそのものだ。足先に行くにつれて細く尖っていく赤橙のボディ、頭から放射線状に広がった緑葉の房。それが丸ごと、放り込まれ茹でられていたのだ。灰汁あくまみれであった。


「味付けは?」


 将希は愕然とした。

鉄製のトングで挟まれ、白い陶器の平皿に盛られていく丸ごとボイル・キャロロを凝視する。透明のグラスが赤紫の液体で満たされていく。早速持ち上げ、ふちに鼻に近付けて嗅いでみた。

酸っぱいような、少し埃臭い独特な香りを放っていた。これは明らかに葡萄酒わいんだ。


「調味料はうちにはない、いつもこんな感じだ。はい、これで食べるといい」


 声と同時に腕が伸び、目の前の萎びきったキャロロに銀色のフォークが突き刺さる。それにも唖然としながら将希は言葉を続けた。


「なあ…これ酒だろ。アシュレオっていくつ?未成年が酒飲むって、絶対正義マンに見付かったらブチギレられて燃やされるぞ」


「こっちでは15歳から大人扱いだ、そして俺は18」


「え、まじで」


「ショウキは…14歳ぐらい?」


「――っは?ちげぇし!俺もこの世界の感覚でいうと、もうとっくに大人だから」


 元の世界と異世界の常識は違うようだった。

 そしてアシュレオが自身より二つ歳上であるという部分には、将希は触れなかった。言葉を濁しながら会話を続けた。


「これ系は飲んだ事ないから、別のがいい」


 さも酒に詳しいかのような虚勢を張った。

 ワインの匂いは好きになれないという風に、テーブルにグラスを置き直すと底を擦るように押し返す。しかしそれは、無視された。


 アシュレオは対面するように座席を作り座っていた。

それから自身の皿に盛ったボイル・キャロロに、フォークを串のように刺して囓っている。将希はそれを観察しながら口を開いた。


「ねえ、なんで魔王を倒しに行かないの?さっさと終わらせればいいのに」


 アシュレオは質問に耳を傾け、青臭いキャロロを咀嚼した後に葡萄酒を飲み干した。


「それをすると俺が後々面倒な事になる。それにほら?静かな夜だ。何もしなくても、世界の平和は保たれている」


 硝子窓の外は青い宵闇に染まっていた。

浄化の泉は時折光の粒子を立ち昇らせる。

 梟の鳴き声、滝の音、吹き抜ける風。

木々に生い茂る木の葉が、擦れ合いざわめいていた。

他には何も聞こえない、文言通りの穏やかな夜である。


 しかしあのゴブリンのように、人間を食料とする危険なモンスターは存在しているのだ。きっと被害者もいるはず…と、将希は自身も死にかけたので生真面目に思考する。


まあ、しかし。

今回のゴブリンに関してはこちらからちょっかいを出したという事もあり、なんだか理不尽な事をしたかもしれないという罪悪感がないと言えば嘘になる。アシュレオへ視線を戻すと青い瞳と視線を絡めた。


「…世界の平和とかどうでもいいけど、お前がやる気出さなきゃ俺は帰れないんだよ」


 アシュレオは無関心な面持ちで将希の言葉を聞いていた。

口の中のキャロロを飲み込むと、質問で返してきた。


「…ショウキの居た世界って楽しい?」


「え?楽しいと、俺は思ってる――」


――けど。

 言いながら、突如戸惑いが生まれた。


 改めて口にすると、自身が過ごしていた「楽しい」という部分には好き勝手やりたいように生きてきたという部分が大きい。


そうなると母である美千代や、周囲への迷惑が付きまとってくるのだ。


寧ろいなくなって今は清々してるかもしれない。

 父親は生まれた時から居なかったし。

 ただ美千代が一人で頑張って、一人で育てて、なのに泣かせる事も多くて――

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